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コラム - オピニオン -

リスク危機管理と科学技術活動
第1回「官公庁による規制に限界」

千葉科学大学 教授・副学長、元科学技術庁 原子力安全局長 宮林正恭 氏

掲載日:2011年12月12日

千葉科学大学 教授・副学長、元科学技術庁 原子力安全局長 宮林正恭 氏

宮林正恭 氏

 

「3.11」、すなわち東日本大震災とそれに伴う福島第一原子力発電所事故は、わが国の国民生活に多大の影響を与えているばかりではなく、この国の将来に対しても大きなインパクトを与える事件であった。この後遺症はそう容易に消えるものではなく、また、日本の今後のあり方、日本人の生き方を再点検してよりよいものにするきっかけとすべきものである。そのような観点から、リスク危機管理と科学技術活動について考えてみたい。

 

リスク危機管理

「リスク危機管理」は、これまでの「リスクマネジメント」や「危機管理」の範疇(はんちゅう)にとどまらず、リスクおよび危機を統合的、体系的に取り扱う。すなわち、危機の潜在的要因であるリスクおよび非常に困った事態である危機、両者のマネジメントを統合的に考え、ときには積極的にリスクを取って前向きに活動する一方、不必要なリスク取得や保持を減らし、また、危機に際してはその被害をできる限り小さく抑えようとする体系的活動である。

これは、実行する個々の人間の習性や考え方の影響が非常に大きいので人文科学的視点が重要であり、また、チームプレーがこの活動においては基本であることおよび危機による被害は一個人にとどまらず、コミュニティーや社会全体に及ぶことが通常であることから社会科学的である。さらに、その活動そのものあるいはその解析には、自然科学や工学の知識が不可欠であるという意味では自然科学としての側面も持つ。すなわち、「リスク危機管理」に関する学問は、科学の3大領域を統合した体系化が必要である。

しかし、このようなリスク危機管理の性格では、現代社会における学問の縦割り構造、分析的アプローチ重視の中では、受け入れられにくいところがある。一方、このようなリスク危機管理活動は人間が有史以来行ってきていることであり、各個人もまた物心ついたころから、時には無意識的に、あるいは、他の業務の一環として行ってきていることが多い。このことは、意識的にリスク危機管理を行うことに対する心理的抵抗となっている。

今回の3.11に限らず、われわれの周辺にはリスクが満ち満ちており、それが危機となって発現した例も数多い。食中毒や新型インフルエンザ、いろいろな事故、リーマンショックや最近のギリシャをきっかけとしたユーロ危機などがある。最近のタイにおける大洪水およびそれによる日本企業の大きな損失などもその一例である。ところが、これらの不都合な事態、すなわち、危機は、それぞれ、その都度対応され、各領域の専門家の手によってその領域を中心とした部分的に最適な対応が行われて、一段落となる。たとえ、全体としては、合成の誤謬(ごびゅう)などによって潜在的には問題が広がっていてもそれが顧慮されることは少ない。

そして、部分的な最適化が困難となると、最適解はないとして、いわゆる政治的あるいは政策的判断に委ねてしまう。多くの場合、政治的判断あるいは政策的判断は、その場の痛みをできる限り抑えることに重点を置くから、問題の後送りと対症療法措置となることが多い。その結果、「想定外」とか、「何百年に一度」などという、不可抗力であると言わんばかりの発言が出てくる。

 

科学技術活動のリスク危機管理(規制)

科学技術活動は、(1)研究開発活動などの科学技術知識の産出、(2)その知識の人間および社会への活用、(3)それら科学技術の顕示知および暗黙知の普及伝達と継承、(4)以上3項目の活動が人間や社会に対し悪影響や悪い後遺症を残さないための措置、そして、(5)これらの活動が適格に行われるためのマネジメントからなると考えられる。

研究開発活動などに内在するリスクおよびその発現による危機の管理については、各種安全基準などのマニュアルの作成、その実行の徹底のための研修や講習が行われている。科学技術の知識の活用については、高温高圧施設、原子力施設、建築物、電気用品、自動車、鉄道、航空、医薬品、家庭用化学品、食品などについての安全規制、労働者の安全確保のための規制などが行われている。また、科学技術の活動が人間や社会に対し悪影響や悪い後遺症を起こさないためのもとしては、新規化学物質の人間や環境に対するリスク、遺伝子操作生物のリスクについての安全性審査、安全な研究条件の設定などが行なわれ、リスクの最小化が追求されている。

これらの規制的枠組みは、それぞれの分野ごとに、やりやすいように、また、これまでの歴史に基づく慣習に従って、部分的に最適化されている。そして、科学技術全分野横断的なリスク管理については、もっぱら科学者や技術者のモラルが強調されることが多い。

しかし、このような科学技術活動に関するリスクおよび危機の管理のやり方には限界が生じつつあると思われる。

自主的規制に委ねると、結局は各当事者のモラル頼みとなる。

官公庁による公的規制は、形式要件が第一とならざるを得ないところがある。規制を担当する職員や部局の充実度も諸外国に比べると格段に低く、十分な実質的規制ができる体制が用意されているとはとても考えられない。規制担当者は、実務経験などから、被規制者に比べると、広いとしても浅い知識や経験とならざるを得ない。また、官公庁の人事システムの中にあっては、頻繁な人事異動が繰り返され、規制担当者が専門性を身に付ける機会は少ない。

さらに、事務官、技官の処遇上の格差からエキスパートは常に不利益な処遇になりがちであって、官公庁内における立場は常に弱者といってもよい。そのため、高いモチベーションを維持することに困難を抱えることになる。時には使命感に燃える職員がいないではないが、周りの職員からは煙たがられ、規制を受ける側からは嫌がられる。そして結局、孤立に追い込まれるか、妥協を強いられることになる。他方、規制を受ける側にあっては、科学技術活動そのもののリスクよりも、規制部局に指摘を受けるリスクの方に注意が行くのはある意味では人間の性(さが)といえるものである。

また、公的規制は、次節で述べるように、科学技術の発展およびその成果の活用の多彩化に追随できないことが多い。

従って、規制というやり方だけでリスクを大きく削減することは非常に困難であると考えられる。

(続く)

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千葉科学大学 教授・副学長、元科学技術庁 原子力安全局長 宮林正恭 氏
宮林正恭 氏
(みやばやし まさやす)

宮林正恭(みやばやし まさやす)氏のプロフィール
富山県立高岡高校卒。1967年東京大学工学部卒、通商産業省入省。科学技術庁原子力安全局長、同科学技術政策研究所長、科学技術振興局長、理化学研究所理事などを経て、2004年千葉科学大学教授・副学長兼危機管理学部長、2006年から現職。工学博士。通商産業省時代に三井グループのイラン石油化学プロジェクト失敗の後始末を担当、在米日本大使館一等書記官時代にスリーマイルアイランド原子力発電所事故に遭遇するなど早くから危機管理にかかわる。リスクマネジメントと危機管理(クライシスマネジメント)を統合して一体的に取り扱う「リスク危機管理」を提唱。その基礎を「リスク危機管理論」としてまとめる。現在は、組織のリスク危機管理、人間行動とリスク危機管理、日本の抱えるリスクとその取扱いの在り方などに焦点を当てて活動中。著書に「リスク危機管理 - その体系的マネジメントの考え方」(丸善)など。

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