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緊急寄稿「東日本の復興・再生に向けて」(小松利光 氏 / 九州大学工学研究院 教授)

2011.04.14

小松利光 氏 / 九州大学工学研究院 教授

九州大学工学研究院 教授 小松利光 氏
小松利光 氏

 3月11日の東日本大震災から一カ月以上が過ぎたが、被害の全貌はいまだつかめていない。大切な肉親や友人、住み慣れた家や仕事を失った人々の「喪失感」から来る悲しみや苦しみは、当事者にしか分からない。また多くの人命の損失は被災者だけでなく、社会全体にも暗い影を落とす。あらためて、防災を考える上で「命だけは何としても守る」ことの重要さを突き付けられている。

 行政も含めてわれわれは、災害に対してこれまであまりにも安易に考えすぎていたのではないだろうか。災害が起こらなければ、ほとんど顧みることもない。ある著名な評論家は100年に一回程度の災害に対する公共投資は無駄と言い切ってはばからなかったし、多くの国民はその意見を受け入れていた。一方、今回のような大震災に遭うと、わが国の国民性であろうか、地震・津波・原子力発電に対してのみ人々の関心が集中し、それ以外には注意が払われていないように思われる。

 しかしながら今後地球温暖化による気候変動が進行すると、雨の降り方や台風の規模、強さが増大して災害外力が大きくなるため、従来の考え方では対応できないような新しいタイプの、もしくは複合型の大災害が起こってくる可能性が高い。従って復旧・復興に際しては、これらの大災害に対しても適応できるような備えが必要である。災害は地震・津波だけではないのである。例えば将来、利根川や荒川の堤防が決壊したときの被害額は10兆円を優に超えると推定されており、今回の大震災にも匹敵するものとなっている。

 被災地の復興・再生の方法については、今盛んに議論されており、大方はそれらに任せるとして、ここでいくつかの補足をしておきたい。

1.地域・地方の重要性

 現在、東北地方をはじめとして地方の農山漁村や中小都市の多くで過疎化・高齢化が進行し、その存続が危ぶまれる地域も出てきており、地域の弱体化・脆弱(ぜいじゃく)化が深刻な状況となっている。従って、地方の復興計画策定においては以下の視点を考慮する必要がある。

  • 危機管理の面から言っても日本は大都市だけでやっていける国ではない。地震や地球環境の変化によって今後起こるとされる大規模水・土砂災害などの巨大災害が、いったん大都市を襲うと地方がこれを支えなければならないが、今地方は日常的に自身を支える力すら失いかけているのが実情である。
  • 地球温暖化による気候異変で、世界的な食糧の安定供給が危ぶまれる中、わが国の穀物自給率は他の先進国と比べても格段に低い。食料の安全保障の面からも自給率の向上は不可欠である。現在の過疎地の多くはかっての食糧生産地であった。
  • 村や地方都市の衰退により祭りなどの地域固有の文化行事や精神性が失われつつある。人々が移動した大都市では再現できない多様な知恵や伝統文化が地方に根付いていた。これは永年にわたって培われてきた日本人のアイデンティティーの根幹をなすものであり、これらを失うとき日本人の心は漂流していく可能性がある。高度に機能化された大都市に移って、伝統的な日本文化や日本人の精神性を維持・継承できるであろうか。

 このような理由から健全な地域・地方の復活は、わが国の将来にとって死活問題なのである。

2.復興・再生にあたって

 今後ますます災害リスクが増え、ハード面の防災施設の整備が追いつかないという状況下での究極の防災策は、「危険なところには住まないようにする」と「早く逃げる」である。明治時代の津波の経験により高台に移していた住宅は今回ほとんど被害はなかった。

 しかしながら、後者はともかくとして前者は、地域産業の効率性、経済性、生活の利便性、他の災害への対策など、さまざまな要因が絡んでいてことはそう簡単ではない。今後新規に宅地開発をするときに危険な場所を避けるのは当然であるが、今回の被災地はリスクが高いとして放棄され、町ごと移転することに対してはやはり慎重な配慮が望まれる。どんな町づくりをしていくのかが地域の将来を決めるからである。災害対応だけの町づくりにしてはいけない。できたら結局誰も住まなくなったではすまされない。住んでいる人々が誇りをもてるような町にしていくためには、防災哲学・復興哲学が必要である。

 台湾や国内各地の被災地の調査に数多く携わってきた筆者の経験から、被災直後は被災者はもうここには住めないとして親類・縁者を頼って移転し、また時には集団移転すら議論されることもあるが、最終的には地元に戻ってくるケースが多いようである。多少のリスクは覚悟してでもやはり自分の生まれ育った故郷に住みたいと思うからであろう。

  またこのことは、桑子(注)が主張しているように、日本人の幸福感とも深くかかわっていると思われる。自然災害が多発する日本では、「無病息災」が重要であり、これが日本人の幸福の概念を構成する原点となっている。わが国は自然の恵みを享受することのできる環境を持ちつつ、その裏側では自然災害のリスクと直面していることから、これとうまく付き合っていくための文化を培ってきた国であることを忘れてはならない。ハード面だけでなく、ソフト面の防災策を開発・強化することで、人々の生活面での変化を最小限に押さえながらも安全・安心を確保する柔軟な方策が望まれる。

3.一元的な危機管理組織の構築

 今、政府や政治家の間で「復興庁」や「防災復興府」などの設置が構想・議論されている。一元的なこれらの組織の設置は望ましいものであるが、復旧・復興に限定されるものであってはならない。筆者らは以前から災害大国のわが国には危機管理を一元的に行う司令塔的組織が必要であることを主張してきた。この組織は日常的な防災から、発災後の緊急対応、その後の迅速な復旧と息の長い復興を司るプロの集団である。危機に事前に備え、いったん事が起こると迅速に対応する。非常時には必要な権限を有し、そこを司令塔として、外部の研究者・技術者をも糾合して機能する。緊急時にはトップダウンがある程度必要だが、その後の復興段階では当然ボトムアップも取り入れる。

 今回の震災では指揮系統がしっかりしている自衛隊・警察・消防の活動はうまくいっていると聞く。この例から分かることは、混乱時にはそれぞれのやるべき業務が前もって確定している(例えば交通規制・治安維持など)ことが極めて重要である。被災直後に何をしたらいいのか分からないという時間を短くすることができる。日ごろから海外支援のスムーズな受け入れやボランティアの受け入れ、被災者の精神的ケアなどまで含む防災・災害対応を研究してシミュレーションを繰り返すことで、やるべきことを洗い出し明確化する。

 また地域の人々の啓発から防災リーダーの育成、国外の災害に対する海外支援から復旧・復興までを担い、コーディネータとして息の長い町づくり、地域づくりを進める。被災地復興への国からの資金投入もすぐには打ち切らず(阪神大震災のときは3年)、10年くらいかけて投資し、地域の本格的な復興・再生を図ることが必要である。

 なお、この一元的な危機管理組織を維持するためには新たな財源が必要であるが、専従するプロの職員はできるだけ小人数とし、非常時には予備役的人材(専門的知識をもつOBや他部署のスタッフ、民間NGOなど)を緊急に招集できるような体制にしておく。なお万全な体制を整え、災害による損失を最小限に押さえることで長期的なコスト面ではむしろ有利となる。

 最後に、今回の震災は未曾有の超広域災害となったが、もしこの震災が夜起こっていたら、もしこの地震が続けて別の大地震を誘発していたら、もしこの地震の後に豪雨や台風などの災害が追い打ちをかけて複合災害となっていたら、原発事故の一層の深刻化と相まってわが国にとって壊滅的な災害となっていたであろうことは想像に難くない。

 今回の大震災は、首都直下型地震や2030年代に予想される東海・東南海・南海地震による災害への貴重な教訓となった。これほど多くの都県が同時に被災する災害は戦後初めてであり、国のかかわり方も含めて、災害前の防災から直後の応急対応や長期的な復興まで、災害対応に関してさまざまな新しい課題が生まれている。将来へ向けてしっかり取り組み研究をして、わが国の災害に対するレジリアンス(弾力性・回復力)を高めていかなければならない。失われた人の命の重みに対して何人も責任が取れるわけではなく、従って「想定外だった」ではすまされないからである。

 今回の被災地の新しい地域づくり、町づくりでは、将来の化石燃料の枯渇をにらみ、エネルギーは元々高価なものとの認識と前提に立って、物質的豊かさの追求はほどほどに留めるなど、エネルギーをそれほど使わなくてすむような本来の日本人の幸福感に基づいたライフスタイルに変換していくことを望みたい。

 なお、未曾有の大災害にもかかわらず、「日本人は冷静で礼儀正しい」「われわれも学ぶべきだ」と賛嘆する声が世界で相次いでいる。被災地で暴動や略奪などは起きず、みなが秩序を守って互いのことを思いやり、助け合っている。このことは、日本人として誇りに思うべきことである。そして、この日本人の国民性が今回の震災を超えて継承され、廃墟からの復興の底力となり、また日本人と日本の国土を存続させる原動力となっていくことを信じ願っている。

(注)桑子敏雄:災害とサステナビリティ、日本学術会議IRDR小委員会配布資料、2011年4月。

九州大学工学研究院 教授 小松利光 氏
小松利光 氏
(こまつ としみつ)

小松利光(こまつ としみつ)氏のプロフィール
大分県津久見市生まれ。大分県立津久見高校卒。1970年九州大学工学部水工土木学科卒、75年同大学院工学研究院 水工土木学専攻博士課程修了、九州大学工学部助手。同助教授、教授を経て2000年から現職。中国の四川大学、大連理工大学、武漢大学客員教授も。専門は環境水理学。日本学術会議水・土砂災害分科会委員長。2002-04年度文部科学省科学研究費基盤研究「有明海の流れの構造の解明と蘇生・再生のための研究調査」、08-11年度同「沿岸海域環境再生に関する総合的研究」の研究代表者も。

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