2007年12月号「スコットランドの大学の連携研究制度(Research Pooling System)」
【 1. はじめに】 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
今月号では、スコットランドの大学の研究連携活動を紹介する。英国では歴史的経緯もあり、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの各地方に自治権が与えられている。特にスコットランドにはスコットランド議会(Scottish Parliament)が設置されており、大きな自治権が与えられている。 スコットランドの大学制度はイングランドとは多少異なる。イングランドの学士課程は一般的に3年であるが、スコットランドでは3年と4年(honour degree)のコースがある。また、イングランドの大学の授業料は、一般的に年間3,000ポンド(69万円*1)を上限として各大学が自由に授業料を設定しているのに対して、スコットランドでは原則的に無料である。 スコットランドには古い歴史を持つ大学が多い。例えば以下の表のように、英国の大学の設立順位では、第3位から第8位までをスコットランドの大学が占めている。
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【2. スコットランドの大学の連携研究活動 】 |
スコットランドの大学では、大学間の連携研究活動が盛んである。2005年には「スコットランド大学・物理学アライアンス:Scottish Universities Physics Alliance(SUPA)」と「ScotCHEM」の2つの連携研究プロジェクトが発足した。 スコットランド高等教育助成会議(SHEFC)、各参加大学および科学技術庁(OST)はこれらのプロジェクトに対し、4年間で総額3,700万ポンド(約85億円)を助成する計画である。これにより、スコットランドの180名以上の化学研究者と200名以上の物理学研究者が、それぞれチームを組むことになった。 2-1) スコットランドの大学の物理学アライアンス(Scottish Universities Physics Alliance:SUPA) 【参加大学】 エディンバラ大学、グラスゴー大学、ヘリオット・ワット大学、ペイズリー大学、セイント・アンドリュース大学、ストラスクライド大学、ダンディー大学の各大学院物理学研究科。 【予算】 2005年度より、スコットランド高等教育助成会議から4年間で690万ポンド(約16億円)の助成金が出るほか、参加大学および科学技術庁(OST*2)からの助成がある。 【連携研究領域】
【活動内容】 単一の運営組織下にて、以下に対する共同アプローチを行う。:
【スコットランド物理学大学院】 SUPAは、英国における最大の物理学者グループであり、その重要な戦略の一つは、「スコットランド物理学大学院:Scottish Graduate School in Physics」の設立にある。また、SUPA加盟大学の物理学教室間のビデオリンクを利用して、一定規模が必要とされる(critical mass)大学院生への専門的訓練の提供も行う。 当大学院の院生およびポスドク研究生は、SUPA参加大学の専門家や海外からの著名な訪問者にアクセスおよびショート・コースや専門家のための国際サマー・スクールへの参加も可能である。 【運営】 SUPAの将来的な研究の方向付けは、海外を含むスコットランド以外の12名の科学者によって構成される諮問委員会(Advisory Board)の助言に基づき、決定される。 2-2) ScotCHEM ScotCHEMは、スコットランドの大学の多くの化学研究者によって自発的に提案された、ボトムアップ型の化学の連携制度である。当制度には、合計で190名のアカデミック・スタッフ、240名のポスドク研究者および480名の大学院生が参加している。その主目的は、一定の規模の(critical mass)研究の確保および大規模研究施設の共同利用である。 なお、ScotCHEMの諮問委員会委員はSUPAとは異なり、参加大学の教授によって構成されている。【予算】 スコットランド高等教育助成会議(SHEFC)の900万ポンド(約21億円)の助成をはじめとして、各大学およびイノベーション・大学・技能省からの助成も含めて、2005年から4年間で総額2,300万ポンド(約53億円)の助成がなされる計画である。
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【3. その他の連携研究活動 】 |
3-1) スコットランド地球科学・環境・社会アライアンス(Scottish Alliance for Geoscience, Environment and Society:SAGES) スコットランド地球科学・環境・社会アライアンス(SAGES)は、スコットランドの地球科学研究拠点の専門知識を集め、多領域の連携研究を目指す戦略的イニシアティブである。主目的は海洋、大気、生物圏および地表間の相互作用が将来の気候変動と人間にどのように影響するかを予測することである。 【参加大学・研究機関】 アバディーン大学、アバーテイ大学、ダンディー大学、エディンバラ大学、グラスゴー大学、ペイズリー大学、セイント・アンドリュース大学、スターリング大学、スコットランド海洋科学協会(The Scottish Association for Marine Science)、スコットランド大学環境研究センター(Scottish Universities Environmental Research Centre) 3-2) スコットランド画像ネットワーク(Scottish Imaging Network) 当ネットワークは、2007年8月に発足した。MRIやPET(Position emission tomography)等を利用して、脳梗塞、アルツハイマー病、統合失調症等の脳疾患に対する、スコットランドの脳神経画像(neuroimaging research)の連携研究の促進を目的とする。このようなバーチャルな臨床画像研究所は世界で初めての試みと見られる。 【予算】 スコットランド高等教育助成会議から630万ポンド(約14億円)、参加大学から3,500万ポンド(81億円)、5年間で総額約95億円。 【参加大学】 エディンバラ大学、アバディーン大学、セイント・アンドリュース大学、ダンディー大学、スターリング大学、グラスゴー大学 3-3) スコットランド経済学研究所(Scottish Institute for Research in Economics) スコットランドには、アダム・スミスを生み出した経済学の伝統がある。また1989年には、スコットランドの大学間連携活動として「スコットランド経済学大学院プログラム:Scottish Graduate Programme in Economics」も発足している。これらを更に発展させるために、スコットランド経済学研究所が2007年6月に発足した。事務局はエディンバラ大学内に設置されることになった。 【予算】 スコットランド高等教育助成会議と10の参加大学が5年間で総額2,100万ポンド(約48億円)助成金を拠出する計画である。 【参加大学】 アバディーン大学、ダンディー大学、エディンバラ大学、ヘリオット・ワット大学、グラスゴー大学、ネピアー大学、ペイズリー大学、セイント・アンドリュース大学、スターリング大学、ストラスクライド大学 【目的】
【研究連携領域】
3-4)スコットランド警察活動研究所(The Scottish Institute for Policing Research) 当研究所は、スコットランド高等教育助成会議とスコットランド警察署長協会(Association of Chief Police Officers in Scotland)の助成を受け、2006年に発足した。 【参加大学】 アバディーン大学、アバーテイ大学、ダンディー大学、エディンバラ大学、グラスゴー大学、ペイズリー大学、セイント・アンドリュース大学、スターリオング大学、ストラスクライド大学、グラスゴー・カレドニアン大学、ロバート・ゴードン大学、ネピアー大学 【連携研究領域】
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【4. 筆者コメント 】 |
スコットランドは、古くからいくつかの大学が設立されていて、英国の中でも教育に熱心な地方として知られている。上記のように、最近ではスコットランドの大学間の連携研究活動が活発である。これは、約300年前には独立国であったスコットランド地方における連帯感の強さも、その一因となっているのかも知れない。また、イングランド地方に比べ大学の数が少ないことも、連携をしやすくしている可能性もある。 スコットランド地方の大学の連携研究活動は、一大学では達成できない一定規模の研究拠点を構築することによって規模の利益を確保し、各大学の強い研究分野や施設を共有しながら、優秀な研究人材を呼び込み、ワールド・クラスの研究拠点を目指すことに主眼を置いていると思われる。また、大学院生への共同研究訓練も、この連携活動の重要な要素となっている。 |
用語説明
- *1 ポンド:当レポートでは、1ポンドをすべて230円にて換算した。
- *2 OST:2007年7月の省庁再編により、現在はイノベーション・大学・技能省の担当