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コラム - オピニオン -

今こそ科学と政治の協働を – 2つの文化の架橋

政策研究大学院大学教授、科学技術振興機構・社会技術研究開発センター長 有本建男 氏

掲載日:2013年2月27日

政策研究大学院大学教授、科学技術振興機構・社会技術研究開発センター長 有本建男 氏

有本建男 氏

 

3.11 科学不信の増大

2年前に起こった東日本大地震・津波・福島原発災害によって、科学者、技術者とその集団に対する市民と政治の信頼は大きく失墜し、いまだに回復していない。

  1. 「想定外」という言葉を使いすぎる、本当に研究していたのか。被災者の気持ちを想像してほしい。
  2. 政治家と科学者の間のコミュニケーションがうまくとれていない。
  3. 個々の狭い専門知識、見解を言うだけでなく、集団として統一した見解を発信すべきだ。どの情報を信じてよいのか分からない -。

これら、3.11以後に市民から筆者に寄せられた意見は、科学と社会、科学と政治の関係について考える際に貴重な示唆を与えてくれる。

 

科学と政治の距離 – 変遷

近代科学は、19世紀から200年、研究自由、価値中立、政治からの独立を基本に大きく発達した。その基盤として学会、学会誌、ピアレビュー(相互評価)の仕組み、研究ファンディング制度、近代大学体制が築かれた。このように歴史的に距離をおいてきた科学と政治は、1930年代、科学技術が大恐慌と雇用減少の原因として社会から厳しい批判を受けた時、ルーズベルト米国大統領は、初めてその発展を制御する方針を打ち出した。また、各国政府は世界大戦に勝つために、科学技術の動員体制を築き、その結果、原子爆弾、ロケット、航空機、レーダー、ペニシリンなどが開発された。

近年は、公害、食品安全から気候変動、環境・エネルギー、疾病などへの対応を巡って、科学と政治はしばしば衝突し相互の信頼は動揺した。欧州では、狂牛病、遺伝子組み換え食品、米国では、気候変動、再生医療研究、進化教育、わが国では水俣病、薬害、研究予算の事業仕分けなど。欧州や米国、国際機関は、こうした深刻な経験を踏まえて、科学と政治をつなぐ仕組みとルールづくりを急いでいる。

 

科学と政治の架橋

  1. 科学技術政策の転換 – 科学と政治の接近一昨年政府決定された第4期科学技術基本計画は、過去15年続いた分野重点化から社会問題の解決型へと大きく転換した。他国の政策も同じようにイノベーション重視に転換しており、科学と社会、政治が急速に接近しているといえる。一方、いづれの先進国も財政が悪化し、政治が科学に介入しやすくなっている。わが国でも、大学運営費交付金や研究開発法人の一律削減など、その兆候がみられる。厳しい状況の下で、科学技術を健全に発展させるためには、科学の側が政治と対話しながら能動的に、教育研究の方法や体制、支援システムや評価方法まで抜本的に改革を進める必要がある。その際、陳情や予算の奪い合いをしていたのでは、信頼と支持は得られない。3.11を経験した市民と政治は、これまでのような“気前のいい”サポーターではありえない。
  2. 政治に対する科学的助言の強化 – 科学の役割と責任国際的アカデミー連合(Inter Academy Council)は、昨年、「Responsible conduct in the global research enterprise」(研究のグローバル化時代における責任ある行為)を提言した。従来の研究倫理に加えて、科学と社会、政治との関係を律する行動規範を分かりやすく提案し、今後、国際標準を目指す。この中で、「研究者は成果の政策的な意味(不確実性を含む)を、明確かつ包括的に政策決定者と公衆に説明する。政府、産業、NGO(非政府組織)に対する科学的助言は、ピアレビューを行い陳情は避ける」と述べている。

わが国でも3.11以後、科学的助言について関心が高まり、筆者が勤務する科学技術振興機構・研究開発戦略センターは昨年、「政策形成における科学と政府の役割及び責任に係る原則」10項目を次のように提言した。

  1. 政策形成における科学的助言の位置づけの明確化。
  2. 科学的助言の的確な入手。
  3. 助言者の独立性の確保。
  4. 助言者の社会的責任の自覚。
  5. 幅広い観点およびバランスの確保。
  6. 助言の質の確保と見解の集約。
  7. 不確実性・多様性の適切な取り扱い。
  8. 科学的知見の自由な公表。
  9. 政府による科学的助言の公正な取り扱い。
  10. 科学的助言のプロセスの透明性の確保 -。

日本学術会議は、これに沿って、最近科学者の行動規範を改訂した。今後は、政治、行政、大学、研究機関の現場において、科学的知識の活用と助言の仕組みが整えられていくものと期待している。

 

科学と政治の協働 – トランスサイエンス時代における社会問題の解決のために

近代科学は、科学者が証拠に基づいて自らの理論の独自性を主張し、相互に検証評価を繰り返しながら発展してきた。一方で、3.11以後、地震や原子力などでの学術知識や学理論争が、学会でのコンセンスある助言として整理されないまま、市民や政治に伝わり混乱と不信を引き起こした。

この経験を踏まえて、日本学術会議は3.11から半年後に、「現代社会において、科学にとって問われるが答えられない問題の存在が、多く指摘されている(トランスサイエンス)。科学者が証明された知を社会に提供することでよしとするのではなく、社会の中でできる限りの科学的知識を提供しながら、市民と問題を共有し、コミュニケ―ションンの中で解決を共に模索する」と重要な決意表明を行った。

さらにこのたび改訂された行動規範において、「社会のさまざまな課題の解決と福祉の実現を図るために、政策立案・決定者に対して政策形成に有効な科学的助言の提供に努める。その際、科学者の合意に基づく助言を目指し、意見の相違が存在するときはこれを解りやすく説明する」と規定した。

科学と政治の協働 - トランスサイエンス時代における社会問題の解決のために

図に示すように一般的に、科学は客観的で価値自由であり、政治は規範的で一定の価値の実現を目指す。両者は決定のスピードも、不確実性への対応も大きく異なる。しかし、現代社会が直面する不確実で複雑な問題、政治課題の解決を目指すには、両者の協働が不可欠である。

協働に当たっては、両者の立ち位置、役割を明確にしておく必要がある。ここで、英国の首相科学補佐官、王立協会会長を歴任したロバート・メイ卿の次の言葉は示唆的である。「科学者の役割は、われわれの社会がどの選択肢を選ぶべきかを決めるのではなく、可能な選択肢、束縛条件、可能性の幅を示すことにある。」もちろん、政治との関係において科学者の立場は多様である。政府部内で常勤的に務める者から、政府の審議会や国会の委員会に非常勤で参画する者、政府の外の学会幹部、科学者個人など。それぞれの立場と法令の規定によって求められる行動規範も責任の範囲も異なる。

科学と政治をつなぐ架橋は一様な連続線ではないが、切れては困る、信頼の絆で結ばれていなければならない。20年間の停滞を抜け出して、日本がどう変わるのか世界中が期待を込めて見ている。今こそ、科学と政治の双方が、信頼を醸成し建設的に議論を積み上げ、新しい時代に対応した科学技術の政策と制度体制を作ることが必須となっている。

 

政策研究大学院大学教授、科学技術振興機構・社会技術研究開発センター長 有本建男 氏
有本建男 氏
(ありもと たてお)

有本建男(ありもと たてお)氏のプロフィール
広島修道高卒、1974年京都大学大学院理学研究科修士課程修了、科学技術庁入庁。内閣府大臣官房審議官(科学技術政策担当)、文部科学省大臣官房審議官(生涯学習政策局担当)などを経て、2004年文部科学省科学技術・学術政策局長。05年内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官、06年から科学技術振興機構・社会技術研究開発センター長。2012年4月から政策研究大学院大学教授も。著書に「高度情報社会のガバナンス」(共著、NTT出版)、「科学技術庁政策史」(共著、科学新聞)、「グリーン・ニューディール - オバマ大統領の科学技術政策と日本」(共著、丸善プラネット)。幅広い経験を持つ科学技術官僚として第2期、第3期の科学技術基本計画づくりで中心的な役割を果たす。東日本大震災で日本学術会議の緊急提言づくりなどにも参画するなど、政策形成における政治と科学の関係再構築に力を注いでいる。

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