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情報学は予算増に応えられるか

掲載日:2016年1月15日

「情報は科学技術予算の一丁目一番地」。11日、日本学術会議で開かれた同会議情報学委員会主催の「情報学シンポジウム」で、情報関係の来年度予算確保で頑張った文部科学官僚の自信に満ちた声が聴かれた。今年度予算の折衝では、IoT(Internet of Things、情報・通信機器以外のさまざまな物体がインターネットを介して自動認識・制御、遠隔計測などを行うこと)、セキュリティ関係とも文部科学省の要求は認められなかったというから、情報関連の人たちにとってこの1年の変化はありがたいということのようだ。

では、情報関連研究分野の現実はどうか。シンポジウム登壇者たちの発言から、膨らむ期待の半面、人材育成をはじめとする課題も見えてくる。

左から篠原弘道氏、安西祐一郎氏、久間和生氏
写真1. 左から篠原弘道氏、安西祐一郎氏、久間和生氏

文部科学省が来年度予算獲得に当たって情報分野を重視し、功を奏した背景に、第5期科学技術基本計画の検討作業で人工知能、ビッグデータ、IoT、セキュリティという情報分野が早い段階から重視されていたことがある。来年度から5年間の科学技術政策の根幹を決める同計画は事実上、確定済みで、近く、閣議で正式決定の見込みだ。計画の策定作業を行った総合科学技術・イノベーション会議の久間和生(きゅうま かずお)議員が、この日のシンポジウムにパネリストの1人として参加していた。

「これまで日本はハードウエアの製品、産業が強すぎた結果、国の研究助成においても、ICT(情報通信技術)分野の(手厚い)研究助成を決められる環境でなかった。さらに物理、化学といったハードウエアをやっている人たちと、情報通信、とりわけ情報ネットワーク関係の人たちの融合が全く進んでいないのが現実。第5期科学技術基本計画の下で、両分野の融合を図り、ICT分野にもきちんと予算を配分したい」

こうした久間氏の発言は、会場の情報分野専門家たちに心強く感じられたと思われる。氏は三菱電機出身で、開発本部長時代の次のような体験談も紹介した。「三菱電機には二つの大きな研究所がある。先端技術総合研究所はどちらかというと物理・化学系、情報技術総合研究所は情報・通信系で、両者間にはほとんど会話がなかった。本部長としてこの二つの研究所(の研究者・研究分野)を融合するのにかなりのエネルギーを使った」

企業ですらこのような状態だから、学界が社会の期待に応えられるような態勢になっているとは考えにくい。実際に、パネリストの1人、安西祐一郎(あんざい ゆういちろう)日本学術振興会理事長(前 慶應義塾長)は、第5期科学技術基本計画に盛り込まれた情報分野の目標について「実現していくために大学などからみていくつかの課題がある」と次のように語っている。

「産学連携は資金を投入すれば成果が上がるわけではなく、特に情報系は社会が必要とする大きなテーマへの準備ができているようには見えない。大学、産業界でこれから強くなる研究グループを見つけて、きちんと資金を出していくことが大事」。「特に大学の研究者には、ロボット、IT(情報技術)など自分の専門にこだわる人が多い。実際に必要なのは既存の分野を超えて挑戦的、具体的な道筋を示すこと。あるいは、環境、防災、医療など多々あるテーマについて抽象論ではなく具体的に解決すべきは何かを提示することだ」。「政策担当者は、情報は伝統的な研究分野と異なり、マネジメント、場合によってはマーケティングも含めた研究の取り組みが必要ということを考えてほしい」

安西祐一郎 日本学術振興会理事長
写真2. 安西祐一郎 日本学術振興会理事長

氏はさらに「50歳代の研究リーダーが不足している」、「大学の研究分野の構造がなかなか変わらない」など、人材面でも他の研究分野と異なる課題があることも指摘し、「基盤技術の十分な理解と実装能力を持つ人材の育成」の必要を協調した。さらに「個々の分野で良い論文を書きたいという研究者より、分野を超える、社会に貢献していく目標を自ら描ける研究者を優遇してほしい」とも。

産業界からの見方はどうか。もう一人のパネリスト、篠原弘道(しのはら ひろみち)NTT副社長は、「基礎領域は民間ではなかなかできないので、ぜひ強力に推進してほしい」と第5期科学技術基本計画に対する期待を述べるとともに、基礎研究から出口(実用化・事業化)までを見据えた取り組みを推進するとされている「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」に対する具体的な要請も行った。

SIPは、一足先にスタートした「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」とともに、 総合科学技術・イノベーション会議主導で既に動き出している大型プロジェクト。初年度の今年度だけで10課題に総額500億円もの予算が投入されている。「ややもするとSIPのような大玉のテーマについては十分な政府の支援があるが、例えば、若手研究者の独創的で挑戦的な研究課題についての支援がどこまでできているか」というのが、篠原氏の示した懸念。基礎から出口までといううたい文句に対しても「基礎領域から出口を意識しているようだが、(選定課題の)ある程度の割合は出口をあまり意識せず、とにかくできたらすごいという課題にチャレンジしてほしい」とプログラムの根幹に関わる注文を突きつけた。

産学官それぞれの期待にずれが存在することは、文部科学省と経済産業省が設置した「理工系人材育成に関する産学官円卓会議」で交わされたこれまでの議論などからもうかがえる。学部、大学院での教育、研究分野と、産業界が重視している専門分野との大きなずれが、昨年1月下旬から2月上旬にかけて経済産業省が実施したアンケート結果から浮き彫りになったという。アンケートの対象者である産業界の経営者、役員を含む正社員の技術者たちが「重要分野」として挙げた答えの中で「機械」に次いで多かったのが、「ITハード・ソフト系」と「ITネットワーク・データベース系」。重要とする答えは「ITハード・ソフト系」が17%強(うち大学で学ぶ必要があるとする回答は11%強)、「ITネットワーク・データベース系」が9%強(同約6%)だった。

問題は、他分野との研究者数の比較だ。科学研究費補助金に採択された研究者の数を母数に、それぞれの分野の研究者数が研究者総数に対しどの程度の比率を占めているかを見ると、「ITハード・ソフト系」、「ITネットワーク・データベース系」ともに1%以下という低さ(機械は約5%)。例えば、バイオ関係は総じて「重要だ」とする答えが少ないにもかかわらず研究者は多い。産業界からみるとミスマッチの現実があるということになる。

結局、シンポジウムで浮き彫りになった課題は、人材育成に行き着くということだろうか。科学技術・学術政策研究所の調査資料「研究論文に着目した日本の大学ベンチマーキング2015-大学の個性活かし、国全体としての水準を向上させるために-」によると、論文からみた日本の大学の世界ランクはこの10年間で全体、各分野そろって低下している。「情報は、来年度科学技術予算の一丁目一番地」。2度この言葉を強調した榎本剛(えのもと つよし) 文部科学省研究振興局参事官も、このグラフを示し「中でも計算機科学・数学分野の下がり方が大きい」と人材育成の必要を認めていた。

(小岩井忠道)

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