レポート

英国大学事情—2017年1月号「英国における研究と欧州連合 : 英国の研究助成に対するEUの役割 」 <2015年12月王立協会報告書UK research and the European Union : The role of the EU in funding UK research より>

2017.01.04

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住約40年のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。

 英国の王立協会(The Royal Society)は、2016年6月23日に実施されたEU残留・離脱の国民投票に備えて、今後の各種討議のための情報提供を目的に、英国の研究に対するEUの影響についてのエビデンスを収集する、段階的な調査プロジェクトを進めていた。

 王立協会による調査プロジェクトの第1段階のテーマは「英国の研究助成に対するEUの役割」、第2段階が「国際研究連携と研究者の流動性におけるEUの役割」、第3段階が「英国の研究ガバナンスにおけるEUの規則と政策の役割」であった。これらの調査結果は、既に報告書としてまとめられて公表されている。日本でもEU離脱後の英国の科学研究への影響に関心が高いと思われるため、今月号では2015年12月に公表された第1段階調査報告書「英国の研究助成に対するEUの役割」を、次号の2月号では「国際研究連携と研究者の流動性におけるEUの役割」を取り上げ、例外的に2カ月にわたり紹介する。

1. 欧州における研究への助成機関

* 欧州連合(EU)は、欧州において、研究への助成を行う多くの機関の一つである。欧州研究大学リーグ(LERU)によると、EU加盟国において公的助成を受ける研究の約15%が、EUまたは政府間組織からの助成と推定される。

* 欧州の研究助成体制は複雑で、EUとしての支援の他、EU各国、企業、チャリティー機関およびEU準加盟国(associate countries)からの支援もあり、それらが複数のレベルにおいて相互に関わりあっている。

2. EUの研究・イノベーション助成方法

* EUは研究開発やイノベーションに対して、相互にリンクしたいくつかのプログラムを通じた助成を行っている。その直接助成額は、2014−2020年の期間に1,200億ユーロ(14兆4,000億円※1)に達すると推定される。その他、EUはいくつもの特別助成プログラムを通じた間接助成も行っている。

※1 1ユーロを120円にて換算(以下の文章中、表中についても同様)

【Horizon 2020プログラム】

 EUは長年にわたり、研究開発やイノベーション促進のための主要助成プログラムとしてフレームワーク・プログラム(Framework Programmes:FPs)を運営しているが、第8期目にあたる2014−2020年のフレームワーク・プログラムは特に「Horizon 2020」プログラムと名付けている。「Horizon 2020」は欧州委員会(EC)が管理し、実際の運営は欧州リサーチ・カウンシル(European Research Council)等が主に公募型の競争的研究助成を通じて実施している。

【構造的R&Dプログラム】

 当プログラムは「European Structural and Investment Funds」と呼ばれ、EU域内の経済的に遅れている地域の研究開発能力の向上を支援している。

【特定R&Dプログラム】

 このプログラムは、原子力エネルギー、宇宙開発、石炭・鉄鋼生産に特定した研究開発助成を行っている。

3. EUの研究助成にアクセスできる国

* すべてのEU 加盟国はもちろんのこと、ノルウェー、イスラエル、スイス等の13カ国はEUの準加盟国(Associated Countries)として、フレームワーク・プログラムの予算に対して各国GDPに応じた比率の拠出金を出せば、フレームワーク・プログラムに参加することができる。

* EUの準加盟国になる資格は、European Free Trade Association(EFTA)加盟国や現在のEU加盟候補国に限られる。

* この他、第3国の研究機関や研究者も所属国がフレームワーク・プログラムにマッチング・ファンドを拠出すれば、フレームワーク・プログラムに参加できる。また、EUは欧州域外の20カ国と個別の科学技術協力協定を結んでおり、共同プロジェクト、研究施設のシェア、研究者の相互交流も可能である。

【スイスの事例】

 スイスはEU加盟国ではないが、2016年末までEUのフレームワーク・プログラムに部分的に参加していた。参加期間中、スイスを拠点とした研究者は、EU加盟国の研究者と同じ条件でHorizon 2020のいくつかの助成プログラムにアクセスすることができた。今後については、クロアチアのEU新規加盟に関連し、スイスが「人の移動の自由」の協定を批准できるか否かにかかっている。

【ノルウェーの事例】

 ノルウェーもEU加盟国ではないが、準加盟国としてEUのフレームワーク・プログラムに参加している。ノルウェーとEU との協定により、フレームワーク・プログラム毎の再交渉は不要である。なお、ノルウェーは準加盟国のため、欧州議会等に参加できず、EUの研究助成全般への方向性に影響を与えることはできないが、EUのフレームワーク・プログラム予算への拠出をしているため、同フレームワーク・プログラムの各種助成を受けることができる。

4. EUから英国への研究助成

* 全体的なEU予算に関しては、英国はEU から受ける各種助成額より、EUへの拠出額の方が多い「持ち出し」の状態にある。2007−2013年の6年間に、英国はEUの総予算に対して777億ユーロ(9兆3,240億円)を拠出した。これはEU加盟国からの拠出総額の10.5%に当たる。一方、同期間に英国がEUから受けた助成総額は475億ユーロ(5兆7,000億円)であり、EUからEU 加盟国への助成金総額の6%である。

* しかしながら、研究開発・イノベーションに関しては状況が異なる。英国統計局の推計によると、2007−2013年の英国によるEU研究開発向け拠出は54億ユーロ(6,480億円)であるのに対して、同期間に英国がEUから受けた研究開発・イノベーション向け直接助成額は88億ユーロ(1兆560億円)に上る。

* 英国はEUの研究助成金のほとんどを、フレームワーク・プログラムを通じて受け取っている。2007−2013年において、英国はフレームワーク・プログラム7(FP7)から69億ユーロ(8,280億円)の助成を受けた。その内、17億ユーロ(2,040億円)は欧州リサーチ・カウンシルからのグラント、11億ユーロ(1,320億円)がMarie Sklodowska-Curie Actions※2の助成であった。また、英国は同期間に19億ユーロ(2,280億円)の研究開発・イノベーション活動のための助成金も受けている。

※2 旧名Marie-Curie Actions。海外での研究や他分野での活動を促進するための助成制度

5. 英国とEU諸国のEU助成金獲得額の比較

* 2007−2013年において、英国はEUの研究開発・イノベーション助成総額1,070億ユーロ(12兆8,400億円)の内、88億ユーロ(1兆560億円)を獲得しており、英国はEUの研究開発・イノベーション助成の最大の受益国の一つである。

* また、競争的研究助成である2007−2013年のFP7においては、助成総額554億ユーロ(6兆6,480億円)の内、英国はドイツに次いで2番目に多い69億ユーロ(8,280億円)の助成金を獲得した。

* 2007−2013年の間には、英国の3,454名の研究者がMarie Sklodowska-Curie Actionsプログラムの助成を受けて海外での仕事をしている一方、同プログラムにて8,120名の海外研究者が英国での仕事に従事している。

6. 英国とEUの研究助成の比較

* 2007−2013年におけるFP7によるEUの研究助成総額は、同期間の英国の研究開発支出総額の約3%に相当する。なお、EUの構造的R&Dプログラムを通じた助成は、英国統計局の研究開発の定義に当てはまらずに除外されているため、実態は3%を超えていると推定される。

【EUの研究助成を受けた英国の機関・企業】

 EUの構造的R&Dプログラムの助成を受けた英国の受益者分野を特定するのは困難難であるため、PF7のみを取り上げると、最大の受益者は大学であり、FP7から英国が受けた助成額の71%が英国の大学に向けられた。

 FP7への参加数を基にしたランキングでは、13の英国の大学が欧州の大学トップ25校に入っており、特にオックスフォード、ケンブリッジ、インペリアル・カレッジ・ロンドン、UCLがトップ4を占めた。しかしながら、FP7 に参加した「トップ25の研究機関」としては、英国の機関はどこも入っておらず、かろうじてトップ50に4機関が入っただけであった。

 これは、研究体制がFP7参加国によって異なることを反映しており、例えばドイツのMax Planckのように、研究の強みが大学よりも大学外の研究機関に集中している場合もある。

 英国の企業はFP7による英国への研究助成の18%を得たが、EU平均の26.7%を下回っており、ドイツ(33%)、フランス(27%)に比べて大幅に少ない比率である。英国では、研究開発の64%が企業で、26%が大学で行われていることを考慮すると、EUの研究助成制度への英国企業の参加度が低いことが分かる。

【英国の大学に対するEUの研究助成のインパクト】

 2007−2013年において、英国の大学は英国がFP7から獲得した総額69億ユーロ(8,280億円)の助成金の内、49億ユーロ(5,880億円)を得ている。

 また、英国の大学は2009・10年度において、EU諸国の政府から4億900万ポンド(593億円)の研究収入を得ており、その額は2013・14年度には6億8,700万ポンド(996億円)に増えている。これらの収入は英国の主要な研究重視大学であるキングス・カレッジ・ロンドンとインペリアル・カレッジ・ロンドンの研究収入を合わせた6億7,900万ポンド(985億円)に匹敵する。(この項目内のみ、1ポンドを145円にて換算)

この表のみ1ポンドを145円にて換算
この表のみ1ポンドを145円にて換算

7. EUによる研究施設・設備への助成

* 2007−2013年のFP7では、研究施設拡充のために18億5,000万ユーロ(2,220億円)の助成が行われ、現在進行中の2014−2020年のHorizon 2020では24億ユーロ(2,880億円)の予算が付けられている。

【EU加盟各国レベルの研究施設】

 各国が整備した国の研究施設は主に 当該国の研究者の利用に供せられるが、その研究価値は国際的ネットワークや海外の研究者の相互利用を通じて増大するため、EUは多国間の研究ネットワークや共同研究活動を支援している。

 2007−2013年において、EUは英国を拠点にした3,539名の研究者に対して、欧州大陸にあるEU加盟諸国の1,055の研究施設へのアクセスを提供した。

【汎欧州研究施設】

 多くの汎欧州(pan-European)研究施設が存在しており、それらへの助成は研究参加国によって行われる。EUはこれらの施設の建設に直接的支援は行わないが、「European Strategic Forum on Research Infrastructure」プログラムを通じて、計画やコーディネーションへの支援をしている。

【英国にある汎欧州研究施設】

英国は、以下の6つの汎欧州研究施設の本部のホスト国になっている。

High Power Laser Energy research Facility−Harwell, Oxfordshire
European Life-science Infrastructure for Biomedical Information−Hinxton
Integrated Structural Biology Infrastructure−Oxford
Infrastructure for Systems Biology Europe−Imperial College London
Square Kilometre Array−Manchester
European Social Survey−London (City University)

この他、英国は欧州大陸に本部がある10の汎欧州研究施設の一部についてもホストをしている。

【英国の政府間研究活動へのEUの役割】

 政府間組織は研究のための貴重な研究施設やインフラを提供する欧州の研究体制の一部である。各政府間組織は独自の規則を持ち、EUはそれぞれに異なる役割を担っている。核融合実験のためのITERのような施設は、EUによって直接的に管理・運営される一方、CERNのようにEU発足前から存在し、EUからは運営予算のほんの一部を受けている施設もある。

これらの政府間研究組織の代表的な事例としては、以下のような施設が挙げられる。

European Organsation of Nuclear Research (CERN)
European Synchrotron Radiation Facility (ESRF)
European Molecular Biology Organsation (EMBO)
European Molecular Biology Laboratory (EMBL)
European Southern Observatory (ESO)
The ITER Organisation
European Space Agency (ESA)

8. 海外の共同研究者へのEUの支援

* 各国の研究者は、国ごとの研究助成サイクルにて研究をしなくてはならず、海外との共同研究が難しい場合がある。その場合、EUが研究助成金を一括して管理・分配することによってこのような課題を解決し、共同研究費用を削減すると共に研究体制を単純化することもできる。

* EUの助成を受ける研究の多くは本質的に、知識を共有して研究ネットワークを拡大するために異なる研究分野や各国の専門家を集めた共同研究である。EUには、このような研究の連携を促進・支援するために、以下のようなイニシアティブがある。

【Joint Programming Initiatives】

 Joint Programming Initiatives(JPIs)は、欧州の限られた公的研究リソースを有効活用し、いくつかの重要分野における欧州共通の課題に効率的に立ち向かうために、各国の研究努力を一本化することを目的とする。

 当イニシアティブは、European Research Area加盟国の公的研究機関同士のパートナーシップである。ERA-NET Cofundがパートナーシップの準備、設立、デザイン及び実行に関する当初の資金支援をするが、運営経費は参加国の負担となる。現在10件のJPIsが運営されており、Horizon 2020にて新たに4つの共同プログラムが提案された。

【Joint Technology Initiatives】

 欧州委員会(EC)はJoint Technology Initiatives(JTIs)を通じて、公的研究機関と民間企業の間の共同研究を促進している。当イニシアティブは、欧州の産業競争力における課題や高い社会的関連性(societal relevance)を持つ諸問題に取り組む、大規模な多国間の研究活動への支援を目的とする。現在、当イニシアティブの下に、革新的薬剤や燃料電池等の開発助成プログラムが運営されている。

【Intergovernmental frameworks for research collaborations】

 研究連携を促進するため、欧州の政府間における多くの研究協定やフレームワークが存在する。これらはEUのイニシアティブではないが、EUとEU加盟国が重要な役割を担っている。事例としては、以下が挙げられる。

European Cooperation in the field of Scientific and Technical Research
European Energy Research Alliance
Pan-European network for market-oriented, industrial R&D

9. 筆者コメント

* 2016年6月の英国のEU離脱という国民投票結果を受けて、英国政府は離脱に向けた手続きの検討に入っている。現在のところ、2017年3月末までに、英国政府はEUに対してEU離脱を正式に意思表示する予定である。この意思表示の2年後に、英国はEUを正式に離脱することになる。

* EU離脱の国民投票結果を受けてポンドは大幅に下落し、輸入品の値上がりが目立ち始めたが、ポンド安を受けて英国の輸出は好調となるプラス面も出ている。今後、 国際的金融機関や大手企業が英国から欧州大陸に欧州の拠点を移す可能性もあり、将来の見通しは不透明である。

* しかしながら、EU離脱の国民投票結果が出て半年が経った現在、一般市民はいたって普通に生活しており、冷静さを保っているように思われる。英国はEU加盟国とは言え、通貨としてのユーロを採用していない上に、いったんEUの条約調印国内に入れば、その後は入国手続きをせずに条約調印国内を自由に移動できるというEUのシェンゲン条約にも調印していない。そのためEUの一員という意識が、他のEU加盟国とはもともと異なっているのかもしれない。

* 2007−2013年の6年間に、英国はEUの総予算に対して777億ユーロ(9兆3,240億円)を拠出した。これはEU加盟国からの拠出総額の10.5%に当たる。一方、同期間に英国がEUから受けた助成総額は475億ユーロ(5兆7,000億円)であり、EUからEU 加盟国への助成金総額の6%となり、いわゆる「持ち出し」の状態にある。

* しかし、研究開発・イノベーションに関しては状況が異なり、大きな利益を受けている。2007−2013年の英国によるEU研究開発向け拠出額54億ユーロ(6,480億円)に対して、EUから英国への研究開発・イノベーション向け直接助成額は88億ユーロ(1兆560億円)に上る。

* 英国がEUを正式に離脱した場合、EUから英国への研究開発・イノベーション向け助成がなくなることが、英国の大学を中心とした研究開発拠点に大きな打撃になることは容易に想像がつく。

* EUは「域内の人の移動の自由」をEU理念の大きな柱に据えているため、英国がこれを受け入れない場合、EUからの研究開発・イノベーションへの助成を得るのは難しい可能性がある。そうかといって、英国のEU離脱の主要因は移民等の大量流入を避けるという点にあり、英国政府も難しいかじ取りを迫られるであろう。

* 英国にとってはEUの準加盟国として、EU への拠出をする代わりにEUからの助成を受けるという手段もあるかもしれない。しかしその場合、準加盟国は欧州議会等に参加できず、EUの研究助成全般への方向性に影響を与ることができずに、英国のEUの研究助成政策への発言力が低下することは否めない。

* 現在、英国のEUへの全体的拠出額は出超であり、離脱により節減できた資金を国内の研究助成に向けて、助成の実質的減額を補うという方策もあろう。しかし、資金面での助成は解決できたとしても、英国の研究を支えている海外の研究者との相互移動の問題は残り、この面での対策が重要である。

参考資料:「UK research and the European Union : The role of the EU in funding UK research」The Royal Society publication 2015
なお、当調査報告書は、王立協会(The Royal Society)の調査ワーキング・グループの以下の5名の王立協会フェローによって作成された。
Professor Carlos Frenk FRS
Sir Tim Hunt FRS FMedSci
Dame Linda Partridge DBE FRS FMedSci
Dame Janet Thornton DBE FRS FMedSci
Professor Terry Wyatt FRS

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