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サービス化社会に立ちふさがる壁は?

2015.06.26

小岩井忠道

 「サービス工学研究センター」を産業技術総合研究所が設立して7年余りになる。既にサービス産業は国内総生産(GDP)や雇用ベースで日本経済の7割を占める。にもかかわらず、「サービス」について産業界、大学、研究機関のいずれも、科学的・工学的な視点から研究しようとはしていない。設立されたのは、そんな時期だった。

 15日に科学技術・学術政策研究所が公表した「科学技術予測調査」は、8つの分野についてこの先30年ほどの将来を展望している。この中で初めて取り上げられたのが「サービス化社会」分野だ。ドイツが産学官挙げて取り組む「インダストリー4.0」や、「モノを売らずにサービスを売る」ビジネスモデルへの転換を図る「プロダクト・サービス・システム(PSS)」など欧米先行の潮流を考慮した、という。

 「サービス化社会」とはいかなるものか。予測例が二つ挙げられている。一つは公共交通が人間・車両間の通信による協調移動システムに変貌する。利用者が行き先を指示するだけで、最適の乗り物が使える、というような。

 もう一つは、サービスデータ収集管理基盤を構築し、普段は観光などに利用し、非常時は防減災用に活用してもらうという例だ。利用者は、携帯端末の使い慣れたアプリで観光地では観光情報、災害時には避難情報を得ることができる、という。

 科学技術予測調査は、科学技術・学術政策研究所が持つ産学官にわたる専門家のネットワーク(約2,000人)と、関連学協会会員の協力者約4,300人から得た回答が基になっている。「サービス化社会」については、「経営・政策」「知識マネジメント」「プロダクト・サービス・システム(PSS)」「サービスセンシング」「サービスロボット」「人文系基礎研究」など10の細目を挙げ、それぞれ研究開発の「重要度」「国際競争力」「不確実性」「倫理性」などを聞いた。さらに「技術実現」や「社会実装」の可能性と時期、重点とすべき施策などにも答えてもらっている。

 調査結果の分析は、8分野ごとに設けられた委員会がそれぞれ担当した。「サービス化社会」では、産業技術総合研究所サービス工学研究センターの持丸正明センター長が座長を務めている。

 10の細目についてそれぞれ研究開発の重要度を尋ねた問いに対し、重要度が高いとされた細目の数が他の分野に比べ相対的に少ない、という結果となった。また、研究開発の国際競争力は低く、実現の不確実性が高い、さらに倫理的観点からみても非常にハードルが高い分野、とみる専門家が多いという結果となっている。

 こうした分析結果に基づいて、持丸氏は次のような将来展望を示した。

 まず「サービス化社会」を氏は「サービスを通じてさまざまな個人の行動情報や環境情報が収集され、連結されてビッグデータとして分析され、新しい知識を構成していく社会」とみる。一方、こうした社会が内包するリスクとして「個人情報保護や、サービス介入による行動操作という観点において科学技術が正しく運用されない場合の倫理的リスク」を挙げた。

 サービスを研究対象にする重要性にいち早く気づいた産業技術総合研究所の研究リーダーとしても、倫理的問題の厄介さは認めざるを得ないということのようだ。

 日本年金機構の個人年金情報大量流出が国会でも大問題となったように、個人情報が不当に利用されることに対する不安を持つ人は少なくないと思われる。他方、ビッグデータをうまく利用するとどんな新しい世界が開けるか、といった前向きの情報は目立たない。マスメディアにしてみれば、こちらはニュースになりにくいということだろう。

 行政がビッグデータ活用で期待できる利点を宣伝しても、多分効果は限りがある。産業界、学術界が一踏ん張りしないと、ビッグデータの活用面で欧米に置いてきぼりを食う、ということにならないだろうか。

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