レポート

英国大学事情—2016年12月号「国際高等教育統計資料」<英国大学協会:「International Higher Education in Facts & Figures 2016」より>

2016.12.01

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住約40年のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。

 2016年6月、英国大学協会(Universities UK)の国際ユニットは、「International Higher Education in Facts & Figures 2016」と題する、国際高等教育分野に関する動向統計資料を発表した。今月号では、この中から一部を抜粋して紹介する。

1. 世界の留学生の動向

* 英国へのEU域外からの留学生数は2007年度から3分の1以上増加したが、最近ではその伸び率が鈍化している。

* 2007・08年度から、英国への中国人留学生は著しく増加した一方、インドからの留学生は過去4年間で50%以上減少した。(筆者注:英国政府の学生ビザ発給条件の厳格化が一因と思われる)

2. 留学生が望むもの

2-1) 留学生の満足度と留学経費

2-2) 英国に留学した学生の就職

* 英国の大学卒業者の失業率は、OECD諸国の中でも最も低いレベルにある。

出典:OECD (2015)
出典:OECD (2015)

2-3) 英国の大学へのEU及びEU域外からの留学生

* 英国の大学の学生の約5人に1人は留学生であり、広範囲の学科で学んでいる。

出典:HESA Student Record(2014/15)

3. トランスナショナル教育と学生の海外留学

3-1) 種類別のトランスナショナル教育と提供のレベル

* 約664,000名の学生が、英国以外で英国の大学の学位取得を目指して受講している。

筆者注:大学の本拠地以外の海外で授業を提供することを「transnational education」、通称TNEと呼んでいる。これには通信教育等の遠隔教育を含む。

出典:HESA Aggregate Offshore Record (2014-15)
出典:HESA Aggregate Offshore Record (2014-15)

* 2014・15年度には、トランスナショナル教育を受けている学生数は2008・09年度に比べて約70%増加した。また、そのほとんどの学生は学士課程である。

出典:HESA Aggregate Offshore Record (2014-15)

3-2) エラスムス制度を利用した留学

* 大学生のモビリティー(国を超えた移動)を支援するEUのエラスムス制度(ERASMUS, European Region Action Scheme for the Mobility of University Students) を利用して留学した英国人学生は、2013・14年度には2007・08年度に比べて約50%増加した。

3-3) 2014・15年度の英国人留学生

* 2014・15年度に海外留学した約22,000の英国人留学生の内、約半数が他のEU諸国の大学に留学している。

3-4) 外国人アカデミック・スタッフ数

* 英国の大学におけるアカデミック・スタッフの4分の1以上が外国人であり、その比率は過去10年間で19%から28%に増加した。

4. 国際共同研究のインパクト

4-1) 英国の大学の国際共同研究パートナー国

* 英国の大学の最大の研究パートナー国は米国であり、トップ20の研究パートナー国の内、13か国がEU加盟国である。

出典:Elsevier and BIS,「International Comparative Performance of the UK Research Base- 2008 to 2012」上記の国際共同研究数は、共同執筆の研究論文数に基づく。

4-2) 国際共同研究

インドと中国では2003−12年の国際共同研究論文比率が減少しているが、国際共同研究論文数が減少したというより、全体の論文数が急速に増加したためであろう。

出典:Elsevier and BIS,「International Comparative Performance of the UK Research Base- 2008 to 2012」

5. 国際高等教育から派生する経済的利益

* 英国は国のイノベーション能力を示す「グローバル・イノベーション・インデックス(GII)」において、最近ではスイスに次いで世界第2位にある。

出典: The Global Innovation Index (2015) by Cornell University, INSEAD Business School & the World Intellectual Property Organization(WPO)
出典:European Commission Cordis (April 2016)

* 英国はEUの「Horizon 2020」による各種プロジェクトを、他のEU諸国に比べて一番多くコーディネートしている。また、これらのプロジェクトの4分の3以上を主導しているのが大学である。

筆者注:「Horizon 2020」は、2014年−2020年の7年間で総額800億ユーロ(9兆2,000億円※1)の予算規模を持つ、EUの大型の研究イノベーション枠組み計画である。

※1 1ユーロを115円にて換算(以下の記述中も全て)

出典: HESA Finance Record (2009-10 to 2014-15)

※2 1ポンドを130円にて換算(以下の記述中も全て)

筆者注:上記の研究収入の内、ほぼ毎年60−70%はEUからの公的助成金であり、EU域外からの企業、EU域外のチャリティー機関、EU域内の企業等がそれに続く。

※3 Gross domestic expenditure on research and development(GERD)

【留学生の経済的インパクト】

* 海外からの留学生は、英国経済に年間約110億ポンド(1兆4,300億円)の収入をもたらしていると推定される。EU域内からの留学生だけをとっても、年間約37億ポンド(4,810億円)の収入を英国にもたらすと共に、英国中で34,000名以上の雇用を支えていると考えられている。

6. 筆者コメント

* 英国は世界の留学生市場の約10%を占め、米国に次いで世界第2位である。しかしEU離脱後には、今まで英国人学生と同額だったEU学生向けの授業料が他地域からの留学生向け授業料と同じく高額になる可能性があり、特にEUからの留学生は今後減少に転じるかもしれない。

* また、2014年−2020年の7年間で総額800億ユーロ(9兆2,000億円)の大型予算を持つEUの研究イノベーション枠組み計画である「Horizon2020」の各種プロジェクトを、英国は他のEU諸国より一番多くコーディネートしている。その数は約1,500件と、2位のスペインの900件を大きく引き離して断トツである。しかし、英国がEUを離脱した後は、今のままだとEU域内における各種プロジェクトへの英国の影響力は大きく減少することが危惧される。

* 現在のところ、英国のEU離脱後についてのはっきりした道筋がまだついておらず、英国の大学によるEUプロジェクトへの今後の参画がどのようになるのか、不透明である。しかしながら、英国もEUも共同プロジェクトの重要性を理解しており、共同プロジェクトに対する何らかの新たな枠組みができると思われる。

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