レポート

英国大学事情—2009年2月号「科学者のためのコミュニケーション・トレーニング」

2009.02.01

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

【1. はじめに 】

 英国では、科学者のためのコミュニケーション・トレーニングが活発である。これは単に科学を一般市民に「広報」する手段としてだけではなく、市民の科学への参加を促す活動の一環として重要視されている。

 今月号では、王立協会(The Royal Society)および公的研究助成機関である研究会議(Research Councils)による科学者へのコミュニケーション・トレーニングの概要を述べる。

【2. 王立協会の事例 】

 王立協会は、科学者は学生、他分野の科学者、メディアおよび一般市民とのコミュニケーション・スキルを身につけるべきであるとの考えから、科学者に対するコミュニケーション・トレーニングの重要性を認識している。

 このために、以下のような科学者向けの「コミュニケーション・スキル・コース」と「メディア・トレーニング・コース」を設けている。

  • 講師は著名なジャーナリストと科学コミュニケーションの専門家が担当する
  • コースは約1月に1回のペースで1年を通じて開催され、各コースの定員は最大12人である。費用は400ポンド(5万4,000円*1)
  • 王立協会および研究会議の一つである科学技術施設会議(STFC)の研究助成金を受けている研究者のコース参加費は、それぞれの機関が負担する。
  • 工学・物理科学研究会議(EPSRC)も王立協会の当トレーニング・コースを推奨しており、研究助成金への応募の一部として当コースへの助成金を申請できる。

2-1) コース内容

2-2) コース参加者のコメント

  • オックスフォード大学の研究者
    「コミュニケーション・スキル・コースでは、自分の研究を市民に伝える方法を学ぶことができ、それを実際に練習する良い機会でもあった。コースは、すでに何度も利用されて有効であったヒント、有益な助言および専門家による個別のフィードバックなどをカバーしており、充実していた。このコースによって、学校やボランティア団体とのコミュニケーションに自信がつき、自分の研究成果を色々な人々に伝える楽しみができた」
  • ダーラム大学の研究者
    「専門家による当メディア・トレーニング・コースは、インタビュー・スキルを改善するためのユニークな機会を提供してくれた。ビデオ撮影された自分のインタビューの様子は、スタジオ環境、難しい質問や予期せぬ質問に対する自分の強みと弱点を見出すのに有益であった。インタビューへの準備方法、メディアとの付き合い方、自分の研究へのメディアの注目の引き方等、実用的助言を聞くことができた」

【3.バイオテクノロジー・生物科学研究会議の事例<メディア・トレーニング> 】

 バイオテクノロジー・生物科学研究会議(BBSRC)は、メディアを通じて研究成果を発信することが一般市民にアプローチする効果的な方法という信念から、BBSRCの研究助成金を受けている研究者向けに特別に開発したメディア・トレーニング・コースを設けている。

3-1) メディア・トレーニング・コースの概要

  • 当BBSRCメディア・トレーニング・コースは実用性を重視し、BBCの科学ジャーナリストや地方のラジオ局のジャーナリストを講師に迎えている。
  • 当コースには、BBSRCの競争的研究助成金を受けている英国の大学や研究所のプリンシパル・インベスティゲーターおよび研究プロジェクト・リーダーは無料で参加できる。また、BBSRCの助成を受ける博士課程学生も参加が可能である。
  • 実際のコース内容を紹介するため、2008年11月にロンドンにて開催された「イントロダクション・コース」のプログラムを下記する。

【コース内容】

3-2)「メディア・ガイド」

 BBSRCでは科学者のために、メディアの活動、ジャーナリストが求めるもの、一般市民に科学を伝える科学者の役割などについて、「BBSRC Guide to the Media」というガイドブックにまとめている。この30ページ近いガイドブックの中から、筆者が個人的に興味深いと思う点のみを抜粋してみる。

  • メディア
    ・民間のメディアは市民に国内外の情報を伝えるという重要な役割も担っているが、売り上げによって動かされることもあることを常に頭に入れておく必要がある。メディアは、情報普及のための無料サービスをしているわけではない。
    ・このことを理解することにより、何故あるトピックスがメディアで大きく取り上げられ、他の重要なトピックスが小さな扱いになるのかの説明がつく。
    ・しかしながら、メディアは世界中の人々にメッセージを伝える非常にパワフルで、迅速かつ効果的な手段である。メディアにて取り上げられたストーリーは一般市民のオピニオンを形成し、政策にも影響を与えることにもなる。
    ・このため、科学者とジャーナリストは情報を一般市民に正確に伝える責任を共有している。
  • 科学とメディア
    ・科学技術庁(OST)とウェルカム財団の2000年の共同世論調査結果:
    ・英国国民の75%は、科学が達成したことには驚きを感じている、と回答した。
    ・72%は、直ちに利益はもたらさなくとも、科学への研究は必要であり、政府が助成すべきだ、と答えた。
    ・66%は、科学技術は国民の生活をより健康で快適にする、と回答した。
    ・調査会社MORIの1999年の世論調査結果
    ・バイオ関連研究とその規制に関する情報源に関する質問に対して、80%がTVニュース、74%が全国紙、51%が地方紙と回答した。
    ・この調査からも明白なように、科学者がジャーナリストと共同して活動することが重要である。
  • メディアで取り上げられるためのヒント
    ジャーナリストは、通常、以下のような点を重視する傾向にある。
    ・研究の特殊性またはニュース性
     これは、科学者にとってピア・レビュー誌への論文の掲載や国際会議でのデータの発表を意味するであろう。競争的研究助成金の獲得も考えられるが、一般的にメディアは実際の成果を重視しがちであり、新規プロジェクトよりも、終了したプロジェクトの方がニュースで取り上げられる傾向にある。
    ・研究の影響度
     研究の重要性とそれが日常生活に及ぼす影響を説明する短いセンテンスが効果的である。また、ジャーナリストは分かりやすい英語を好む。
    ・簡単な科学的説明と分かりやすい正確な事実と数字
     一般市民は詳細な研究手法には興味がなく、基本的なことを知りたがる。したがって、専門用語を使わずにできるだけ簡単な言葉を使用すべきである。
    ・効果的な写真の利用
     写真を用いることは効果的である。
  • 科学者とメディア
    ・ほとんどのジャーナリストは、科学者と同様に正確で興味深い記事を書くことを心がけている。科学者は科学を念頭においている一方、ジャーナリストは読者や視聴者を念頭においているが、これらの異なるアプローチは互いに補完しあうべきである。
    ・科学を一般市民に伝えることには多くの理由がある。その一つは市民が単に納税者であるだけでなく、多くの場合、研究への主な助成者であるからである。
    ・また、公的助成を受けている科学者は研究を実施するための「ライセンス」を維持するために、一般市民に研究成果を伝える責任がある。
    ・科学を伝えるというポジティブな側面が、時にはダメージを与える見出しや誤解を与える情報によって損なわれることがある。これらに対応する最善の方法は、メディアと緊密に活動することである。
  • ジャーナリストとのインタビューのポイント
    ・ジャーナリストの仕事は読者や視聴者にとって興味ある話を科学者から引き出すことであり、科学者が何をしているかを知ることではない。
    ・インタビュー前に、研究の要点を2,3の簡潔な文章にまとめておくことが重要である。要点が多くなると、TVやラジオの場合は特に、視聴者が混乱する。放送によるインタビューは通常2、3分間のため、話したいポイントをあらかじめ決めておくことが大事である
    ・インタビュアーの質問どおりに答える必要はない。インタビュアーは、科学者の研究にそれほど関係ない質問や非常に細部の質問をしてくることもあるが、科学者がカバーしたい主要なポイントについて自信を持って話すべきである。
    ・Who, What, When、Where, Whyの「5つのW」を意識する。
    ・平易な英語を使用する。
    ・ある話題について異なる意見を持つ2人がインタビューに招かれた場合は、自分の言いたい意見を積極的に述べる。
  • 専門用語の使用をできるだけ避ける
    ・高度に専門化した分野で研究活動をしている場合、日常的に使用している用語が一般市民には意味をなさないことを忘れがちになる。
    ・専門用語を使用せずに、研究の複雑性と重要性を伝えることは可能である。
    ・技術用語を使用しなければならない時には、その用語が何を意味するかを説明する必要がある。
  • リスクと利益の伝達
    ・研究成果とその意味について、可能性のある応用やリスクを誇張せずに公平に伝えることが大事である。また、常に透明性を保つことも重要である。
    ・王立協会の報告書*2は、過去数年間において最も大きな議論を呼んだ科学のトピックスは研究を一般市民へのコミュニケーション・プロセスに問題があったと、結論づけている。
  • 「すべきこと」と「してはいけないこと」
    ・「すべき事」 ・どのようなメッセージを伝えたいのかを事前に整理しておく。
    ・ジャーナリストに、記事およびその切り口に関して聞いておく。
    ・ジャーナリストの記事の締め切り期限を尊重する(ストーリーを記事にするまでに数時間しかない場合がある)
    ・インタビューで話すことを失念したことを後で付け加えることができるようにジャーナリストのコンタクト先を聞いておく。
    ・いつ記事になるのか、またはいつ放送されるのかを聞いておく。
    ・読者や視聴者のことを考え、平易な言葉を使う。
    ・所属機関のプレス・オフィスと常にコンタクトを取る。
    ・「してはいけないこと」 ・質問に回答できない場合または分野が異なる場合には、その旨、伝えることを恐れてはいけない。
    ・自分があまり知らない分野についての議論に巻き込まれてはならない。
    ・突然に電話でジャーナリストからコメントを求められた場合、考えがまとまらないときは即座にコメントを出す必要はない。その場合は、ジャーナリストのコンタクト先を聞き、考えを整理してから電話をかけ直すべきである。
    ・「ここだけの話:off the record」とか「非公式な話」ということを言うべきではない。発言が記事になってもよいと思うことだけを話すべきである。

【4. 筆者コメント 】

 科学者向けのコミュニケーション・スキル・トレーニングは、リサーチ・カウンシル、学協会やチャリティー機関などをはじめ多くの機関が積極的に実施しており、「科学への市民参加」の促進活動が活発であることがうかがえる。

 王立協会では以前、博士号取得前の若手研究者の優れた研究を表彰する制度で、3位以内の受賞者に賞金の他に1日コースのメディア・トレーニングを副賞として付けていたことがあった。これは、受賞した若手研究者が将来もっと良い研究業績をあげてメディアの取材を受けることを想定した、王立協会の期待感を示すものであった。同時に、研究者にとっても若いうちからメディアとの対応についての実用的な訓練を受けることができるというメリットもあった。

 このようなコミュニケーション・スキル・トレーニングは、もちろん科学の世界だけでなく、民間企業においても盛んである。筆者も、英国企業に勤務していた20年ほど前に、会社が委託した専門家によるコミュニケーション・スキル・トレーニングを受けたことがある。実際にビデオ・カメラで模擬のプレゼンテーションの様子を撮影し、専門家の個別指導を受けた。この1回のトレーニングによって、プレゼンテーション・スキルが向上したとは思えないが、自分の弱点を知ることができ、非常に有益であった。「ゆっくり、クリアに話すように」と注意されたことを今でも覚えている。

注釈)

  • *1 ポンド:当レポートでは、1ポンドをすべて135円にて換算した。
  • *2 王立協会の報告書:2006年、Royal Society「Science and the public interest-Communicating the results of new scientific research to the public」

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