インタビュー

「社会の要請強まる犯罪精神医学」 第2回「広がる司法精神医学の役割」(岡田幸之 氏 / 東京医科歯科大学 犯罪精神医学担当 教授)

2016.04.04

岡田幸之 氏 / 東京医科歯科大学 犯罪精神医学担当 教授

岡田幸之 氏
岡田幸之 氏

 東京医科歯科大学に昨年9月、国内で唯一という犯罪精神医学領域専門の研究・教育チームが設けられた。刑法39条は、罪を犯した者が責任能力のない「心神喪失」状態にあった場合は無罪、その程度が少し軽い「心神耗弱(こうじゃく)」状態の場合は刑が軽減されると定めている。責任能力についての最終的判断は裁判官がするが、精神科医から提出された精神鑑定結果の影響は大きい。さらに、動機が分かりにくく容疑者の精神鑑定が必要とされる大量無差別殺人事件や未成年者による殺人事件なども注目を集めている。もともと司法の世界で大きな役割を果たしていた精神鑑定に対する社会的なニーズは、近年さらに高まっているということだ。東京医科歯科大学は、国内で最初の犯罪精神医学講座を1952年に設置した大学という自負を持つ。いったん閉鎖された専門領域を復活させ、再びこの分野に力を注ぐことになった背景は何か。学部生や大学院生に対する具体的な教育がスタートする新学期を前に、チームを率いる岡田幸之(おかだ たかゆき)犯罪精神医学担当教授に聞いた。

―昔は動機が分かりやすい犯罪が多かったのではないでしょうか。意外な動機と言っても、松本清張の推理小説のように、なるほどと納得できるような…。ところがどうしてそんなことまでしてしまうのか、と理解に苦しむような事件が近年は増えているように感じますが。

 日本では近年、犯罪は減少しています。しかし減っているのは基本的に昔のように金がない、食べ物がないといった分かりやすい動機の犯罪であり、相対的に分かりにくい犯罪の比率が増えているようです。実際、この犯行をどう理解したらよいのか、という相談を捜査員から受けることもあります。例えば、2008年に秋葉原無差別殺傷事件を起こした人物は、インターネットの掲示板で“自分の成りすまし”をされたことへの怒りが犯行の引き金に、という意味のことを言ってましたよね。当時は、どうしてその程度の理由で、と考えた人は多いと思います。ネットが今ほど浸透していなかったからでしょう。でも今ではネットでのやりとりで激しい怒りを感じるような人たちは珍しくない、と多くの人が思うのではないでしょうか。動機に驚いたり、首をかしげたことが、しばらくたってみると社会の変化を先取りしていた犯罪だった、ということはあると思います。こうした犯罪病理を説明することも司法精神医学の重要な役割です。

 日本司法精神医学会ができたのは05年で、医療観察法が施行された年でした。この法律は心神喪失などの状態で重大な事件を起こした人たちに対する医療や観察に関する法律ですから、このころから犯罪精神医学や司法精神医学に関わる医療者も増えてきました。医療観察法ができたのは、01年に発生した大阪教育大付属池田小学校児童殺傷事件がきっかけで、病気が原因で重大事件を起こしてしまった精神障害者に対しては専門の治療や制度が必要という声が強まったため、ということは前にお話した通りです。

 しかし、医療観察法ができたからといって、司法精神医学の専門家が急に増えるわけはありません。必要がないのに入院をさせている病院や十分な治療をしない病院が出てきたりしないようにすることが大事です。よい医師に当たる場合もあればそうでない場合もあるのは普通の患者も同じではないか、という意見があるかもしれません。しかし、医療観察法で治療が必要とされた精神障害者は、自由に病院を選ぶことはできません。国として公平な治療を受けられるようにする必要があります。ここでも人材養成が求められています。

 また、精神障害があるというだけでは心神喪失や心神耗弱は認められません。ですから受刑者の中にも精神科の治療が必要な人は少なくありません。彼らの治療に携わる医師の確保も求められています。そして性犯罪や覚せい剤常習者など再犯の可能性が高い受刑者に対し、刑務所や出所後の精神医学的なプログラムが必要となっています。出所してからもです。監獄法に代わって06年に施行された刑事収容施設法でも、必要に応じ受刑者に適切な精神医学的プログラムを提供することになり、このプログラムが適切かどうか法務省が検証することになっています。こうしたプログラムを開発したり、その検証作業に適切な助言をするのも、われわれ司法精神医学者の役割の一つです。

―人手不足でどのようなことが起きているか、もう少し紹介していただけませんか。

 例えば、医療観察法については公平な治療の場が与えられる必要があると言いましたが、そのためには実態を知らなければなりません。一人一人の患者の追跡調査が必要です。その対象は全国で約500の通院医療機関で約1,800ケースに上っています。調査票を郵送して、電話で確認したりするのですが、それを国立精神・神経医療研究センターで精神鑑定研究室長をしている女性医師が一人で担当しています。予算も限られていますから調査に協力していただく病院への謝金も出せません。調査結果のフィードバックを通じて全国の情報を知ることができるからといった医療機関の向上心に基づく協力があって可能となっている研究と言えます。

 医学は診断と治療に分かれますが、犯罪精神医学や司法精神医学も同様で、診断に当たるのが精神鑑定といえます。犯罪者の責任能力を評価することに加え、身近なところでは認知症の人の後見人をどうするか決める際の鑑定も増えています。こちらも、何を基準とするかはっきりさせないといけません。このニーズも、最近注目されています。

 災害や犯罪に巻き込まれて精神的ダメージを受けたことへの補償や賠償を求める場合には、心の傷をどう評価するかが問題になります。司法精神医学が犯罪以外の分野で役割を果たしているもう一つの例です。さらに、現場が苦労しているものの中には、09年に導入された裁判員制度に伴う新しい課題もあります。裁判員制度が導入される前までは、精神障害者の責任能力を最終的に判断するのは裁判官だけでした。ですから、今までは分厚く、難しい言葉で書いた精神鑑定書を提出しても問題はなかったのです。被告人の人となり全てを描き出す大きな山のような精神鑑定書を提出し、「これを読んでください」と。

 しかし、裁判員裁判が行われるようになってからは、裁判員には大きな山の上の部分だけを出し、かつ分かりやすいように説明をする必要が出てきました。

―犯罪精神科医と普通の精神科医との大きな違いは、精神科医は患者のためになることを最優先するのに対し、犯罪精神科医の精神鑑定はあくまで科学的な判断を最重視することだ、とも聞きます。鑑定した相手に恨まれることはありませんか。

 法務省と共同研究したことがあるのですが、無差別殺人のような大きな事件を起こした人の中には、それまで孤立していた人が多いという結果が得られました。精神鑑定というのは、1回2、3時間の面接を10回以上重ね、期間としては2、3カ月かけて行います。この結果、どういうことが起きるかと言いますと、相手が満足することが多いのです。話をする機会があったということにです。実際には精神鑑定が行われても、責任能力があるという、本人にとっては不利な結論になることは多いです。しかし、そうした結論のいかんにかかわらず満足する。無差別殺傷事件の研究でも明らかなように、彼らの多くは孤立した人生を送ってきた人であり、自分のことを話すこと、人から批判されることなく聞いてもらえるという体験がそれまで一度もないような人たちですから、鑑定であっても、聴いてもらった、分かってもらったというのは貴重な経験なのだと思います。中には、刑務所から手紙をくれる人もいます。逆恨みされることはほとんどありません。先にお話した通り女性医師も精神鑑定研究室長として第一線で活躍しています。

 精神鑑定にかける時間というのは、犯罪の大小に関わりなく同じです。鑑定書も、社会復帰を支援してくれる人たちが読めば役に立つかもしれない、と考えて書いています。先ほど裁判員には山のような精神鑑定書は出せないと言いましたが、短い鑑定書でよいのなら精神鑑定自体も簡略化してしまおうと考える鑑定医が出てくることが心配です。こうした意味でも、鑑定人の技術の向上をしっかりやっていかなければならないと考えています。

写真 英国人精神科医を講師に招いた司法精神医学セミナー(3月24日)=東京医科歯科大学提供
写真 英国人精神科医を講師に招いた司法精神医学セミナー(3月24日)=東京医科歯科大学提供

―大学で今後力を入れたい活動についてあらためてお聞かせください

 大学は情報発信の拠点になり得ると考えています。厚生労働省の研究機関と違い、大学の方が教育はやりやすいですから、教育も学内にとどまらず全国に広げたいですね。東京医科歯科大学をモデルとして、司法精神医学の教育を取り入れる大学がほかにも出てきてくれることを願っています。法律家、裁判所、検察庁の人たちや弁護士の方たちにこれまでも精神鑑定について話しをすることは多かったのですが、引き続き、力を入れます。できれば、法律家の人たちに大学に来てもらうコースを作ることも将来は考えたいです。また、大きな事件が起きた時だけ取材を受けるマスメディアの人たちにも、今回のインタビューのように日ごろから精神鑑定や犯罪精神医学について理解を深めてもらうような場がつくれないか、検討したいと考えています。

(小岩井忠道)

(完)

岡田幸之 氏
岡田幸之 氏

岡田幸之(おかだ たかゆき)氏プロフィール
筑波大学大学院で犯罪精神医学を学ぶ。1995年東京医科歯科大学難治疾患研究所助手、助教授、寄付講座部門教授を経て、2003年国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所司法精神医学研究部精神鑑定研究室長。11年司法精神医学研究部長。15年8月から現職。国立精神・神経医療研究センター客員研究員も。精神保健指定医、精神科専門医。医学博士。

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