レポート - 英国大学事情 -

2015年3月号「英国政府の科学、工学、技術への支出(2012年度)」<英国統計局Statistical Bulletin 2014年7月より>

掲載日:2015年3月2日

英国在住約40年のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 

2014年7月、英国統計局(Office for National Statistics)は、2012年度の英国政府による科学、工学および技術(Science, Engineering and Technology : 通称SET)向け支出と動向に関する資料、「UK Government Expenditure on Science, Engineering and Technology, 2012を公表した。英国政府によるSET向け支出は英国の大学にとって大きな影響があるため、今月号ではこの統計資料の中から一部を抜粋して紹介する。

 

【1. 要点 】


  • 2012年度の英国政府のSET向け支出額は、総額100億ポンド(1兆8,000億円(*1))であった。この金額はインフレ率調整後では前年比1%の減少であり、2009年度以来、SET向け支出は実質的な減少傾向が続いている。
  • 2012年度の英国政府のSET向け支出のうち、リサーチ・カウンシル向けが一番大きく、32億ポンド(5,760億円)と全SET向け支出の32%を占める。
  • 2001年度から2012年度までの12年間で、国防省によるSET支出はインフレ調整後で12億ポンド(2,160億円)減少した。しかしこの間、リサーチ・カウンシル向けSET支出が約10億ポンド(1,800億円)増加したため、国防省の減額分はほぼ相殺された。
  • 2012年度において、英国政府はEUの研究開発プログラム向け支出に7億ポンド(1,260億円)を拠出した。また知識移転活動には3億ポンド((540億円))を割り当てている。

  * 1ポンドを180円にて換算

【補足説明】

  • 英国政府のSET向け支出には、省庁、リサーチ・カウンシル、高等教育助成会議(Higher Education Funding Councils)向けの他に、EUの研究開発プログラム向けの拠出金も含まれる。
  • なお、この英国政府のSET向け支出はSET関連総支出を指しており、英国統計局が公表している、英国内の全経済分野の研究開発向けのみの支出である「UK Gross Domestic Expenditure on R&D」と混同しないように注意が必要である。もちろん、R&DはSET支出の中の大きな部分を占めている。
  • 英国政府のSET向け支出には、以下の活動が含まれる。
    • 研究開発
    • 研究開発に関連し、科学的か技術的な知識の普及や応用に貢献する知識移転活動(技術移転を含む)
    • EUの研究開発予算への拠出金

 

 

【2. 2012年度の英国政府のSET 向け支出 】


  • 2012年度のSET 向け支出は100億ポンド(1兆8,000億円)と、金額ベースでは前年比1%の増加であったが、インフレ調整後では前年比1%の減少となった。
    2001年度と比較した場合、インフレ調整後で4%の増加であるが、2009年度以来、SET向け支出は減少傾向にある。
  • 2012年度における政府のSET向け支出はGDPの0.63%を占める。この比率は前年度と同じで、近年の傾向とほぼ一致する。

 

【3. 公的機関向けSET支出 】


【2012年度・公的機関向けSET支出額】
リサーチ・カウンシル 32%(5,760億円)
省庁(国防省を除く) 24%(4,320億円)
高等教育助成会議(ファンディング・カウンシル) 22%(3,960億円)
国防省 15%(2,700億円)
EU研究開発プログラム向け拠出金 7%(1,260億円)
総額 100億ポンド(1兆8,000億円)
  • 英国のEU研究開発プログラム向けの拠出金は2007年度から2008年度にかけて54%増加したが、それ以降は年間約7億ポンド(1,260億円)の水準で推移している。2008年度の拠出額大幅増加は、メンバー国の増加によってニーズが増えたためである。

 

【4. リサーチ・カウンシル向けSET支出 】


  • 英国には7つのリサーチ・カウンシルがあり、各リサーチ・カウンシルが医学、生物学、天文学、物理学、化学、工学、社会科学、経済学、環境科学および人文科学など、広範囲の科学分野をカバーした研究と研究支援を行っている。また、これらの7つのリサーチ・カウンシルの戦略的パートナーシップとして、Research Councils UKが形成されている。
  • 2012年度のリサーチ・カウンシル向けSET総支出は32億ポンド(5,760億円)で、インフレ調整後では前年度比1億ポンド(180億円)、4%の減少となった。これはピークであった2006年度の35億ポンド(6,300億円)と比較して3億ポンド(540億円)の減少である。
    • 2012年度のSET向け支出の減少は、MRC Laboratory of Molecular BiologyFrancis Crick Instituteへの大規模設備投資が一段落したことによる。

      【筆者注】

      • MRC Laboratory of Molecular Biology

        Medical Research Council(MRC)によって運営される当研究所の起源は、1947年に設立されたUnit for Research on the Molecular Structure of Biological Systemsにあり、今までに10人のノーベル賞受賞者を送りだしている。2013年春には、ケンブリッジ市のバイオ・メディカル・キャンパス内に2億1,200万ポンド(382億円)の予算で、今までの約2倍のスペースを持つ研究施設を新設した。建設資金はMRCからの助成のほか、同研究所の所有する知的所有権からのロイヤリティーなどが充てられた。この新施設は440人の科学者を収容できるスペースを持つ。MRCは、当研究所に2012年から5年間で1億7,000 万ポンド(306億円)の助成を決定している。
      • Francis Crick Institute

        Medical Research Council、Cancer Research UK、Wellcome Trust、University College London、Imperial College London、King's College Londonの6研究機関による総額6億5,000万ポンド(1,170億円)の共同事業であるFrancis Crick Institute が、2015年にロンドン中心部にオープンする予定である。この新設研究所は、約1,500人のスタッフと年間予算1億ポンド(180億円)を超える予算にて運営される、欧州最大規模のバイオメディカル研究機関となると見られている。
  • 2012年度において、政府のSET支出額が一番多かったリサーチ・カウンシルは工学・物理科学リサーチ・カウンシル(EPSRC)の約9億2,000万ポンド(1,656億円)で、7つのリサーチ・カウンシルのSET向け全支出の29%を占めた。
【2012年度・リサーチ・カウンシル別SET支出】
リサーチ・カウンシル 研究分野 金額 比率
EPSRC 工学、物理科学 £9億2,000万(1,656 億円) 29%
MRC 医学 £6億(1,080億円) 19%
BBSRC バイオテクノロジー、生物科学 £5億(900億円) 15%
STFC 科学・技術施設 £4億7,000万(846億円) 15%
STFC 科学・技術施設 £4億7,000万(846億円) 15%
NERC 自然環境 £3億9,000万(702億円) 12%
ESRC 経済、社会科学 £1億9,000万(342億円) 6%
AHRC 人文科学 £1億(180億円) 3%
(年金向け拠出金)   £4,000万(72億円) 1%
合計   £32億1,000万(5,778億円)  

 

【5. 国防省以外の省庁向けSET支出 】


  • 英国の省庁は、研究開発を行っている多くの独自の研究機関を所有するほか、英国内外にある広範囲な民間の研究開発機関も活用している。
  • 2012年度における国防省以外の省庁へのSET支出額は24億ポンド(4,320億円)と、前年度とほぼ同じ水準であった。しかし、ピークであった2003年度の27億ポンド(4,860億円)からは減少している。
【2012年度・省庁別のSET支出】
省庁 金額 比率
保健省 £9億3,000万(1,674億円) 39%
ビジネス・イノベーション・スキルズ省 £7億7,000万(1,386億円) 32%
国際開発省 £2億4,000万(432億円) 10%
スコットランド地方政府担当省 £1億8,000万(324億円) 7%
環境・食糧・農林省 £1億4,000万(252億円) 6%
その他の省庁 £1億4,000万(252億円) 6%
合計 £24億(4,320億円)  

 

【6. 高等教育助成会議向けSET支出 】


  • 2012年度の高等教育助成会議(Higher Education Founding Council)向けSET支出は、22億ポンド(3,960億円)と、インフレ調整後で2001年度に比べて3億ポンド(540億円)の増額となった。しかし、ピークの2009年度の26億ポンド(4,680億円)からは減少している。
【4つの高等教育助成会議別SET支出比率】
イングランド地方(HEFCE) 78%
スコットランド地方(SFC) 15%
ウェールズ地方(HEGCW) 4%
北アイルランド地方(DELNI) 3%

 

【7. 国防省向けSET支出 】


  • 2012年度の国防省向けSET支出は15億ポンド(2,700億円)と、インフレ調整後で前年度比1億ポンド(180億円)の増加であるが、12年前の2001年度と比較すると12億ポンド(2,160億円)、45%の減少となった。
  • 2001年度からの大幅減少は、いくつかの大型開発プロジェクトが開発段階から製造段階に入ったことと、新規の大型開発プロジェクトがなかったためである。

 

【8. 筆者コメント 】


  • 英国政府による、リサーチ・カウンシル別および省庁別のSET拠出額を見てみると、英国が特に工学、物理科学やバイオメディカル分野の育成に力を入れているのがわかる。
  • とりわけ、ケンブリッジのMRC Laboratory of Molecular BiologyやロンドンのFrancis Crick Instituteなど、バイオメディカル分野における大型研究施設の改築や新設の動きが活発である。
  • 2008年のリーマン・ショックへの対応に巨額の公的資金を多くの分野に投入したため、現保守党政権は緊縮財政を継続している。そのために2009年度以降、政府のSET 支出はインフレ調整後の実質ベースでは減少傾向にあるが、科学技術分野は大幅な予算削減に直面している他分野に比べて削減幅が微減で、ある意味でリング・フェンスされていると言える。
  • 政府のSET向け支出の他に、英国ではチャリティー機関による研究助成が活発であり、SETへの助成は多元的である。特にWellcome Trust、Cancer Research UK、British Heart Foundationなど、バイオメディカル関係の大規模チャリティー機関が多い。なお、2012年度において、チャリティー機関から大学への助成額は総額10億2,200万ポンド(1,840億円)に上っている。
  • Wellcome Trustは、2013年度の年次報告書によると、146億ポンド(2兆6,280億円)の基本財産を持ち、その資産運用益から年間7億2,600万ポンド(1,307億円)をバイオメディカル研究への助成や科学技術の普及活動に支出している。
  • Cancer Research UKはWellcome Trustのような巨額の基本財産を持たないが、全国に展開しているチャリティー・ショップの運営や大規模で広範囲な募金活動を行っている。最新の年次報告書によると、2013・14年度には4億9,000万ポンド(882億円)の募金を集め、そのうち、約4億ポンド(720億円)を研究開発への助成に拠出した。過去5年間では、総額16億ポンド(2,880億円)の研究助成の実績を持つ。

(参考資料:英国統計局
http://www.ons.gov.uk/ons/dcp171778_370646.pdf pdf)

 

ページトップへ