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コラム - オピニオン -

『科学技術イノベーション』への期待

文部科学省 宇宙開発委員会 委員長 池上徹彦 氏

掲載日:2011年1月1日

文部科学省 宇宙開発委員会 委員長 池上徹彦 氏

池上徹彦 氏

 

小惑星探査機「はやぶさ」の地球帰還物語は日本中に感動を与えてくれたが、金星周回探査機「あかつき」は残念ながら太陽の惑星となってしまった。宇宙探査が国民の科学技術への熱いおもいを鼓舞することも忘れずに宇宙研究開発を進める覚悟を新たにしている。

第4期科学技術基本計画の骨子が総合科学技術会議より提出された。第3期計画の実績について成果とともにそれらが社会的課題の達成に必ずしも結びついていないと反省している。その課題対応の基本方針として、「科学技術イノベーション政策の一体的展開」を「社会とともに創り進める政策の実現」に加え、掲げている。

この10年間、日本の大学・アカデミアを実施・実現の場としてきた科学技術政策にあるイノベーションが遅々として進展しない理由は、他の政策、特に産業政策との融合がなされていないためと考えていたので、「一体的展開」の実現を大いに期待したい。

イノベーション論はそもそもその生い立ちから100年の歴史を持つ企業内では成熟している。それを大学・アカデミアの使命の一つに持ち込んできたことは、20世紀に科学技術により生まれた人工物がわれわれの豊かな生活を支えてきたことから当然のことであった。日本で議論が深まらないのは、成功した商品の源は大学にあるといったイノベーションの遠近法絵画的捉え方、あるいは20年後といった社会の姿が強調され、今、何をどうやるかという道筋の議論に入っていないことにある。

そこで私は、”Do Innovation”、つまり、評論ではなく主語をおいた道筋の議論を提案してきた。アクションから入るとなると、当事者の分野や立場の違いにより議論は多様となる。研究者・技術者へは、「Entrepreneur Mind(起業家精神)を密かに持つこと」とアドバイスをしてきた。こうした意見は日本では少数派であるが、米英の大学・アカデミア分野のトップクラスの研究者・技術者間では共有された発想であることも確認している。

世の中は、リーマンショックから始まったグローバルな金融危機が経済・財政危機を加速し、政治の不安定化も日常化している。さらには異常気候も日常化してきた。このUncertainty(不確実性)は、インターネットによる情報の急速な拡散により増幅され、人類にとって未体験の世界に時代は突入しつつある。その対策を「科学技術イノベーション政策」に求めるとすれば、その中身の議論を早急に開始すべきである。

新政権下の仕分け会議で「スパコン」が対象となった際、委員から「2番ではなぜいけないのですか?」という「政策を進めるための科学技術」を基本とする政策担当者としての素直な問いが発せられた。これに対し、日本の大学・アカデミアは「全く非常識な発言」とこき下ろした。当然その後、大学・アカデミアから科学論に基づいた具申、報告書が出されると期待していたが、新聞報道によれば、「もっと科学技術へカネを」で終わったようである。「科学技術のための政策」を当然とする日本の研究者は、「科学技術への挑戦」として謙虚さを欠いた批判を浴びせただけであった。

欧米のアカデミアでならどうしたか。まずは沈黙、そしてScience(科学)とPolicy(政策)の違いを理解した上で、単純な科学至上主義ではないこれからの科学技術政策の展開を示唆したレポートを提出したであろう。せっかくの「科学技術イノベーション」の深い議論の機会を逃したことは残念であった。

実はこの「2番発言」は、宇宙開発委員会で18時間に及ぶ「国際宇宙ステーション(ISS)計画延長検討」部会の主査として参考にさせてもらった。いわゆる単純な機会コスト手法(仮に他の分野で使用した場合の成果結果比較手法)を避けて、国が7,000億円を投資して完成したツール、軌道上実験室「きぼう」を日本としてどう活用するかの視点で議論を進めた。優れた研究者は、仮に「2番のツール」であっても「1番」の成果を生み出せる。財政破綻したカリフォルニア州の大学研究者は、海外の仲間のツールを使わせてもらって素晴らしい論文を書いている。

ちなみに「スパコン」は大型放射光施設「Spring 8」同様に、日本の将来を案じた政治家が「科学技術イノベーション」を期待したツールだった。元はといえば「日本活性化政策のための科学技術」のツールであったが、処理能力高速化を重視する研究者から反論があり生産的な議論は絡まなかった。ツールについては、研究者への研究費とは切り分けた議論が必要であった。当時、間接的関係者であった私は、「日本の研究者が使い切れないならフランス、ロシアの研究者に使ってもらえばよい」と開き直った記憶がある。「スーパーカー」をつくってもそれを駆使しようとする「ドライバー」が日本にいないのなら、まずは外国人に任せるしかない。

もっとも今になってみると、膨大なデータを超高速で扱える「スパコン」は、要因の複雑なモデル検証が必要となっている環境問題究明に必須のツールとなっている。また、膨大な予算を必要とする宇宙開発についても、宇宙基本法(2008年制定)で、「ツール・インフラとしての宇宙利用の重点化」を挙げている。

ちなみに、企業活動支援環境の評価を目的としたIMD(国際経営開発研究所)世界競争力ランキングでは、総合は17位から27位に下げたものの、科学環境(Science Infrastructure)は2位である。

科学技術振興機構と科学技術政策研究所が2010年秋に開催した講演会で、英国議会の科学技術アドバイザ、ケンブリッジ大学と米マサチューセッツ工科大学(MIT)教授から「科学技術イノベーション政策」に関係した調査結果の報告があった。その結論は、「米国と英国の大学・アカデミア連携によるイノベーション政策により生まれたハイテク企業の全産業への貢献はきわめて限定的であった」、また、「そのモデルは80年代の米国の産業低迷打開のための政策であり、その過大評価は科学技術政策としてリスクあり」というものであった。

前者は国内総生産(GDP)全体で議論すれば当然である。7年前に来日したMITの科学技術政策研究者と議論した際、その限界を静かに主張し、むしろ日本の企業経営のやり方に強い関心を持っていたことを思い出す。シリコンバレーの成功モデルが米国他州では追従できなかったことは認識していたが、現在でもハイテク産業を支えているのは研究者・技術者のEntrepreneur-Mindであることには変わりは無いので、私の自説を変えるつもりは無い。

他方、英国を除く欧州先進国では、大学・アカデミアによるハイテク・イノベーションについて淡々と対応してきた。むしろ最近になって、大学改革や応用志向へのシフトをイノベーションの切り口でやろうとしており、日米にイノベーションを学ぼうと言い出しているのは興味深い。ただし、彼らの日本への関心は大学・アカデミアにはなく、商品化で成功してきた日本のハイテク企業である。これからも日本の「科学技術政策」を参考にして「いいとこ取り」を自国の政策に活かすことになろうが、複雑な気持ちになる。日本は「政策」は立派であるが、現場での実現(Implementation)はご承知のとおりだ。

上記の英国の企業調査結果に戻ると、企業は「英国の大学の研究は利用者に触発された研究(User-Inspired Research)へシフトしつつある」と評価しており、また、企業の関心は「技術そのものより専門分野を超えた開かれた意見交換の公共の場(Public Space)を提供する多様な面を持つ役割に期待している」であった。

仮に米国をモデルにした「科学技術イノベーション」が「神話」であったとしたらわれわれはどうすればよいのか。結論としては、GDPへの貢献は過大評価であったとしても、米国モデルを排除するという選択肢は現実的ではない。高等教育についても、優れた研究者が優れた教育者とするフンボルト流と、米国流の議論をかつて会津大学長時代に文部科学省審議会でやったが、大衆化された日本の大学では後者を選ばざるを得ないとなっているはずである。しかし「米国流やむなし」とする欧州連合内では、いまだに各国独自の教育との整合をどう図るかの議論がなされている(英語の共通語化はすでに了解)。

もし「科学技術イノベーション」を「神話」とするなら、その成果と限界を明確にし、それを克服するための議論がぜひ必要である。

今後の日本の科学技術政策策定に関しての希望は、「国益を目的とした政策のための科学・技術(Science in Policy)」と、「科学・技術のための政策(Policy for Science)」の視点の違いを前提とした深い議論である。政府と行政側はもちろん前者である。菅首相がいみじくも「私のわがまま」と言って科学技術振興予算を増額したのは、彼は科学技術出身であり、後者への理解もあったからであろう。前者については、好奇心を動機とすることで存在価値のある科学者の意見に素直に従うというのは入り口違いである。

後者については、そもそも国境という発想が無い研究者の研究環境つくり、若手研究者育成と研究の種まきが使命の科研費の増額等となり、大型の研究ツールの提供等は前者と後者の合わせ技となろう。「イノベーションはやらない」とする正直な科学者と人文社会科学研究者への支援も、まずは後者のための必須の長期投資である。ちなみに、研究用大型ツールの提供は、経済力の豊かな国による「パトロン役当番制」ともいえる。米国の次はどの国になるかを、好奇心に燃えた研究者は模索しているはずである。

そもそも、科学技術が政策として確立したのは、米国のマンハッタン計画の「成功」に驚いた米国政府である。宇宙の進化の主役である素粒子の人為的操作の成功は、科学者の偉業として空前絶後であろう。残念ながら、その賞味期限は切れつつあるのかもしれない。

GDPは中国に抜かれたが、日本は国際な場では大国である。しかし、「日本は内向きで、外からよく分からない」といわれており、宇宙分野でも「日本の見える化」に努力している。その理由は、環境問題はもとより、あらゆる課題は国際協力でなければ進まないからだ。ライフ・イノベーション、グリーン・イノベーション、さらには宇宙探査・開発しかりである。しかし、仮でもいいから目標が共有できていないと分担の議論ができない。

海外の仲間は、「この数年が日本にとって最後のチャンス」とアドバイスしてくれている。日本は大国にふさわしい分かりやすい目標づくりが今や必要である。欧州では、宇宙探査についても、内向きの自立性(Autonomous)で行くか、相互依存(Interdependency)で行くかの政策議論が開始されており、また、地球規模の話となると人類の存在理由の議論(倫理、Ethic)の視点も大切としている。米航空宇宙局(NASA)でも、How?からWhy?の議論が必要とされている。日本が孤立しないためには、この流れに乗って行きたい。

 

文部科学省 宇宙開発委員会 委員長 池上徹彦 氏
池上徹彦 氏
(いけがみ てつひこ)

池上徹彦(いけがみ てつひこ) 氏のプロフィール
東京都立小山台高校卒。1968年東京工業大学大学院理工学部研究科博士課程修了。94年NTT取締役・基礎技術総合研究所長、96年NTTアドバンステクノロジ代表取締役社長、2001年会津大学学長、産業技術総合研究所理事、07年文部科学省宇宙開発委員会委員、10年から現職。

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