レポート

英国大学事情—2014年5月号「王立協会による科学者訓練プログラム」

2014.05.01

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 英国の王立協会(The Royal Society)は1660年に設立された学協会であり、現在では1,350名のフェローと約100名の海外会員が所属する。このうち、約80名はノーベル賞受賞者である。王立協会では科学者へのグラント助成、表彰、出版、政策提言、科学教育のほか、科学者への訓練や科学イベントの開催など、多様な活動をしている。今月号では、その中から科学者への訓練活動を紹介する。

【1. 「コミュニケーションとメディア・スキル訓練」コース 】

王立協会では、以下のような3つのコースを提供している。

【コミュニケーション・スキルズ・コース】(1日コース)

 コミュニケーション・スキルはますます重要となってきており、科学者は専門知識を持たない一般人または専門家に対して、自分の研究を効果的かつ印象に残るように説明できることが求められている。

訓練内容

  • 特定の読者にターゲットを絞った書き方や編集スキルの訓練
  • プレスリリースや新聞への投稿記事の書き方へのアドバイス
  • 不必要な専門用語の使用を避けて、重要なメッセージを明確かつ簡潔に伝えるためのヒント
  • 会議の議長の務め方や質疑応答セッションの進行の仕方へのアドバイス

※ コース参加の副産物として、コースに出席した、同じような問題意識を持つ科学者と知り合うこともできる。

【メディア・スキルズ・トレーニング】(1日コース)

 TV、ラジオ、新聞などはベスト・フレンドになりえる一方、最悪の敵となることもありえよう。当訓練コースでは、メディアが実際どのように活動しているのかを知るとともに、メディアへの対応に自信をつけることを目指す。

 熟練の講師が、メディアがどのようにして、また、なぜ記事として取り上げるのかを教える。

訓練内容

  • 新聞、雑誌、放送メディアがどのように活動しているのか、インサイドからの知識の提供
  • メディアとの上手な付き合い方に関するコーチング
  • ソフト・インタビュー」用
    インタビューの受け手に対して、メディアがよく使うテクニックのアドバイス
  • 「ハード・インタビュー」用
    議論を呼ぶ話題を扱う場合やプレッシャーをかけられた状態での応答への訓練
  • 「リモート・インタビュー」用
    インタビュアーが同じ部屋にいない、ラジオやTVのインタビューへの訓練
  • 各参加者への模擬インタビューを、TVカメラを使ってDVDに録画した後、DVDを見ながらの専門家の助言
  • 王立協会プレス・オフィスからのアドバイスなど等

【レジデンシャル・コース】(2日コース)

 この2日間のコースは「コミュニケーション・スキルズ・コース」と「メディア・スキルズ・トレーニング」の両方を含み、王立協会が持つロンドン郊外の施設に宿泊して行われる。

【講師陣】

 上記の3つのコースは、科学者のみを対象としてデザインされた専門コースであり、講師陣は著名なジャーナリストやコミュニケーション・スペシャリストからなる。

【費用】

 「コミュニケーション・スキルズ・コース」と「メディア・スキルズ・トレーニング」が各400ポンド(約7万円)、「レジデンシャル・コース」が800ポンド(約14万円)である。また、王立協会が助成支援している科学者にはコース費用が免除され、交通費も支給される。

【2. 「イノベーションと科学関連ビジネス」コース 】

 当「Innovation and Business of Science」訓練プログラムは、王立協会がインペリアル・カレッジ・ビジネス・スクールと共同で開発したコースであり、急速に進化している科学と産業の関係、科学起業家になることがどのような意味を持つのか、いかにして成功する研究グループを運営するのか、などを研究者に理解させることを目的とする。

 当コースは、王立協会またはバイオテクノロジー・生物科学リサーチ・カウンシル(BBSRC)の助成を受けているリサーチ・フェローのみを対象とする。

 コースでは主導的な科学者や世界的な科学関連企業の管理職らによる体験談を交えた、ビジネスや経営の最新理論を紹介する。コースは以下の3つのモジュールからなり、2-3日の宿泊滞在型である。

【科学と経済】

 この2日間のモジュール「Science and the economy」では、経済における科学の役割や科学と産業の関係を学ぶほか、科学をベースにして成功した起業家の体験談も含む。

 また「科学と知識社会」、「知的所有権の理解」、「科学と産業界の連携に関する運営方法」等のトピックスもカバーする。

【リーダーシップの有効性】

 この3日間のモジュール「Leadership Effective」では、有効なリーダーシップに必要な運営スキルやリーダーとしての行動などを学ぶ。この授業は、部下やグループを管理する立場にいるすべての研究科学者向けであり、研究成果の商業化を考えていない研究者にとっても有益であろう。

 参加者は卓越したリーダーたちの特性、質および行動を研究するとともに、参加者各自のパーソナリティーについてのフィードバックを受ける。また、モジュールでは、管理職に就いた科学者が直面すると思われる様々な課題についても講義する。

 講義のトピックスは「リーダーシップ」、「モチベーション」、「コミュニケーション」、「組織変更」、「効果的交渉」および「時間管理」などを含む。

【科学起業家精神】

 当モジュール「Scientific Entrepreneurship」は対話形式を採用しており、より有効な科学起業家になるスキルを習得するため、討論やグループ・プロジェクトを利用する。

 起業、経営および出資の専門家が、科学起業家が直面する課題や好機について参加者と議論する。

 このモジュールのハイライトは、各参加者が自身の研究に基づく起業アイデアを専門家パネルの前で説明し、フィードバックを受けるプロジェクトである。

 当モジュールのトピックスには、「技術移転と研究者の起業家精神」、「チーム行動」、「アイデアの保護」、「アイデアの商業化方法」および「事業計画と早期段階での資金繰り」などを含む。

【3. 科学者と国会議員・公務員とのペア・スキーム 】

※ 筆者注:この制度については「英国大学事情2006年第3号」でも紹介したが、それ以来かなりの時間が経っており、また新しい読者も増えたため、今月号で再度紹介してみる。当スキームは、当初、科学者と国会議員のペア制度として発足したが、近年は中央官庁の公務員とのペア制度も導入されている。

 当スキームは、英国の国会議員や中央官庁の公務員と優れた若手研究者の間のリンクを強化し、研究者が科学に関する政策の立案や決定のプロセスおよびそれを取り巻くプレッシャー等をより理解できるようにするため、2001年に王立協会の「社会における科学」プログラムの一環として発足した。

 参加科学者は国会議員または公務員とペアを組み、科学者はペアを組んだ国会議員や公務員とともに国会での諸活動を見学または傍聴した後、今度はペアを組んだ国会議員や公務員が参加研究者の研究現場を見学して双方の理解を深めることを目指す。

 2001年の制度発足以来、180人を超す大学や研究センターの科学者が国会議員や公務員とペアを組んでいる。参加した経験のある国会議員の中には、現在の副首相や元高等教育担当大臣らもいる。

 2012年には、初めての試みとして、当スキームに参加経験者を集めたイベントを開催し、このスキームでの経験がその後、国会議員、公務員、研究者のそれぞれの活動にどのように生かされているのか、議論を行った。

【国会議員・公務員へのメリット】

 クローン技術、遺伝子組み換え穀物、気候変動、ナノテクノロジーなどは、国会審議の中心議題でもあった。王立協会は国会での審議や議決の背景として、当スキームを通じて国会議員や公務員に科学をわかりやすく説明する機会を提供している。

 国会議員または公務員を優れた科学者とペアにすることによって、両者はそれぞれの分野の基本的問題点をより理解することができるであろう。

【科学者へのメリット】

 当スキームは、科学者が政策の立案、審議、議決のプロセスに対する理解を深め、科学者の持つ知見を国会や政府と分かち合う方法を探る機会を与えている。

 当スキームへの参加資格は、博士号取得後少なくても2年の経験を持つ研究者であるとともに、専門分野以外の人に自分の研究内容を説明できる優れたコミュニケーション・スキルを持っていることが条件となる。

【科学者の国会訪問】

 このペア・スキームは、最初の週に科学者による国会訪問(Week in Westminster)から始まる。この期間中、科学者には国会内の見学のほか、国会内または省庁内で行われる科学に関連したセミナー、レクチャーおよびワークショップの傍聴の機会が与えられる。

 ペアを組んだ国会議員または公務員は、1日かけて自分の仕事の内容を科学者に説明する。

 科学者は国会内の専門委員会、党首討論会、下院における各種討論、ペアを組んだ国会議員によるプレス・インタビューや政策審議会合等を傍聴することもできる。

【4. 筆者コメント 】

 「英国大学事情2014年第1号」にて「大学の研究者へのキャリア支援組織:Vitae」を、「英国大学事情2014年第3号」にて「博士課程学生への訓練事例」を紹介したばかりであるが、今年前半は科学者への各種の支援・訓練を集中的に取り上げてみた。

 科学者へのコミュニケーション・スキル訓練はインペリアル・カレッジの博士課程など、英国の一部の大学でも実施されている。基礎研究で著名な研究者がフェローとして名を連ねている王立協会のような学協会が「イノベーションと科学関連ビジネス」コースを設けて若手科学者のイノベーション意識を高める訓練しているのは興味深い。

 国会議員や中央官庁の公務員と科学者のペア制度は、2001年の発足以来、現在も継続しており、今までに180を超えるペアが組まれている。国会議員や公務員も多忙を極める中、3-4日をさいてこのような取り組みに参加しているのは注目される。

 筆者も英国企業に勤務していた1980年代に、ビデオ・カメラを使用した、専門家によるプレゼンテーション・スキル訓練を受けさせられた経験がある。自分のプレゼンテーションの様子をビデオで見て、専門家にいろいろと指摘され、納得がいくと同時に自信を失ったことを思い出した。しかし、自信を失うことによって、改善しようと思う気持ちも湧いたのも事実である。

(参考資料:The Royal Society)

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