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コラム - オピニオン -

緊急寄稿『科学的情報・知識の活用を』

科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー 中村亮二 氏

掲載日:2011年3月29日

科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー 中村亮二 氏

中村亮二 氏

 

3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震とその後の津波の犠牲となった皆様に謹んで哀悼の意を表するとともに、被災され避難生活を余儀なくされている皆様に心よりお見舞い申し上げます。また不眠不休で被災者の方々の救助や支援、福島第一原子力発電所(以下、福島原発)における事故への対応などにご尽力されている多くの方々に敬意を表します。一日も早く事態が安定し、着実な再建、復興へと私たちの思いが向けられる日が来ることを願ってやみません。

このたびの震災に対し、科学技術振興機構 研究開発戦略センター(CRDS)は今、何をすべきだろうか。CRDSの役割の一つは、さまざまな科学技術関連分野を対象に国として今後推進すべき研究開発の方向を調査、検討し、研究開発課題を提案することである。従って今回の震災からの再建、復興、あるいは将来起こり得る災害への備えに関連して「今後重要となる研究開発の方向を検討する」ということが、まず求められると思われる。そこでは社会基盤、医療・介護、環境、エネルギーなど広範な分野が対象として想定される。環境に関しては世界三大漁場の一つともいわれる三陸沖など被災地周辺の沿岸・海洋生態系に今回の災害が与えた(または与える)影響や漁業の今後を考える視点も重要になるだろう。

一方、“今すぐ”すべきこととしては、「科学的情報や知識の有用性を広く伝える」ということが求められていると思われる。地震に伴って予想外の事態が次々と発生する中、多くの方々が、ご自身の行動の判断材料になるような正しい情報、あるいは信頼に足る情報を必要としているはずである。そこで、物事を客観的に捉え、冷静に対処するための材料として科学的情報や知識の活用は欠かせないということをあらためてここで提案したい。

科学的情報や知識は、研究上のルールに従って収集、蓄積されるため、その客観性や確からしさは相当程度保障されている。研究者や技術者といった専門家はそれらの情報や知識を駆使して物事の仕組みや時間的な変化などをあらゆる角度から客観的に捉え、物事が生じる原因として可能性の高いものを突き止め、ときに原因を克服するための解決策を探し出し、そして解決策を具体化する。

現在、被災地内外では医療、衛生、介護、災害、復興、原子力、放射線、電気、情報通信、食品安全などに関連するさまざまな分野の研究者、技術者の方々が専門家として活躍しておられる。病気の方、介護の必要な方、高齢者、小児、妊娠されている方などいわゆる災害弱者の方の心身のケアが医療、介護関係の専門家なしでは進まないように、災害による犠牲者をこれ以上増やさないためには、こうした専門家の方々の知識を信頼し、指示に従って適切に対処することが必要である。なお被災地では衛生面の悪化が指摘され始めているので、今後は感染症予防などの情報や知識もより必要になると予想される。

また、多くの方が最も気にされていることの一つでもあるが、福島原発における事故に対して私たちはどのように行動すればよいかという問題にも判断材料が必要とされている。福島原発での爆発と計画停電の実施が重なった3月14日以降は、数日間にわたって本来被災地へ優先的に回されるべき燃料や食料などの生活関連物資が、東京など主な被災地以外の地域で買いだめされることにより不足するという事態が発生した。またその後も「現時点ではただちに健康に害が及ぶことばないと政府や専門家は言うが信じられない」、「各国政府は日本にいる自国民に対して半径80キロ圏内からの退避を勧めたのに日本政府は半径20-30キロ圏内で屋内退避を指示しただけで本当に大丈夫なのか」、「政府は何か重大な情報を隠しているのではないか」といった疑念や不信がさまざまな場所で見受けられた。

これらの状況を受けてか、原子炉の構造や冷却の仕組み、放射線量についての詳しい解説、国内各地でのリアルタイムの観測データなどが各種報道やインターネットを通じて広く伝えられ始めた。そのため一般の方も当初に比べれば多くの科学的情報や知識を得られるようになりつつある。とくにインターネットでは専門家による解説や総合サイトが立ち上がり、有益な情報源になっている。またこれらの多くでは、一般の方々を対象に、科学に基づく正確な情報や知識を利用することでできるだけ冷静に現状を把握し対応するよう勧めている。既にご存知の方も多いと思われるが、一例として下記のようなサイトがある。

  • 放射線モニターデータのまとめページ』:放射線量の変化を観測している各地の結果をまとめている。
  • 東北地方太平洋沖地震に伴い発生した原子力発電所被害に関する放射能分野の基礎知識(独立行政法人放射線医学総合研究所)』:放射線被曝についての基本知識が解説されている。
  • 東大病院放射線治療チーム(team nakagawa)』:東京大学医学部付属病院の放射線治療チームがツイッターで今回の原発事故に関する医学的知識を提供している。食品についての丁寧な解説もある。

また政府も各地の放射線モニタリングデータを公開したり、一部の食品における放射能検出に関して冷静な対応を求めたりと、科学的情報や知識を広く国民に対して発信し始めている。そのため、原子炉建屋周辺からの放水活動が成果を出し始めていることも多分に影響していると思われるが、地震発生から10日余り経った本稿執筆時現在の福島原発の事故に対する各種報道や周囲の反応は、緊張感は保ちつつも多少落ち着きを取り戻したように感じられる。

もちろん、こうした情報や知識、専門家の意見を見聞きした上で最終的にどのように状況を判断するかはあくまで個人に委ねられている。また原発事故の状況であれば事態はいまだ流動的であり、このまま収拾されると断言できるわけではない。専門家の意見も、入手可能な情報を使って科学的知識に基づき発信されるものであり、事態が変化して新たな情報が加わればその新しい状況に応じた意見が出てくる可能性もある。さらに、いかに一般性のある科学的情報や知識があったとしても、個々の状況に応じたさまざまな要因が主たる事態に影響を与えれば、派生する問題も含めた全体を正しく把握し適切に対処することは当然難しくなる。しかしながら、過度に疑念や不信、恐怖心を抱えながら日常生活を続けるのは誰にとっても大変である。それ故、少しでも不安要素を軽減できる材料があればそれは有益である。科学的情報や知識、専門家の意見はそのための材料の一つとなり得る。

また科学的な情報や知識には普段の生活ではあまり見聞きすることのない単位、用語、概念などが用いられることがしばしばあり、一般の方には理解しづらい場合がある。どのような情報や知識が“科学的である”かを見極めることが難しい場合もある。そのため今すぐにこうした情報や知識を活用しようと言われてもなかなか難しいと思われるかもしれない。しかし、これらに対しては複数の情報源を比較しつつ参考にするなど、情報を相互補完し、偏りがないよう気をつけることである程度は対処できる。公的研究機関、国際機関、医療機関、大学、NGOなどのホームページ、専門家が個人で開設しているサイト、その他いろいろな情報源は探してみると意外にある。多面的に情報を収集し、統合的に理解しようとする一人ひとりの積極性もこのような場合には非常に重要な意味を持つ。

以上、科学的情報や知識は、とりわけ今回のような非常時には事態を客観的に把握し冷静に対処するための有効な手がかりの1つとなるが、利用する一人ひとりが積極的に情報や知識を収集、吟味し、取捨選択することでその有用性は一層発揮され得る。よって、多種多様な情報を無批判に信用したり、反対にあらゆる情報に根拠なく疑念を抱いたりすることは避け、判断材料の一つとしてこうした科学的情報や知識を活用しようとする姿勢を持つことが私たちの側にも求められている。

科学的情報や知識を活用して一人ひとりが物事に対し冷静に対処できると、社会全体としてのメリットも大きい。何より今回の震災においては、福島原発の事故に対してできる限り冷静に対処することができれば、被災者の方々が今必要としていることは何か、被災地から遠く離れていてもできることとは何か、など今まさに過酷な状況下にある被災地の支援について考え、行動する余裕をこれまで以上に持つことができるようになるのではないだろうか。

 

科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー 中村亮二 氏
中村亮二 氏
(なかむら りょうじ)

中村亮二(なかむら りょうじ)氏のプロフィール
東京都生まれ、神奈川県立多摩高校卒。東京都立大学理学部生物学科卒、首都大学東京大学院理学研究科博士課程修了、2008年から現職。博士(理学)。専門分野は植物生態学。研究開発戦略センターではこれまでに臨床医学や地球環境に関連する分野の調査、提言活動を担当。

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