レビュー

PIの姿勢も原因の一つ 日本の基礎研究力低下

2016.11.02

中村直樹

写真 ノーベル医学生理学賞受賞が決まった直後の10月3日夜、東京工業大学で記者会見して基礎研究の重要性を強調した大隅良典氏(東京工業大学提供)
写真 ノーベル医学生理学賞受賞が決まった直後の10月3日夜、東京工業大学で記者会見して基礎研究の重要性を強調した大隅良典氏(東京工業大学提供)

 大隅良典(おおすみ よしのり)東京工業大学栄誉教授がノーベル医学生理学賞受賞することが決まり、受賞会見や各メディアとのインタビューで、日本の基礎研究が危機的状況にあることを訴えたことで、基礎研究力低下の問題がクローズアップされるようになった。

 科学技術・学術政策研究所が最近発表した「科学技術指標2016」では、1992〜1994年、2002〜2004年、2012〜2014年の論文数(3年平均)を比較している。全論文数は、世界の中で2位→2位→4位(整数カウント)と順位を落とし、被引用数が多い「Top10%論文」では4位→4位→10位となり、被引用数が極めて多い「Top1%論文」になると5位→5位→12位と正に転がり落ちている状態である。

この問題の原因は何なのか。

 各メディアの主張をみると、運営費交付金の削減による基盤的経費の低下が、いわゆる「校費」と呼ばれていた個人研究費の低下を招き、それが自由な発想で行う基礎研究の芽を摘んでしまっているという指摘が最も多い。次いで、競争的に配分される各種研究費や拠点形成費が産学連携などの「役に立つ」分野に大きくシフトしたことが原因だとする主張がある。

 両者とも確かに正しい。科研費(科学研究費補助金)で申請する前段階における試行錯誤によりオリジナリティのある研究の種が生まれる可能性は高いし、政府が科学技術に投資する際、産学連携のように成果が見えやすいものへの予算投入を増やしてきたことも事実だ。さて、それでは本当にそれだけの理由で基礎研究力が低下したのであろうか。答えは「否」であろう。

 昨年のことだが、ある大学の博士課程学生に会って話をする機会があった。毎日のように研究室に泊まり込んで、ほとんどの時間を実験に費やしてきたが、外の世界に出てきてみたら、何と健全な職場があるのだろうと驚いたという。彼は大学改革プログラムの一環としてインターンシップである組織に出ていたのだが、それまで外の世界を全く知らなかったという。今年4月、その彼はある企業に就職し「アカデミアはこりごり。戻る気は全くありません」と話していた。

 実験系の研究室では、大学院生やポスドクをこき使って働かせ、学内で行われるポスドクや博士課程学生を対象にしたキャリア支援セミナー(企業への就職を促す)へは参加させていないという。もちろん、功成り名をあげた研究者は、非常に厳しい環境の中で戦い勝ち残ってきた人たちなので、苦労するのは当たり前と思うかもしれないが、本来、そこには選択肢がなければならない。企業や行政などへの就職の道もあるけれども、それでもあえて茨の道を進むという若者も多い。

 画期的・独創的な成果を生み出している研究室に行くと、若者に活気と気概が感じられる。選択し、覚悟を決めた上で研究に取り組むからこそであろう。一方で、短期的な成果を求める風潮は、不健全な研究室の運営をもたらしがちである。基礎研究力の低下の原因の一つは、研究室を運営するPI(Principal Investigator、研究グループ主宰者)の姿勢にもあると言える。

 基盤的研究費の拡充とともに研究者の意識改革を行う必要があるだろう。

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