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[シリーズ]イノベーションの拠点をつくる〈9〉COINS (Center of Open Innovation Network for Smart Health) COI拠点 スマートライフケア社会に向けて ?「体内病院」の実現を目指す?(木村廣道 氏 / 川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター (iCONM)プロジェクトリーダー)

2015.10.16

木村廣道 氏 / 川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター (iCONM)プロジェクトリーダー

 文部科学省と科学技術振興機構(JST)は、2013年度から「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM※)」を始めた。このプログラムは、現代社会に潜在するニーズから、将来に求められる社会の姿や暮らしのあり方(=ビジョン)を設定し、10年後を見通してその実現を目指す、ハイリスクだが実用化の期待が大きい革新的な研究開発を集中的に支援する。そうした研究開発において、鍵となるのが異分野融合・産学連携の体制による拠点の創出である。本シリーズでは、COI STREAMのビジョンの下、イノベーションの拠点形成に率先して取り組むリーダーたちに、研究の目的や実践的な方法を述べていただく。第9回は、川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター (iCONM)を拠点に、「体内病院」という新たな発想で医療技術の革新に挑む、木村廣道氏にご意見をいただいた。ユニークな発想で自律的な運営を行う研究拠点のあり方と共にご紹介する。

※COI STREAM/Center of Innovation Science and Technology based Radical Innovation and Entrepreneurship Program。JSTは、「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」として大規模産学官連携拠点(COI拠点)を形成し研究開発を支援している。詳しくは、JST センター・オブ・イノベーション(COI)プログラムのページを参照。

木村廣道 氏
木村廣道 氏

 5年後の2020年、東京でオリンピックとパラリンピックが開催されます。伝統的なオープン参加の競技に加えて、柔道のような体重別に競う競技、ハンディキャップ別の競技もあるという開催形態が定着しました。
では、オリンピックに年齢別の要素を導入するというのはいかがでしょうか。

 マスターズ陸上を調べてみたところ、陸上100メートルの最高年齢の部である男子100歳以上と女子95歳以上の世界記録保持者は共に日本人です。陸上短距離ではリレー以外は予選を勝ち進めるかどうかのレベルでしょうが、年齢別が導入されれば、高齢者の部では日本が金メダル独占!となるかもしれません。

 日本は新生児の死亡率が世界で最も少なく、平均寿命も女子は世界1位、男子もトップクラスです。マスターズ陸上での実績は、高齢者の健康でも日本が世界をリードしている証しだと思います。

ウイルスサイズのスマートナノマシンで「体内病院」を実現する

 COIに採択された「スマートライフケア社会への変革を先導するものづくりオープンイノベーション拠点(Center of Open Innovation Network for Smart Health: COINS)」では、「少子高齢化先進国としての持続性確保」を見据えて、国民全員が健康を享受できる社会、すなわち、医療にかかる手間やコスト、距離を意識することなく、病気や治療から解放され、日常生活の中で自律的に健康を手にすることができる「スマートライフケア社会」を目指しています。

 スマートライフケア社会を実現するために、バックキャスティング的思考によって当拠点が導き出したコンセプトが「体内病院」です。

 ナビ機能・センサー機能・オペレーション機能をあらかじめ作り込んだ機能分子の自動会合1によって、高度な医療機能を超密微細集積したウイルスサイズ(?50ナノメートル)の「スマートナノマシン」を創製します。この革新的なアイデアに基づいて、人体内の必要な場所で・必要な時に・必要な診断と治療を行う「体内病院」を構築するという、まさにSFの世界(1960年代の米国映画「ミクロの決死圏」)の実現が当拠点の目標です。

 ※1 自動会合/分子間力によって多数の高分子が規則的に会合すること。

バックキャスティングで導き出したコンセプト「体内病院」
図1.バックキャスティングで導き出したコンセプト「体内病院」

 スマートナノマシンの創製に必要な5つの研究開発課題「撃つ・超える・防ぐ・診る・治す」では、バックキャスティングと相互補完的関係にあるフォアキャスティング的思考により、現状を分析し、イメージを現実に落とし込むテクノロジーの開発を行っています。

 この究極の先制医療である「体内病院」によって、いつでも・どこでも・だれもが、心理的・身体的・経済的負担なく、社会的負荷の大きい疾患から解放され自律的に健康になっていく「スマートライフケア社会」を実現すると考えています。

大学の外で産学官・医工を結ぶユニークな研究拠点「iCONM」

 従来型の研究プロジェクトは大学内に事務局を置き、主に研究支援や研究管理に関する業務を中心に行ってきました。これに対してCOINSは、公益財団法人川崎市産業振興財団がプロジェクトの受け皿となり、複数の企業・大学・研究機関が参画し、最先端の技術・人材・アイデアを持ち寄ることで「未来を変える製品・サービス」を開発する全く新しい発想のプロジェクトです。

 自律的な運営組織によりマネジメントされ、複数企業と複数大学による最大限のシナジーが得られるような運営形態を採用しています。

COINS参画機関 (2014年)
図2.COINS参画機関 (2014年)

 オープンイノベーションは、人種・国籍・性別・年齢など、さまざまな背景を持つ幅広い人材の多彩なアイデアを活用することによって実現されます。川崎市産業振興財団は、アイデアが出合い交わって新たなアイデアを生み出す「場」として、羽田国際空港に隣接する神奈川県川崎市の殿町国際戦略拠点(通称「キングスカイフロント」)にナノ医療イノベーションセンター(iCONM: Innovation Center of NanoMedicine)を開設し、大学や企業から独立した全く新しい形の研究拠点として2015年4月に運営を開始しました。

 iCONMは、文部科学省「地域資源等を活用した産学連携による国際科学イノベーション拠点整備事業」の下、川崎市の支援により建設された研究施設です。有機合成・微細加工から前臨床試験までの研究開発を一気通貫で行うことが可能な最先端の実験機器を備え、産学官・医工連携によるオープンイノベーションを推進することを目的に設計された、世界でも類を見ない非常にユニークな研究施設です。

 キングスカイフロントでは、実験動物中央研究所やJohnson & Johnson東京サイエンスセンターがすでに運営を開始しており、2016年には国立医薬品食品衛生研究所(NIHS)や日本アイソトープ協会が進出することも決定しています。我が国の経済を支えてきた京浜工業地帯に立地する企業や地場のものづくり企業の関心も高く、iCONMを中心とする地域連携に向けた取り組みが始まっています。

 さらに、国内・国際ハブ機能を持つ羽田空港と隣接していることで、地方大学の研究者による日帰り研究や、海外のトップ研究者を直行便で招いてのタイムリーな議論をすることもできます。

 COINSの掲げる「体内病院」が、国内外の多種多様なアイデア・人材を引き寄せる求心力となり、iCONMの一つ屋根の下に集った企業・研究機関・大学の研究者・経営戦略チーム力が、それらの発想を市場および製作・製造の場へと移転する役割を担っています。

 最近、KBG84が注目されていると聞きました。AKB48ではありません。沖縄の離島小浜(こはま)島で暮らす平均年齢84歳のおばあちゃんたちによる史上最高齢のダンス&ボーカルグループ「小浜島ばあちゃん合唱団」です。“天国に一番近いアイドル”と呼ばれるKBG84のメンバーは、実に楽しそうです。冒頭に触れた陸上100メートル最高齢世界記録保持者と同じく、「少子高齢化先進国としての持続性確保」を見据えてCOINSが目指す、「スマートライフケア社会」のあるべき姿の一つではないでしょうか。

小浜島ばあちゃん合唱団(KBG84) 提供:株式会社ザ・カンパニー
写真.小浜島ばあちゃん合唱団(KBG84) 提供:株式会社ザ・カンパニー
木村廣道氏
木村 廣道 氏(きむら ひろみち)

木村 廣道(きむら ひろみち)氏のプロフィール
東京大学薬学部を卒業し、1979年同大学院薬学系研究科博士課程修了(薬学博士)。米国スタンフォード大学大学院ビジネススクール経営学修士(MBA)も取得。協和醗酵工業、モルガン銀行(M&A担当)を経て、アマシャム・ファルマシア・バイオテク(株)代表取締役社長、日本モンサント(株)代表取締役社長、ヒュービットジェノミクス(株)代表取締役社長を歴任。2002年より、東京大学大学院薬学系研究科ファーマコビジネス・イノベーション教室特任教授、13年より臨床発実用化マネジメント人材養成拠点東京大学医療イノベーションイニシアティブ事業推進責任者および公益財団法人川崎市産業振興財団ものづくりナノ医療イノベーションセンタープロジェクト統括、また、株式会社ライフサイエンスマネジメント代表取締役および株式会社ファストトラックイニシアティブ代表取締役、経済同友会幹事、日本スタンフォード協会副会長を務める。

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