レポート

英国大学事情—2016年11月号「学位取得を目指す企業派遣の技能修習生制度」<英国大学協会報告書「The future growth of degree apprenticeships」より>

2016.11.01

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住約40年のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。

 英国政府は産業界における技能不足を補うため、2010年から今までに210万名以上の技能修習生(apprentice)を産み出してきた。しかし、その対策はまだ不十分であるため、2014年に政府は更なる強化策として、2020年までにイングランド地方に学位取得を目指し、企業から派遣される技能修習生を300万名育成する「Degree Apprenticeships」構想を打ち出した。

 2015年秋にはその第1弾として、企業が主導して設計した9つの大学の授業コースが開講し、企業からは大学の学位取得をめざす技能修習生(Degree Apprentice)の派遣が始まった。現在のところ、この制度による技能修習生の数はまだ少ないが増加傾向にあり、2015・1年度には40の大学にて合計で1,500−2,000名になると想定されている。

 2016年3月、英国大学協会(Universities UK)は「The future growth of degree apprenticeships」と題する報告書を発表した。この報告書は、英国大学協会がコンサルタント企業のCFE Researchに委託した調査の結果報告書である。今月号では、その中からサマリーを中心に紹介する。

1. Degree Apprenticeships導入の経緯

* 2011年「Review of Vocational Education– The Wolf Report」報告書の発表
これはAlison Wolf教授による、14歳から19歳の若者の職業教育に関するレビュー報告書であり、助成の単純化、規制及び質の保証等を提言した。

* 2012年「The Richard Review of Apprenticeships」報告書の発表
起業家であり、教育者でもあるDoug Richard氏によるレビュー報告書。英国における技能修習生制度は、大学よりステータスが劣ると見られていない欧州大陸とは異なる状況にあるため、apprenticeshipsを再定義する必要がある。また、認定された教育水準に基づいた成果に重点を置くべきである、と主張した。

* 2015年、政府は2020年までに300万名の新たな技能修習生(apprenticeships)を創出することを表明した。同年、政府の委嘱を受けたAlison Wolf 教授は「Fixing a Broken Training System: The case for an apprenticeship levy」と題する答申報告書にて、300万名の技能修習生を養成するための財源として、大企業等に「Apprenticeship Levy」という税金をかける必要性を説いた。

* 2015年9月、「授業料が必要ない学位:A degree with no fee」というキャッチ・コピーにて、9つのDegree Apprenticeshipsコースが始まった。

筆者注:第1期のコース提供大学は、Aston、Exeter、Greenwich、Loughborough, Manchester Metropolitan、University College London、the University of the West of England and Winchester等である。第1期の技能修習生の派遣企業は、IT、エレクトロニクス・メーカー、製薬、コンサルタント、通信、金融等の大手企業であるが、今後は中小企業も参加が期待されている。

* 2015年秋、政府は300万のDegree Apprenticeshipsを創生するため、2017年4月より各大企業等に対して、年間人件費の0.5%を「Apprenticeship Levy※1」と名付けた税金として徴収することを表明した。

※1 同名の英国国税庁の資料参照→「Apprenticeship Levy」

筆者注:「Apprenticeship Levy」は年間人件費が300万ポンド(3億9,000万円※2)以上の大企業等の雇用者に適用されるため、影響を受ける英国企業は2%以下とみられる。

※2 1ポンドを130円にて換算

2. 英国の大学での授業と企業実習を組み合わせたコースの種類

※3 上の表中「資格レベル」のQCF/以下を参照→Accredited Qualifications「Qualifications and Credit Framework (QCF)」

3. Degree Apprenticeshipsの主な特徴

* Degree Apprenticeshipsは、学士号または修士号を取得するため、大学での学習と企業等における実習を組み合わせた、企業が派遣する技能修習生制度である。

* 技能修習生は、企業等におけるフルタイムの従業員であり、企業等から技能修習生としての給与を受け取る。

* Degree Apprenticeshipsは、技能修習生が雇用者の必要とするスキルを習得すると共に雇用可能性を広げるために、雇用者と大学が共同で設計する授業コースである。

* Degree Apprenticeshipsによる技能修習生は、訓練費用や大学の授業料を払う必要がないため、Student Loan Companyが運用する学生ローンの適用外である。

* 2014・15年度及び2015・16年度に試行的に始まっている当制度の助成モデルでは、費用の3分の2を政府が負担し、残りの3分の1を雇用者が負担している。

* 2015年9月からは、デジタル、自動車工学、バンキング・リレーションシップ・マネージャー、建築の4分野の学士課程が始まった。

* 更に最近では、測量技術、エレクトロニック・システム・エンジニアリング、航空宇宙工学、航空宇宙関連ソフトウェア開発、防衛システム工学、実験科学、原子力、パワー・システム、パブリック・リレーション分野の新たな学士課程も発表された。

4. なぜ大学はDegree Apprenticeshipsを開発すべきなのか?

* 技能修習制度は、現政府の重要政策の一つである。当研究報告書に取り上げられた大学は、この新たな取り組みの最前線に立ちたいと思っている。多くの大学にとって、技能修習制度は無視するには重要過ぎると思われる。

* 大学に重要な収入をもたらすと共に、新たなビジネス・チャンスでもある。

* 特に通常の進学コースを経なかった若者にとっては、魅力的であろう。そのため、大学進学者の層を広める役割も持っている。

* オンライン、通信教育、休日授業等、授業コースの提供方法を広げる機会も与える。

* 特定の産業分野のニーズのために開発された授業コースを受けると共に数年間の職場経験から、当コースの卒業生は非常に就職しやすいともいえよう。

* この制度により、大学は企業等の雇用者と新たな長期的関係を持つことが可能になる。

5. 教訓と課題

* Degree Apprenticeshipsコースの開発を大学のミッションや価値観と整合させる必要がある。Degree Apprenticeshipsが大学の戦略的優先度や目的に貢献するならば、成功する可能性が高い。

* 大学のシニア・マネージャーとアカデミック・スタッフが、Degree Apprenticeships制度がもたらす利益と、それをいかに大学の優先度にリンクさせるかを理解した上で受け入れることができた場合、当制度の導入はスムースとなろう。

* 大学が企業等の雇用者のニーズを十分に理解できるように、雇用者に授業開発プロセスの早期段階から入ってもらう必要がある。雇用者は、彼らのニーズが授業に十分に反映されなければ、新しい授業コースに大きな投資はしないであろう。

* 優先度の高い産業分野、技能不足の分野や市場動向に関する情報を通じて、Degree Apprenticeshipsへの需要がどれくらい強いのかを理解すべきである。また、戦略的に重要な企業等の雇用者との関係を築くと共に、地方自治体等とも緊密な連携を取るべきである。

* 雇用者のニーズに合った、柔軟な形態の授業を提供すべきである。これはさまざまな雇用者に、異なる方法で同一の資格を提供することも意味する。

* 各大学では、特にスタッフの配置構造や知識の共有に注意を払いながら、いかにしたら学内の全てのDegree Apprenticeships活動を最も良くコーディネートできるかを考える必要がある。

* 大学には、雇用者と学習者にDegree Apprenticeshipsの存在を知らしめ、情報、助言およびガイダンスの提供を支援する役割がある。

6. 大学が必要とするサポート

* 大学はDegree Apprenticeshipsの政策に関する、より明確な情報を必要としている。
当制度への助成のために、2017年から新たな導入が計画されているデジタル・バウチャー・システムの設計には、最初から大学が参画する必要がある。

* 各プロセスがDegree Apprenticeshipsモデルに合うようにすべきである。大学は事務手続きが煩雑で負担が大きいとしている。また、質の保証等に関する不確実さもある。

* 大学は、Degree Apprenticeshipsについて学ぶと共に、ネットワーキングの機会を歓迎している。具体的には、全国レベルではグッド・プラクティスを共有すると共に、ローカル・レベルでは特定分野の技能修習生の数が少ない場合に、授業コースの設計を相互に支援したりするなどを想定している。

7. 筆者コメント

* 英国では長年にわたり、多くの産業分野におけるスキル不足が、特に産業界を中心に懸念されてきた。例えばエンジニアリング分野において、2015年にInstitute for Engineering and Technologyが実施したアンケート調査によると、調査参加企業の半分以上が、採用した従業員が期待した水準に達していない、約3分の2がスキル・ギャップは自社が所属する産業分野における脅威であると回答している。

* 今までにも各種の技能修習生制度があったが、そのほとんどは学生や企業等の雇用者が授業料を負担してきた。しかし、今回のDegree Apprenticeships制度は政府と大企業等の雇用者が全額負担し、技能修習生の経済的負担がない点が従来の制度とは大きく異なる。そのため、当制度には「授業料が必要ない学位:A degree with no fee」というキャッチ・コピーが使用されている。

* Degree Apprenticeshipsにおける授業料は政府と雇用者が負担するため、学生には、高校卒業後すぐに大学には入学せずに企業等に就職して賃金を得ながら、授業料の自己負担なしにパートタイムの技能修習生として学士号または修士号を取得できるという大きなメリットがある。特にこの制度には、ポリテクニックという旧高等専門学校を前身とする多くの大学が興味を示している。

* 英国では、働きながら学んでいるパートタイム学生が多い。英国大学協会資料によると、2014・15年度においては、学士課程と大学院を含む全学生数約230万名の内、約25%がパートタイム学生である。その内、学士課程学生の約20%、修士課程学生の約50%、博士課程学生の約25%がパートタイム学生となる。このように、英国では既に多くの学生が職に就きながら大学で学んでおり、学生にとってもパートタイム学生への支援制度であるDegree Apprenticeshipsへの違和感はあまりないであろう。

* 政府は2020年までに300万名の技能修習生を育成するという大きな目標を掲げた。この財源として、2017年から年間人件費が300万ポンド(3億9,000万円)以上の大企業に対して、年間人件費の0.5%を「Apprenticeship Levy」という新たな税金として課税するという大胆なアイデアは注目される。

* 前述の英国の国税庁資料には、この「Apprenticeship Levy」と呼ばれる新たな税金は、大企業から所得税や社会保険料と共に徴収され、その税収入は初年度の2017・18年度に27億3,000ポンド(3,549億円)、最終年度の2020・21年度には30億950万ポンド(4,024億円)という試算が掲載されている。大型の税収であり、英国政府がこのプロジェクトにかける意気込みが感じられる。

(参考資料:
Universities UK「The future growth of degree apprenticeships」
GOV.UK「Government rolls-out flagship Degree Apprenticeships 」
Higher education funding council for England「Degree apprenticeships」

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