コラム - オピニオン -

水素社会に向けた取り組み

東京ガス株式会社 取締役 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP) プログラムディレクター 村木 茂 氏

掲載日:2015年5月22日

東京ガス株式会社 取締役 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP) プログラムディレクター 村木 茂 氏

村木 茂 氏

 

 昨年12月に燃料電池自動車「MIRAI」の発売が開始された。家庭用燃料電池「エネファーム」は既に2009年に市場に導入され、昨年末で導入量が11万台を超えた。東京都は2020年東京オリンピック・パラリンピックのレガシーとして「水素」を挙げている。このように、水素への注目度が大きく上がってきている。

※レガシー/legacy。「遺産」を意味する言葉。国際オリンピック委員会(IOC)は、「長期にわたる、特にポジティブな影響」を表す概念として「オリンピック・レガシー」を掲げ、オリンピックが未来のために計画された有形の遺産を生み出す機会となることを呼びかけている。→OLYMPIC LEGACY booklet

 

 資源小国の日本として、エネルギーの多様化による安定供給と同時に大幅な低炭素化を進めていく必要がある中で、水素エネルギーの役割に対する期待が高まってきているということである。昨年4月に策定されたエネルギー基本計画においても「将来の二次エネルギーでは、電気、熱に加え、水素が中心的役割を担うことが期待される」と記載されており、今まさに戦略的に制度やインフラ設備を進めていく状況にある。

 また日本は技術面で見ても燃料電池関連技術、水素の輸送貯蔵技術をはじめ世界をリードしている。しかし、水素の本格的な利用に向けてはまだまだ技術的、コスト的なハードルは高く、今まさに国が主導して、産官学が連携してオールジャパンで研究開発から実証を進めていくことで、水素利用、水素関連産業で世界をリードし、日本のエネルギー環境問題に大きく貢献することができると考えられる。

 こうした中、総合科学技術・イノベーション会議のもと2014年度にスタートした「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の10テーマの中に「エネルギーキャリア(エネキャリ)」として、水素社会に向けた技術開発プログラムが組み込まれた。「エネキャリ」とは、気体のままで貯蔵や長距離の輸送の効率が悪い水素を、液体にしたり水素化合物にして効率的に貯蔵・運搬する方法である。

 この「エネキャリ」のプログラムディレクターに私が就任し、科学技術振興機構(JST)がその推進役となる管理法人として選定され、プログラムがスタートしている。ここではこの「エネキャリ」プログラムの目指す方向と、その意義について述べさせていただく。

 このエネキャリでは、図に示すようにCO2フリー水素バリューチェーンの構築を目指し、CO2フリー水素の製造から3つのキャリア(運搬物)による輸送、貯蔵そして水素の利用までの主要な技術開発を推進する。水素はさまざまなソースと方式で製造することができ、またその利用方法も多岐にわたる。しかし、水素は体積当たりのエネルギー密度が非常に小さいため、輸送と貯蔵が難しいという課題があり、そのためのエネルギーキャリア開発が重要なテーマとなる。このような多岐にわたる水素バリューチェーン構築に向けた技術開発そして機器・システム開発全般を俯瞰して、技術開発を効果的に、かつ効率的に進めることもこのエネキャリの重要な役割である。

CO2 フリー水素バリューチェーンの構築
図:CO2 フリー水素バリューチェーンの構築
水素は、化石燃料からCO2 を固定化する際に取り出す、もしくは、再生可能エネルギーを転換して得る。その後、液体水素、有機ハイドライド、アンモニアの3つのキャリアで輸送し、利用に結びつける。

 ここでエネキャリの主な技術開発に触れてみたい。まず水素製造については、世界未到達の太陽熱による650℃の熱を回収する装置の開発とその熱を利用した高温水蒸気電解、および熱化学分解によるCO2フリーの熱利用水素製造技術を開発する(図の「製造」部分)。

 次に3つのキャリアに対する取り組みである(図の「輸送(エネルギーキャリア)」部分)。まず、-253℃の液体水素は、極低温にするため、新たに大規模な設備投資が必要となる。しかし一方で、純度の高い水素を得ることができ、超高圧に圧縮する動力を少なくできる特徴がある。エネキャリでは液体水素を輸送船に積み卸しするためのローディングアームの開発に取り組んでいる。2つ目のキャリアは、トルエンに水素を結合させメチルシクロヘキサンとして輸送する有機ハイドライドである。これは常温・常圧で液体であり、既存の石油関連施設を活用できるという特徴がある。だが、トルエンを輸送媒体として大量に循環する必要があり、水素は輸送重量の約6%しかない。またメチルシクロヘキサンからの脱水素は吸熱反応であり、一定の熱供給が必要となる。エネキャリでは高効率なメチルシクロヘキサン製造技術と水素ステーションでの脱水素技術の開発に取り組んでいる。そして3つ目のキャリアがアンモニアである。アンモニアは-33℃または8.5気圧で液体となり、輸送方式は確立されている。利用においては劇薬であるため、その取り扱いには注意が必要であるが、直接燃焼させてもCO2が発生しないという特徴がある。エネキャリでは小型の高効率アンモニア製造システム、水素ステーションでの脱水素技術に取り組んでいる。

 最後に、水素の利用技術については、純水素燃焼タービン(原動機・発電機)、エンジンの開発、そしてアンモニアの直接利用として、アンモニア燃焼タービン、アンモニア直接利用燃料電池、アンモニア工業炉の開発に取り組んでいる(図の「利用」部分)。

 こうした技術開発に加えて、水素等の各キャリアの安全面での評価を行い、規制や基準策定に役立てると同時に、水素利用に向けた社会受容性を向上させる活動にも取り組んでいる。

 このエネキャリのプログラム期間は2014年から2018年までの5年間となっている。プログラムビジョンとしては、2030年までに日本で世界最初の水素を本格的に活用する新たな低炭素社会を形成し、日本の水素関連産業が世界で活躍することを目指すとしている。プログラム期間は5年間であるが、水素の本格的な利用に不可欠な水素発電と大規模な水素供給システムという長期的な取り組みを視野に入れながら、2018年までに実用化に目途が付く可能性の高い技術を中心に開発を進めていく。並行して、水素社会形成までのシナリオを策定して、技術開発に戦略的に取り組むように進めていく計画である。

 こうした技術開発の成果を活かす機会として、2020年東京オリンピック・パラリンピックという世界最大のコンテンツを活用する水素技術実証プロジェクトを計画している。これはショーケース的発信にとどまらず日本における水素社会形成に向けた大きな第一歩にすることを目指している。新国立競技場を中心とした神宮外苑ゾーン、選手村の晴海ゾーン、そしてベイエリアの有明ゾーンなどを対象とし、水素ステーション、燃料電池車そして水素による発電で、競技のサポートや関連施設へのエネルギー供給を軸に先進的な低炭素型街づくりを目指していく計画である。こうした千載一遇の機会を利用して、水素関連の技術開発と水素社会へ向けた取り組みを加速していければと思っている。

 これからさまざまな機会で水素社会に向けた取り組みが一般の方々の眼に触れることになっていくと思う。ぜひ、ご理解そしてご支援をお願いしたい。

東京ガス株式会社 取締役 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP) プログラムディレクター 村木 茂 氏

村木 茂(むらき しげる) 氏のプロフィール
1972年東京大学工学部卒。同年東京ガス株式会社入社。89年よりNew York事務所長として米国駐在後、2000年6月より原料部長。02年4月に執行役員となり、04年4月より常務執行役員 R&D本部長。その後、07年4月より常務執行役員 エネルギーソリューション本部長に就任し、10年4月に代表取締役副社長執行役員、14年4月からは取締役副会長となり、15年4月より取締役常勤顧問に就任。現在に至る。また、11年-13年、日本エネルギー学会会長に就任。14年4月より内閣府政策統括官(科学技術イノベーション担当)として、総合科学イノベーション会議・戦略的イノベーション創造プログラムの「エネルギーキャリア」課題のプログラムディレクターを務めている。

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