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人材育成はドイツに学んだ方が?

掲載日:2016年2月8日

当サイエンスポータルに昨年1年間に掲載した全ての記事中、「いいね」が一番多かったのは、9月11日レビュー「博士課程は職業 日独シンポジウムで日本の遅れ浮き彫りに」だった。999と表示されている。次は2015年12月21日オピニオン「授業料? 日本の博士課程制度設計はガラパゴス」の642だ。

これら二つの記事に共通するものは何か。ドイツと日本の研究人材育成の仕方がだいぶ異なる実態を具体的に示していることだろう。日本は教育費の家計負担、特に就学前教育(幼稚園など小学校入学前の家庭外機関による教育)と高等教育(大学・大学院・短期大学・高等専門学校など)の家計負担が、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中でも最も重い水準にある。OECDの報告書などでだいぶ前から指摘されていることだ。大学生、大学院生の私的負担、言い換えると公的支出が、ドイツと日本で相当、違うことをこれらの記事も示していた。

授業料なく、博士課程には報酬

昨年9月4日、都内で開かれた国際交流基金、ベルリン日独センター、日本学術会議共催の「日独シンポジウム ダイバーシティが創る卓越性~学術界における女性・若手研究者の進出~」で、大きな関心を集めたのは、「ドイツの大学には授業料がなく、博士課程の大学院生には報酬が支払われている」というドイツの大学教授の発言だった。「博士課程を終えて職業に就くと20代後半になってしまう。年金受給の支払い年月が短くなってしまうのを避けるには、奨学金ではなく雇用契約を結ぶことが重要。若手研究者を社会保障のセーフティーネットに統合する意味もある」。というのが、マルティン・ルター大学ビッテンブルグ校のゲジーネ・フォリヤンティ・ヨースト教授の説明だ。

ドイツで唯一の公的研究助成機関「ドイツ研究振興協会」の男女共同参画担当者の発言も多くの日本人聴衆には印象深かったと思われる。「協会は、定款の第1条で男性女性が機会均等であるべきだ、とうたっている。研究助成の審査の時点で、女性研究者が不利益になっていないかをきちんと確認する」ということだった。 「経済格差が進行して大学進学は無理という人が増えている」、「博士課程の大学院生に対し限定的だが授業料半額、あるいは奨学金制度の拡充といった対策をとっているが、一つの大学でできることは限りがある。博士課程に進む学生が減るという現実が確実に進行している」、「大学教員の女性比率をいかに増やすかについての歩みは非常に遅々としたものだ。教員採用に当たって公募を増やし、さらに公募の評価基準を明確にしていかないといけない」…。こうした日本の大学教授らによる発言との落差は大きい。

日独シンポジウム(左から3人目がヨースト教授、2015年9月4日都内で)
写真. 日独シンポジウム(左から3人目がヨースト教授、2015年9月4日都内で)

12月21日掲載のオピニオン「授業料? 日本の博士課程制度設計はガラパゴス」の筆者、永野博(ながの ひろし)慶應義塾大学特別招聘教授(OECDグローバル・サイエンス・フォーラム議長)もまた、ドイツと日本との違いを次のように指摘していた。

「ドイツは、マックス・プランク協会、フラウンホーファー協会、ヘルムホルツ協会に代表されるように大学以外の公的研究機関が基礎研究で大きな役割を果たしていて、これらの公的研究機関が大学院生養成のために一役かっている。現時点では2万人程度の学生がこれらの機関と大学の双方に籍を置き、公的研究機関で研究しつつ、博士号は大学から取得するという仕組みだ。ヘルムホルツ協会の一員であるマックス・デルブリュック分子医学研究所に在籍した方の事例を聞くと、給与が月1,000ユーロ、家賃補助(半額)が300ユーロ、それ以外に若干の研究費ということで、月に15万円から20万円の収入があったとのことである」

さらに「日本の国力を将来にわたり向上させたいということであれば、内外の若い世代が日本の大学の博士課程に進むようにしなくてはいけない。今のように学生に投資せず、高等教育予算が対国内総生産(GDP)比でOECD諸国の半分、ということでいいはずがない」とも。

社会を動かすのは能力ある人材

一体、どうして日本は研究人材育成にかける公的支出で見劣りするような国になってしまったのか。この答え、あるいは考えるヒントが詰まっていると思われる本が出版された。1月末に発行された永野氏著の「ドイツに学ぶ科学技術政策」(近代科学社)だ。この中で氏は、ドイツの国家制度と科学技術政策が、国家形成時から現在までどのように変わってきたかをたどり、現在の科学技術政策の特徴、特に若手人材の養成と日本への示唆にも多くのページを割いている。

永野 博氏(2015年12月9日都内のシンポジウムで)
写真. 永野 博氏(2015年12月9日都内のシンポジウムで)

「社会は一定の能力を有する人材によって動く」。ドイツにあって日本にない国民の感覚ではないか、と永野氏は指摘している。こうした感覚が有能な若手研究者を早く独り立ちさせる支援制度の違いに現われている、というわけだ。氏が詳しく紹介している一つが、ドイツ研究振興協会の「エミー・ネーター・プログラム」。博士号を取得して2~4年という若手に5~6年間、年間48,000ユーロ(約670万円)の給与のほかに、研究チームを率いる資金として1チーム当たり年平均16万ユーロ(約2,240万円)の研究費を支給する支援制度だ。大学院生、ポスドクからなる研究チームを編成させ、研究だけでなくマネジメント能力も若いうちに身につけさせることを狙っているという。(ユーロ・円の換算は著書通り。以下同じ)

マックス・プランク協会にも、「エミー・ネーター・プログラム」の原型ともいわれる若手研究者育成制度がある。「グループリーダー制度」と呼ばれ、1969年発足という長い歴史を持つ。毎年20人程度が採用されるグループリーダーには、毎年35万ユーロ(約4,900万円)が支給され、一切の研究進展を任される。5年の任用期間後も、良い成果を出していれば2年間の延長が2回可能という。7割が任期終了後にドイツ国内外で教授になるなど制度がうまく行っていることを裏付ける数字が挙げられている。

ポスドク制度設計に間違い

基礎研究分野推進のマックス・プランク協会に対し、応用研究の分野で近年、海外からの関心も高まっているフラウンホーファー協会にも、ユニークな若手研究者育成制度がある。マックス・プランク協会同様、博士号授与権限はないので、66ある研究所は大学のそばにつくられている。協会で雇用されている22,000人のうち6,000人は、大学院生を含む学生。大学院生は勤務時間中、研究所のプロジェクトに参加し、週末や勤務時間外に博士論文を書く。学生にとっては委託研究を発注した企業の人たちと直接議論できる魅力があり、実際に多くが企業家的発想を得て、産業界から歓迎される人材に成長するという。

協会傘下66の研究所が企業、政府、公共団体から委託研究を受けた場合、委託研究費の最大40%に相当する額が基盤的運営経費として協会から支給される。この出所は政府だが、協会が収入の多くを政府に頼っているわけではない。2013年の研究予算16億6,100万ユーロ(約2,320億円)のうち、基盤的運営経費に当たる政府からの収入は約28%にとどまる。残りは産業界から約35%、連邦・州政府からのプロジェクト収入が約26%、欧州委員会から約5.5%という内訳だ。日本では国立大学や国立研究機関に対し、「企業との共同研究により外部資金をもっと導入せよ」という政府からの要請が急に強まっている。しかし、永野氏の見通しは悲観的だ。「しっかりしたシステム設計をすることなくフラウンホーファー協会の域に達するのは容易ではない」と。

さらに、日本の若手研究者育成に対する氏の見方は、もっと厳しい。「日本でも若手研究者対象のグラント(研究助成金)は増えているが、エミー・ネーター・プログラムのような大規模のものが用意されているわけではない。若手研究者支援の本質は、彼らの能力をいかに引き出すかという点にポイントがある。独り立ちできる能力を身につけられない日本のポスドク制度は、制度設計そのものが間違っている」

米国ばかり見ていては

明治維新後、日本は科学技術・学術振興のため、外国から多くの教師を招いた。医学者のベルツや地質学者のナウマンなどドイツ人も多かったし、森鷗外をはじめ日本からドイツへの留学生も多かった。阿部博之(あべ ひろゆき)元東北大学総長は次のように話している。「私が大学生だったころの年配の先生たちは、旧制高校を出た後、西欧などに留学して2年くらい研究生活を送ってから帰国し、教授になっていた。だからドイツ語、英語の読解力は、私たち新制大学卒の世代に比べるとはるかに優れていた」

永野氏の著書の中にも次のような歴史と挿話が紹介されている。ドイツ研究振興協会は1920年、第一次世界大戦後の経済的窮状からドイツ科学の壊滅を防ぐ目的で設立されたドイツ科学非常事態協会が前身。政府に資金はなかったため民間からの拠出でつくられた。星製薬、星薬科大学の創設者である星一(ほし はじめ)も、1921年から5年間巨額な寄付をしている、と。

敗戦後の窮状から驚異的な復興を成し遂げたという共通点を持つ日本とドイツは、そのはるか前から近い関係にあったということだろう。

このところ、新聞や放送は、テレビで米大統領選の予備選挙を大きく報道している。本番の1年も前、民主、共和両党の予備選挙の時点からこれほど大きく米国の大統領選を報道する国が日本以外にどれほどあるだろう。科学技術政策も似たようなところはないだろうか。永野氏は次のような見方を示している。

日本は科学技術政策を検討する場合、あまりに米国の前例を重視しすぎてはいないだろうか。知的財産権に関してはバイドール法を参考にし、米国立衛生研究所(NIH)にならった日本医療研究開発機構(AMED)の設立、さらには国防高等研究計画局(DARPA)を模した機関の検討などなど…。

ただし氏は、米国に代わってドイツの科学技術政策を手本にすればうまくいくという安易な考え方もとっていない。氏の著書には、次のような記述もある。

「(日本とドイツは)政策としてそれほど変わらないことを打ち出しているとしても、ドイツはそれを時間がかかっても着実に実行していく。これに対し日本は、審議会を数年ごとに開いて立派な内容の提言、政策を繰り返しつくり、公表しながら、それを実現していかない」

(小岩井忠道)

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