レポート - 英国大学事情 -

2013年6月号「ロンドンの2大学における新キャンパス建設計画<インペリアル・カレッジとユニバーシティー・カレッジ・ロンドン>」

掲載日:2013年6月3日

英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 

英国のみならず世界的にもトップレベルにランクされるロンドンのインペリアル・カレッジとユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(UCL)が期を同じくして、大規模な新キャンパスの建設計画を進めている。今月号では、これらの計画の概要を紹介する。

 

【1. インペリアル・ウェスト・テクノロジー・キャンパスの新設計画 】

   ロンドンのインペリアル・カレッジは1907年に創立された、工学、自然科学、医学及びビジネス・スクールに特化した大学である。同カレッジはロンドン大学の傘下に入っていたが、2007年にはその傘下を離れ、完全に独立したカレッジとなった。
   現在のインペリアル・カレッジのメイン・キャンパスである、ロンドン中心部のサウス・ケンジントン・キャンパスは敷地的にこれ以上の拡張が困難な状況となっており、同カレッジでは新キャンパス候補地を探していた。
   2009年9月、インペリアル・カレッジはロンドン地区西部に位置する、BBC Worldwideサービスの建物があった7.7エーカー(約31,000m2)のウッズランズ・サイトを2,800万ポンド(約41億円(*1))にて購入した。この土地の選定には、同カレッジの医学部付属病院のあるロンドン西部のハマースミス・キャンパスに近いことも考慮された。
   2012年7月、同カレッジの新キャンパス・マスター・プランがロンドンのハマースミス・フルハム区議会によって承認された。
   2012年9月、計画の第1段階であるウッド・レーン・スタディオの建設が完了した。この建物には、同カレッジの大学院生や研究者になりたての若者のために約600の1部屋サイズ(studio)の寄宿舎が完備されており、共同ラウンジ、運動ジムや自転車のための倉庫なども付いている。
   2012年10月、計画の第2段階として、総予算1億5,000万ポンド(218億円)にて「Research and Translation Hub」を新設するために、HEFCEから「UK Research Partnership Investment Fund」を通じて、同カレッジに3,500万ポンド(51億円)の公的助成金が下りた。
   2013年から、「Research and Translation Hub」の建設計画が始まる予定である。ハブが完成した時には、新キャンパスが総勢3,200人の直接的な雇用を生み出すと期待されている。

【Research and Translation Hub】
   「Research and Translation Hub」は総床面積42,000m2を持つ、新キャンパスの中核施設であり、ワールド・クラスの教育、研究、知識移転活動および企業やNHS(National Health Service)などとの連携を促進することを目的とする。
   このハブは、スピンアウト企業のための50のインキュベーター・ユニットを完備し、ロンドンの起業家コミュニティーのニーズに応えることと共に、インペリアル・カレッジまたは他大学から生まれたイノベーションも支援していく計画である。
   またこのハブは、主に次世代の新材料の研究のために、1,000人の科学者やエンジニアに高機能の学際的研究施設を提供できるように設計される予定である。
   この構想にかかる総額1億5,000万ポンド(218億円)の資金に関しては、上記のHEFCE助成金3,500万ポンド(51億円)の他、民間の投資企業1社から9,000万ポンド(約130億円)、残りの2,500万ポンド(約36億円)はインペリアル・カレッジ自身が出資することになった。
   新キャンパス敷地内には、「Research and Translation Hub」の他に、地域のコミュニティ・センターやレジャーセンター、商業施設、ホテル、インペリアル・カレッジや同カレッジに勤務しているNHSのキー・スタッフ向けの寄宿舎、一般民間人向けの住宅や一般市民が利用できる広場も併設される計画である。
   「Research and Translation Hub」を中核とした新キャンパスは、インペリアル・カレッジの医学旗艦研究機関であるハマースミス・キャンパスにある「Imperial Centre for Translational and Experimental Medicine」の補完的機能を併せ持つ。
「Research and Translation Hub」の建設予定地は、「Imperial Centre for Translational and Experimental Medicine」から500メートルしか離れていない。
   「Imperial Centre for Translational and Experimental Medicine」は、ロンドンの有力大型病院の一つであるハマースミス病院に隣接して、工費7,300万ポンド(106億円)をかけて、2012年5月にオープンしたばかりである。この医学研究センターは、科学的発見を病気の予防、診断および治療にできるだけ迅速に応用できるようにすることを主目的として、450人までの研究者が臨床試験を通じて、新たな治療法の評価や開発ができる専用施設を完備している。
(参考資料:Imperial College
http://www3.imperial.ac.uk/newsandeventspggrp/imperialcollege/newssummary/news_23-11-2012-17-0-46
http://www3.imperial.ac.uk/newsandeventspggrp/imperialcollege/newssummary/news_31-10-2012-17-16-56)

 

【2. UCLのストラットフォード・キャンパス新設構想 】

   ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(UCL)はイングランド地方でオックスフォード大学、ケンブリッジ大学に続く3番目の大学として1928年に設立された。また、UCLは学生のバックグランドや宗教を問わずに入学でき、かつ女子学生も男子学生と同等の条件で入学できる、イングランド地方で最初の大学となった。幕末に、伊藤博文などの旧長州藩士が留学した大学としても知られている。
   UCLの現在のメイン・キャンパスであるロンドン中心部のブルームズベリー・キャンパスはこれ以上の拡張が難しい状況にあり、近年、UCLは新キャンパス候補地を探していた。
   ロンドン市東部にある、2012年のロンドン・オリンピックのメーン会場となったオリンピック・スタジアムに隣接するロンドン・ニューハム区の23エーカー(93,000m2)の再開発地区が新キャンパス地の候補に挙がり、2012年、UCLの新キャンパス建設構想案がニューハム区との間で基本的な合意に達した。この23エーカーの敷地面積は、現在のメイン・キャンパスであるブルームズベリー・キャンパスとほぼ同等の規模である。
   2013年中に、UCLは土地購入に関する詳細手続きをニューハム区と交渉すると共に、2014年以降のより具体的なキャンパス建設計画を同区に提出する予定である。
   この新ストラットフォード・キャンパスはブルームズベリー・キャンパスの単なるサテライト・キャンパスではなく、ブルームズベリー・キャンパス同様の国際的に通用する研究ハブと位置づけ、特に学際的教育や研究および産学連携活動に力を入れていくとしている。
   現在の建設計画は暫定的であり、具体的計画は今後UCLとニューハム区にて煮詰めることになっているが、ストラットフォード・キャンパスの建設には2028年の完成までに総額約10億ポンド(1,450億円)の投資が想定される。
   2028年の完成時には、7,500人の学生と約2,300人の教職員のためのキャンパスとなる予定である。この他に、現在ストラットフォード地区に居住している住民およびその他地区からの移住者も同キャンパスの一般居住区に住むことになるため、同地区への経済効果として、直接的、間接的を含めて約4,500人の新規雇用、年間約2億ポンド(290億円)の粗付加価値(Gross Value Added)が見込まれる。
   UCLではブルームズベリー・キャンパスに関しても、今後10年間で5億ポンド(725億円)の予算で改修工事をし、施設の利用効率を10%改善する計画も並行して進めるとしている。
【ストラットフォード・キャンパス建設計画案】(フェーズ1: 2016年-2021年)
   建築および構築環境(Built Environment)学科を含む工学部や公衆衛生学科を含む医学部等の施設を建設する。主に大学院生向けの施設を計画しているが、学部学生のための学際的教育・研究も行う。
   現在のブルームズベリー・キャンパスでは、これ以上の拡張が困難なため、学生や職員のための宿舎を提供することができない状況である。ストラットン・キャンパスを建設することによって、これらが可能になる。
   計画のフェーズ1として、UCL自身が使用するための約74,000m2、UCL以外の使用のための約46,000m2の建物を建設と共に、一般市民がアクセスできる公共部分の建物や庭園などの建設を計画している。
   将来的には総床面積218,000m2まで建物を拡張することを考えている。その場合の使用目的別のスペース配分としては、研究用32%(研究施設、ワークショップなど)、UCLの学生およびスタッフ(家族を含む)向けの居住用21%、ストラットフォード地区の住民の代替住居や民間向け住居用21%、支援施設用14%(学生のための諸施設、職員用オフィス、ケータリングなどの施設)、授業用6%(クラスルーム、セミナー室、レクチャー室など)、学習9%(図書館、自習室、ITアクセス、集会スペースなど)を計画している。
   また当キャンパス構想において、UCLは地域社会、教育機関や企業との協働活動を目指しており、これらのパートナーとの共有スペースとして床面積約19,000m2の建物の建設も計画している。
   投資計画としては、2014-15年までは調査費として年間500万ポンド(7億円)、その後、建設資金として年間6,000万ポンド(87億円)から7,000万ポンド(102億円)を想定している。
   資金計画に関しては現在のこと流動的であり、その詳細がまだ公表されていないが、新聞報道などによるとUCLは最近ケンブリッジ大学が3億5,000万ポンドの大学債を成功裏に発行したことを注目しており、UCLでも大学債の発行や民間の投資パートナーの参入も視野に入れている可能性を示唆している。
(参考資料:UCL
http://www.ucl.ac.uk/stratfordhttp://www.ucl.ac.uk/stratford/stratfordproposition.pdf
PDF)

 

【3. 世界の大学のキャンパス建設構想 】

通信機器産業におけるノキア社の成功例を受け、フィンランド政府は大学が主導する技術分野をまとめ、新技術を基盤とした企業を育成するために熱心な活動をしてきた。

   UCLの「ストラットン・キャンパス建設構想」資料には、英国のインペリアル・カレッジやダーラム大学の新キャンパス建設構想の他に、米国、フィンランド、スペイン、ブラジルの大学による大型キャンパス建設計画が参考資料として掲載されている。

【米国:コーネル大学ニューヨーク応用科学キャンパス構想】
   ニューヨーク市は、ロンドン市と同様に金融サービス以外の産業の育成のため、新技術への研究開発に投資することによって、同地域の産業の多角化を図る必要があると判断した。
   ニューヨーク市には技術関連の産業が活発化してきているが、その経済規模に比べて多くの最先端の技術を生み出しておらず、またハイテク従事者の数もそれほど多くはない。
   それに対処するため、同市は「応用科学イニシアティブ:Applied Science Initiative」を立ち上げた。同イニシアティブに参画する大学を公募し、2011年に米国のコーネル大学とイスラエルの工科大学(Technion-Israel Institute of Technology)をパートナーとして選定した。
   当イニシアティブの発足によって、ニューヨーク港内地区に、両大学を中心とした、以下のような大規模な工学研究基盤が構築されることになった。
   当イニシアティブの発足によって、ニューヨーク港内地区に、両大学を中心とした、以下のような大規模な工学研究基盤が構築されることになった。・延べ面積約200万スクエア・フィート(約186,000m2)・2,000から3,000名の学生および250-280名の教職員・約20億ドル(1,900億円(*2))の投資・2017年までの第1フェーズに、床面積30万スクエア・フィート(約28,000m2)の建物の建設
・ニューヨーク市による1億ドル(95億円)と11エーカー(約45,000m2)の敷地の提供
・大学院生と教職員のための住居の完備
・「ネット・ゼロ・エネルギー」の建物
・2043年に全建設が完了の予定

【フィンランド:アールト大学の新キャンパス構想】
   その一環として、フィンランド政府の指導および支援を得て、同国のイノベーションとクリエーティビティーを高めるために、ヘルシンキにあるHelsinki School of Economics、Helsinki University of Technology、The University of Art and Design Helsinkiの3大学が2010年に合併し、Aalto Universityという、学生数約2万人の新大学が誕生した。
   アールト大学の最大規模のキャンパスは旧ヘルシンキ工科大学のあるOtaniemiキャンパスである。このキャンパスを中心とした地域は、北欧諸国の中で最も多くのハイテク企業や研究施設が集中している場所として知られ、過去2回、ヨーロッパで最もイノベーションが活発な地域の一つに選ばれている。
   このような背景から、このOtaniemiキャンパスに、3大学合併後の統合キャンパスが段階的に建設されることになった。
   3大学の合併によって、アールト大学への政府の直接助成金が1億ユーロ(120億円(*3))増えると共に、長期的キャンパス構想を支援するための5億ユーロ(600億円)を目標とする基金への募金活動も、大学と産業界による2億ユーロ(240億円)の寄付および政府の3億ユーロ(360億円)のマッチング助成によって成功している。

【スペイン:22@Barcelona構想】
   スペインでは、1992年のバルセロナ・オリンピック開催と同時期に、バルセロナ地域の10大学の連携によって、バルセロナの旧工業地帯を知識やイノベーションの活性化地域に改造するプロジェクト「22@Barcelona」が立ち上げられた。
   このプロジェクトによって総額1億8,000万ユーロ(216億円)が投資され、総床面積400万m2の建物が建設された。
   この再開発地区には10の大学およびその学生約25,000人のほか、12の研究所が入居している。2000年以来、4,500社を超える企業が同地区に入居し、その内47%が新たなスタート・アップ企業である。

【ブラジル:レシフェ市開発構想】
   ブラジルでも2014年のサッカー・ワールド・カップ開催の一環として、ブラジル北東部のレシフェ市の240ヘクタール(240万m2)の広大な開発地区にスタジアムの建設と合わせて住宅、商業ビル、教育機関やレジャー施設を建設する計画が立ち上がっている。
   この開発地域の「教育地区」には、一つの大学のほかに初等・中等学校も建設される予定である。入居予定のペルナンブコ大学は既存の7キャンパスを当地区に建設する新キャンパスに統合し、同大学の7,000人の学生と700人の教授が当地区に移転することになっている。キャンパスの統合によって、学科間の連携が強化され、イノベーションの機会が増大することも期待されている。

 

(参考資料:UCL
http://www.ucl.ac.uk/stratford/stratfordproposition.pdf PDF
http://www.aalto.fi/en/about/)

 

【4. 筆者コメント 】

   インペリアル・カレッジやUCLによるキャンパス新設計画は、単なるキャンパスの移転計画ではなく、新キャンパスを増設することによる大学の拡大戦略の一環であると共に、大学の新キャンパス建設を中心とした地域社会や経済活動の活性化構想でもある。
   これらの英国の主導的大学は、世界の有力大学との競争を強く意識しており、研究設備の拡充や学生・教職員の宿舎等の施設の充実を図ることによって、世界中から優秀な研究者や学生を引き寄せることに力を入れている。
   上記の事例からも明白なように、単なる大学キャンパスの拡大ではなく、社会的、経済的利益を生み出すための大型の大学キャンパス建設構想が世界各地で進行している。

 

注釈)
*1 1ポンドを145円にて換算
*2 1ドルを95円にて換算
*3 1ユーロを120円にて換算

 

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