レポート

英国大学事情—2014月8年号「大学の知的所有権の商業化への支援企業<IP Group社>」

2014.08.01

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住約40年のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 筆者は「英国大学事情2011年第4号」にて、ロンドンのImperial Collegeの知的所有権を商業化するために設立され、2006年にはロンドン株式市場に上場したImperial Innovations Group社による1億4,000万ポンド(238億円(*1))の大型資金調達の話題を取り上げた。現在では、Imperial Innovations Group社は株式市場から調達した資金を原資に、Imperial College以外の大学への支援も行っている。

 今月号では、Imperial Innovations社と同様に、大学の知的所有権の商業化への支援を専門とする企業で、ロンドン株式市場に上場しているIP Group社(IP Group plc)の活動を紹介する。

*1. 1ポンドを170円にて換算

【1. 企業プロフィール 】

  • IP Group社は、主に英国の研究重視のパートナー大学から生まれた技術イノベーションの商業化を支援する、英国の主導的企業である。同社は伝統的なベンチャーキャピタルではなく、大学発のスピンアウト企業に対する資金支援のほかに、実務の専門知識やネットワークの提供、人材採用や経営戦略への支援なども行っている。
  • IP Group社の投資ポートフォリオはヘルスケア、バイオテクノロジー、環境保全技術などの多岐にわたる先端技術分野をカバーしており、設立後間もない企業から成熟した企業まで合計約90社を含む。
  • 投資先企業には、DNAシーケンサー開発企業のOxford Nanopore Technologies社やごく少量の水で衣類の洗濯ができる技術を開発したXeros社等が含まれる。

【2. 沿革 】

  • 2000年、英国の中小企業へのアドバイザー兼証券会社のBeeson Gregory社がオックスフォード大学の化学科に、新たな研究所の建設資金の一部として2,000万ポンド(現在の換算レートで34億円)の資金提供をする代わりに、今後15年間にわたり同大学化学科から生まれるスピンアウト企業の株式の半数を取得できるというパートナー契約を結ぶ。
  • 2001年、Beeson Gregory社はオックスフォード大学とのパートナーシップ事業をIP Group社の前身であるIP2IPO社に譲渡。
  • 2003年、IP2IPO社は主にベンチャー企業を対象としたロンドン株式市場であるAIMに上場。
  • 2006年には、社名をIP2IPOからIP Group plcに変更し、AIM市場からロンドンのメイン株式市場に上場。
  • IP Group plcの2013年12月期決算 pdfでは、純資産3億3,700万ポンド(573億円、前年比28%増)、税引き前利益7,760万ポンド(132億円、前年比66%増)。投資ポートフォリオの合計評価額は2億8,590万ポンド(486億円、前年比57%増)、そのうち、トップ10企業の合計評価額は2億2,520万ポンド(383億円)。

【3. 役員 】

  • Chief Executive Officer
    • 大学に対して技術移転機能のアウトソーシング業務を提供する、欧州初の専門企業であるTechtran Group社の共同創立者兼CEOを経験。その後、Techtran Group社は、2005年にIP Group社に買収された。
    • 1995年から2002年にかけて、大手会計事務所KPMGのパートナーとして、成長技術企業への助言活動に従事。
    • リーズ大学経済学科卒業後、ブラッドフォード大学MBAコースを優等で卒業。イングランド・ウェールズ地方公認会計士協会フェロー。公認会計士。
  • Chief Operating Officer
    • CEOを務めていたFusion IP社が、2014年にIP Group社に買収されたことにより、IP Group社のCOOに就任。(Fusion IP社はIP Group同様に、大学で生まれた知的所有権の商業化を支援する大手企業)
    • Fusion IP社の前は、バイオサイエンス関連製品やラボラトリーサービスを提供するケンブリッジ生まれの企業Celsis International社の設立に携わり、1993年に株式を上場させた。
    • 公共輸送分野のCCTVやモニタリングシステム技術企業であるToad社(現在の社名は21st Century Technology社)の共同設立者として、同社を株式市場に上場させ、ベンチャー企業を育成した実績を持つ。
  • Chief Investment Officer
    • Lehman Brotherの欧州株式とヘッジファンド向け株式営業のManaging Directorを経て、2007年にIP Groupの役員に就任。長年にわたる資本市場の経験を持つ。
  • Chief Financial Officer
    • ウォリック大学で数学を専攻した後、公認会計士としてKPMGに勤務。その後、大手投資会社勤務を経て、2008年IP Groupに入社。2011年に、同社財務担当役員に就任。

【4. ビジネスモデル 】

  • IP Groupは知的所有権と新技術を組織的に商業化するため、以下のような独自の手法を開発し、パートナー大学から生まれたベンチャー企業を中心に約90社への投資を行っている。

【Deal Flow】

  • IP Groupは、英国の大学発の知的所有権の商業化に関する独占的長期パートナー契約を結ぶというビジネスモデルを開発し、現在では15の英国の主要大学と長期のパートナー契約をしている。
  • IP Groupの専門チームと各パートナー大学の教職員は、共同で大学内の有望な新技術を発掘し、商業化を支援する。
  • 同社は、独自に開発した仮説を用いる複数の手法によって、新技術の商業化の可能性を評価した上で支援を行うかを決定する。これらの手法は、支援開始後の新会社の進捗状況のチェックや企業の発展戦略の作成時にも利用される。

【Business Building】

  • 大学発のスピンアウト企業の設立直後においては、IP Groupチームがスピンアウト企業の創設者と共に事業の戦略的方向性についての緊密な連携を行ない、事業がある一定の段階に発展するまで、暫定的に実質的な経営に携わることが多い。
  • IP Groupは、起業直後の会社経営を支援する、経験にたけた専門家を探すために、人材サーチ部門を設けている。採用された人材は、通常は非常勤職として戦略的ガイダンスの提供などを行う。
  • 起業直後の企業の破たんの原因が、事務・管理などの運営面での不備にあることが多い。そのため、IP Groupでは企業の運営や法律に関する支援も行っている。
  • 同社の経営陣は産業界、政府、学界、金融界に幅広い人脈を持つとともに、社内には生命科学、物理科学などの専門知識を有する人材も抱えている。

【Capital】

  • IP Groupは自身のバランス・シートの中からポートフォリオ企業への資金供給を行うほか、いくつかのベンチャーファンドも運用しており、ファンドの投資ガイダンスに基づき、ファンドから企業への追加的投資も行うことができる。又、IP Groupは広範囲の共同投資家のネットワークを持っており、さらなる投資も可能である。

【5. パートナー大学 】

  • IP Groupは以下の15大学と、知的所有権の商業化と経営支援への投資の見返りとして、各大学発のスピンアウト企業の一定割合の株式を取得できるという、長期のパートナー契約を結んでいる。
  • 上記のリストには、IP Groupが2014年に買収したFusion IPが契約したパートナー大学を含む。
  • リーズ大学は、知的所有権の商業化業務を外部企業(Techtran社)に委託した最初の大学であった。Techtran社は後に、IP Groupに買収された。
  • オックスフォード大学の場合、化学科のみとの契約である。化学科の研究ラボの建設資金6,000万ポンド(102億円)のうち、2,000万ポンド(34億円)をIP社が投資している。同大学化学科は、スピンアウト活動によって大学に8,000万ポンド(136億円)を超える貢献をしている。その内訳は、4,000万ポンド(68億円)が株式売却益、2,000万ポンド(34億円)が上場会社の所有株式含み益、残りが未上場株の含み益である。
  • 2011年、IP Groupはオックスフォード大学のInstitute of Biomedical Engineeringと長期的商業化契約を結んでいる、医学関連技術への投資ファンドTehnikos LLP に資本参加することによって、オックスフォード大学との関係をさらに深めた。オックスフォード大学と一定分野の知的所有権の独占的商業化契約を結んでいるのは、IP Group社とTechnikos LLPだけである。

※筆者注

  • IP Groupによる各大学への第1次初期投資額は500万ポンド(8億5,000万円)であることが多い。契約期間はIP Groupの場合は25年間、最近IP Groupに買収されたFusion IPの場合は10年間が多いが、近年の契約は最短5年というように短い契約が見受けられる。
  • 契約対象は全学か、特定の学科だけなのかは、各大学との契約条件によって異なる。
  • IP Groupが投資の見返りとして、取得できるスピンアウト企業の株式比率は、10%-12%が多いようであるが、非公開のところもあり、また各大学との契約によっても異なっている。

【6. 筆者コメント 】

  • 英国には大学発のスピンアウト企業への投資や経営支援をするImperial InnovationsやIP Groupのように、発生形態の異なる企業があるのは興味深いと思った。
  • Imperial Innovationsはロンドン大学のインペリアル・カレッジの技術移転オフィスとして発足し、株式市場に上場後は事業拡大のために、新株の発行によって金融市場から約240億円もの資金を調達した。
  • この資金をインペリアル・カレッジのみならず、競合相手でもあるオックスフォード大学、ケンブリッジ大学、ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(UCL)から生まれる知的所有権の商業化への投資や経営支援に活用している。Imperial Innovationsは、今やインペリアル・カレッジの枠を超えた活動を展開している。
  • その一方、IP Groupは最初から民間の投資企業として発足し、研究重視の英国の大学から生まれた知的所有権の商業化への投資や経営支援を行っている。
  • これら2社はロンドン株式市場に上場しており、一般市民も株式を購入することによって、間接的に大学のイノベーションを支援できるのは素晴らしいと感じた。

(参考資料:http://www.ipgroupplc.com/about-us.aspx )

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