レポート - 英国大学事情 -

2013年8月号「大学のアウトリーチ活動<リサーチ・カウンシルUKのSchool-University Partnerships Initiativeとインペリアル・カレッジの事例>」

掲載日:2013年8月1日

英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 

【1. はじめに 】

英国の7つのリサーチ・カウンシルのパートナーシップであり、統括機関でもある「リサーチ・カウンシルUK」(RCUK)は、毎年約30億ポンド(4,500億円(*1))の予算にて自然科学から社会・人文科学に及ぶ広範囲な研究分野への公的助成などを行っている。
* 1ポンドを150円にて換算
   各リサーチ・カウンシルでは研究および研究助成の他に、科学に対する一般市民の関心を高めるために各種の「パブリック・エンゲージメント」活動への力を入れている。今月号ではその一環として、中学生や高校生の科学への関心を高める目的で発足したRCUK「School-University Partnerships Initiative」と大学のアウトリーチ活動の事例としてインペリアル・カレッジ・ロンドンの「Reach Out Lab」の概要を紹介する。

 

【2. リサーチ・カウンシルUK 「School-University Partnerships Initiative」 】

2013年1月、「リサーチ・カウンシルUK」(RCUK)は公募型助成プロジェクトである「School-University Partnerships Initiative」に採択された12大学を公表した。当プロジェクトはRCUK、大学、中等・高等学校および企業のマッチング・ファンド方式によって、今後3年間で合計350万ポンド(5億2,500万円)の助成金が12プロジェクトに配分される予定である。
   これらの12プロジェクトを通じて、中等・高等学校を中心とした学校の生徒に先端分野の研究の一端に触れさせて、将来の勉学や進路に夢を持たせると同時に、キャリアの初期段階にいる若手研究者に、生徒との交流を通じた実地訓練によって「移転可能技能」(transferable skills)を向上させることを主目的としている。
※筆者注:
ここで言う「移転可能技能」(transferable skills)とは、研究に特化した技能ではなく、アカデミック職や企業への就職など、学生の将来のキャリアに重要な汎用的スキルを指す。これらの技能は、職種に関係なく全キャリアを通じて通用する、移転可能な汎用的な技能であるため、「移転可能技能」と呼ばれる。例えば、コミュニケーション能力、リーダーシップ、チーム・ワーク力、自己管理能力、自立性などの広範囲な技能が含まれる。

【プロジェクトが採択された12大学】

Aberystwyth University University of Bristol Cardiff University
University of East Anglia University of Exeter Imperial College London
Lancaster University Open University Queen’s Univ. of Belfast
Univ. of Southampton University of Strathclydev University of Manchester

(12大学名と共に、大学と連携する地域の学校の中から幹事校も発表された)

【Aberystwyth University】

プロジェクト名:「Sustainability Network Wales」
アベリスツイス大学の研究者が開発した「持続可能性と社会的責任」の授業モジュールを学校の生徒にも提供するため、大学と学校との共同活動による学際的アプローチであり、地域の7つの学校が参画する予定である。

【University of Bristol】

プロジェクト名:「School Partnership Initiative」


ブリストル大学では同地域の学校群との連携を通じて、生徒に同大学の研究者との共同研究者の役割を演じさせたり、生徒を大学に招いて実際の研究現場を見せたりする取り組みなどを計画している。また、地域のサイエンス・センターにて、大学の研究成果を生徒にカジュアルな形で紹介することも考えられている。

【Cardiff University】

プロジェクト名:「Cardiff University Schools Partnership」
カーディフ大学は地方自治体と組み、同地域の60の学校を支援する計画である。当プロジェクトには、以下の4つの目的がある。

  • カーディフ大学のパブリック・エンゲージメント活動が、地域の学校の教師や生徒のニーズに合っているかをチェックする。
  • 学校の教師が大学を訪問する機会を増やして、大学にある利用可能なリソースを理解してもらうと共に最新の研究成果を知ってもらう。
  • 大学スタッフや学生の中学・高等学校との連携スキルを向上させる。
  • 就学や就職もしていない若者を、大学としていかに支援できるかを考える。

【University of East Anglia】

プロジェクト名:「School-University Partnerships for Research」


大学のスタッフや学生と地域の中等・高等学校との交流を深めて、学校の生徒に科学、歴史、文学、言語や芸術などの研究のプロセスや成果を紹介する。また、科学、芸術、人文科学の学問はそれぞれ単独で存在しているのではなく、諸問題を調査し、解決するためには、学問領域を越えた共同研究によって、より大きな成果が得られることがあることも紹介する。

【University of Exeter】

プロジェクト名:「Empowering Partnerships: Enabling Engagement」
当プロジェクトは「Science and Mathematics」、「Technology and Engineering」、「Philosophy of Contemporary Dilemmas」、「Economic Understanding」という4つの研究活動テーマから成る。これらは学校のカリキュラムと連携すると共に、生徒が成人して活動的な市民になった際には必要となる、将来の重要テーマでもある。各テーマには、地域の幹事学校が選ばれ、テーマ毎に大学の専門研究者、大学院の教育専門家および幹事校の教師の3名の専門家が付く。

【Imperial College London】

プロジェクト名:「Reaching Further」


インペリアル・カレッジの科学、技術、工学および医学分野の研究者が、同カレッジ内に特別に設置された「Reach Out Lab」の施設を利用しての最先端の研究成果の紹介など、学校の生徒のためのアウトリーチ活動を行う。同時に、研究経験の浅い研究者にパブリック・エンゲージメント活動に必要なコミュニケーション能力やチームワーキング能力などのスキル訓練を与えるとともに、学校の教師には最新の研究に対する知識と理解を高めてもらうことも目指す。「Reach Out Lab」については第3章で改めて紹介するが、年間約5,000名の生徒へのアウトリーチ活動ができる専門施設であり、一年中フル稼働の状況が続いている。

【Lancaster University】

プロジェクト名:「Inspiring the Next Generation of UK Researchers」

ランカスター大学と地域の学校グループがパートナーシップを組み、同大学の持つ以下のようなパブリック・エンゲージメント戦略を促進することを目指す。
  • 地域のニーズへの対応
    ランカスター大学はイングランド地方で最も広大な面積をカバーするカンブリア地域に位置するため、今までこの地域の学校は大学との連携を取りたくても困難な状況が続いていた。また、同大学としても広範囲な地域コミュニティーとの接触が難しい状況にあった。
  • キャリアの早期段階にいる研究者への訓練
    継続専門教育(CPD)や博士課程の訓練プログラムの一環にパブリック・エンゲージメント教育を組み込んで、同大学の研究者への支援を進める。

    また、学校の教師への継続専門教育の機会の提供も当プログラムの目的の重要な一部である

【The Open University】

プロジェクト名:「Engaging opportunities: connecting young people with contemporary research and researchers」

当プロジェクトは、日本の放送大学に近い形態の通信制大学であるオープン大学の研究者と地元の学校の3,800名の生徒との間の過去3年間のパートナーシップの実績を基盤として計画された。当プロジェクトでは「Open Lectures」、「Open Dialogues」、「Open Inquiry」および「Open Creativity」という4つの活動を通じて、パブリック・エンゲージメントを促進する。

【Queen’s University Belfast】

プロジェクト名:「Inspiring Lives: Creating Futures」

北アイルランドのベルファーストにあるクィーンズ大学と同地域の4つの学習コミュニティーおよび34の学校と連携して、4つのテーマのパブリック・エンゲージメント活動を推進するプロジェクトである。各プロジェクトは、同大学の経験豊富なアカデミック・スタッフと、学校の教師や生徒と直接的に接触する研究キャリアの浅い研究者によって支援される。生徒の対象年齢は13歳から15歳を想定している。

テーマ
  • クリエーティブ・テクノロジー
  • 多文化、グローバライゼーション、アイデンティティー
  • エネルギー、食糧、環境、持続性
  • 病気の症状、病気のバイオマーカーの発見、新薬の開発、治療など

【University of Southampton】

プロジェクト名:「Talk To US! Engaging University of Southampton researchers with secondary school students and teachers」

地域の学校グループとパートナーシップを組み、サザンプトン大学の教育学、医学、工学・環境学、海洋学、化学および生物学の専門研究者が6つのサブ・プロジェクトを運営する。このサブ・プロジェクトは、次のような共通の特徴を持つ。・学校の生徒の間に研究カルチャーを育ませるために、学校の教師への専門的教育を実施する。
  • 大学の研究者に、10代の若者に対するパブリック・エンゲージメント活動の方法を学ばせる。
  • サブ・プロジェクトの研究テーマは、学校のカリキュラムに沿ったものとする。
  • 学校にて、生徒に小規模な研究活動を行わせる。
  • 年度末にはサザンプトン大学の構内にて行事を催し、生徒が研究成果を発表したり、研究プロジェクトのポスターを貼ったりできるようにする。

【University of Strathclyde】

プロジェクト名:「MUSE: Models of University and School Engagement」

ストラスクライド大学には、「垂直統合プロジェクト」(Vertically Integrated Project)と名付けられた既存の4つのプロジェクトがあり、学部学生と大学院生がキャリア開発の異なる段階において学際的グループを形成して、教員および研究者の指導の下に研究活動を行っている。これにより、同大学の学生はチーム・ワーク、プロジェクト・マネージメント、リーダーシップ・スキルなどを学ぶことができるとともに、アカデミックスは研究プログラムへの学生からの貢献も期待できる。今回のMUSEプロジェクトは、「垂直統合プロジェクト」のアプローチを学校の生徒や教師にも拡大したものである。MUSEプロジェクトでは、同大学のコンピュータ&インフォメーション科学、工学、教育学、歴史学および英語学科のアカデミックスと学生や地域の3つの学校から異なる年齢グループの生徒が参加し、一連の研究プロジェクトを実施して、地域のシティー・センターにおけるイベントなどを通じて、その成果を発表する計画である。

【The University of Manchester】

プロジェクト名:「The University of Manchester Research Gateway for Schools and Colleges」

マンチェスター大学は、地域の多様な学校やカレッジとパートナーシップを組み、最新の研究活動を若者に知ってもらうために「Research Gateway for Schools and Colleges」プロジェクトを発足させた。当プロジェクトには、次のような活動が含まれる。・パブリック・エンゲージメントの訓練を受けた同大学の研究者と、授業カリキュラムに大学の研究者からのインプットを望む地域の学校やカレッジとの間を結ぶ単一のオンライン・サービスを構築する。
  • 同大学構内のManchester MuseumやWhitworth Art Galleryなどの収集物を利用して、学校やカレッジの生徒にポスドク研究者や研究キャリアの浅い研究者とコンクトできる機会を増やす。
  • 大学構内や学校内において、同大学の研究分野の紹介活動を行う。
  • 将来的に研究職の道を目指す若者向けに、エキサイティングで対象年齢を考慮したウェブ・ページを制作する。

 

【3. インペリアル・カレッジ・ロンドンの「Reach Out Lab」 】
   インペリアル・カレッジは長年にわたり、学校やカレッジの生徒にオープン・デイ、サマー・スクール、メンター・プログラム、講演や学校への訪問活動などを通じてアウトリーチ活動をしてきた。
   その一環として、同カレッジの名誉教授(医学)であり、BBC をはじめとしたメディアにて科学のプレゼンターとして活躍し、「社会と科学」をテーマとした活動に熱心なRobert Winston卿の発案によって、2009年秋、インペリアル・カレッジ内に初等・中等学校や高等学校の生徒向けのアウトリーチ活動専用施設「Reach Out Lab」が開設された。(この施設の開設・運営資金は、チャリティー機関、インペリアル・カレッジ、同大学同窓生および一般人の寄付によって賄われている。)
   7歳から18歳の生徒に科学に興味を持ってもらうとともに、施設の関係から公立学校ではできないような科学の実験ができるように、ハイテク機能を備えた学際的施設の「Reach Out Lab」が新設された。年間約5,000名の生徒へのアウトリーチ活動ができる専門施設である。この施設内にて、同カレッジの物理学、化学、数学、生物学および工学の専門家が、生徒による各種の実験を指導している。
   7歳から18歳の生徒に科学に興味を持ってもらうとともに、施設の関係から公立学校ではできないような科学の実験ができるように、ハイテク機能を備えた学際的施設の「Reach Out Lab」が新設された。年間約5,000名の生徒へのアウトリーチ活動ができる専門施設である。この施設内にて、同カレッジの物理学、化学、数学、生物学および工学の専門家が、生徒による各種の実験を指導している。

 

【4. 筆者コメント 】
   英国では1799年に設立され、ファラディーのクリスマス・レクチャーで有名なThe Royal Institutionをはじめ、多くの団体が長年にわたりパブック・エンゲージメント活動の普及に努めている。ロンドンのサイエンス・ミュージアムを筆頭に、ウェルカム財団のように医学に関する博物館を自前で持っているチャリティー機関なども、非常に熱心に科学に関するパブリック・エンゲージメント活動を行っている。
   今回のリサーチ・カウンシルUK による「School-University Partnerships Initiative」は、助成額が3年間で総額5億円と決して大きくはないが、多くの大学が応募し、最終的に12校のプロジェクトが選ばれた。このイニシアティブは学校の生徒に科学への興味を抱かせ、将来の英国の科学基盤を強固にすることを狙っているが、研究経験の浅い研究者にコミュニケーションやチームワーキングなどのスキルを磨く訓練の機会を与えることも目的の一部になっているのは注目されよう。
   学校の生徒を対象としたアウトリーチ活動のための専用施設を学内に設置している大学はまれであり、インペリアル・カレッジの「Reach Out Lab」の活動は注目される。この活動に興味がある方には、次のウェブサイトの中にある、Winston卿による「Reach Out Lab」紹介ビデオ・クリップを参照することを勧めたい。
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