レポート - 英国大学事情 -

2010年6月号「ユニバーシティー・ウィーク<英国大学協会キャンペーン>」

掲載日:2010年6月1日

英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 

【1. はじめに 】

「Universities Week」は英国大学協会(Universities UK)が中心となって企画された、大学の英国社会における役割と経済、文化、社会、環境面などへのインパクトをアピールするための全国的キャンペーンである。第1回目の「Universities Week」は、2010年6月14日から20日にかけて、100を超える参加大学を中心に各種イベントが開催される予定である。なお、この第1回目のキャンペーンには、「What’s the big idea?」というスローガンが付けられた。

当キャンペーンでは、「ユニバーシティー・ウィーク」という単一の旗印の下に、市民生活に密接に関連しているが大学発のアイデアだとは一般市民にはあまり知られていない事例を含め、大学の社会への貢献活動の事例を全国レベルで紹介することとなった。多くの大学や団体から、各地でのイベントを通じたキャンペーンへの参加希望が寄せられたほか、大学関係以外でも、英国産業連盟会長、大学・コレッジ労働組合委員長、著名な俳優や歌手、TVプレゼンター、投資家、チャリティー委員会委員長などからも支援表明が寄せられた。

 

【2. テーマとイベント 】

【テーマ】

月曜日 ビジネスと経済への貢献
火曜日 教育と学習
水曜日 大学による研究のインパクト
木曜日 大学から得られる各種の個人的体験
金曜日 アーツ、文化、スポーツ
土曜日 コミュニティーにおける大学

【地域別イベント数】 合計105イベント

北アイルランド 9
スコットランド 4
英国中部地域 20
北西イングランド 8
ロンドン 26
ウェールズ 2
南東イングランド 6
北東イングランド 3
イースト・アングリア   8
南西イングランド 22
  • イベント参加校は、「Universities Week」キャンペーンのロゴ・マークやバナーなどを使用することができるようになっている。

 

【3. 大学発アイデアの事例 】
市民生活に密接に関連する、大学発のアイデアの事例。

2009年から開始された3年間の本格的助成プログラムは、長期的インパクトを持つ持続的モデルを構築するために、地域における一連のイベントや広範囲な関係者へのコンサルテーション結果を基にして開発されている。(インターネットを通じたeコンサルテーションによって、STEMコミュニティーから450を越える回答が寄せられた)

【将来のクラスルーム】 ダーラム大学

  • ダーラム大学の「技術を利用した学習研究グループ:Technology-Enhanced Learning Group」は、アップル社のiPhoneを大型化したよう双方向性のマルチ・タッチ・デスクを利用した、新規の学習環境をデザインしている。(筆者注:初等教育におけるクラスルーム向けと思われる)
  • 同大学チームは、教室において生徒と教師がどのように意思の疎通をしているかを観察し、それに対してインフォメーション・コミュニケーション・テクノロジー(ICT)がいかに意思疎通を改善できるかを検討した上で、生徒の積極的参加を促進するような問題解決型の学習による双方向性のクラスルーム・ソリューションをデザインした。この大型マルチ・タッチ・デスクのスクリーンには、数人の生徒が同時に指やペンで触ることができるため、一つの大型デスクに数人が一緒になって学習することができる。同大学の研究者は、生徒がクラスで自然な形でコンピューターを利用することを覚えることができると期待している。また、このシステムは教師が中心となった学習法(teacher-centric learning)からの脱却を促進する目的も持っている。

【科学へのアクセスの改善】 ロンドン・クィーン・メアリー・コレッジ

  • 子供向けのユニークな科学教育センターが、ロンドン大学のクィーン・メアリー・コレッジ内に開設された。同センターは「Centre of the Cell」と名づけられたオレンジ色の巨大な繭型の建物であり、その中には、科学者が「生命科学」に関して実際にどのような研究をしているのか、科学者の研究がいかに社会に影響を与えているのかを、双方向型の何種類ものゲームを通じて子供やティーンエージャーに伝える各種の仕掛けが施されている。
  • センター内では、ビジターは「生命」に関するバーチャル体験できると同時に、実際の人体標本を観察したり、高性能の顕微鏡を利用して病気の診断をしたりすることができるようになっている。センターの科学的コンテンツは、クィーン・メアリー・コレッジ医学部とロンドン医科・歯科大学によって提供されている。センターへの入場は無料であり、年間4万人のビジターを受け入れることができる。

【犯罪防止のためのデザインの利用】 ロンドン芸術大学

  • ロンドン芸術大学の「犯罪防止デザイン研究センター:Design Against Crime Research Centre」は、犯罪を削減するために各種のデザインを活用することを目的として、同大学傘下の6つコレッジの一つであるCentral Saint Martins College Art and Design内に設置されている。
  • 同センターによる犯罪防止デザインの活用事例としては、バーやレストランからバッグの置き引き犯罪を防止する特別なフックの開発や、サイクリストが自転車を路上に置いておいても盗難にあわない安全ロックの開発などが挙げられる。

【小学校への大学生ボランティアの派遣】 ブリストル大学

  • ブリストル大学の政治学科在籍中の学部学生がボランティア活動として、同地域の小学校のクラスルームの授業のアシスタントとして、同大学の学生を派遣するスキームを発足させ、現在ではブリストル市の4分の1以上に当たる約30の小学校がその恩恵を受けている。当スキームに参加する同大学の学生数は100人を超える。

 

【4. 筆者コメント 】

筆者は過去15年間で英国の多くの大学を訪問した経験があるが、どの大学もそのミッションとして「教育」、「研究」、「社会との連携」を掲げており、ほとんどの大学ではその順番はぶれていない。「ユニバーシティー・ウィーク」活動は、このミッションの第3番目の「社会との連携」の一環として実施されており、高等教育分野全般のプロファイルを挙げ、大学に対する国民の支持を得るための全国的な初の試みである。今回は試行的な試みであり、すぐに効果が出るとは思えないが、英国では緊縮財政によって大学への公的助成金の削減が続く中、このような一般市民向けの地道な広報活動も必要となっている。

大学は一般市民には理解できないような難しい研究のみをしているのではなく、一般市民の生活に密接な研究や各種のアイデアを提供し続けているということを、市民に積極的にPRしていく必要があろう。

日本の大学も「オープン・デイ」などを通じて、一般市民へのPR活動を実施しているが、英国の「ユニバーシティー・ウィーク」は英国中の大学が連携して、各地で一斉にイベントを行うところに特徴がある。

 

【≪追記≫ 英国新政権 】
  • 英国では2010年5月6日に下院総選挙が実施され、13年ぶりに労働党に代わって保守党と自由民主党による連立政権ができた。この連立新政権は英国の高等教育政策にも関係するため、ごく簡単に触れておきたい。保守党は中道右派、自由民主党はかつての自由党の流れをくむ中道左派と政策がかなり異なることもあり、難しい政局運営が予想される中、両党は連立政権として5年間の任期を全うするとの協定を締結した。
  • 首相には保守党党首のキャメロン氏、副首相には自由民主党党首のクレッグ氏が就任した。共に43歳であり、キャメロン首相は過去約200年間で最も若い英国の首相となった。その他、最重要閣僚ポストである財務大臣には38歳の保守党のオズボーン氏が就任し、過去約100年間で最も若い財務大臣となった。このように、若い有能なリーダーの下に新政権が船出した。
  • 23人の全閣僚中、自由民主党議員は5人、閣僚経験者は5人、15人がオックスフォード大学またはケンブリッジ大学の卒業者であり、平均年齢52歳である。閣僚の中には日本とも関係の深い議員もいて、雇用・年金大臣の曾祖母は日本人であり、カルチャー・オリンピック・メディア・スポーツ大臣は日本で英語教師の経験があり、日本語に堪能である。
  • 下院議員定員650人中、女性議員は139人(21%)、私立高校出身者は35%であった。また、保守党議員の約40%、自民党議員の約30%、労働党議員の約20%がオックスフォードかケンブリッジ大学の出身者である。650人中、233人が新人議員であり、その34%が30歳代、41%が40歳代であり、その経歴も以下の表のようにバラエティーに富んでいる。またいわゆる二世議員の数は、筆者が把握している限りでは、定員650人中10人程度とみられる。

233人の新人議員の前職

政治(地方議会議員、労働組合幹部や政治家の秘書等)  20% 
ビジネス  15% 
コンサルタント  12% 
法律  12% 
金融  10% 
チャリティー、非営利団体   6% 
教育   5% 
メディア   5% 

【高等教育関連】

  • 教育関係では、従来初等・中等教育を所管していた「児童・学校・家庭省」が組織変更となり、初等・中等教育および児童向け各種行政を所管する「教育省」が新設された。高等教育は従来どおり、「ビジネス・イノベーション・技能省」の所管のままとなった。「ビジネス・イノベーション・技能省」の大学・科学担当閣外大臣には、保守党の「影の高等教育担当大臣」であったウィレット氏が就任した。
  • 2008年の世界的金融危機対応への大幅な緊急財政出動によって、英国政府の財政はかつてない規模の1,560億ポンド(約22兆円 )という財政赤字に陥っている。この膨大な財政赤字削減の第一歩として、新政権は発足早々の5月24日、前政権下で決まっていた2010年度の政府予算を62億ポンド(約8,700億円)削減する方針を発表した。今後さらに、6月22日には新政権による2010年度の具体的な「緊急予算」が発表される予定であり、当面、新政権の矢継ぎ早の政策に目を話せない状況である。
  • 「英国大学事情2010年第5号」の筆者コメント欄でも述べたように、2010年3月に発表された前政権による2010年度政府予算案では、高等教育機関向けの運営費交付金が金額ベースで前年度比7.2%削減された。ただし、当初は2010年度予算として割り当てられていたが、2009年度に前倒しされていた2億5,000万ポンド(350億円)の設備投資額を考慮すると、全体で1.6%削減(約2%のインフレ率を考慮すると、実質3.6%の削減)の削減となっていた。しかしながら、今回の新政権による再度の2010年度予算見直しにより、本年度の運営費交付金は更に2億ポンド(700億円)削減されることになった。ちなみに、2010年度のイングランド高等教育助成会議(HEFCE)によるイングランド地方の高等教育機関への運営費交付金の規模は74億ポンド(約1兆400億円)、その内47億ポンド(約6,600億円)が教育向け助成である。
  • この更なる2億ポンドの削減の内訳は8,200万ポンド(約115億円)が教育向け助成金、1億1,800万ポンド(約165億円)がSTEM学科(科学、技術、工学、数学)への入学者の増枠予算からの削減となった。これにより、教育向け助成金は約2%の削減となった。また、STEM学科への入学者の増枠は当初計画の2万名から1万名と半減された。このように、各大学の財政はますます厳しくなってきているため、最高額が3,225ポンド(約45万円)に設定されている現在の年間授業料は大幅に引き上げられる可能性が高くなってきている。授業料の値上げに関しては、現在、政府から委託を受けた中立的立場の産業人が答申書を作成中であり、今秋にはその結果が発表される予定である。
  • 従来、科学技術関連予算は聖域(ring fenced)と見られていたが、今回の新政権によるほぼ全省庁にわたる予算削減により、科学技術関連予算も影響を受け始めている。ロンドン中心地に、ユニバーシティー・コレッジ・ロンドン、医学研究会議(MRC)およびウェルカム財団が共同で、2015年までに大規模医学研究センター(UK Centre for Medical Research and Innovation)を建設するという構想への2010年度の政府の助成額は当初の2億5,000万ポンド(350億円)の前金払い計画から、今後6年間にわたる分割助成となった。これを受けて、2010年度の助成額は1,700万ポンド(約24億円)と大幅な削減となったが、現在のところ、当プロジェクト全体を縮小するというような動きは見られない。

 

注釈)

  • *1 ポンド:当レポートでは1ポンドを140円にて換算した。
ページトップへ