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[シリーズ]イノベーションの拠点をつくる〈16〉立命館大学COI拠点 運動を生活カルチャー化して、寝たきりゼロ社会へ(石丸園子 氏 / 立命館大学COI拠点プロジェクトリーダー、東洋紡コーポレート研究所快適性工学センター部長)

2016.02.02

石丸園子 氏 / 立命館大学COI拠点プロジェクトリーダー、東洋紡コーポレート研究所快適性工学センター部長

 文部科学省と科学技術振興機構(JST) は、2013年度から「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM※) 」を始めた。このプログラムは、現代社会に潜在するニーズから、将来に求められる社会の姿や暮らしのあり方(=ビジョン) を設定し、10年後を見通してその実現を目指す、ハイリスクだが実用化の期待が大きい革新的な研究開発を集中的に支援する。そうした研究開発において、鍵となるのが異分野融合・産学連携の体制による拠点の創出である。本シリーズでは、COI STREAMのビジョンの下、イノベーションの拠点形成に率先して取り組むリーダーたちに、研究の目的や実践的な方法を述べていただく。第16回は、立命館大学を中核に、スマートウェア技術を使った運動生活に役立つ肌着の開発や、運動の継続、コミュニケーションの促進、ロコモ予防対策など、「スポーツ・運動」と「医療」の両側面から運動を生活カルチャー化して、寝たきりゼロ社会を目指す研究プロジェクトをご紹介する。

※COI STREAM/Center of Innovation Science and Technology based Radical Innovation and Entrepreneurship Program。JSTは、「センター・オブ・イノベーション(COI) プログラム」として大規模産学官連携拠点(COI拠点) を形成し研究開発を支援している。詳しくは、JST センター・オブ・イノベーション(COI) プログラムのページを参照。

はじめに

石丸園子 氏
石丸園子 氏

 近未来(2030年)の日本では、少子高齢化により高齢者の割合は30%を超え、0~14歳が占める割合は9%を下回ることが予想される※1。要支援及び要介護の認定者数は毎年20万人規模で増加し、一人暮らしの世帯が全体の40%近くを占める。つまり、ヒトは必ず歳をとるが、歳をとっても一人で動くことができることの重要性とともに、そのために必要な行動は何かを再認識する必要がある。

※1 国立社会保障・人口問題研究所:日本の将来推計人口、2012

 現状は、少子高齢化に伴う介護及び医療にかかる負担増加による危機感から、健康寿命の延伸が喫緊の課題となっている。国家の危機感と個人の危機感には温度差があるが、個人レベルにおける健康の維持・増進への期待も高まっている。しかし、社会全体を考えた場合、「子供の遊び場減少/子供の体力低下」「世代を超えたコミュニケーション機会の減少」「健常人の移動能力保持を阻害しかねない過剰なバリアフリー」「疾患を抱えた高齢者への運動機会の確保困難」など、個人の移動能力の維持や回復を阻害する要因は多々存在する。

 グローバル化、情報化などで個人の価値観がスピードをもって変容する中、COI STREAMのビジョンでもある「少子高齢化先進国としての持続性確保」「豊かな生活環境の構築 (繁栄し、尊敬される国へ)」「活気ある持続可能な社会の構築」を考えた場合、そこに求められるのは、新たなソーシャルキャピタルの創造や地域コミュニティの活性化、個々人に合わせた生活環境の創出などであり、社会、地域、組織、個人などさまざまなレベルに合わせた空間創造によって、社会のありようは激変する可能性が十分にある。

 個人の移動能力維持についての行動変容が実現できれば、それはやがて健康寿命の延伸へとつながっていく。「生涯自分で動き続けることができる絆(きずな)社会」は「幸福度を維持した生涯を過ごせる社会」そのものである。従って、その実現に向けた気付きと対策による行動変容の動機付けが、今求められている。

本拠点が目指す社会

 少子高齢化先進国として持続性を確保していくためには、生活習慣改善、運動による健康寿命延伸、子どもの健全な発達、家族・地域のつながりの再生が必須である。またこの実現に向け、健康づくりのための運動を訴求し、「運動が生活カルチャー化」することで、コミュニティ形成が広がることが求められる。そのためには、空間価値を変える新しいスポーツ健康技術(スマートウェア技術、空間シェアリング技術、運動誘導/継続技術)が必要である。

アクティブ・フォー・オール拠点の構想
図1.アクティブ・フォー・オール拠点の構想

 また、サテライト拠点の「ロコモ※2の見える化と予防法の開発」は、主に医療の観点から、生活習慣病予防と健康寿命延伸を補完し、寝たきりゼロを目指す。これらは、システムとして、スマートウェアやロコモの見える化技術により取得したデータをクラウド上でデータベース化し、アプリケーションを提供する。
このように、本拠点は「運動」を媒介に「スポーツ・運動」と「医療」の両側面から健康を維持・増進し、全ての人々をアクティブな状態へと誘導する「運動の生活カルチャー化により活力ある未来をつくるアクティブ・フォー・オール拠点」を構築する。さらに人々が時間と空間を共有できる仕組みを創出することで、「日本の誇るべき絆社会」の実現を目指す。

※2 ロコモ/ロコモティブ・シンドローム(locomotive syndrome)。運動器症候群。詳しくは、日本整形外科学会の解説を参照。

運動とコミュニティ形成

 「健康づくり」のための運動継続は、極めて重要であるにもかかわらず、難しい。本拠点が構想する、スマートウェア技術、運動を継続できる生活システムの構築は、困難な運動継続を無理なく実現させる。また、空間シェアリング技術は、年代や運動レベルの異なる層が同一空間を共有できるようになることで、親和性・融和性を高めることができ、少子高齢社会にとって大きなアクティビティの向上をもたらす。

 本拠点で開発するツールは、単に上述の課題を解決する健康増進・触発のツールであるだけでなく、コミュニケーション・ツールとしての確立を目指す。すなわち、運動を強制するツールではなく、より継続性を意識し、「集まれば楽しい」「ウェアを使って空間に入ると、コミュニケーションが持てる」という、人と人をつなぐツールとして新しく定義された健康機器となる。コミュニケーションを楽しみながら、結果として運動量が増加し、健康づくりがついてくるといった技術の確立を目指す。

 「日常」のつながりを求める人々のコミュニティを活性化し、その中での運動の楽しさを触発するツールによって、知らず知らずのうちに社会やコミュニティに運動による健康を「生活カルチャー」として定着させることが本プロジェクトの目標である。このように、単なる技術開発だけではなく、個人の一時的な習慣の変化というレベルを超えた社会全体の継続的な行動変容(すなわち運動による健康という生活カルチャー化を促す)ハードウェア、ソフトウェアを開発することが研究の目的である。

セルフケアによる健康産業の革新

 本拠点が開発するスマートウェア技術や運動誘導/継続システム、センシングシステム、ロコモ察知バイオマーカー、双方向通信システムは、「動き」を始め、「体調(状態)」を見える化し、さらに、集積された個人のデータベースをもとに、オーダーメードの生活指導アドバイスをプログラムして返信する。これは、老若男女、障害の有無にかかわらず個人の状態に基づくセルフケア・セルフマネージメントを良しとする社会意識の改革をもたらす。

アクティブ・フォー・オール拠点の構想
図2.社会実装試験を通じたアプリケーション開発例

 また、本拠点が開発する空間シェアリング技術は、年代、運動レベルが異なる層の同一空間の共有を可能とし、人の親和性・融和性を高めることができ、少子高齢社会にとって大きなアクティビティの向上につながる。セルフケア・セルフマネージメントは、個の尊重だけでなく他の個性を尊重するシステムでもあり、双方の通信ネットワークによって空間をつなぎ、新たなソーシャルキャピタル※3を創造して「生涯自分で動くことができ、絆をもって他人を思いやれることに幸せを感じる」幸福寿命社会の創造の一翼を担う人々の住まう社会の構築につながる。

※3 ソーシャルキャピタル/Social Capital。社会関係資本。「信頼」「社会規範」「ネットワーク」といった人々の協調行動の活発化により、社会の効率性を高めることができる社会組織に特徴的な資本を意味し、従来の物的資本 (Physical Capital) や人的資本 (Human Capital) などと並ぶ新しい概念。その本質である「人と人との絆」「人と人との支え合い」は、日本社会を古くから支える重要な基礎。
(厚生労働省ホームページ 「ソーシャル・キャピタル関連資料」より)

本拠点では、以下の技術・社会システムアプリケーションの実用化を目指す。
・スマートウェア技術によるスマート肌着の開発、運動誘発・指導のソフト開発
・五感刺激を動員した運動継続のための装置・空間のシステム開発
・空間シェアリング技術の開発
・ロコモ予防運動プログラム・機器開発

 2020年、東京オリンピック・パラリンピック候補選手たちへ、本システム(製品)の利用を促し、アスリートへの貢献を図りながら、子どもたちのスポーツへの関心を高め、本製品の普及率を高めるとともに、運動参加・実施率を高める。また、ロコモの見える化、ロコモサプリメント、検査試薬、専門医による遠隔医療などのシステムを確立する。これら拠点全体のシステムの開発・製品化・社会実装により、人々が幼少~老齢の期間にわたって、「楽しみながら」生活の一部として運動を行うことにより、身体機能や社会活動の制約を引き起こすロコモやメタボ、認知症の発症予防、またこれらを早期発見、治療できるようになり、健康な人がより健康になる社会が実現され、平均寿命の増加分を上回る健康寿命の延伸と、生活習慣病患者の減少、医療費の削減、寝たきりゼロを目指す。

アクティブ・フォー・オール拠点の構想
図3.アクティブ・フォー・オール拠点の研究開発と目標
石丸園子 氏
石丸園子(いしまる そのこ)氏

石丸園子(いしまる そのこ)氏のプロフィール
山口県柳井市出身。1987年奈良女子大学家政学部卒業。2011年京都工芸繊維大学工学研究科博士課程後期先端ファイブロ科学専攻修了、博士(工学)。1987年東洋紡績(株)総合研究所入社。2008年東洋紡績(株)総合研究所コーポレート研究所快適性工学センター部長(2012年 東洋紡績(株)から東洋紡(株)に社名変更)。衣服、寝具、自動車などの用途において、快適性に優れる商品開発に従事。日本繊維製品消費科学会理事、同学会の「快適性・健康」研究委員会委員長、自動車技術会車室内環境技術委員会幹事、日本繊維機械学会バーチャルテキスタイル研究会副会長。

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