レポート - 英国大学事情 -

2009年10月号「大学の炭素削減戦略へのコンサルテーション <HEFCEによる大学向けコンサルテーション>」

掲載日:2009年10月1日

英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 

【1. はじめに 】

2009年7月、イングランド高等教育助成会議(HEFCE)、英国大学協会(Universities UK)および高等教育ギルド(Guild HE)は共同で、「イングランド地方の大学への、炭素削減目標と戦略に関するコンサルテーション:Consultation on a carbon reduction target and strategy for higher education in England」と題するコンサルテーション・ペーパーを発表した。

2008年には、英国の炭素排出管理を改善して低炭素社会への移行を支援する目的で、気候変動法(Climate Change Act 2008)が制定された。この法律は、英国の温室効果ガス排出量を2050 年までに1990年比で最低80%削減し、2020年までには最低34%削減することを法的に義務付けた。この法律によって、英国は温室効果ガス削減目標の達成を法的に政府に義務付けた、世界で最初の国となった。英国の高等教育機関は、この法律によって定められた国の温室効果ガス削減目標の達成に貢献することを強く要求されており、将来的には大学ごとの炭素削減実績が各大学の公的設備投資助成額に直接結びつく可能性が大きい。

HEFCEでは、各大学に対して炭素削減目標とその戦略書の提出を要求する前に、大学へのコンサルテーションを実施することになった。コンサルテーション・ペーパーへの各大学の回答は2009年10月までであり、コンサルテーションの結果は2010年に発表される可能性が大きいが、このコンサルテーションで、どのような点が注目されているのかを、約30ページのコンサルテーション・ペーパーから一部抜粋して紹介してみたい。

 

【2. イングランド地方の大学の「カーボン・フットプリント」 】
  • 2008年、HEFCEはイングランド地方の高等教育機関による炭素排出量を表す「カーボン・フットプリント」の測定を、英国のコンサルタント企業のSQW Consulting社 に委託した。これは、高等教育機関の炭素排出削減の進捗をチェックするためのベースとなるものである。
  • 米国の環境関連のシンクタンクである世界資源研究所(World Resources Institute:WRI)は、炭素の排出源を以下の3つに大別している。
【WRIによる炭素排出の分類】
スコープ1 組織が所有または管理する排出源からの直接的排出(ボイラーの燃焼や自動車等からの排出)
スコープ2 組織によって消費される、外部購入した電力によって発生する排出
スコープ3 組織活動の結果ではあるが、組織が所有または管理していないその他の発生源からの間接的排出(コンピューティングや調達など)


【イングランド地方の高等教育機関の年間CO2排出量】
(WRIスコープ1+2+3)
1990年 244万5,000トン
2006年 328万8,000トン(1990年比34%増)

上記のCO2排出量には、建物内におけるエネルギー利用(化石燃料の燃焼や電力利用など)、輸送(高等教育機関所有の自動車、出張、コンピューター利用など)、水道、廃棄物を含む。しかし、炭素排出に大きな間接的影響を与える調達した物品やサービスについては推定排出量に関するデータが無いために除外されている。SQW報告書は調達を含めた場合、高等教育機関全体のCO2排出量は2倍になると推測している。

【イングランド地方の高等教育機関の炭素排出源】

(WRIスコープ1+2+3、ただし調達は除外)

炭素排出源 1990年 2006年
電気 45% 38%
ガス 18  16 
学生の通学(輸送) 11 
スタッフの通勤(輸送)
石油の燃焼
留学生の航空機による旅行(輸送) 13 
業務出張(輸送)
石炭
廃棄物 2     1以下
輸送燃料 1以下 1以下
1以下 1以下
航空機による業務出張(輸送) 1以下 1以下
他校との交流活動(輸送) 1以下 1以下

(出典:「Carbon reduction research」Report to HEFCE by SQW、2009を編集)

    筆者注:
  • 1990年に比べて、 2006年には「学生の通学」と「留学生の飛行機による旅行」が急増している。これは、現労働党政権が大学進学率を50%に引き上げることを目標にしてきたために大学生の数が大幅に増加したことや留学生からの授業料が国内学生に比べて数倍と高いことから、財政難に直面している多くの大学がEU以外の留学生確保に努力した結果、中国やインドを筆頭に英国への留学生数が近年大幅に増加したことが反映されていると思われる。

【イングランド地方の高等教育機関の年間CO2排出量】

(WRIスコープ1+2)

1990年 177万9,000トン
2006年 207万9,000トン(1990年比17%増)

上記のCO2排出量には、建物内におけるエネルギー利用(化石燃料の燃焼や電力利用等)および高等教育機関所有の自動車用燃料等を含む。

【イングランド地方の高等教育機関の炭素排出源】

(WRIスコープ1+2)

炭素排出源 1990年 2006年
電気 62% 62%
ガス 25  26 
石油の燃焼 10  11 
石炭
輸送燃料

(出典:「Carbon reduction research」Report to HEFCE by SQW、2009を編集)

 

【3. 目標 】
  • 当コンサルテーションを通じて、高等教育機関分野における炭素削減の適切な目標値を探ることを目的とする。各高等教育機関はそれぞれの特別な事情を勘案して、独自の炭素削減目標を設定することが求められる。SQW報告書は、各高等教育機関の炭素削減目標は当面、スコープ1および2のみを対象とすべきとしている。HEFCEは、1990年をベースにしたスコープ3の数値が不明確であるため、今後は調達を含むスコープ3の測定値の把握の改善を図り、将来的にはスコープ3も高等教育機関分野の炭素削減目標設定に含めたいとしている。
  • SQW報告書は、高等教育分野は伝統的に知的卓越性というユニークなカルチャーを持ち、イノベーションの推進者、社会および経済プロセスの重要な担い手として多くの面でのパイオニアと見なされてきており、社会的リーダーシップを発揮するために、その炭素削減目標は高めに設定されるべきだとした。

【高等教育分野へのHEFCEの提案】

(スコープ1+2ベース)

達成年 削減義務(1990年比) 削減努力目標(1990年比)
2020年 最低34%削減 50%削減
2050年 最低80%削減 100%削減(カーボン・ニュートラル)

(削減義務の数値は、2008年気候変動法で国としての削減がに義務付けられた数値)

コンサルテーション 1
2020年および2050年の高等教育分野全体の炭素削減目標をどの程度のレベルで設定すべきか? また、炭素削減の進捗状況をチェックするためのマイルストーンを設定すべきか? 設定する場合には、そのマイルストーンをどのレベルに設定すべきか?

 

 

【4. 戦略 】

4-1)炭素削減が可能な主要分野

SQW報告書は影響と経費効率の両面から、以下の6分野への取り組みを最重要とした。

最重要分野 推定削減量
(CO2/100万トン)
投資額
(£100万)
2020年までの経済的削減効果
(£100万)
行動変革と新たな活動形態 0.02から0.35 0.3から5.0 3から50
建物のエネルギーとスペース管理 1 30から50 150
建物の建材の更新 0.28 3から5 15
効率的エネルギー供給(CHPや地域暖房等) 0.05 数千万 多少のプラス
再生可能エネルギー 0.3から0.6 100から130 設備投資費用の下落に伴い、2020年に近づきにつれ費用効果は増大

(原文の表の一部は省略した。)

4-2)法的促進策

  • いくつかのイングランド地方の大規模な高等教育機関は、EU排出量取引制度に参加することが要求される。また、約80の英国の高等教育機関は2010年4月から開始される、大企業と大規模公的機関を対象とした「Carbon Reduction Commitment」への参加が義務付けられる。当制度に参加する機関は、エネルギーの利用状況をモニターしてCO2排出量を報告し、その排出量枠を政府から買い取ることになる。(当制度への参加機関は、そのエネルギー費用の約7%を排出枠買い取りのために支出することになるとの試算がある)
  • 高等教育機関は、近年、エネルギー効率を重視する傾向を高めている建物規制(Building Regulations)を遵守することが義務付けられている。2008年10月より、高等教育機関を含むすべての公的建造物にはガスや電気等のエネルギー消費量を示す「Display Energy Certificate」という証明書の掲示が義務付けられ、一般市民が公的建造物のエネルギー消費の効率性をチェックできるようになった。

4-3)学生の活動

  • スチューデント・ユニオンなどの学生組織も重要なパートナーと考えるべきである。現に、スチューデント・ユニオンを通じた環境キャンペーン活動から派生した多くの成功事例がある。また、「Sound Environmental Impact Awards」という、炭素削減の支援と広範囲の環境改善を目指す、学生ユニオンと高等教育機関との連携を促進する助成制度もある。
  • 全国学生同盟(National Union of Students)とそのサービス部門であるNUSSLは、広範囲の環境改善プログラムを運営している。例えば、2009年夏から「Aiming Higher」プロジェクトで、イングランド地方の20の高等教育機関に在籍する9万人以上の学生を対象とした、環境問題の改善を促進する行動変革活動を開始する。

4-4)行動変革

  • スチューデント・ユニオンなどの学生組織も重要なパートナーと考えるべきである。現に、スチューデント・ユニオンを通じた環境キャンペーン活動から派生した多くの成功事例がある。また、「Sound Environmental Impact Awards」という、炭素削減の支援と広範囲の環境改善を目指す、学生ユニオンと高等教育機関との連携を促進する助成制度もある。
  • 最近のいくつかの研究は、5-10%の炭素排出削減は個人の行動変革を通じて達成可能であるとしている。その一例が、ブリストル大学における褒賞制度の「Green Impact Awards」であり、学生や学科による環境への負荷の軽減を促進している。

4-5)調達

  • 調達の意思決定は資源の消費量と生産性に影響を与えるため、高等教育機関はサプライ・チェーン企業の社会的、環境的インパクトに影響を与えることができる。現在のところ、第三者が産み出す物品やサービスを高等教育分野が調達することによる間接的な炭素排出量を計算することは困難であるが、SQWの試算では、高等教育機関の調達による間接的な炭素排出量は、全高等教育分野の炭素排出量の半分近くに達すると推定される。したがって、調達活動は特に大きな炭素削減が期待できる分野であり、より厳格な二酸化炭素排出の仕様に基づく納入を供給業者に要求することによって、大きな二酸化炭素の削減が達成できると思われる。
  • 調達活動の改善による炭素排出削減を目指すため、HEFCEは北東地域大学購入コンソーシアム(North Eastern Universities Purchasing Consortium)など、持続可能な調達の卓越したセンター(CoE)への助成を実施している。その他、英国大学協会(Universities UK)の戦略的調達グループも持続可能な調達への取り組みを促進している。

4-6)共有サービス活動

  • 高等教育機関の各部署や大学間の共通業務を一括して行う共有サービス(Shared Services)活動は、将来的な高等教育機関の運営に広範囲にわたり、大きな影響を与えると思われる。その発展の中心は技術を駆使することにあるが、やみくもに技術を利用することは炭素削減にはつながらず、むしろ増加させる危険をも併せ持っている。したがって、共有サービスのプロジェクトごとに、持続可能な発展と変革がもたらす影響を十分に配慮することが不可欠である。
  • 例えば高等教育機関の間の共有サービス活動に伴い、コンピューター・インフラを統合して大規模なデータ・センターを構築することは、全国中にデータ通信網を張り巡らせねばならず、炭素排出量をかえって増加させる結果になりかねない。これを防ぐには、データ・センターの構築を目指すプロジェクトは、より環境にやさしい最新のハードウェアを採用することが肝要である。
コンサルテーション 2
高等教育機関の炭素削減目標を支援する戦略における重要な要素は何か? また、そのためにHEFCE、英国大学協会、高等教育ギルドは何をすべきか?
    * 筆者注:
  • この章の原文には、その他にガバナンス、炭素削減プロジェクトへの助成、グッド・プラクティスの構築と普及、建築と改築、スペース管理、構内の再生可能エネルギー、地域社会とのパートナーシップ、持続可能なICTなどに関する記述があるが、紙面の関係上、当レポートでは省略した。

 

【5. モニタリングと報告 】

HEFCEは2010年から、高等教育統計エージェンシー(HESA)が集計する「Estate Management Statistics」を通じて、高等教育分野の炭素削減進捗状況をモニターすることを提案する。これに伴い、各高等教育機関は炭素排出データの提出が義務付けられ、HEFCEは高等教育分野全体の削減目標に対する進捗状況を毎年公表する計画である。

コンサルテーション 3
HEFCEによる、高等教育分野の炭素排出削減目標に対するモニタリングと報告方法案は適切か? いかにしたら、高等教育分野全阿智の炭素排出量の測定を改良できるか?

 

 

【6. 炭素管理計画 】

6-1)炭素管理計画の作成ガイダンス

  • カーボン・トラスト(Carbon Trust)による「Higher Education Carbon Management Programme」は、高等教育機関の炭素管理計画作成やその実施方法を支援するプログラムであるが、すでに68の英国の高等教育機関が同プログラムの最初の4つのフェーズに参加しており、17校がさらに上級のフェーズ5に参加している。プログラムの参加校は、コンサルタントから構内の建物や輸送に関連した炭素の排出などに重点を置いたカーボン・フットプリントの分析や炭素排出の管理方法への支援を受けることができる。
  • 各高等教育機関はカーボン・フットプリントの削減実績と毎年さらなる削減の確約を証明する、カーボン・トラストが発行する「Carbon Trust Standard」という証明書の取得に努力している。
  • HEFCEは、炭素管理計画作成のグッド・プラクティスのあり方の検討を外部機関に委託し、その結果を基に、2009年末までには最終版のグッド・プラクティス・ガイダンスを発表する予定である。
コンサルテーション 4
炭素管理計画のガイダンスに関するコメントはあるか? また、さらなる支援とガイダンスの必要性はあるか? あるとしたら、それはどのようなものか?

6-2)炭素削減実績に基づく設備投資への助成

  • 旧イノベーション・大学・技能省(DIUS)大臣は、2009年度高等教育助成交付金に関するHEFCEへの通達書の中で、高等教育機関の炭素削減実績と設備投資助成金額を連動させるように指示した。これにより、高等教育機関の設備投資計画に対する戦略的アプローチを促進するため、2007年に始まった炭素排出削減評価を含むシステムである「設備投資フレームワーク(Capital Investment Framework:CIF)」を活用し、炭素削減実績に基づく設備投資助成を推進することになった。
  • 「設備投資フレームワーク(CIF)」は各種のメトリクス、高等教育機関が提出するデータおよびHEFCEの持つ知識を総合的に利用して、バランスの取れた評価を行っている。すでにCIFの求める基準をクリアーした84の高等教育機関が、スリム化された設備投資助成金の交付手続きの恩恵を受けている。今後、HEFCEはこのCIFを、より炭素削減に焦点を当てた制度に改良していく方針である。

【CIFの基準を満たすための主要要件】

  • 炭素管理に関する政策または戦略
  • 基準値として、スコープ1+2を含む2005年度の炭素排出値の把握
  • 炭素削減目標
  • タイムスケールとリソースを含む、炭素排出量削減への実行計画
  • 炭素管理に関する明確な責任の所在
  • 炭素削減目標に対する定期的進捗状況のモニタリング
  • 理事会による炭素削減管理計画の承認

6-3)炭素削減実績に基づく設備投資助成への選択肢

【財政面での選択肢】

  • CIFの各種要求基準を満たさない高等教育機関への設備投資助成の削減
  • CIFが要求する環境面の実績を満たさない高等教育機関への設備投資助成の削減
  • 環境面での優れた実績を残した高等教育機関への設備投資額の増額
  • CIFの要求を満たすまで設備投資助成の保留

【プロセス面での選択肢】

  • 十分な床面積を持つと思われる高等教育機関が、床面積を増加させることにつながるプロジェクトを申請した場合の詳細な理由書の提出
  • 英国の建物の環境性能評価システムである「Building Research Establishment Environment Assessment Method(BREEAM)」証明書の取得
コンサルテーション 5
HEFCEは炭素削減管理実績を設備投資助成額に連動させるように、担当大臣の指示を受けている。実績評価にCIFをどのように利用するか、またその結果をどのように設備投資助成金の配分に反映させたらよいか?

 

 

【7. 戦略の取りまとめ 】

当コンサルテーションのフィードバックを考慮した上で、2009年末までに高等教育機関における炭素削減戦略を取りまとめる予定である。その戦略ガイダンスには、以下のような要点が含まれることになる。

【高等教育機関向け炭素削減戦略の要点】

  • 国としての目標を最低限とした、高等教育分野全体の炭素削減目標の設定
  • 2005年度を基準とした、各高等教育機関の炭素削減目標の設定
  • 行動を通じた改善を達成するという高等教育機関からのコミットメント
  • 炭素削減のための、HEFCE、英国大学協会および高等教育ギルドからの支援
  • 助成のインセンティブ(炭素管理計画の実績に基づく設備投資助成金の配分)
  • 高等教育分野の炭素削減目標の進捗状況に関する年度毎のモニタリングと報告
  • 炭素削減への施策への定期的評価と今までの進捗状況から学ぶためのアクション

 

 

【8. 筆者コメント 】

英国政府とHEFCEは、各大学における炭素削減活動の実績を今後の各大学の設備投資助成金額にリンクさせる方針を打ち出しており、英国の大学は炭素削減に積極的に取り組まざるをえない状況にある。SQW報告書にあるように、「高等教育分野は伝統的に知的卓越性というユニークなカルチャーを持ち、イノベーションの推進者、社会および経済プロセスの重要な担い手として多くの面でのパイオニアと見なされてきており、社会的リーダーシップを発揮するためには、その炭素削減目標は高めに設定されるべきである」とのコメントに代表されるように、英国の大学が環境対策に対して社会の手本になることも期待されている。そのため、英国の大学の炭素削減義務は気候変動法によって国として定められた削減義務の数値を最低限として、目標値はそれより高いところに設定されることになろう。

また、大学の物品やサービスの調達活動も間接的に炭素削減に大きくかかわってくるため、現在英国の多くの大学間で実施されている共同購入コンソーシアム方式による共同調達活動とともに、環境に配慮した調達活動が焦点の一つになってくると思われる。

 

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