レポート

英国大学事情—2017年10月号「学生の海外経験を高めるための英国の戦略(2017年−2020年)」<2017年4月英国大学協会報告書:「UK Strategy for outward student mobility 2017-2020」より>

2017.10.03

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住約40年のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。

 2017年4月、英国大学協会の国際ユニット(Universities UK International Unit)は、英国の大学に在籍する英国出身のフルタイム学士課程学生の海外経験(海外留学、海外インターンシップ及び海外ボランティア活動等)の比率を、2020年までに現在の2倍に引き上げる戦略「UK Strategy for outward student mobility 2017-2020」を発表した。今月号では、その一部を抜粋して紹介する。

1. ビジョン

* 「学生の海外経験を高めるための英国の戦略(2017年−2020年)」は、英国の大学に在籍する英国出身のフルタイム学士課程学生の海外経験比率を2014年の6.6%から2020年までに2倍の13.2%に引き上げることを目標とする。

* これにより、国際的に活躍できる新しい世代の卒業生を送り出し、学生時代の海外経験の機会が全ての学生にとっての願望となるような高等教育カルチャーを産み出すこと目指す。

2. 戦略的目標

2-1) 海外経験によって得られる利点のPR

* 海外留学、海外インターンシップ及び海外ボランティア活動等によって得られる各種の利点をPRするため、米国のGeneration Study Abroad活動を参考にした、全国的キャンペーンを実施する。

* 促進キャンペーン活動のメリットを最大化するために、British Councilとの戦略的パートナーシップを組む。

* 各大学によるキャンペーン、EUの「Erasmus+」、British Councilの「Study, Work, Create」のウェブサイト等、既存の海外経験促進活動をPRする。

* 大学入学前の学生に海外経験の各種利点をPRするため、「Routes into Languages」コンソーシアム等の学校や大学において外国語学習や異文化を知るための共同活動を行う 。

* British Councilの「Generation UK-China」や「US-UK Fulbright Commission’s awards」のような、交換留学や海外インターンシップを促進する国別のプログラムとの共同関係を構築する。

筆者注:

「Generation UK-China」は2013年にBritish Councilによって立ち上げられ、2020年までに8万名の英国の学生に、中国での勉学またはインターンシップを経験させることを目標とする、学生の海外経験を促進するプログラムである。

* 海外経験が学生の雇用可能性や学業成績にも有益であること及び英国の高等教育機関、社会・経済に対しても広範囲の利点をもたらすことを実証するための研究を実施する。

2-2) 学生の海外経験の傾向に関するモニタリング

* 英国全土の学生の海外経験の傾向を把握するために、HESA(Higher Education Statistic Agency)の年次データを分析する。

* 高等教育機関や政策立案者に定性的及び定量的データを提供するため、海外経験に関するその他のデータを分析する。

* 統計のために集計された博士課程学生を含む海外経験者のデータを最大限に活用するため、HESAや高等教育機関との共同活動を行う。

2-3) 学生の海外経験を高めるための高等教育機関の能力強化

* 海外経験を支援するための各種助成金を含む大型投資を行う。

* 直接または間接的な戦略的パートナーシップを通じた、海外経験を促進するための新たな機会を増やす。

* 学生に幅広い海外経験の機会を提供したい高等教育機関を支援するため、オンラインによる各種支援情報の提供を継続する。

* 海外経験の機会への参加を高めるための支援とガイダンスを提供すると共に、すべての英国の学生に、個人的状況にかかわらず海外経験ができる機会を与えるために、関係機関との共同活動を行う。

* 学生 の海外インターンシップに関する質の保証を仲介し適用するためのガイダンスを提供するため、Quality Assurance Agency、Association for UK Higher Education European Officers、British Universities Transatlantic Exchange Associationとの連携を深める。

* EUの「Erasmus+」や国別のスカラーシップを含む、学生の海外経験を促進するための既存の助成策を奨励する。

2-4) 高等教育分野におけるベスト・プラクティスの共有

* 海外経験に関する全ての情報やリソースを開示すると共に、British Councilの 「Study, Work, Create」ウェブサイトとも連動した包括的なオンラインによる情報ハブを提供する。

* 英国の高等教育分野が学生の海外経験の進展状況を討論すると共に、新たな方法やパートナーシップを模索する高等教育機関を支援するためのフォーラムを提供する。

2-5) 高等教育分野のための共同意見の提供

* EU離脱後も、英国がEUの「Erasmus+」プログラムに参加するのか否かの議論を含め、英国の高等教育機関が政府の海外経験に関する政策に影響を与えることができるように支援する。

* オンラインによる情報提供やキャンペーンに関する高等教育機関の持つ専門知識を高める。

* 優先度の高い国々との学生の相互留学制度を育成すると共に、新興諸国とのパートナーシップや相互協定を促進するための国際的な活動を行う。

2-6) 政府への影響力の強化

* 新たな国際教育戦略の一環として、海外経験の促進に関する政策の立案に影響を与えるプログラムを開発する。

3. 追加資料:博士課程学生の海外経験

英国大学協会インターナショナル・ユニットは、前記の「UK Strategy for outward student mobility 2017-2020」の発表に先立ち、2017年3月に「PhD Student Outward Mobility: Perceived Barriers and Benefits」と題した、英国の博士課程学生の海外経験に関する報告書を公表しているので、追加情報として一部を抜粋して紹介する。

3-1) イントロダクション

* 2014・15 年度に英国の大学に在籍した学生のうち、海外留学、海外インターンシップ、海外ボランティア活動等を通じて海外経験をした学生は、全学生の1.3%にあたる約 22,000名にすぎず、このうち、博士課程学生は505名のみであった。

* 海外を経験する博士課程学生は非常に少ない状況である。この背景に、どのような問題があるのかを把握するため、既に海外経験をしたかまたは今後に計画している10名の博士課程学生を集めて、2016年末にグループへの聞き取り調査を実施した。

* これら10名の博士課程学生のうち、5名は英国出身、3名はEU出身、2名はEU域外出身であり、専攻科目はSTEM(科学、技術、工学、数学)をはじめ、生命科学、法学、経営学、社会科学とバラエティーに富んでいる。これらの博士課程学生の意見を、以下に箇条書きにしてみた。

3-2) 海外経験への動機と想定される利点

  • ネットワーキングの機会と雇用可能性の増大
  • 個人的成長へのインパクト
  • 研究へのインパクトとソフト・スキルの育成
    (海外での会議やワークショップに出席することで、人前で意見を述べることに自信を深められると同時に、自身の研究にも直接的なインパクトがある。)

3-3) 海外経験への課題と障壁

  • 資金の欠如
  • 倫理的及び安全性の問題
  • 大学の支援の欠如
  • 時間的制約及び博士課程の研究論文を完成させるプレッシャー
  • 家族の優先等の個人的問題
  • 語学や文化的障壁
  • 欧州域外または発展途上国への移動に関する障壁
  • 海外での研究における、英国と異なる規制やプラクティス

3-4) 海外経験に対する見方

  • 海外経験のために渡航する国の相対的魅力度の重要性
  • 博士課程の中で海外経験をする時期は博士課程2年度目が最適
    (海外体験の期間に関しては、博士課程の1年目に国際会議に参加した場合、海外でのコネクションができるため、より長い海外経験の可能性も指摘された。)
  • 海外経験をした先輩たちの経験談の重要性

3-5) 情報、コミュニケーション及び支援

  • 情報とコミュニケーション・ルートの欠如
  • 情報や機会を紹介する情報発信部署が不明瞭
  • 海外経験に出発する学生への事前の支援と渡航先での支援の重要性

3-6) 提言

英国大学協会では上記の意見等を参考に、博士課程学生の海外経験を促進するために、大学に対して以下のような提言を行った。

* 海外経験によって学生が得られる各種の利点を明らかにした、博士課程学生向けのコミュニケーションやマーケティング・キャンペーンを実施する。これらの学生が受ける利点として、アカデミック・ネットワークの拡充の他、アイデアの交換や刺激的な研究環境の時間を通じて研究を豊かにする機会でもあることを伝えるべきである。

* 新入学の博士課程学生に各種助成機会を紹介するため、異文化交流コミュニケーションの要素を取り入れたガイダンス・コースによって、他の学生との出会いの機会を提供すると共に、学生が自信を深め、大学のコミュニティーの一員であると感じられような、より多くのイニシアティブ(新たな構想)を立ち上げる。

* 重要なネットワーキングの機会を提供する会議の情報等、より短期の機会に関する情報を提供する。

* 博士課程の学生に海外経験が一般的であると理解させるために、博士課程の早い段階で国際的な会議やその他の短期コースに参加するように奨励する。

* 海外経験のために海外に出ている学生に対しては一貫して調整された支援が重要である。これには、学生が海外の受け入れ機関から適切な支援や助言を受けていることを確認でき、学生が海外派遣先から更に他の国に移動した場合も当該学生が現在どこにいるかを大学が追跡できるシステムがあることなどを含む。

4. 筆者コメント

* 学生の海外経験に関する資料を集中的に紹介するために、先月号に続いて今月号でも同じテーマで英国大学協会資料を取り上げた。

* 当英国大学協会の「学生の海外経験を高めるための英国の戦略(2017年−2020年)」では、英国の大学に在籍する英国出身のフルタイム学士課程学生の海外経験比率を2014年の6.6%から2020年までに2倍の13.2%に引き上げることを目標としている。

* その一方、2009年に採択された「The Bologna Process 2020」において、欧州46カ国をカバーする欧州高等教育地域(European Higher Education Area)は2020年までに学生の海外経験比率を20%まで高めることを目標に掲げており、英国の目標値はまだ低い水準である。

* 先月号の「筆者コメント」でも述べたように、英国の学生にとっては、世界共通語となった英語を学ぶ必要がないことが、他の欧州諸国に比べて学生の海外経験比率が低い大きな要因の一つではないかと思われる。

* しかしながら、今後は文化の異なる国際社会で活躍できる人材が求められており、海外進出に熱心な企業等を中心に、海外経験の有無が雇用可能性に大きな影響を与えることになろう。

* EUを正式に離脱した際には、EU諸国以外との貿易等により一層の力を入れざるを得ない英国としては、国際的に活躍できる人材の育成が急務である。最近、英国大学協会の報告書には学生の海外経験に関する件が多いが、それにはこのような背景もあると感じる。

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