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日本独自の和鉄 復元と分析の研究に迫る【今に息づく 和の伝統】

2023.10.11

岡山県新見(にいみ)市のたたら操業施設で村上さん(左手前)と研究室のメンバー、地元の人々が協力して和鉄作りの復活に取り組んでいる
岡山県新見(にいみ)市のたたら操業施設で村上さん(左手前)と研究室のメンバー、地元の人々が協力して和鉄作りの復活に取り組んでいる

 昔から日本では多様な産業が発展し、世界でも類を見ない文化がはぐくまれてきた。近年、和の伝統を現代の科学で捉え直し、技術の再現や普及、新たな知見を得ようとする取り組みが進められている。こうした実例を紹介する「今に息づく 和の伝統」の第1回は「鉄」がテーマ。たたら製鉄での和鉄作りを復活させる研究と、刀剣などの鉄鋼文化財を非破壊でミクロのレベルで分析しようとする研究を紹介する。

砂鉄を利用する「たたら製鉄」が発達

 日本では弥生時代から鉄器が使われ始めた。中国から朝鮮半島経由で伝わったとされる。最初は鉄器や鉄材を交易で得ていたが、次第に原料の鉄そのものを作るようになり、遅くとも製鉄は古墳時代後期の6世紀半ばに始まったようだ。

 日本には鉄鉱石が少なく、砂鉄を原料とする「たたら製鉄」の技術が独自に発達した。砂鉄は現代の鉄の原料となる鉄鉱石と比べて不純物が少ないため、日本で生産された和鉄は強度があった。特に純度の高い玉鋼(たまはがね)は日本刀などに生かされた。

 「たたら」とは火力を強めるために炉に空気を送り込む器具のことで、吹子(ふいご)とも呼ばれる。中国などで見られる炉と比較すると日本の炉は送風口が多い。火力などの調整がしやすい構造になっていた。

 たたら製鉄には、使う砂鉄の種類によって2つの方法がある。1つは「ずく押し」と呼ばれる方法だ。一般的な砂鉄である「赤目(あこめ)砂鉄」と木炭を熱して「ずく」と呼ばれる銑鉄(せんてつ)を作る。銑鉄は炭素量が多くもろいため、これを脱炭して鋼を作る、という2段階の間接製鉄法だ。

ずく押しでつくられた銑鉄
ずく押しでつくられた銑鉄

 もう1つは「けら押し」。赤目砂鉄より不純物の少ない「真砂(まさ)砂鉄」と木炭を熱し、鋼を直接作る。炉内に「けら」と呼ばれる粗鋼(そこう)の塊ができ、そのけらを割って割れ方や断面をみて玉鋼を選別する方法だ。ずく押しより新しく、戦国時代の16世紀から始まり、江戸時代中期ごろに技術が確立したと考えられている。

たたら製鉄の方法「ずく押し」と「けら押し」の比較
たたら製鉄の方法「ずく押し」と「けら押し」の比較

 現代は鉄鉱石と石炭を原料として高炉で製鉄を行っているが、原理は昔から変わっていない。鉄は自然界では酸化鉄として存在するため、まず還元することが製鉄の第一歩なのだ。

地域の伝承会と失われた技術を再現

 しかし、製鉄の歴史や日本刀の制作技術については、実はいまだに謎が多い。古くから製鉄が行われ、京都の東寺の荘園「新見庄」として栄えた岡山県新見市では、特に記録の少ないずく押しによる製鉄に取り組んでいる。

 その中心となって尽力しているのが、備中国新見庄たたら伝承会(藤井勲会長)だ。1999年にたたら製鉄の実験を始めて以来、毎年「中世たたら操業」を実施。地域住民らが会員となって活動し、技法の再現を目指している。2014年に初めてずく押しでの製鉄に成功した時には、市内外から約300人が集まり、交代で吹子を押して炉に風を送った。

2014年、炉から赤黒く溶けた鉄が流れ出し、ずく押しでの製鉄が初めて成功した(新見市議会議員・仲田芳人さん提供)
2014年、炉から赤黒く溶けた鉄が流れ出し、ずく押しでの製鉄が初めて成功した(新見市議会議員・仲田芳人さん提供)

 2003年には愛媛大学アジア古代産業考古学研究センター長の村上恭通さんとの共同研究を開始した。市内にある13世紀後半の貫神ソウリ遺跡や15世紀後半〜16世紀前半の鍛冶屋床遺跡などの製鉄遺跡の発掘という成果を出している。たたら製鉄に関する講演会やワークショップなども開催している。

村上さん(中央)の研究室のメンバーと、新見庄たたら伝承会の藤井さん(左から2人目)
村上さん(中央)の研究室のメンバーと、新見庄たたら伝承会の藤井さん(左から2人目)

考古資料にある精錬法を実験

 村上さんは近年、新見市で銑鉄を鋼鉄にする「炒鋼(しょうこう)法」の実験を行っている。ずく押しによるたたら製鉄で多く得られる銑鉄は硬くてもろいため、別の炉で再び加熱しながら炭素を二酸化炭素にして脱炭するという精錬の作業が必要だ。村上さんは、「中国で行われていた炒鋼法は効率が良く一度に大量の鋼鉄を作れるのですが、昔の資料はほとんど残っていません」と話す。そこで、わずかな考古資料と民俗資料をもとに、学生と炉を設計して作製。燃料や風量を変えながら、炒鋼炉の再現を試みている。

炭素含有量の多い銑鉄(左)と炭素含有量が極めて少ない玉鋼(右)。炒鋼炉で銑鉄を脱炭するほど成分的に玉鋼に近づく
炭素含有量の多い銑鉄(左)と炭素含有量が極めて少ない玉鋼(右)。炒鋼炉で銑鉄を脱炭するほど成分的に玉鋼に近づく

 炒鋼炉は粘土を固めたシンプルなつくりだ。ドーム状の屋根に送風管が差し込まれ、上から空気を送る。

2023年7月の実験では、炉に薪をくべて予熱した銑鉄を並べた上に木炭を置く条件を試した
2023年7月の実験では、炉に薪をくべて予熱した銑鉄を並べた上に木炭を置く条件を試した

 銑鉄は新見のたたら操業施設で作られたもので、金槌で長さと幅、厚さそれぞれ数センチメートル程度まで叩き割っておいたものだ。送風すると、薪や炭が燃えて炉内温度が上がっていく。1時間ほど送風の強弱で火力を調整している間には、炉の口を塞いだ石のブロックの隙間から炎がはみ出ることもある。炉内は摂氏1200~1300度ほど。並べて置いた銑鉄は表面が溶け、互いにくっついて大きな塊になっていく。

 この過程で銑鉄中の炭素が酸素と結合して二酸化炭素となり、脱炭が進む。炉内を高温にするために木炭を燃やすが、鉄に炭素が再び結合して戻らないようにしなければならない。これまでの実験では、炭化が十分に進んだ良質の木炭だと、脱炭が進む高温まで炉内の温度が上がりにくかった。完全に炭化しきっていない木炭や生木の薪の方が、炭素が鉄に戻りにくいと分かってきており、「現代の私たちにとって『質がいい』炭が昔ながらの精錬で使えるわけではないようです」と村上さんは笑う。

 炎の色や加熱時間から頃合いを判断して炉から鋼の塊を取り出すと、村上さんは金槌で叩いて、鋼の質を確認する。作業場にカーンカーンと金属音が響き、火花が飛び散る。叩いても割れずにぐにゃっとした手応えがあれば、うまく脱炭されて鋼になっていると判断できる。

赤く熱された鋼を叩く
赤く熱された鋼を叩く

 この日は途中で鋼を炉から出して確認したあと再び燃焼させて、計3時間の実験を行った。汗だくの村上さんは「炒鋼法を再現できるまで、もうひと押しです」とペットボトルの水を飲みながら手応えを語った。

できあがった鋼を確認する村上さん
できあがった鋼を確認する村上さん

鉄鋼文化財を分析して制作技術にアプローチ

 実験で作られた鉄が狙いどおりできているかを確認するために、村上さんは東京藝術大学准教授の田中眞奈子さんと共同研究を行う予定である。田中さんは、現代の科学技術を駆使して日本古来の鉄鋼製品、特に日本刀や火縄銃の制作技術を解明しようとしている。

 現状では、鉄鋼文化財の分析は、「破壊分析」が一般的だが、文化財保護の観点からハードルが高い。田中さんは「非破壊分析が望まれるが、切断したり表面の錆を削り取ったりして金属組織を顕微鏡で観察したり、X線を当てて鉄内部の微量元素を測定したりするほうが、得られる情報量が多いのです」と説明する。

 貴重な文化財は壊せないが制作技術や原料に関する情報を得たい――。そのジレンマを打破するのが加速器から生み出される放射光や中性子線などの量子ビームによる分析技術だ。「最新の分析技術を用いることで、破壊しなくても鉄鋼内部の非金属介在物(金属材料の内部に存在する非金属物質)の配列や鉄鋼の結晶組織の情報が得られつつあります。それらの情報を検証することで、現在では詳細が不明となっている日本刀をはじめとする鉄鋼文化財の制作・加工技術の詳細や、原料の材料特性を明らかにできると考えています」と、田中さんは期待を寄せる。

分析する火縄銃のネジ部分をチェックする田中さん
分析する火縄銃のネジ部分をチェックする田中さん

放射光や中性子で非破壊分析

 田中さんが取り組んでいる非破壊分析の手法は2つある。1つは、中性子のビームを物質に当てて、透過してきた中性子のスペクトルを位置ごとに測定する「パルス中性子透過分光法」だ。実験は茨城県にある大強度陽子加速器研究施設「J-PARC」で行われ、非破壊で鉄鋼文化財の結晶構造、結晶子サイズ、ひずみなどの結晶組織情報が得られる。この手法は村上さんや備中国新見庄たたら伝承会が再現に取り組んでいる銑鉄と鋼の非破壊での判別にも有効だ。

 もう1つは、兵庫県にある大型放射光施設「SPring-8」で行う「放射光X線CT分析」だ。光速近くまで加速させた電子の進行方向を曲げると、放射光という光(電磁波)が出る。放射光から200keV(20万電子ボルト)付近にピークを持った高エネルギー放射光白色X線を取り出し、分析したい資料に当てる。資料はステージ上に固定し、180°回転させてX線CT撮影を行う。通常のX線エネルギーでは鉄の厚さの影響もあり、日本刀などの鉄鋼文化財内部の詳細情報を得ることは難しい。しかし、輝度の高い(すなわち明るい)放射光の高エネルギーX線マイクロCTを用いれば、非破壊でも鉄鋼文化財内部に存在するケイ素やアルミニウムなどからなる非金属介在物を観察できるという。「これまでの研究で、放射光X線CTを用いて、非破壊でも鋼中の数十~数百マイクロメートル(1マイクロは100万分の1)サイズの非金属介在物を高分解能で観察することに成功し、それにより火縄銃の筒の接合面や日本刀の造り込み方がわかるようになってきました」と田中さんは成果を語る。

 「いろいろな量子ビームを用いて鉄鋼文化財を多角的に分析し、非金属介在物の配列や金属組織の情報を非破壊で把握できるように、研究を推進していきます」と田中さん。

幅広い人々が連携して和鉄の謎を解き明かす

 田中さんは現在、5年間で120振りの日本刀の分析を目標にSPring-8での調査を進めている。非破壊であれば所蔵者から分析の許可を得やすいが、日本刀は偽物もある。調査には刀剣の専門家や博物館の学芸員など多くの近隣分野の専門家の協力が必須だ。

 「日本刀を体系的に分析して、最終的には日本刀の黄金時代と言われる鎌倉時代中期の作刀技術を解明したい」というのが田中さんの目標だ。

村上恭通

村上恭通
愛媛大学アジア古代産業考古学研究センター センター長/教授
広島大学大学院文学研究科考古学博士課程単位取得退学。名古屋大学文学部助手、愛媛大学法文学部助教授、同大学東アジア古代鉄文化研究センター教授などを経て、2018年より現職。2019年よりセンター長。

田中眞奈子

田中眞奈子
東京藝術大学大学院 准教授
東京藝術大学大学院美術研究科文化財保存学専攻博士後期課程修了。博士(文化財)。同大学アートイノベーションセンター教育研究助手、特任講師、昭和女子大学人間文化学部准教授などを経て、2023年より現職。

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