レポート

英国大学事情—2017年7月号「学生局と英国リサーチ・イノベーション機構の新設」

2017.07.03

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住約40年のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。

 2017年4月、高等教育及び研究に関する新たな法律「高等教育・研究法(2017年):Higher Education and Research Act 2017」が成立した。これにより、高等教育と研究に関する規制・監督や助成に関して、過去25年間で最大と言われる制度改革が実施されることになった。これに伴い、2018年4月には「学生局(Office for Students:OfS)」と「英国リサーチ・イノベーション機構(UK Research and Innovation:UKRI)」と名づけられた新たな機関が誕生する予定である。

 従来の「イングランド高等教育ファンディング・カウンシル(Higher Education Fund
ing Council for England: HEFCE)」や「公正機会局(Office for Fair Access)」は廃止され、それらの機能の多くは教育省(Department for Education)所管の新設の学生局に移管される。

 英国に7つある研究分野別の「リサーチ・カウンシル※1」「Innovate UK※2」及び新設の「Research England」(HEFCEが担当していた大学の研究への公的評価・交付金配分や産学連携推進の機能を受け継ぐ)は共に、「ビジネス・エネルギー・産業戦略省(Department for Business, Energy and Industrial Strategy)※3」所管の新設の英国リサーチ・イノベーション機構の傘下に入ることになった。

  • ※1 research council。科学研究の助成金配分を担う研究会議。政府からの研究プロポーザルへの干渉を制限するため、独立性がある。
  • ※2 英国のイノベーションを促進する公的機関であるTechnology Strategy Board所管の非省庁公的機関(Non Departmental Public Body:NDPB)。
  • ※3 2016年7月に、ビジネス・イノベーション・技能省とエネルギー・気候変動省が統合してできた新しい省。

 今回の改革によって新設される学生局と英国リサーチ・イノベーション機構は非省庁公的機関(NDPB)であり、政府の業務の執行機関であるエグゼクティブ・エージェンシーよりも独立性を持っており、2018年4月の稼働を目指して準備が進められている。

 今月号では、これら二つの新設機関の設立理由と役割を中心に紹介する。

1. 学生局(OfS)

1-1) 設立経緯

* 2015年に発表された高等教育緑書※4の「Fulfilling our Potential : Teaching Excellence, Social Mobility and Student Choice」pdfは、高等教育分野の規制・監督制度の簡潔化や学生の利益の促進等を提案した。これに基づき、より簡潔で、より安価な高等教育の規制・監督制度の構築が求められ始めた。また、教育の質の公的評価のために、Teaching Excellence Frameworkによる教育評価も提案された。

※4 英国において緑書(Green Paper)とは、各方面とのコンサルテーションを目的とした政府報告書であり、報告書の表紙が緑色であったことから名づけられた。一方、白書は一歩進んだ、政府による新たな政策の報告書で、法制化への準備資料でもある。

* HEFCEは1992年の継続・高等教育法(Further and Higher Education Act)の成立を受け、高等教育機関に教育向け及び研究向けの運営費交付金の配分業務を主体とした非省庁公的機関(NDPB)として設置された。同法律によって、多くの高等専門学校であるポリテクニックが大学に昇格して大学数が増え、高等教育進学率も増加した。

* 1992年当時、イングランド地方の高等教育機関の学士課程の授業料は無料であり、かつ高等教育機関の収入の大部分は運営費交付金で賄われていた。このため、HEFCEの存在意義は非常に大きかった。

* イングランド地方の大学が有料化したのは、1997年のトニー・ブレア首相の労働党政権のときであり、政府の財源不足を補うために年間1,000ポンド(14万円※5)の授業料が導入された。この背景には、主にエリートのための高等教育の機会をより幅広い層の若者に与え、高等教育進学率を更に高めることにあった。(筆者注:スコットランド地方の大学は、同地方の住民である学生及びEUからの学生には、今でも無料である。)

※5 1ポンドを140円にて換算(以下、本レポート中全て)。

* その後も高等教育進学率は増加し続け、大学の財源はひっ迫した。それを補うために、2004年に授業料が3倍の年間3,000ポンド(42万円)と大幅に引き上げられた。しかし、この授業料の大幅値上げによる学生への影響を軽減するため、在籍期間中は公的金融機関であるStudent Loan Companyが授業料を肩代わりする授業料後払い制度が導入された。これにより、学生は学士課程卒業後に年収が15,000ポンド(210万円)を超えた部分の9%を毎年返済していくことになった。

* 2008年のリーマン・ショックに伴い、時の労働党政権は超大型の金融機関救済措置を行った。これによって戦後最悪の財政赤字に陥った財政を立て直すために、新たに政権を取った保守党は全省庁の大幅予算削減を実施し、その一環として大学への運営費交付金も大幅に削減した。ただし、高等教育機関の財政を支援するために、年間授業料の上限が従来の3,000 ポンド(42万円)から9,000ポンド(126万円)に大幅に引き上げられた。これに伴い、授業料の年間返済額も年収の21,000ポンド(294万円)を超える部分の9%に変更された。

* 英国の高等教育機関を取り巻く現況は、HEFCEが設立された1992年当時とは大きく異なっている。今では授業料収入が高等教育機関の一番大きな収入であり、ファンディング・エージェンシーからの運営費交付金は年々減少していることも、HEFCEの解体という今回の大きな改革の一要因でもある。現に、2014・15年度において、イングランド地方の130の高等教育機関のうち90機関では、全収入に占める運営費交付金の比率が15%以下であった。トップ校では、その比率は更に低い水準にある。

1-2) 役割

* 学生局は高等教育の水準の向上、高等教育分野への新規参入、高等教育機関への進学の促進等に関する、高等教育全般にわたる規制・監督機能を持つ機関となる。

* 学生局の運営経費は、高等教育機関からの年間登録料で賄われる計画である。これによって、年間1,600万ポンド(約22億円)から3,300万ポンド(約46億円)の政府の経費節減につながると考えられている。

【主な役割】

  • 学生への高等教育機関の選択肢を広げ、高等教育機関の間の競争を促進し、学生の利益を保護する。
  • 高等教育機関に、高等教育機関として登録するための諸条件を課すと共に、その監督を行う単一の窓口機関となる。これらの条件には、高等教育機関の質の保証、教育の卓越性、幅広い層の学生の進学率の向上、データ及び情報の公開、財政の安定化、高等教育機関の運営と統治等が含まれる。なお、教育の卓越性に関しては、現在試行中のTeaching Excellence Frameworkによる教育の質に対する公的評価を反映させる方針である。
  • 上記の諸条件を順守していない高等教育機関には、順守を促す各種の対策を課す。
    これらにはモニタリングの強化、警告、改善への支援が含まれるが、それでも高等教育機関が従わない場合は罰金を課すか、登録を抹消することができる。これによって、政府の運営費交付金に結びついている現行の規制・監督制度に代わって、学生局は高等教育分野全体を規制・監督するための、より効果的な施策ができるようになると期待される。
  • 高等教育機関に教育向け運営費交付金の配分を行う。これには、広い層の学生に進学機会を与えるための活動への補助金も含まれる。

2. 英国リサーチ・イノベーション機構(UKRI)

2-1) 設立経緯

* 2015年末に発表された、Sir Paul Nurse教授※6による英国のリサーチ・カウンシルに関する見直し報告書「Ensuring a successful UK research endeavor」、通称「ナース・レビュー」において、現在のリサーチ・カウンシルの研究基盤の強さを認めた上で、リサーチ・カウンシルの簡素化と改革を通じた更なる研究体制の強化が提言された。

※6 2001年ノーベル生理学・医学賞受賞者で、元王立協会会長等を歴任した英国の遺伝学者。

* 2015年末の高等教育緑書「Fulfilling our Potential : Teaching Excellence, Social Mobility and Student Choice」では、「ナース・レビュー」の提言や現在提案されている高等教育制度の改革等を踏まえ、大学やリサーチ・カウンシル所属研究所等の研究機関に今後の研究体制に関する意見を求めたところ、多くの意見が寄せられた。

* 2016年半ばには、政府白書「Success as a Knowledge Economy」が発表され、現行の7つのリサーチ・カウンシルの全て、HEFCEの研究・産学連携活動助成機能及びInnovate UKを統合して、英国リサーチ・イノベーション機構(以下はUKRIという略称を用いる)という名称の新機関の設立計画が示された。これによって、UKRIは英国の研究・イノベーションに関する公的助成金を配分する役割を担うことになった。

2-2) 役割

* 「ナース・レビュー」は英国の研究・イノベーション制度がワールド・クラスであることを認めた上で、今はそれを更に効果的にする好機であるとした。そして、そのためには以下のような改善すべき問題点があることを指摘した。これらを改善することが、UKRIの設立目的である。

  • 研究分野間及び研究基盤と政策立案者の間の戦略的連携の欠如
  • 複数の研究分野又は学際的研究分野に効果的に対応する能力の欠如に起因する、投資への断片的なアプローチ
  • 科学技術の商業化に対する歴史的な弱点。イノベーションへのよりスムースな経路(pathway)の必要性

* 現在、英国における公的な研究・イノベーション促進体制は、7つのリサーチ・カウンシル、Innovate UK及びHEFCEという9つの非省庁公的機関(NDPB)から成り、各機関がそれぞれ独立した役割を持ち、法律で定められた方法にて研究助成を行っている。

* これらの法的制限による不具合を改善するために、UKRIは統合のメリットを生かすと共に、「ナース・レビュー」にて指摘された問題点に対処する必要がある。

* UKRIは現行システムの強みと価値の上に立って構築されることになるが、多くの研究分野を代表する統一された強い意見を生み出すことが期待される。

* UKRIには、7つのリサーチ・カウンシル、Innovate UK及びHEFCEの研究・産学連携促進活動部門の役割、機能及び責任が移転される。これによってUKRIには9つのカウンシルができることになるが、各機関の従来からの権限と独立性は維持され、保護される。HEFCEの研究・産学連携促進活動部門は、UKRI 傘下のResearch Englandという新たな名称の独立したカウンシルになることになった。

2-3) 組織

* UKRIの理事会は会長、CEO(Chief Executive Officer)、CFO(Chief Financial Officer)の外、アカデミックスと産業界の代表からなる9~12名の理事にて構成される。それらの役職の任命権は、UKRIを所管するビジネス・エネルギー・産業戦略省大臣が持つ。

* 理事会は全体的戦略の方向性や研究分野横断型の意思決定に主導的責任を負うと共に、所管大臣に研究分野間の助成のバランスに関する助言を行う。

* 初代会長には暫定的にSir John Kingman(元英国財務省高官で大手英国保険会社会長)が、初代CEOにはSir Mark Walport教授(医学)が任命された。

* Sir Mark Walportは世界最大規模の英国の医学系チャリティー機関のWellcome Trustの最高責任者を務めた後、現在は英国政府の政府主席科学顧問(Government Chief Scientific Adviser)の職に就いている。この主席科学顧問職の任期は2018年3月まであるため、UKRIのCEO就任は2018年4月となる。

* UKRI内の9つのカウンシルの各理事会は、会長と5~9名の理事にて構成される。各カウンシルの会長はUKRIのCEOに報告の義務を負う。

* ビジネス・エネルギー・産業戦略省大臣は、戦略的優先分野と各研究分野間の助成のバランスに関するURKI理事会の助言に基づき、各カウンシルの予算を決定する。

2-4) ホールデン原則の維持

* 政府は、公的な研究助成金の配分の決定は各研究分野の専門家の評価に基づき行われるべきという、長年にわたる「ホールデン原則※7」を維持することを表明しており、UKRI設立の設計にも以下のように反映したとしている。

※7 Haldane Principle。1918年に、上院議員のSir Richard Haldaneが中心となってまとめた研究助成に関する報告書が基になっている。研究助成金の配分は、政府から独立した各研究分野の専門家による評価に基づくのがベストであるという原則。

  • UKRIは政府機関の一部ではなく、一定の独立性を持つ非省庁公的機関(NDPB)の形態を採る。
  • 各研究分野の戦略的リーダーシップと研究助成に関する意思決定は、当該分野の専門家に委ねる。
  • カウンシル所属の研究ユニット、研究センター及び研究所は今後も各カウンシルを通じて運営される。

2-5) 研究への二元的助成制度の継続

* 研究への二元的助成(Dual Funding)とは、以下の二通りの公的な助成方法を指す。

  • 研究の質に基づく一括助成(ブロック・グラント)
    Research Excellence Framework(REF)と呼ばれる各研究分野の専門家による評価を中心とした公的研究評価によって高等教育機関の研究の質を評価し、その結果に基づき研究助成金を一括配分(ブロック・グラント)する方法。一括配分された助成金の使途は各高等教育機関の学長に一任され、使途に関する自由度が高い。現在、HEFCEはイングランド地方の高等教育機関に、年間約17億ポンド(2,380億円)の一括配分による研究助成を行っている。
  • 特定の研究者、研究プロジェクトやプログラムへの競争的研究助成
    現在7つのリサーチ・カウンシルは、研究分野の専門家による評価に基づいた年間約27億ポンド(3,780億円)の、主に公募型による競争的研究助成を行っている。

* 設備投資のための追加的な公的助成も、上記の二元的研究助成方式によって行われている。この二元的公的助成制度は、国にとって戦略的に重要な研究への助成と高等教育機関の研究者の自由な発想から生まれた研究テーマへの助成という、二通りの助成方式のバランスをとる意味で重要であり、長年にわたる英国の公的な研究助成方式となっている。

* 政府は以下のように、二元的研究助成制度の維持を明確にした。

  • 「Research England」の新設
    各リサーチ・カウンシルが行っている研究分野別の競争的研究助成とは別に、UKRI内にResearch Englandと名づけるカウンシルを新設して、現在はHEFCEが担当している研究の質に基づいた高等教育機関への一括的な研究助成機能を付与する。
  • バランスのとれた助成原則(Balanced funding principle)
    今回の高等教育・研究法(2017年)にて新たに加えられた原則であり、UKRIを所管する大臣には二元的助成の間の適切なバランスをとることが義務づけられた。
  • 助成金の配分に対する助言の尊重
    UKRIの所管大臣は、助成金の配分に関するUKRIの助言を尊重しなければならない。これには二元的助成方式を通じたバランスのとれた助成以外に、9つのカウンシルの間の助成金の配分バランスも含まれる。

3. 筆者コメント

* 新設される学生局(OfS)という名称からも、高い授業料を払って高等教育を受けている学生の立場に立った政策をできるだけ推進するという、現保守党政権の方針を表していると感じている。又この一環として、市場原理の導入による私立大学の認可も増加しており、学生への選択肢を増やし、学生により良い教育を提供するための大学間の競争も促している。

* 現保守党政権は、高等教育分野にある程度の市場原理を取り入れて活性化を図り、学生の受けるメリットを拡大するとしているが、今後は教育分野以外からの高等教育への参入も増えることが予想され、教育の質の維持・向上や規制・監督が重要になってくるであろう。

* 従来、英国の私立大学は非営利の教育法人が運営するバッキンガム大学一校だけであったが、近年では営利企業が設立した私立大学も認可されており、高等教育機関の形態が多様化してきている。なお、英国の私立大学とは、国から運営費交付金や私学助成金を一切受けてない大学を指す。

* 英国リサーチ・イノベーション機構の設立は、英国の科学への公的助成制度を一本化することで、より戦略的なアプローチを目指しており、改革への期待が大きい一方、懸念も出てきている。2017年2月のBBCの記事の一部を紹介する。

  • 今回の改革は、英国の全ての公的科学研究助成機関の名前を単に統合しただけである。これによって、現行の効果的な助成制度によって築き上げられてきた、専門分野の研究助成機関(リサーチ・カウンシル等)と研究グループ(大学等)の間の緊密な関係が失われる可能性がある、との意見も出ている。
  • 新CEOのリーダーシップ・スタイルは、研究へのより中央集権的アプローチを導き、各リサーチ・カウンシルの役割が減少する恐れがある。
  • 元王立協会プレジデントのLord Martin Rees教授は、「リサーチ・カウンシルの再編はひとりの人間(UKRIのCEO)に非常に大きな権限を与えることになる。リサーチ・カウンシルは自然科学から人文科学まで広範囲の研究をカバーしており、一人の人間がその役割を十分に果たすのは難しいであろう」と述べた。
  • 現王立協会プレジデントでありノーベル化学賞受賞者のVenki Ramakrishnan教授はUKRIの新CEOを適任であると歓迎した上で、「既に非常に効率的な研究エコシステムへのダメージが最小限であることを願うと共に、各リサーチ・カウンシルの自治を擁護することを望む」とコメントした。
  • 科学政策の専門誌Research Professional Newsの編集責任者であるEhsan Masood氏は、「英国の研究制度の強みは、それが少し混沌としている(slightly chaotic)所にあると共に、何に、いくらの助成をするかの意志決定は、実際に研究をしている研究者に最も近い立場の者に権限が委譲されている事にあると信じる」と述べた。(BBC記者は、少し混とんとしている状態をgood chaosと表現している。)

* 英国は2018年4月に高等教育制度と科学助成制度の大改革を計画しており、多くの期待と共に不安も表明されている。この改革が成功するかは不明であるが、完璧なシステムはないとの考えの下、いろいろな改革に挑戦している姿は評価できよう。

(参考資料:
「Fulfilling our Potential:Teaching Excellence, Social Mobility and Student Choice」
「Case for creation of the Office for Students −A new public body in place of the Higher Education Funding Council for England (HEFCE) and the Office for Fair Access (OFFA)」
「UK RESEARCH AND INNOVATION −Background Briefing Slides for Partner Organisations」)

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