レポート

英国大学事情—2014年11月号「英国の産学連携事例」

2014.11.04

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住約40年のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 今月号の「英国大学事情」では英国産学連携の実例を、昨年新設されたNational Centre for Universities and Business(NCUB)の資料に掲載されている40件以上の「Success Stories」を参考に、その一部を紹介する。なお、航空機や船舶などのエンジン・メーカーのロールス・ロイス社の事例は特に興味深く感じたので、最初に同社の事例を少し詳しく紹介してみる。

 英国における産学連携への支援活動については、過去25年にわたりCouncil for Industry and Higher Education(CIHE)が重要な役割を担ってきた。その後、2012年のSir Tim Wilsonのレビュー報告書の提言を受けたビジネス・イノベーション・スキルズ省(BIS)の呼びかけにより、英国の産学連携活動を支援する全国組織として、2013年にNCUBに改組された。

 なお、NCUBは企業と大学のメンバーシップ制の非営利機関であるとともに、HEFCEをはじめとする4つファンディング・カウンシル、Research Councils UKおよび技術戦略委員会(Technology Strategy Board)からも助成を受けている機関である。

【1. Rolls-Royce社と多くの提携大学内のUniversity Technology Centres 】

【University Technology Centreの概要】

 世界的航空機および船舶用エンジン・メーカーであるRolls-Royce社(*1)にとって、世界各国の大学内に網羅された、同社のUniversity Technology Centre(UTC)のネットワークは長期的研究開発の要である。多くのUTCとの長期的な研究協力関係は、同社に高度な質の研究への効果的アクセス、より広範囲なアカデミックスの世界とのコンタクト、次世代の専門家の教育・訓練のメカニズムを提供している。

 このRolls-Royce社のUTCネットワーク・モデルは、過去約20年をかけて構築されてきたものであり、英国では産学連携の効果的関係の主要な事例と見なされている。

 最初のRolls-Royce UTCは、1990年にインペリアルイン・カレッジ・ロンドンとオックスフォード大学に設置され、現在では14の英国の大学に19カ所、ドイツの大学に4カ所設置されている。その他、イタリア、ノルウェー、スウェーデン、米国、韓国の大学内にも設けられており、今後もその数を増やしていく計画である。

 各UTCは、それぞれの専門分野で世界的評価を得ているシニア・アカデミックスがヘッドとなり、アカデミックス、リサーチ・フェロー、リサーチ・アシスタント、テクニシャン、博士課程の大学院生グループなどによって構成される。

 世界中に広がるUTCネットワークでは、常時600人以上が研究開発に従事している。また、常に400人以上の博士課程大学院生がUTCネットワークを通じてRolls Royce社からの助成を受けている。

*1. ロールス・ロイス社は1970年初めに経営破たんして一時国有化されたが、1980年代後半に再度民営化された。また自動車部門は1990年代に売却され、現在では航空機エンジンの製造が主要事業である。

【人材と専門知識の交流面でのUTCの役割】

 Rolls-Royce社は、UTCのアカデミックスや博士課程の大学院に、同社内での一時的な勤務や実習の機会を提供している。また、同社の社員をUTCでの勤務や研修にも派遣しており、この制度で同社の多くのエンジニアが博士号を取得している。

 UTCのスタッフや研究者は、個人か共同で年間約400本の技術論文を発表している。Rolls-Royce社は年間450件を超える特許申請をしているが、このうち8-10%はUTCネットワークとの連携から生まれたものである。

 各UTCは、Rolls- Royce社内のそれぞれのビジネス・ユニットに所属しており、騒音、燃焼、パフォーマンス、アエロダイナミックス、電気システム、製造、原子力エンジニアリングなど、多くの技術的専門分野に分かれて研究開発に従事している。

 UTCは通常、新技術がRolls-Royce社に移転される前の、技術開発の第3段階または第4段階(Technology Readiness Level 3/4)までの研究を受け持つ。その後、同社内での大規模研究プロジェクトを通じてTRL6までの開発を行い、最終的な新製品のデザインとして採用されることになる。

 Rolls-Royce社から各UTCへの研究助成金は、5年ごとの継続契約に基づき支給される。これによってUTCチームは同社と合意した特定の研究プログラムのターゲットをいかにして達成するか、長期的かつ戦略的見方をとることができる。また、追加的研究助成として、EUからの助成や英国内の工学・物理科学リサーチ・カウンシル(EPSRC)、技術戦略委員会(Technology Strategy Board)からの助成も期待できる。

 このRolls-Royce社との長期的な共同研究関係を通じて、大学は研究インフラの改善や才能ある優秀な研究者を雇い入れるための戦略的投資が可能になる。例えば最近、オックスフォード大学のHeat Transfer and Aerodynamics UTCでは、約1,000万ポンド(17億円(*2))をかけて、タービン研究用の従来の研究所を移設し、新たな施設を建設している。

 近年、広範囲の共同研究開発が成果を上げており、その重要な分野の一つが、より高温に耐えられるガス・タービン用の材料開発である。これで、燃焼効率を上げて排出ガスの量を抑えることができる。

 次世代の材料開発のために、ケンブリッジ大学のUTCでは高温に耐える合金の研究、スワンジー大学UTCは材料の構造的特性とライフ・サイクルの試験とその理解の研究、バーミンガム大学UTCは材料プロセス・モデリングと、合金製造や溶接技術等の製造上の課題の研究を行っている。

*2. 1ポンドを170円で換算

【新型エンジンTrent900用ファン・ブレードの開発事例】

 エアバス社の大型旅客機A380に搭載されるRolls-Royce社の新型「Trent 900」エンジンのファン・ブレード開発には、6カ所以上のRolls-Royce UTCが参加した。

  • バーミンガム大学のMaterials UTCは、材料特性の研究を行った。
  • オックスフォード大学のSolid Mechanics UTCは、特大のファン・ブレードに衝突する大型の鳥や滑走路上の異物などによるダメージ対策の研究を行った。このために、衝撃が加わった時の材料の変化を理解し、予測するモデルを構築して、衝突に耐えるブレードのデザインを考案した。
  • インペリアル・カレッジ・ロンドンUTCは、非定常流モデリング(unsteady flow modelling)、空力弾性(aeroelasticity)、ブレード付き円盤の振動(bladed-disc vibration) などのエンジン・ブレードに関する補完的研究を行った。
  • ケンブリッジ大学のWhittle研究所では、複雑な3次元のフロー計算などを用い、様々なファン・フロー・モデルの開発を行った。
  • その他、サザンプトン大学UTCはファンの騒音に関係するフローの研究、ノッティンガム大学UTCは製造上の諸課題の解決に取り組んだ。

*2. 1ポンドを170円で換算

【2. Boeing社とシェフィールド大学 】

 2001年、米国の航空機メーカーのボーイング社はシェフィールド大学と共同でAdvanced Manufacturing Research Centre(AMRC)を設立した。共同研究分野は、機械加工、複合材料、組み立て、構造試験、デザイン、試作などの広範囲な製造技術に及ぶ。

 現在では、Rolls-Royce、BAE System、Spirit Aero Systemsの各社もAMRCの企業メンバーとして参加し、航空宇宙関連のみならず、船舶、自動車、原子力、医学分野の新たな製造技術の開発に取り組んでいる。

 なお、AMRCとボーイングは、ヨークシャー州のAdvanced Manufacturing Park内に2棟の工場規模の研究施設を持っている。

【3. GSK社とオックスフォード大学 】

 英国を拠点とする世界的製薬企業のGSK(GlaxoSmithKline)社が主導して、オックスフォード大学内に設置したStructural Genomics Consortium(SGC)は産学官のパートナーシップによる、研究成果のオープン・アクセスを基本とした機構である。

 SGCは、ゲノム研究を共同でスケールアップすることによって、アカデミアと企業の双方にメリットが生みだすことを目指して結成されたコンソーシアムである。GSK社にとっては、一企業による研究では達成できない広範囲なタンパク質データへのアクセスが可能になる。その見返りとして、GSKは自社が持つ科学的専門知識を提供するとともに、研究の拡大とセミ工業化への助成を行う仕組みである。

 SGCの教授の一人は、「当プロジェクトは、大学と企業での研究努力の重複を減らすことにも役立っている」とコメントしている。

【4. Lloyd’s Register Group社とサザンプトン大学 】

 サザンプトン大学のMarine & Maritime Instituteは、世界的な船舶登録機関のLloyd’s Register内の一部門であるエンジニアリング企業Lloyd’s Register Group社と共同で、同大学内に船舶の燃費改善を目指して、船舶デザインの改良のための共同実験・研究施設を新設した。また、Lloyd’s Register Group社のエンジニアは、サザンプトン大学の修士や博士課程の大学院生へのスーパーバイザー役をも担っている。

 この他、サザンプトン大学のMarine & Maritime Instituteは、地元企業のために船舶プロペラのデザイン改良用コンピューター3Dモデルを開発したこともある。

【5. TATA社とウオリック大学 】

 インドのTATA Motor社とウオリック大学のWarwick Manufacturing Groupとの共同研究は、英国における産学連携の好例の一つであり、このパートナーシップは英国に経済成長ももたらすと期待されている。

 Warwick Manufacturing Group内に設置された、TATA社のEuropean Technical Centreは将来のシティー・カーのデザインやコンセプト作りを行っている。

 両者によるパートナーシップは、英国に投資を呼び込み、新規雇用や技能を創出することによって英国の製造基盤の強化に役立つと歓迎されている。

【6. AstraZeneca社と米国Broad Institute(Harvard大学とMIT) 】

 英国の大手製薬企業であるAstraZeneca社は、ハーバード大学とMITによるバイオメディカル分野の共同研究組織である米国ボストン市のBroad Instituteと薬剤耐性バクテリアに関する共同研究パートナーシップを結んでいる。このパートナーシップによって、一企業や一研究機関だけでは達成できない大量の研究が可能になった。

 Broad Instituteは、ハーバード大学、同大学関連病院、MITのバイオメディカル分野の学部学生、大学院生、ポスドク・フェロー、専門学者、アドミニストレーション・プロフェッショナル、アカデミック・ファカルティーなど、広範囲な約1,500名の研究人材を集めている。

 AstraZeneca社の研究責任者の一人は、「大学との共同研究から来る興奮は、何が出てくるかわからないところにある。我々が大学の研究者に期待しているのは、独自のベスト・アイデアを出してもらい、我々を驚かしてくれることである」とコメントしている。

【7. 複数の通信企業とサリー大学 】

 サリー大学のCentre for Communication Systems Research(CCSR)は、5Gと呼ばれる第5世代モバイル・インターネットの研究開発で、世界の先頭を走っている研究機関であり、複数の大手通信企業(企業名は非公表)と共同研究をしている。

 サリー大学キャンパス内に設置されているCCSRは、モバイルとワイアレス・コミュニケーション技術の研究では欧州最大規模で、現在165人を超す研究者が同センターにて研究している。

 CCSRの経費の3分の1はHEFCEによる公的助成で、残りの3分の2は通信企業が負担している。

 CCSRは5G Innovation Centreをはじめとする、世界トップクラスの研究、試験施設を持っているため、世界中から通信に関する研究を英国に呼び込むこともできるし、サリー大学の卒業生の中から世界の通信産業界のリーダーたちを輩出することもできると期待される。

【8. 筆者コメント 】

 Rolls-Royce社の研究・技術開発担当責任者は「我々の主要な競合他社とは異なり、Rolls-Royce社は自社内に大きな研究センターを持たない。その代わり、将来の技術開発を世界中にあるUniversity Technology Centresに依存している」とコメントしており、同社の大胆な発想に驚いた。

 また、AstraZeneca社の研究責任者の一人は、「大学との共同研究から来る興奮は、何が出てくるかわからないところにある。我々が大学の研究者に期待しているのは、独自のベスト・アイデアを出してもらい、我々を驚かしてくれることである」と述べており、大学の持つ知見に対する大きな期待が感じられる。

 今までにも、「英国大学事情」で何度も感想を述べたように、英国では、企業が大学の持つ研究能力を上手に利用する姿勢が見受けらてる。今後は、Rolls-Royce社のUTCネットワークのような発想を持つ企業も多く出てくるのではないかと感じさせられる。そのような「ラボレス企業」が多く出てきた場合には、大学の役割はさらに大きくなるであろう。

参考資料:National Centre for Universities and Business

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