レビュー

科学館はSDGsなど国際課題で積極的役割を 世界科学館サミットで「東京プロトコール」を確認

2017.11.22

内城喜貴 / サイエンスポータル編集長

 「世界をつなぐ-持続可能な未来に向かって」をテーマに「世界科学館サミット2017(SCWS2017)」(主催・日本科学未来館、共催・文部科学省)が11月15日から3日間、世界各国の科学館代表者のほか教育、政策に携わる関係者らが参加して東京・お台場の日本科学未来館で開かれた。同サミットは3年に1度開かれる国際会議でアジアでは初の開催。今回は主催者の予想を超える98カ国・地域から科学館の枠を超えてさまざまな分野から800人以上が参加、急速に変化する国際、国内社会の中で科学館が果たすべき役割について熱心な議論を続けた。

 初日の15日は「持続可能な開発目標(SDGs)」達成に向けての行動方針「東京プロトコール」の宣言があり、プロトコールが目指す内容を再確認した。3日間の講演やセッションを通じて多くの参加者が、SDGsのような国境を越えた課題や、貧困・人権問題といった国内外の課題に対しても科学館、科学博物館が積極的な役割を担うことが求められていることを確認、共有した。今回の成果は次回2020年の開催国メキシコでの大会に引き継がれて世界の科学館関係者の間で交流や情報交換が続く。気候変動やSDGsなどの地球規模の課題に対する日本国内の認識、認知度を高め、一般の人々の理解を深めてもらうためにも、今回成果を国内の数多くの科学館や科学博物館に広げていく必要がある。

 世界科学館サミットは、1996年から6回開かれた「世界科学館会議」の成果を引き継ぐ形で発足し、2014年に初の会議(SCWS2014)がベルギー・メヘレンで開催された。ここではより良い社会に向けた市民の参画を促すための包括的な行動方針「メヘレン宣言」が採択された。 「東京プロトコール-持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向け科学館が果たすべき役割」は「メヘレン宣言」を受け、今回のサミット開催に先立って6月17日にポルトガルで世界の科学館サミット代表者らが合意した。今後3年間の世界の科学館の行動指針となるもので、SDGs達成に向けて世界の科学館を重要な人々にとって身近なプラットフォームとして位置付けているのが特徴だ。

写真1 会場前の「世界科学館サミット2017(SCWS2017)」の看板
写真1 会場前の「世界科学館サミット2017(SCWS2017)」の看板

 「世界科学館サミット2017」は毛利衛・日本科学未来館館長が国際組織委員会委員長としてホスト役を務めた。初日の15日は午前9時に開会し、主催者を代表して毛利館長が歓迎のあいさつ。皇太子さまが開会式に出席され、「科学館が科学と技術、そして多様な人々をつなぎ、未来に向けて行動を促す場としての重要性はこれまで以上に重要になっていると思います」などとお言葉を述べられた。続いて科学によるアラブ世界の発展促進を提唱し活動しているヨルダンのスマヤ・エル・ハッサン王女が来賓のあいさつをした。

 また世界的に著名な建築家で東京大学名誉教授の安藤忠雄氏が「共に生きる」とのメッセージをスクリーンに映し、自然と共生する発想を建築に生かしてきたことを紹介しながら「未来の世代に素晴らしい地球を残していかなければならない」などと訴えた。

 開会式の後、毛利館長も参加した基調セッションや「持続可能なエネルギーの未来」「持続可能性のためのシステム思考」などと題したパラレルセッションなどが行われて熱い討議が続いた。セッション「世界の潮流と科学館が果たすべき役割」では、世界各国でナショナリズムの高まりや貧富の差が拡大している中で科学館は「地域で信頼できる場所として果たす役割は大きい」との認識で参加者が共有したようだ。

 夕方から特別セッション「東京プロトコール:ローカルなアクションに向けたグローバルなプラン」が行われた。このセッションには毛利館長のほか、カナダ、ドイツ、シンガポール、エジプト、ブラジル、南アフリカ各国の科学館代表が参加した。セッションの前半の進行役は南アフリカユニズル科学センター館長のデレック・フィッシュさんとベルギーの国際コンサルタントのエリック・ジャックミンさんが担当。ベルギー・メヘレンでの世界科学館サミット以降、それぞれの科学館で実施された活動実績と「メヘレン宣言」の7項目を「白雪姫の7人のこびと」になぞってユーモラスに解説した。

 ここでは、SDGsに先立ち、2000年にできた「ミレニアム開発目標」(MDGs)の時代から世界の科学館が地道な活動と成果を上げてきたことについて具体的に紹介された。こうした活動の積み重ねが2015年にMDGsがSDGsに発展する一助になったようだ。

 続いて毛利館長が「東京プロトコール」を紹介した。「東京プロトコール」は、科学・技術・工学・数学(STEM)がSDGsの課題解決に不可欠であることや、世界の約3,000の科学館が年間3億1,000万人以上もの来館者に影響を与えていることなどを認識しながらSDGs達成に取り組むことを宣言している。

 毛利館長は「東京プロトコール」が「メヘレン宣言」を引き継ぎ、追加する形でできた経緯をあらためて説明した。その中で「SDGsへの市民参加をより効果的に促進するために技術革新から生まれた新しい手法を取り入れる」「SDGs達成に向けて世界の科学界によってもたらされた進歩と新たな課題を市民に伝えるために科学館は信頼されるコミュニケーターになる」などと強調、「みなさんの科学館の行動にこのプロトコールを活用してほしい」と訴えた。

「東京プロトコール」(和訳)の内容は以下の通り。

 「東京プロトコール賛同者は、2015年に採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」について、

  • 科学・技術・工学・数学(STEM)は、SDGsの課題の解決に不可欠であり、地域や文化を超えて例外なく必要とされていることを認識し、
  • 市民による科学技術への参加と行動がSDGs達成のための重要な要素であることを強調し、
  • 地球上のすべての生命体のために、SDGs達成に向けたローカルからグローバルにわたる世界中の組織の今日までの貢献や成果を支持し、
  • SDGsが取り組もうとする課題に対して、世界中のコミュニティのあらゆる個人が行動を起こさなければならないことを考慮し、
  • 今日の世界における、科学、技術、人口、経済のめまぐるしい変化が、SDGsを達成するための協働に対して、課題と新しい好機のいずれをももたらすことも認識し、
  • 世界中の約3000の科学館が年間3億1000万人以上の来館者に影響を与え、市民がともにSDGs達成に取り組む一員となるための意識醸成を促しているということを認識し、
  • 科学館が世の中の変化に敏感かつ迅速に反応し、積極的に行動を起こし、絶えず変化し続ける社会において果たすべき役割のヴィジョンを共有することを自信を持って表明し、

 その達成に取り組むことを宣言します。」

写真2 特別セッションの登壇者。右から5番目が毛利館長
写真2 特別セッションの登壇者。右から5番目が毛利館長

 特別セッションでの議論では6人の登壇者から貴重な意見や問題提起が出された。この中でシンガポール科学センター館長のティットム・リムさんは「アジア太平洋地域には世界の人口の多くの人がいて多様な文化があるが『地球市民』として一つとなるような取り組みをしている。これからは次世代の若い人の力が重要だ」と述べ、各国の今後の活動には若い人の積極的な参加が不可欠であることを強調していた。

 「世界科学館サミット2017」は3日間にわたり「グローバル・サステナビリティ」「ともに創り、ともに変わる」「一人ひとりが科学に関わるために」の3トピックスについて40以上セッションが多彩に展開された。例えば15日午後の「科学館とグローバル・サステナビリティ-具体的なプランは?」では、持続可能性という地球規模課題に対して科学館が果たすべき役割が話し合われた。そこでは、地域に根ざした活動の重要性が指摘され、地域の特性を生かし、地域の住民が抱える問題に対する感受性も大切である、などの発言があった。

 16日午後は「科学、政治、ソーシャルメディア」と題したセッションがあった。そこでは政治家だけでなく、一般市民の間でも事実や合理性よりも感情や心情が優先される傾向が出ているとの問題意識を前提に、科学館は「科学的エビデンス」に基づいた情報を市民が得られる貴重な場であり、政治家などによる権威主義的な発言と科学的な発言を区別する力を市民が持つ上で大事な役割を担っている、との考え方が共有された。

写真3 セッション「科学館とグローバル・サステナビリティ-具体的なプランは?」で熱心に議論する登壇者
写真3 セッション「科学館とグローバル・サステナビリティ-具体的なプランは?」で熱心に議論する登壇者

 3日目の17日は午後に「総括セッション」が、続いて閉会式が行われた。

 総括セッションでは科学技術振興機構(JST)特別顧問の吉川弘之元東京大学総長が特別講演した。この中で吉川氏は、社会の中での科学と科学者の役割の課題を取り上げ、「多くの課題や困難さを抱えるSDGsの達成に向けて科学者に対する期待は大きいが、個々の科学者にとって具体的に何をすべきか、は明確になっていない。科学と社会の対話の歴史を知りSDGsがどのようにできてきたかを知ることも必要だ」などと述べた。また長く日本の学術界の現場に関わってきた経験から、SDGsのような社会課題に科学者が貢献するためには自然科学と社会科学の研究者の間の対話と協力の必要性も指摘していた。

写真4 最終日の総括セッションでの議論の様子
写真4 最終日の総括セッションでの議論の様子

 日本未来科学館を運営するJSTの濵口道成理事長は今回会議の成果を評価しながら、「SDGsの山頂は高く、達成への道のりは遠いが、達成できるかどうかはひとえに(科学者や科学館関係者を含めた)私たち一人一人がどのような行動を取るかにかかっている」とそれぞれの立場でできることを具体的な行動に移すことの重要性を強調している。

 3日間の熱い議論は閉会式の盛り上がりにつながった。閉会式では今回会議のホスト役、毛利館長が参加者、大会運営関係者に謝辞を述べた。そして満場の拍手の中、毛利館長から次回大会を担当するメキシコ・MIDE博物館のシルビア・シンガー館長に世界科学館サミットのオブジェが引き継がれた。シンガー館長は「『東京プロトコール』を引き継ぎ、その内容を実行することを約束します」と力強く語った。

写真5 メキシコ・MIDE博物館のシルビア・シンガー館長(左)に世界科学館サミットオブジェを引き継ぐ日本科学未来館の毛利衛館長(右)
写真5 メキシコ・MIDE博物館のシルビア・シンガー館長(左)に世界科学館サミットオブジェを引き継ぐ日本科学未来館の毛利衛館長(右)
写真6 閉会式の最後に壇上に上がった次回メキシコ大会関係者、ラテンアメリカ各国の代表ら
写真6 閉会式の最後に壇上に上がった次回メキシコ大会関係者、ラテンアメリカ各国の代表ら

 今回のサミット開催中、多くのセッションで盛んに聞かれたキーワードはたくさんあったが、その中でも印象に残ったのが「地域」と「人権」。科学館が、「東京プロトコール」の一文にある「来館者に影響を与えて市民がSDGs達成に取り組む一員となるための意識醸成を促す」ことを実現するためには、まず地域に根ざした活動が前提になる。そうした文脈の中で「地域」はよく使われていた。また繰り返し指摘されたのは「SDGsの認知度の低さ」。認知度がまだまだ低いのは日本だけではないことを改めて感じた。貧富の差の拡大や教育体制の不備、ジェンダー問題への無理解、子どもたちを取り巻く自然、社会的環境の悪さ、そして自然現象の変化、、、。地域を問わず多くの国が深刻な国内問題を抱えている現状も明らかにされた。「みな自分の身の回りの問題で精一杯でSDGsどころではない。理念ととらえられている」。こうした発言に「だからこそこういう場で議論している」。そんな応酬も聞かれた。そして国、地域を問わず多くのセッション登壇者が口にしたのは「人権」。SDGs達成に向けたすべての活動が「人権」を尊重することが大前提であるという趣旨の発言を多く聞いた。

 日本に目を向ける。「世界の5歳未満児の死因の約4分の1を大気、水汚染などの環境汚染が占め、世界の7.7億人が1日1.9ドル.未満で生活している」。例えば、こうした深刻なデータが日本国内で十分に共有されているとは言えない。子どもの基本的人権が侵害される事件も多いが、国内で「人権」「地域社会で何ができるか」といった観点から語られることはそう多くはない。SDGsに対する認知度は関係者の努力にも関わらず高くなく、メディアの関心も低い。こうした実態に対してはメディア、ジャーナリズム自身の認識不足と責任もあるだろう。

 今回会議は100近い国・地域から800人以上が参加し、会場内は終始国際色豊かな熱い雰囲気に包まれていた。一方で国内地方の科学館の参加者の姿はあまり見られなかった。会場で会ったアジアのある国の参加者は「日本のローカルの、伝統的な文化を大事にする日本の科学館の人ともっと話したかった」と言っていた。今回会議では講演やセッションで新たな考え方や市民とともにある科学館の戦略などが提案、提示された。こうした成果を次回2020年にメキシコで開かれる大会につなげることを参加者全員が確認し、共有した意義は大きい。それだけにこうした成果をさまざまな形で国内の科学館や科学博物館の活動につなげ、広げ、根付かせるための具体的な試み、行動が一層大切になってくる。

写真7 海外の参加者が多く国際色豊かな雰囲気に包まれた会場
写真7 海外の参加者が多く国際色豊かな雰囲気に包まれた会場

SDGsなど科学や科学技術が関わる国際課題に取り組んでいるJST上席フェローの大竹暁さんはサミット終了後以下のように話している。「科学館が以前のように単に『理解増進』のためだけのものである時代は終わった。科学を現在のさまざまな社会課題や日々の生活と結び付けて考える場になることが求められている」「全国には多くの科学館があり、それぞれ地方の大学や地場産業などとのつながりがあるが(大きな社会課題に取り組み市民を参加指させていく)ノウハウを持っているところは多くない。(今回のサミットを成功に導いた)日本科学未来館は首都東京のお台場にあって人も集めやすく、優れた研究者も呼べ、大学や企業との連携実績もある。予算もあるからさまざまな魅力的な企画もできる。JSTが長く続けている『サイエンスアゴラ』は『科学と社会をつなぐ広場』(の中心)として年間を通じて各地での対話の場とも連携している。日本科学未来館はこうしたアゴラの活動などとも連携し、今回のサミットの成果や共通認識を全国の科学館に広げてほしい。SDGsに対する市民の認識が深まることにつながればいいと思う」。

写真8 世界科学館サミットの会場になった日本科学未来館では会議併催企画が実施された。来年1月8日まで開催される「ビューティフル・ライス〜1000年おいしく食べられますように」
写真8 世界科学館サミットの会場になった日本科学未来館では会議併催企画が実施された。来年1月8日まで開催される「ビューティフル・ライス〜1000年おいしく食べられますように」

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