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コラム - オピニオン -

被疑者取り調べ技術の科学化-PEACEモデルに見る情報収集アプローチ

北海道大学大学院 文学研究科 教授 仲真紀子 氏

掲載日:2012年2月22日

北海道大学大学院 文学研究科 教授 仲真紀子 氏

仲真紀子 氏

 

日本の刑事捜査では、被疑者から自白を得ることが重要な目標となる。自白した被疑者から「犯人しか知らない情報」が得られれば、事件の解明にもつながるし、被疑者を訴追する重要な証拠にもなる。また、罪を認めることは反省、更正のきっかけになるとも言われている。しかし、自白を重視するアプローチは、虚偽自白を引き出すこともある。宇和島事件、足利事件、志布志事件、氷見事件と、被疑者が実際には行っていないことを「自白」する事件が相次ぎ、自白に過度に依存することが問題として議論されるようになった。本稿では心理学の立場から、自白重視の取調べの問題点を指摘し、それに代わる情報収集アプローチを紹介する。

自白重視の尋問技法を糾問アプローチといい、米国の元ポリグラフ検査官レイドらによるレイドテクニックが広く用いられている。レイドテクニックには面接と尋問の2つの段階が含まれる。第一は行動分析面接と呼ばれ、被疑者の行動を観察し、うそをついていないかどうかを確認する。行動から「被疑者がうそをついている」と判断されれば、第二の尋問へと進む。ここでは被疑者を孤立させて不安にし、有罪の証拠をほのめかし、事件の重大性を説く(重大化)。一方で、犯罪の原因は被害者や環境にあるなどとして事件を矮小(わいしょう)化し、被疑者の面子を保つ(矮小化)。これらの手続きは罪を犯した被疑者から自白をとるのに有効だとされる。

しかし、近年の心理学研究が示唆するところによれば、この方法では罪を犯した被疑者と無実の被疑者とをうまく弁別することができない。第一に、行動からうそをついている人を見分けることはたいへん難しい。英国の心理学者であるヴライは公刊されている107の実験結果をサーベイし、実験参加者が警察官であっても一般市民であっても、人がうそをついているか真実を語っているかを当てられる率は五分五分、コインを投げるのと同じだと結論した。うそをつき慣れている人は、行動的な手がかりを出さない。また、取り調べのような緊張場面では、真実を語ろうとする人であってもソワソワするなど、(嘘ではなく)緊張の指標となる行動を示しやすい。そして、私たちは緊張場面で生じやすい行動(ソワソワするなど)を「うそつき」の行動だと誤って信じている。そのために、うそを見破ることは難しいのだという。

第二の尋問も問題である。そこでとられる重大化、矮小化といった方法は、真の被疑者のみならず、無実の被疑者をも「自白」させてしまうからである。米国の心理学者であるカシンらが行った実験では、参加者にパソコン入力を求める。その際「ALTキー(スペースバーの横にあるキー)は押さないように。押すとパソコンがクラッシュしデータが失われる」と教示する。しかし実際には、パソコンは途中で突然クラッシュするように仕組まれている。パソコンがクラッシュすると、実験者は参加者に「ALTキーを押したのではないか」と尋ね、糾問的アプローチによる面接を行う。そうすると、参加者は最初は否認するが、やがて「押したかもしれない」などと「自白」し、条件により異なるが70-100%の参加者が「ALTキーを押した」ことを認め、署名もする。また、「○○をしているときに誤ってALTキーを押してしまった」などと、実際にはなかった出来事の詳細を報告する参加者もいる。現実の事件であったなら、これは「被疑者しか知らない情報」として被疑者の有罪性を強めることとなるだろう。

つまり、うそをついていなくても緊張場面にいる人は「うそつき」と見なされやすく、「うそつき」とされた人は実際には罪を犯していなくても自白してしまうということになる。英国の心理学者であるグドジョンソンは、少年や青年を対象とした調査を俯瞰(ふかん)し、サンプルにより異なるが、被疑者となった者の1-14%が虚偽自白をしたと申告していることを示した。虚偽自白の主な理由は「その場を逃れたい」および「他者を守る」であった。

ではどのような取り調べがこういった問題を低減するのか。近年議論されている方法として「情報収集アプローチ」がある。これは自白ではなく、法的判断に有用な情報を引き出すことに焦点を当てた面接法である。その目標は誘導や暗示によらず証拠的価値の高い情報を得ることである。そのため、事件とは直接関わりのない面接者が、被疑者と対立することなく、被疑者の権利や面接の目的などを十分に説明した上で、オープン質問やWH質問で話を聞く。オープン質問とは「話してください」「そして」「それで」などを基本とする質問であり、WH質問とは「いつ」「どこで」「誰が」「どうした」などの質問である。

現実に用いられている情報収集アプローチとしては、英国のPEACEモデルが有名である。英国では1984年に被疑者取り調べの録音が義務づけられたが、当時の取り調べ技術は最適ではなかった。そこで1992年よりPEACEモデルを導入し、それにもとづいて面接を行うように訓練を開始した。Pは計画(plan)、Eは説明(explain)と引き込み(engagement)、Aはアカウント(account:説明のこと)、Cは終結(closure)、そしてEは評価(evaluation)を表す。1回の面接は2時間と定められており(数回繰り返すことは可能)、弁護士に相談する権利があることや面接の意味について説明した後、被疑者に出来事について話してもらう。その後、予め立てておいた面接計画に沿って重要なトピックについて説明を求め、警察が持っている証拠との齟齬(そご)があれば、説明してもらう。多くを語ってもらうので、被疑者がうそをつけばつくほど矛盾や齟齬が露呈しやすくなる。被疑者が起訴されたならば、ここで得た情報と警察が持っている証拠とを法廷で示し、裁判官・陪審に判断を求めるということになる。筆者は昨年英国で、3週間にわたるPEACEモデルのトレーニングを受けた。そのなかでこのアプローチが罪を犯した被疑者にとってはストレスが高く自白をも導くこと、無実の被疑者にとってはストレスが低く虚偽自白を生み出しにくいであろうことを、あらためて感じた。

現在、取り調べの可視化が議論されている。被疑者取り調べの過程を録画・録音により可視化することは、行き過ぎた面接を抑止し、冤罪(えんざい)の防止につながると考えられている。しかし、被疑者がカメラの前では萎縮して話せないといった問題や、従来の取り調べ技法、例えば捜査官が自らの個人情報を打ち明け、被疑者の共感を得て話を聞くなどの方法が使いにくくなるなどの懸念もあるという。

しかし、こういった問題に対し「なす術(すべ)がない」ということでは決してないのである。手前みそになってしまうが、私たちは科学技術振興機構(JST)の支援を受け、4年にわたり被害児童への事実確認面接(司法面接という)の開発に従事し、福祉や司法の専門家に面接法の研修を提供してきた。そのなかで、オープン質問は「はい・いいえ」で答えるクローズド質問のみならず、WH質問よりも多くの情報を引き出すこと、研修を受けることで、実際、研修者はより多くの情報を収集できるようになることなどの知見を得てきた。

面接の先進国、イスラエルではこの面接法が少年や知的障碍(がい)をもつ被疑者の面接にも使われている。被疑者取り調べ技術の高度化においても、ぜひ心理学者を用いていただければと思う。

 

北海道大学大学院 文学研究科 教授 仲真紀子 氏
仲真紀子 氏
(なか まきこ)

仲真紀子(なか まきこ)氏のプロフィール
福岡県生まれ。米ニューヨーク州カールプレイス高校、東京都立三田高校卒。1979年お茶の水女子大学文教育学部卒(心理学専攻)、79-81年お茶の水女子大学大学院修士課程(心理学専攻)、81-84年同博士課程(人間発達学専攻)、87年学術博士取得(お茶の水女子大学)。お茶の水女子大学助手、千葉大学講師、千葉大学助教授、東京都立大学助教授を経て2003年から現職。研究領域は、認知心理学、発達心理学、法と心理学(記憶、会話、目撃証言、面接法、メモリートーク、自伝的記憶、母子会話、語彙獲得)。法と心理学会常任理事、認知心理学会理事、発達心理学会理事。科学技術振興機構社会技術研究開発センター研究開発プログラム「犯罪からの子どもの安全」の研究開発プロジェクト「犯罪から子どもを守る司法面接法の開発と訓練」研究代表者。

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