レビュー

米科学誌掲載前の取材規制

2006.06.09

 学会で報告されているのに、会場の写真撮影もできず、個別取材も断られる−。

 5月15日に幕張メッセで開かれた日本地球惑星科学連合大会で起きた「報道解禁」にからむ出来事を、毎日新聞7日朝刊の科学面で須田桃子記者が詳しく伝えている。

 宇宙航空研究開発機構の探査機「はやぶさ」による小惑星イトカワの観測結果が、問題の報告。学会の半月後、6月2日発行の米科学誌「サイエンス」に、この観測結果が取り上げられることが決まっていた。

 「サイエンス」は英国の「ネイチャー」と並ぶ、知名度、権威を誇る専門家向け科学誌である。

 取材、執筆にできるだけ時間をかけたい。そんなメディア側の希望と、大きく報じてもらった方が雑誌の権威はますます高まる、という雑誌発行者の利益が一致、雑誌発行の数日前に掲載予定の論文コピーが、メディアにだけ特別に提供される。ただし、ニュースにしてよい(報道解禁)日時の指定付で。

 「サイエンス」も「ネイチャー」も、報道機関との間でこうした慣行をずっと続けている。今回のケースは、論文掲載時期が研究者たちの見込みより遅れ、学会発表の後になってしまったことから起きた。

 記事によると、サイエンスの要請に応じ、個別取材を断ったことについて、研究者たちは次のように釈明している。

 「矛盾は承知しているが、記者との接触は控えてほしいという編集部の求めに応じた」

 「サイエンスやネイチャーに載れば、話題になり、社会的に影響力のある研究が出来たという証しになる。研究者も話したいのはやまやまなのだが、縛りが厳しいのはやむをえない」

 研究者自身に取材できないと責任ある記事は書けないので、不満ながらサイエンス誌の発表を待って記事にしよう。今回は、取材を断られた社はこうした対応をしたようだが、メディア側に、別の手が全くないわけではない。記事では、1997年の世界初のクローン牛「ドリー」誕生は、論文が「ネイチャー」に掲載される前に英紙が報じた、という例を紹介している。

 記事に書かれたケース以外でも、20年近く前、「アスピリンは心臓病にも効く」というニュースをロイター通信社が流したことがある。その論文が掲載された米医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」が指定する記事解禁日時の前だった(業界用語で解禁破りという)。

 ロイターは、医学誌側から以後、発行前に論文コピーを事前提供するメディアのリストからはずされる制裁を受けたが、覚悟の上の行為である。「恩恵を受ける心臓病の人々の利益を考えれば、一刻も早く知らせることの方が、医学誌との約束を守ることより優先される」。確か、こんな言い分だった。

 今回の取材規制の背景には、日本の科学界に特有の事情も絡んでいるようだ。記事は、北澤宏一・科学技術振興機構理事の以下のような言葉で締めくくられている。

 「日本ではサイエンスやネイチャーに載ることが極度に評価されるため、(載せたいと願う)研究者の立場は弱い。研究レベルは高いのに、発表に関しては遅れており、発表の媒体も育っていない」(注:東京本社版の記事から)

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