レポート - 英国大学事情 -

2013年4月号「Easy Access IP イニシアティブ<大学の持つ一部知的所有権の無償提供制度>」

掲載日:2013年4月1日

英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 

【1. Easy Access IPイニシアティブ 】

「Easy Access IPイニシアティブ」とはグラスゴー大学、キングス・カレッジ・ロンドンおよびブリストル大学が主導して共同で設立したイニシアティブであり、大学にて開発された知的所有権(Intellectual Property)を共有するための新たな方法を普及させ、産学連携を促進する活動が始まっている。

 

1-1) Easy Access IP とは

  • 大学で開発された知的所有権の中には、研究開発があまりにも早期段階であったり、企業が商業化するには多くの不安定要素があったりするために、通常のルートでの商業化が難しいものもある。
  • そのような知的所有権を「Easy Access IPポートフォリオ」を通じて、企業に迅速かつ1ページの簡潔な契約書のみにて、無償で提供するイニシアティブである。
  • 企業は知的所有権を大学から無償で提供されるため、研究開発リスクを軽減することができる。一方、大学は企業との長期的な関係を深めることができ、大学の知識を広く社会に普及させるというミッションに貢献することができる。

1-2) 活動原則

当イニシアティブの主目的は、産業界とのパートナーシップを最大限に強化し、大学の持つ知識を社会に還元することにあり、以下の5つを活動原則とする。

  • 知識移転の最大化を図る。
  • 金銭的利益だけで行動しない。
  • 企業が大学と容易に協働できるように、できるだけシンプルな契約を目指す。
  • 大学は更なる研究を行うことができる権利を維持する。
  • 大学の知識を社会に広めるという目標のために、大学の持つ知識所有権を公表する権利を維持する。

 

1-3) 参加大学

    創設メンバーであるグラスゴー大学、キングス・カレッジ・ロンドンやブリストル大学 をはじめとして、現在ではバーミンガム大学、スタッフォードシャー大学、ランカスター大学の他、オタワ大学、サウス・ウェールズ大学、コペンハーゲン大学などの海外の大学も含め13大学が当イニシアティブに参加している。

 

1-4) Easy Access IPポートフォリオ

    参加大学が無償で提供できる知的所有権の一覧および最新情報は、「Easy Access IPポータル」のEasy Access IP欄に掲載されており、企業はオンラインにて検索できるようになっている。

 

1-5) Easy Access IPのライセンス方法

   Easy Access IPのライセンスを受けるためには、企業は当該大学に以下の項目をA4版用紙2ページ以内にまとめて提出する。
  • 技術の用途
  • 技術開発の実施者およびその役割
  • 商業化へのタイムスケール
  • 今後期待される当該大学との関わり方
  • 社会および経済への期待される寄与

 

   Easy Access IPのライセンス条件
  • 企業は当該技術の開発への大学の貢献を認めると共に、進捗を大学に報告する。
  • 企業はライセンスを受けた知的所有権を契約から3年以内に利用しなかった場合には、その知的所有権を大学に返還する。
  • 大学が当該知的所有権を大学自らの研究のために利用する場合は、何らの制約を受けない。

 

【2. 質疑応答 】

2-1) 大学が開発した知的所有権を無償で提供する理由は?

当イニシアティブへの参加大学はオープン・イノベーションに賛同する大学であり、企業パートナー、コミュニティーや経済に貢献するために、できるだけ多くの知的所有権を商業化に役立てるというコミットメントを持っている。我々の持つ知的所有権を企業パートナーが評価し、迅速に商業化することによって、大学の持つ知識を社会に広めることができる。

2-2) ライセンス・フィーやロイヤリティー・フィーが必要な知的所有権の提供もするのか?

イエス。当イニシアティブ参加大学は、ライセンス供与の前に商業的に成熟しているか、または、さらなる発展が見込まれる知的所有権の開発は今後も継続していく。これらの知的所有権は以前と同様に保護され、商業ベースで企業に有償で提供していく。

 

2-3) Easy Access IPポートフォリオに含まれる知的所有権は完全に無償なのか?

イエス。当該技術が将来、金銭的利益を生むことになっても、ライセンス・フィーやロイヤリティー・フィーは不要。しかし、当該技術を得た企業や個人は大学の貢献を認識し、技術の発展の進捗状況を大学に報告する義務を持つ。

 

2-4) Easy Access IPポートフォリオに組み入れる知的所有権をどのように決めるのか?

最初に学内にて各知的所有権を通常のプロセスにて評価した上で、その知的所有権をEasy Access IPポートフォリオに組み入れた方が経済的、社会的により大きなインパクトがあるかどうかを検討する。ある特定の知的所有権をEasy Access IPポートフォリオに組み入れる候補に挙げた場合、大学は当該知的所有権を開発した研究者や研究助成者にアプローチした上で、研究者や研究助成者がEasy Access IPポートフォリオに入れるかどうかの最終判断をする。

 

2-5) 大学は将来のロイヤリティー・フィーを放棄することになるリスクを懸念しているか?

もちろん大学が開発した全ての知的所有権が金銭的リターンを生むことを希望している。しかしながら、Easy Access IPポートフォリオに組み入れられた知的所有権には通常のルートでは商業化が困難なものを含むため、大学としては長期的に大学の利益になるような企業などとの新たなパートナーシップの促進を優先して、目先の金銭的リターンを放棄することを選択した。

 

2-6) 経済的に困難な時期にEasy Access IPを提供することによって大学が必要とする 収入の一部を放棄していると懸念するか?

大学として、我々の時間とリソースは限定されているため、経済や社会に最大限の利益を提供するためにはそれらを有効に活用しなければならない。大学の持つ知的所有権の一部を無償にて開放することにより、我々のミッションを遂行し、大学との協働を望む企業との長期的関係を構築することができると考える。

 

2-7) 無償の知的所有権は企業からはあまり価値がないものと思われていないか?

大学のもつ技術は開発の非常に早期段階にあるものが少なくなく、その真の価値を生み出すためには多額の投資を必要とするために学内では対応できない場合がある。この点は、Easy Access IPに商業的興味を持つ企業に理解してもらえるものと信じる。

 

2-8) 大学の知的所所有権に興味のある企業が、大学のすべて知的所有権は無償であるべきと思いこまないか?

有償でも商業的利益を生む可能性のある技術のライセンスを望む企業はまだ存在している。多くの投資家にとって、これは彼らのビジネスの成功に重要なことである。

 

2-9) あるEasy Access IPのライセンシングに一社以上の企業が興味を示した場合、どのようにしてライセンス供与企業を決定するのか?

ライセンシングに興味を持つ企業は、経済や社会の利益のためにどのように当該の知的所有権を使用するかを大学に説明することが求められる。大学は各プロポーザルを検討した上で、どちらがこの目的に最も適っているかを考慮して決定する。

 

【3. 筆者コメント 】

   Easy Access IPイニシアティブは大学の持つ知的所有権の一部を無償で産業界に提供する活動であるが、これとは反対に、企業が所有しているが活用していない知的所有権を無償で大学の研究者に提供するという事例もある。その例として、英国の大手製薬企業のAstraZeneca社と医学研究会議(Medical Research Council)の共同プロジェクトを簡単に紹介しておこうと思う。

【医学研究会議と大手製薬企業との研究提携】

   2011年12月、英国の公的研究助成機関の一つである医学研究会議(MRC)は、英国の大手製薬企業であるAstraZeneca社との新たな形態の研究提携を発表した。この新たな提携により、大学の研究者は同社が開発した22種類の化合物(compounds)を、医学研究会議の研究助成金を受けて、病気のメカニズムや治療法の研究のために自由に利用できるようになった。
   製薬企業による新薬開発は、長期にわたると共に多額の開発費用がかかる。現在では、一つの大型新薬を市場に出すまでには平均して6億3,000万ポンド(約910億円(*1))の費用が必要と言われている。このため、製薬企業が開発した多くの化合物は、開発費用を始めとしたさまざまな理由から製品化が中止になるケースが多い。
   しかし、これらの化合物の中には大学の科学者が医学研究に利用できるものも少なくない。今回、AstraZeneca社が無償提供する22種類の化合物は、同社が特定の病気の治療のために開発してきたが、開発の後期段階で製品化を取りやめた化合物である。
   医学研究会議では、トランスレーショナル・リサーチ戦略の一環として、AstraZeneca社の22種類の化合物の応用研究をするために、大学の研究者などを対象とした研究助成公募を行うことになった。(同社が現在実施している研究開発プロジェクトと重複する研究案件は公募対象外となるが、同社が応募研究者と直接的に共同研究を進めることは妨げない。)
   2012年10月に公募結果が発表され、10大学と1公的研究機関による合計15の研究プロジェクトが採択され、総額700万ポンド(約10億円)の助成が決まった。
   知的所有権に関しては、AstraZeneca社がこれらの化合物の開発に多額の開発資金を投入してきたため、同社が化合物の化学組成に関する知的所有権を有するが、これらの化合物を利用した新たな研究成果は高等教育機関に属することになる。

このように英国では、利用されていない、または当面利用見込みがない知的所有権を無償で開放して、積極的に経済や社会のために活用していこうという動きが出ている。

ページトップへ