レポート - 英国大学事情 -

2011年8月号「高等教育白書<学生を中心に置いたシステムの構築>」

掲載日:2011年8月1日

英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 

2011年6月末、英国の高等教育を所管するビジネス・イノベーション・技能省(BIS)大臣および大学・科学担当閣外大臣は連名で、「Higher Education:Students at the Heart of the System と題する高等教育白書を発表した。約13年間続いた労働党政権から、昨年春の保守党・自由民主党による連立政権交代後の初めての高等教育白書となる。当白書は、学生を中心に置いた高等教育政策を表明しており、前政権とは異なる新らたな基本方針を打ち出している。今月号では、この80ページを超える当白書の中から、政策の要点のみを抜粋して紹介する。

 

【1. 序文要旨】

  • 英国の大学は誇れる歴史とワールドクラスの評判を得ており、世界中から学生を引き寄せている。高等教育は、政府による助成と高等教育機関の自治という、成功した官民パートナーシップの好例である。
  • 当白書はその実績に基づくとともに、学生をより主体とした制度の構築を目指す。また、投資の増大、多様性の拡大および中央政府による管理を弱めることを考えている。しかしながら、その見返りとして、大学は納税者に対するのと同様に、学生に対してもより大きなアカンタビリティーを持つことになる。
  • 政府による授業料の値上げや返済方法の改革は、高等教育機関の質と学生数を削減することなく、前政権から引き継いだ巨額の財政赤字の解消への支援となる。また、これらは、在籍中の学生および将来の卒業生の利益と大学の資金需要との均衡を保つためでもある。
  • 低所得家庭の学生には、より多くの支援を受けられるようにする。多くの卒業生は、政府から前借した授業料をより長期にわたり返済することになるが、毎月の返済額は以前より少なくなる。学部学生は、在学中は授業料を納付する必要はなく、すべて卒業後の返済となる。また、政府はパートタイムの学部学生に対しても学生ローン受給資格を広げるとともに、生活費支援の増強および新たな奨学金制度「National Scholarship Progranmne」を設置することにした。
  • われわれの改革は単に財政の問題にとどまらず、「教育」が「研究」と同様の威信(prestige)を持てるように、質の高い授業にあらためて焦点を置いていきたい。それ故、大学進学希望者が多様な授業コースに関する、より良い情報を得られるようにする。
  • 近年、高等教育分野に課せられてきた細かな管理(micro-management)のために、大学は学生のニーズへの対応が遅れてきた。今後は、このような管理制度の改善に取り組んでいく。
  • 各大学への入学者数が、政府によって決定される現行制度を見直す計画である。しかしながら、大学はより高い質の提供とより低い費用という競争原理にさらされなければならない。
  • 学生のニーズに対応するということは、提供方法の多様化をも意味する。これに伴い、政府は継続教育コレッジでのさらなる高等教育の提供、学習モードの多様性および画期的な高等教育を提供する新たな形態の大学の出現を期待している。
  • 当連立政権は高等教育への財政支援を改革し、学生が大学でより良い経験を積めるように努力するとともに、社会的移動性(social mobility)を育成していく。われわれの包括的な目的は、学生のニーズに対して、新たな方法で自由に対応できる高等教育分野の実現にある。

 

 

【2. 学生への財政支援】

  • 2014、15年度までの現行の「包括的政府予算見直し」期間中、イングランド高等教育助成会議(HEFCE)からの運営費交付金による教育への助成金の比率は減少し、政府補助のある授業料ローンへの卒業生からの返済比率は増加することになる。
  • 医学、科学、工学などの優先科目への教育費用は授業料だけでは賄いきれないために、HEFCEが今後も運営費交付金による助成を継続する。(筆者注:人文、社会科学系科目に対しては、公的研究評価に基づく研究用助成は継続されるが、教育用助成は実質的にゼロになり、これらの科目の教育費用はほぼ授業料のみで賄うことになる)
  • 2012年度秋のタームから、すべての高等教育機関は学士課程コースに対して無条件で、年間6,000ポンド(78万円*1)まで、また一定の条件付で年間9,000ポンド(117万円)まで授業料を引き上げることができるようにする。(筆者注:政府が規定した、現行の年間授業料上限は3,280ポンド)
  • 初めて学士課程に入学するフルタイムの学生は在学中に授業料を納付する必要はなく、政府系の学生ローン会社から授業料と生活費をカバーする学生ローンを受けて支払いに当てることができる。また、多くのパートタイムの学生にも初めて、授業料ローンが受けられるようにする。
  • これらのローンは卒業して就職した後、年間収入の21,000ポンド(273万円)を超えた部分の9%を30年間にわたり、毎年返済していくことになる。返済は、雇用者による源泉徴収の形で実施される(筆者注:現行制度では、年間収入の15,000ポンドを越える部分の9%の返済が義務付けられている)。繰上げ返済などに関しては、今後コンサルテーションを実施して決定していく。

 

 

【3. 大学での体験の改善】

  • 高等教育機関が、授業コースに関する十分な情報を提供することを期待する。また、入学希望の学生がこれらの情報を入手しやすくするとともに、他の高等教育機関とも比較しやすくするように指導していく。
  • 高等教育機関が大学進学希望者と在籍中の学生に対して、すべてのランクの教員の教員資格、特別研究員資格や専門知識・技能に関する匿名情報を公表することを奨励していく。
  • 大学進学希望者が異なる大学の学科をより容易に比較できるように、イングランド高等教育助成会議(HEFCE)に対して、大学の各学科情報を紹介する現行のUnistatsの機能を改善するよう要請した。その結果、2011年夏より、各大学の学科ごとの卒業生の給与情報がUnistatsによる情報に加えられるであろう。
  • 雇用や収入に関する調査結果を含む、学生のデータを持つ主要組織に対して、詳細データを公表するように要望していく。それらのデータを分析することによって、学生、親やアドバイザーなどのニーズに合ったさまざまな様式で提示できるようにする。
  • 英国の大学と入学希望者の間に立って入学応募書類を一括して処理しているUCASと高等教育機関に対して、過去に入学を許可された学生の実際の受験資格の種類と履修科目を示す新たなデータを授業コースごとに公開するよう要求している。これによって、大学進学希望者が高等学校においてどの科目を履修し、どのような受験資格を取ればよいのかを選択する手助けをする。
  • 政府系の学生ローン会社(Student Loan Company)とUCASに対して、高等教育機関への入学応募と授業料の学生ローンの申請の両方を行える単一のポータルサイトの開発を依頼した。
  • 各大学が、学生による大学の満足度調査を実施し、その結果を2013、14年度までに各大学のウェブサイトで公表することを期待する。政府は、その前にHEFCEや全国学生同盟(National Union of Students)などと協議し、学生にとって最も有益な情報と形態について合意を図る計画である。
  • 大学の責任を問うために、最もインパクトがあり、学生により大きな力を与えるような規制に焦点を置いた、リスクに基づく品質体制を導入する計画である。すべての高等教育機関は、今後も単一のフレームワークでモニターされるが、大学への定期的レビューの必要性や頻度は、学生満足度や各大学の最近の実績などのクライテリアに基づくことになろう。
  • 大学に対する学生の不満を仲裁する独立機関であるOffice of the Independent Adjudicatorが、学生の不満をできるだけ早く解決できるように大学を支援することを要望する。そのため、同機関に早期解決を促進する方法を高等教育分野と協議するように要請する。
  • 大学生のインターンシップを促進する2011年の「Graduate Talent Pool」制度を来年度も継続し、学生がインターンシップの機会をより多く得られるようにする。
  • National Consortium of University EntrepreneursおよびQuality Assurance Agencyとともに、高等教育機関が学生の企業スキル開発を支援することを奨励する。
  • 雇用者、個人およびコミュニティーの変化し続けるニーズを満たすため、継続教育コレッジや新たな形態の教育提供組織を含む高等教育市場を開放していく計画である。
  • 2012、13年度における総入学者数枠のうち、約85,000人を特別枠とする。その内訳は、高校卒業全国統一試験であるAレベル試験の3科目においてAAB以上の優秀なスコアを得た約65,000人の学生に対しては、各大学が入学者数の制限なしに入学許可を与えることができるようにするとともに、平均で年間7,500ポンド(約98万円)以下の授業料を設定する高等教育機関には、合計で最大20,000人までの入学枠を増やすようにする。
  • 企業などの雇用者やチャリティー機関が、政府への財政負担にならない限り、学生入学枠以外の個人枠のスポンサーになれるように柔軟に対応していく。
  • 高等教育機関への入学に対する各種障害を取り除くために、関係機関とのコンサルテーションを実施する。これには、学位授与権やその更新要件とプロセスの変更および「大学」と呼ぶことができる機関を決定する要件とそのプロセスの変更が含まれる。

 

 

【4. 社会的流動性の改善】

  • 2012年4月までに、中立性と専門性の原則に基づく、新たなキャリアサービス拠点をイングランド地方に新設する。
  • キャリアガイダンスに対する強固な品質保証フレームワークを構築する。それには、新たなキャリアサービスのための全国的な品質規格および学校やコレッジが目指すことができるような質の高いアウォードの一貫性を保証する方策が含まれる。
  • 年間6,000ポンド(78万円)以上の授業料を設定するすべての高等教育機関は、恵まれない家庭の学生の大学進学率を高める方策について、Office for Fair Accessとの合意を得なければならない。
  • 大学やコレッジへの支援を高めるため、Office for Fair Accessの機能能力を当初の4倍に引き上げる。同オフィスの責任者は、今後も各高等教育機関が持つ入学者の選考とその選考基準に関する権利を含むアカデミックフリーダムを保護する義務を負う。
  • 低所得家庭からのフルタイムの学部学生には、今まで以上の財政支援をしていく。年間収入25,000ポンド(325万円)以下の家庭の学生には、年間3,250ポンド(約44万円)の生活費補助金を受けることができるようにする。また、2012、13年度からは、多くのパートタイム学部学生も毎年フルタイムコースの最低25%の授業を受けている場合には、授業料のための公的学生ローンを受けることができるようにする。
  • 2012年より、新たな全国的スカラーシップ制度(National Scholarship Programme)を発足させる。経済的に恵まれない若者や成人の高等教育進学率を高めるため、2014年までに1億5,000万ポンド(195億円)の助成を行う。また、同スカラーシップ制度に参加するすべての高等教育機関にも、同制度への追加的資金の拠出が求める。高等教育機関には、チャリティー機関や慈善事業家からの寄付金を募ることを奨励し、当スカラーシップ制度の当初予算の2倍規模を目指していく。
  • UCASは現在、高等卒業資格全国統一試験であるAレベル試験の結果前にUCASを通じて希望大学に応募する現行制度を変更し、試験結果後に希望大学に応募するシステム(Post-Qualification Application)を含む、応募プロセスを見直ししているところである。政府はその結果を待って、どのような制度が進学希望者にとって最善であるかを判断する予定である。

 

 

【5. 目的にかなった新たな規制の枠組み】

  • イングランド地方の高等教育システムの一部となることを希望するすべての機関をカバーする、単一で透明性の高い規制枠組みに関する政府提案へのコンサルテーションを実施する予定である。
  • HEFCEに、生活補助金や授業料への学生ローンの受けるための条件をつける権限を与えるための法改正を考えている。また、HEFCEには現行通り、高等教育機関の財政的安定性を監視し、必要なら干渉する権限を持たせる。
  • 高等教育分野の監督機関としてのHEFCEの新たな権限の一環として、高等教育分野において必要な場合には、競争を促進することによって学生の利益を保護するという明確な権限をHEFCEに与える。
  • 入学者数の制限の緩和や学位授与の権限に対するプロセスとクライテリアの見直しなどの規制緩和のほかに、以下を進める。
    • 学生と納税者の利益を守りながら、高等教育分野において規制緩和ができるところを見いだすために、Higher Education Better Regulation Groupに対して複雑な法規制を全般にわたりチェックするように要請する。特に、アカデミックスタッフに関するデータ収集の負担を軽減できるような規制緩和を期待している。
    • 法人税の還付手続きにかかる高等教育機関の費用を、いかに軽減できるか検討する。
  • HEFCE、Higher Education Statistics Agency、Higher Education Better Regulation Groupに対して、Information Standards Board for Educationの協力を得ながら、高等教育機関から同一情報を要求するデータの提出依頼の回数を削減するように指導する。

 

 

【6. 筆者コメント】

  • 当白書は、昨年発表された「ブラウンレビュー」の各種提言を受けて作成された、保守党・自由民主党の連立政権による初めての基本的高等教育政策である。今後、具体的な面で、関係機関とのコンサルテーションを経て実施に移されることになる。
  • 約13年間続いた前労働党政権との大きな違いは、特に学生を中心においた視線である。すなわち、学生を顧客(customer)と捉え、学生の多様なニーズに合う高等教育システムを構築していくという点にあるように思われる。これは、現在の授業料が2倍から3倍に引き上げられることから、それに見合うだけのメリットを学生に与える必要もあるからであろう。
  • また、ある意味で市場原理に基づく大学間の競争も促進するという点も新たな展開である。2009、10年度の入学許可者総数約48万人に対して、政府は2012、13年度には約85,000人を特別枠とし、高校卒業資格の全国統一試験であるAレベル試験の3科目においてAAB以上の優秀なスコアを得た約65,000人の学生を、各大学がコアの入学者数枠の制限を越えて自由に獲得できる制度の導入を計画している。
  • 大学は毎年、コアの入学者数枠以外に、他大学との競争によってさらなる入学者を獲得できるようになるが、このAAB以上の成績の65,000人の入学者枠を各大学が競争によって確保できるようにするため、政府はすべての高等教育機関のコアとなる入学者数枠を一定の割合で削減するとしている。また、このコアの入学者数枠を毎年削減していくとしており、競争によって獲得できる入学者数は今後増えていくことになる。これに伴い、大学間の学生の獲得競争は激しくなると思われ、いわゆる上位校とその他の大学との差が開いていく可能性がある。
  • また、上・中位校の間でも、成績優秀な学生をより多く獲得するために、奨学金や生活費補助金等のインセンティブを提供することが考えられ、実質的には年間授業料が上限の9,000ポンド以下になる可能性がある。現に、AAB以上の成績優秀な入学者に2,000ポンドの奨学金を計画している大学もあると報じられている。
  • 授業料に関しては、大学卒業後に年間21,000ポンド以上の所得分の9%を3年にわたり、従来どおりに雇用者が源泉徴収して国税庁に返済していく方法をとる。このように所得税と一緒に授業料ローンの返済を源泉徴収することにより、確実に返済を履行していくシステムは注目できよう。なお、卒業生が返済を意図的に回避し続ける場合は、信用調査会社のブラックリストに載る可能性もあり、将来の民間機関からの各種ローンへの審査にも影響するため、返済率は高いようである。
  • 現在、EU諸国からの留学生にも、英国学生同様に英国政府による学生ローンが与えられており、卒業後の返済方式となっている。これらのEU留学生が英国の大学を卒業して、それぞれの本国に帰国した場合、各国の税制を通じて源泉徴収することは不可能であるため、その返済率は低いと思われる。
  • 政府は源泉徴収形式で授業料ローンの約70%を回収できると想定しているが、大学卒業後に家庭に入り育児や家事などに専念したり、パートタイム勤務などによって、年間21,000ポンドの収入に満たない卒業者も多くいるために、ローンの約30%は回収不可能と見ている。また、政府は、30年経て返済完了しない場合には返済残金は損金処理し、それ以上は卒業者に返済を求めない方針である。これは言い換えれば、10人のうち3人の卒業生の授業料は、結果的に無料という割合になる。

 

 

注釈)

  • *1 1ポンドを130円で換算
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