レポート

英国大学事情—2017年12月号「教育、消費者の権利及び信頼の維持<学生は大学に何を望んでいるのか?>」<英国大学協会2017年6月発表資料より>

2017.12.04

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住約40年のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。

2017年6月、英国大学協会は「教育、消費者の権利及び信頼の維持」、副題<学生は大学に何を望んでいるのか?>と名づけた調査報告書を発表した。この調査報告書は、英国の高等教育分野において、近年、強調されてきている市場競争や消費者の権利の概念を背景に、大学に対する学生の見方がどのように変化してきているかを調査することを主目的としている。

 その他に、2018年春にイングランド地方の高等教育分野への規制・監督機関として新設予定の学生局(Office for Students)が実際に動き出す前に、大学や高等教育政策立案者に学生の考え方を提供することも目指している。なお、当報告書は英国大学協会の委託を受けた調査会社のComRes社が、2017年1月に実施した約1,000名の学士課程学生へのアンケート調査等を基にしている。今月号では、この調査報告書の一部を紹介する。

1. 在籍する大学への学生の考え方

1-1) 学生は自分が大学の顧客(customer)と思っているか?

* 47%の学士課程学生は、自分が大学の顧客であると思っていると回答した。一方、中学校や高校に関しては、18%のみが顧客であると感じると答えた。ホテルや銀行に対しては94%が、電気・ガス等の公共企業に関しては91%が顧客であるとしている。

* これらの結果の違いは、明確な商取引関係にあるサービスと、商取引関係が直接的でないサービスの違いにあると考えられる。

* 学生の性別によっても考え方が異なる。51%の男子学生が自分は大学の顧客であると答えたのに対して、女子学生ではその比率が43%であった。

* 62%の学生は、大学に関しても学生は消費者法によって保護されていると思うと回答した。 

1-2) 大学との個人的な関係が最優先の希望

1-3) 在籍する大学への高い信頼

* 79%の学生は在籍している大学との関係を高評価しており、87%が大学は学生を適切に扱っていると回答した。62%の学生は、在籍している大学は自分の最も重要な利益を大事にしてくれていると答えており、これは国民医療サービス(NHS)の医師に対する73%に次ぐ2番目に高いスコアである。

* 61%の学生は自分の最も重要な利益を大事にしてくれているのは中学・高校と答え、大学と答えた62%とほぼ同一の比率であった。このことからも、学生は大学や学校との関係を商取引というより、教育的関係と思っていることが分かる。

* 履修している授業コースは費用に見合う価値があると答えた学生の91%は、在籍している大学との関係も高評価している。又、授業コースは費用に見合う価値があると答えた学生の93%は、在籍している大学は学生を適切に扱っていると回答した。

* 費用に見合う価値に対する見方は、大学への信頼と満足度のレベルが大きく影響していることが分かる。しかし、大学へのこれらの見方は大学での年次が進むにつれて変化が見られる。

* 学士課程初年度の学生の72%は、大学は学生にとって最も重要な利益を気にかけてくれていると答えたが、その比率は2年度では60%、3年度では55%と低下していく傾向が見られる。

2. 費用に見合う価値への学生の考え方

* 自分を大学の顧客と思っている学生の48%は、授業コースは費用に対して価値が低いと答えた一方、自分を顧客と思わない学生の33%が費用に対して価値が低いと回答した。

3. 授業コースの変更とコースの閉鎖

* 学士課程の授業プログラムは、学生が進学する際に授業料として支払う基幹的なサービスである。それゆえ、授業コースの内容の変更は非常に大きな事柄であるが、多くの学生は自分たちには大学と交渉する余地はほとんどないと認識している。

* 英国の競争・市場庁(Competition & Markets Authority)のガイダンスによると、サービス提供者としての大学は入学した学生と契約関係に入ることが明記されている。

* しかし、授業コース内容の変更は、変更が透明性を持ち、適宜に学生との効果的なコミュニケーションがなされるなど、適切な方法で行われた場合は違法とはならない。

* 多くの学生は、授業に関する変更が大学への満足度にそれほど影響することはないとしているが、授業料の値上げに関しては、55%の学生は満足度が下がったと答えた。

* 変更の取り扱い方法及びその通告に関しては、33%の学生が1ヵ月から6ヵ月の事前通告を期待するとした一方、35%は6ヵ月から1年の事前通告を望んだ。15%の学生は、いったん授業コースが開始してからは、大学はその授業に関する変更をすべきではないと考えている。

4. 学生局(Office for Students)の役割への期待

* 高等教育の規制・監督と研究助成制度の改革に伴って、2018年春に新設予定の学生局(Office for Students)に対する学生の要望を聞いた結果、以下のような回答が寄せられた。

* 98%の学生は、在籍大学の閉校は懸念事項であると回答した。これを受けて、50%の学生が新設予定の学生局が閉校の際の学生を保護することをトップ3に挙げている。

5. 高等教育分野の次のステップ

【学生局】

  • 学生局は学生と大学との間のユニークな教育的関係を保護し、支援すべきである。
  • 学生局は短期的に高等教育分野に参入する一過性又は質の低い高等教育機関から学生を保護するべきである。

【高等教育分野】

  • 高等教育分野は、質及び費用に見合う価値への学生の考え方が大学の質の規定にいかに反映されるべきかを熟慮すべきである。

【大学】

  • 大学は学生に約束した事柄を実行すべきである。
  • 大学は授業コースの変更のための効果的プロセスがあることを保証すべきである。

6. 筆者コメント

* 98%の学生は、在籍大学の閉校が懸念事項であると回答している。これを受けて、50%の学生が新設予定の学生局に閉校の際の学生の保護を期待するトップ3に挙げている。
英国において、大学の閉校が実際に起こっており、新しい大学が新設される一方、淘汰される大学があることへの学生の危惧の表れと言えよう。

* 学生を顧客(customer)と呼ぶ言い方は、近年、英国政府、HEFCE及び英国大学協会等の資料でも頻繁に使用されている。今回の英国大学協会報告書では、消費者の権利という言葉も使われており、教育という特殊な関係にはあるものの、学生は大学にとっての顧客かつ消費者でもあるという見方が、英国では徐々に広まってきているように感じる。この流れの中で、学生の利益の保護・促進を中心に据えた学生局の新設が計画されたように思う。

* 筆者は40年以上にわたり英国に滞在しており、保守党政権と労働党政権の両方の高等教育政策の推移を見てきた。簡略的に言うと、保守党政権は民間の活力を利用したり、市場原理を導入したりして小さな政府を目指す一方、労働党政権は政府が直接的に各種政策に財政支援をして取り組む結果、政府の財政赤字が増大する傾向がある。

* 政権交代に伴って多くの政策が大きく変わることになるが、この二大政党による政権交代が英国社会のバランスを保っていると感じている。2017年6月には総選挙が実施され、労働党は敗退したものの、選挙公約に大学授業料の廃止を掲げて多くの若者の支持を受けて健闘した。

(参考資料:Universities UK「EDUCATION, CONSUMER RIGHTS AND MAINTAINING TRUST ,WHAT STUDENTS WANT FROM THEIR UNIVERSITY」)

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