レポート

英国大学事情—2010年10月号「大学の地域社会との関わり - 英国大学協会作成パンフレットより -」

2010.10.01

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

【1. はじめに】

 「英国大学事情2010年第6号」で、英国大学協会(Universities UK)が2010年6月に初めて主催した、英国の大学による全国的PRキャンペーン「ユニバーシティー・ウィーク」を取り上げたが、今月号ではその続編として、同キャンペーン向けに英国大学協会が作成した「Universities : engaging with local communities」と題するパンフレットの概要を紹介する。このパンフレットは、一般市民を対象に、大学の地域社会への広範囲のインパクトをPRする目的で作成されている。

地域ビジネスへの貢献】

【ビジネス向け各種サービス】

  • 新規事業向けのサイエンス・パークやインキュベーション施設の提供
    大学が所有するサイエンス・パーク数は100を超える。
  • 従業員向け教育訓練コースや継続専門教育(CPD)の提供
    3分の2の大学ではビジネス向けの通信教育を、約90%の大学が企業内での出張短期教育訓練コースを提供している。また93%の大学が、中小企業向けの問い合わせ窓口を設置している。
  • 特許戦略への助言などのコンサルタント・サービスの提供

【スピンアウト企業】

  • 現在、約1,000社の大学発スピンアウト企業が活動中であり、1万4,000人の雇用と11億ポンド(1,540億円)の年商を産み出している。

【3. 経済活性化への役割】

【経済全体へのインパクト】

  • 高等教育分野全体では、英国経済に対して直接、間接を合わせ年間590億ポンド(8兆2,600億円*1)の貢献をしており、この額は2004年以来140億ポンド(1兆9,600億円)も増加している。この貢献額は、英国が強みを持つ製薬業界や広告業界のそれより大きい額である。なお、この貢献額には、他分野で間接的に創出された324億ポンド(4兆5,360億円)を含む。
  • 大学は職員100人あたり、間接的にさらに約100人の雇用を生み出しており、直接、間接を合わせて高等教育分野は約67万人の雇用を創出している。
  • 高等教育分野、は約195億ポンド(2兆7,300億円)に上る英国内で生み出された製品やサービスを調達している。

【輸出への貢献】

  • 高等教育分野の総輸出収入は53億ポンド(7,420億円)を超えると推定される(これには、大学が直接得た国際収入のほかに、留学生や海外からの短期訪問者からの収入が含まれる)。

【高等教育分野の英国経済全体へのインパクト】

(引用:The Impact of universities on the UK economy, Universities UK, 2009)

【4. 地域社会への知識、専門技能および施設の提供】

【文化的・社会的施設】

  • 多くの大学では一般市民を対象に、大学の所有する貴重な芸術品や収集物の展示会を開催し、ほとんどの場合は無料で開放している。このような展示会には、年間約500万人の市民が訪れている。
  • 展示会のほか、大学による公開レクチャー、音楽会、演劇会の開催なども地域社会の住民にとって大学との最初の接点となることが多い。

【生涯学習】

  • 大学はイブニング・クラス、継続教育、パートタイム・コースや公開レクチャーなどを通じて、地域社会の住民に専門知識や教育へのアクセスを提供している。またアカデミック・スタッフは毎年、合計1万6,000日に上る時間を無料の公開レクチャーのために提供しており、それには75万人以上の一般市民が参加している。

【スポーツ施設】

  • イングランド地方の大学の95%は、地域のスポーツ・クラブに大学のスポーツ施設の使用を許可している。また、大学は地域のスポーツ振興やスポーツ・コーチの教育などのために多くの人材も提供している。
  • イングランドやウェールズ地方の大学のスポーツ施設は、その70%以上の時間が市民に開放されており、またスコットランド地方の90%以上の大学では、時間ごとの有料で一般市民に提供している。

【5. 地域の労働力への大学の貢献】

【大学と地域医療】

  • 大学は、将来のヘルス・ケア専門家の育成、研究、治療んさど、国民医療保険制度(NHS)への重要な役割を担っている。
  • 51万人を超える学生が、何らかの形でヘルス・ケアに関連する学科に所属している。このうち、6万2,000人が医学または歯学を専攻しており、16万8,000人が看護士資格のための教育を受けている。

【地域経済の技能ニーズへの対応】

  • 大学卒または同等資格を持つ英国の成人は、1997年の23%から32%に増加した。この数字はOECD諸国の平均値を若干上回っているが、カナダの48%や米国の40%に比較して、まだ低い水準にある。
  • 大学は雇用者と共同で開発した授業コース、企業への出張授業、2年間の「ファウンデーション・コース」や柔軟性のあるパートタイム授業などの提供もしている。
  • 大卒者は、自分の卒業した大学のある地域で職を得る傾向にある。例えば、イングランド北西地域では、10人中7人の大卒者が卒業した大学のある同地域にとどまって職を得ている(英国全土の平均値は65%)。

【6. 地域社会における大学生】

【学生のボランティア活動】

  • 英国ではスチューデント・ユニオンを通じた学生のボイランティア活動が活発で、毎年6万7,000人の学生ボランティアが以下のような地域社会への支援活動をしている。また、大学は地域社会への貢献度を高める方法を探るため、スチューデント・ユニオンとの連携も強めている。
    • 地域の公園や児童遊園地のペンキ塗りなどの修繕作業
    • 老人への支援
    • リサイクリング活動や廃棄物収集
    • 障害を持った人への支援
    • 放課後のワークショップ活動などを通じた、小学校児童への支援

【社会的公平と社会的流動性】

  • 学生が地域の物品やサービスを購入することにより、地域経済に大きな貢献をしている。フルタイムの英国人学生の平均年間生活費は6,496ポンド(91万円)であり、その内訳は以下のようになっている。この金額の合計は、英国全体では約79億ポンド(1兆1,060億円)にも達する。
  • 留学生や大学への海外からの訪問者が、キャンパス外で使う個人支出は年間23億ポンド(3,220億円)に上り、この額は海外からの英国への全訪問者がもたらす金額の14%に相当する。

【7. 筆者コメント】

 英国の大学も今春に発足した保守党・自由民主党の連立政権の超緊縮財政の下に、日本と同様に大幅な予算削減の危機にさらされている。このため、英国の大学学長で組織されている英国大学協会は、大学が英国や社会において果たしている重要な役割を一般国民にもアピールし、大学のプロファイルを上げることによって、大学予算削減に対する政府への圧力を強めることを目的に、このようなパンフレットの発行を企画したと思われる。

 このパンフレットには多くは記載されていないが、大学自身による各種の物品やサービスの調達額は約195億ポンド(2兆7,300億円)に上り、英国経済に大きく貢献している。しかしながら、英国ではほとんどの大学が「大学調達コンソーシアム」に加盟して全国的共同調達を展開しているため、この「大学の地域社会への関わり」パンフレットには多くは記載されていないと思われる。

 12年前に発足した前労働当政権下では、高等教育進学率を50%に引き上げるというマニフェストによって、高等教育予算は長年にわたり増加傾向にあった。しかしながら、今年の保守党・自由民主党政権樹立に伴い、財政難もあり、40%を超えた現在の大学進学率をこれ以上、むやみに引き上げる必要は無いのではないかという議論も政府内で強まっている。保守党は伝統的に「小さな政府」を目指しており、できるだけ国家の干渉を少なくし、民間でできることはできるだけ民間に任すという基本方針を持っている。この方針に沿って、政府はこの7月には、英国内で私立の専門学校を運営しているBPPに、英国では第2番目となる私立大学、BPP University Collegeの設置を認可した。

 BPPは米国のApollo Groupの傘下であり、3年前に学位授与資格が与えられており、今後は私立大学として、ビジネスと法律に関する学士課程および修士・博士課程を提供することになった。なお、「University College」という名称は、通常、小規模大学に授与されるもので、「University」の名称は4,000人以上の学生のいる、大学としての樹立されたガバナンスの経験を有する高等教育機関に与えられる。英国における私立大学設置認可は、1976年のバッキンガム・ユニバーシティー・コレッジ(現バッキンガム大学)以来である。今後、英国では現保守党・自由民主党連立政権の下に、多様な形態の大学や授業コースの設定が進められていくと思われる。

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