コラム - インタビュー -

「社会の要請強まる犯罪精神医学」
第1回「深刻な人材不足」

東京医科歯科大学 犯罪精神医学担当 教授 岡田幸之 氏

掲載日:2016年3月31日

東京医科歯科大学に昨年9月、国内で唯一という犯罪精神医学領域専門の研究・教育チームが設けられた。刑法39条は、罪を犯した者が責任能力のない「心神喪失」状態にあった場合は無罪、その程度が少し軽い「心神耗弱(こうじゃく)」状態の場合は刑が軽減されると定めている。責任能力についての最終的判断は裁判官がするが、精神科医から提出された精神鑑定結果の影響は大きい。さらに、動機が分かりにくく容疑者の精神鑑定が必要とされる大量無差別殺人事件や未成年者による殺人事件なども注目を集めている。もともと司法の世界で大きな役割を果たしていた精神鑑定に対する社会的なニーズは、近年さらに高まっているということだ。東京医科歯科大学は、国内で最初の犯罪精神医学講座を1952年に設置した大学という自負を持つ。いったん閉鎖された専門領域を復活させ、再びこの分野に力を注ぐことになった背景は何か。学部生や大学院生に対する具体的な教育がスタートする新学期を前に、チームを率いる岡田幸之(おかだ たかゆき)犯罪精神医学担当教授に聞いた。

岡田幸之 氏
岡田幸之 氏

-犯罪精神医学領域専門の研究・教育チームの発足を発表した昨年8月のプレスリリースの中で、先生は「社会的ニーズは高く、課題も山積しているが専門家は少なく、教育の機会も不足している」とコメントされていましたが。

ニュースなどで精神鑑定が報じられるのを見たり聞いたりして、精神科医ならばだれでも精神鑑定をするのだろうと思っている人が多いかもしれません。でも実は、犯罪を扱う精神医学者というのは精神医学の中では非常にマイナーな存在です。確かに精神鑑定のニーズは増えています。ところが、全国の大学医学部の中で犯罪精神医学や司法精神医学の看板を掲げているところはありません。かつては東京医科歯科大学を含めいくつかあったのですが…。

東京医科歯科大学は中でもこの分野のメッカともいう存在で、主導的な役割を果たした先輩たちが輩出しています。しかし、医学全体の近年の潮流として病因解明や創薬に関わるバイオロジーに比重が置かれるようになる中で、本学の難治疾患研究所にあった犯罪精神医学分野も残念ながら2007年に幕を閉じることになりました。それでも犯罪精神医学分野OBの先生方を中心として再興を求める声は根強く、また吉澤靖之(よしざわ やすゆき) 学長、西川徹(にしかわ とおる)大学院医歯学総合研究科精神行動医科学主任教授もその社会的な重要性に目を向けられ、今回の話が具体化したと聞いています。そしてマイナーな領域で専門家も少ない中で、国立精神・神経医療研究センターで司法精神医学研究部長をしていた私が着任することになりました。

-いろいろな事件で話題になることも多い精神鑑定を担っている方々が、精神医学分野では少数派というのは、多くの人にとって意外ではないでしょうか。

そうかも知れませんね。一般的な精神科臨床の診察と精神鑑定の違いが分かりにくいからでしょう。精神鑑定は精神科の知識や技術を法律判断に応用するもので、より特殊な知識やトレーニングが必要です。ところが精神鑑定を行っている人たちの中にも、犯罪精神医学の勉強をしたことはないけれど、検察や裁判所からどうしてもと頼まれたのでやっているという精神科医たちも多いのです。こういう状態は、法の下では平等という理念からみると問題です。それぞれの流儀で精神鑑定を行っている人たちがいる結果、どの精神科医が鑑定を行うかによって結論が大きく違ってしまうかもしれないからです。

実際に、同じ事件で複数の鑑定人が全く異なる鑑定結果を出すケースもあり、精神鑑定のやり方が一定ではないことを問題視する声が精神医学者からも聞かれます。異なった鑑定結果が出たというニュースを見聞きした一般の人々が、精神医学は信用できない学問だという印象をもってしまうのではないかも心配です。バラバラの結果では、事件の被害者の方たちも納得できないかもしれません。独自の流儀でやっている人が多いというところに問題の根があるのです。手引きを作ったり研修をしたりして、なんとか均質にしようとしているところです。

また、事件を起こした精神障害者の治療については「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療および観察等に関する法律(医療観察法)」が2005年にできました。この法律が短期間でできるきっかけとなったのが、01年に大阪府池田市で起きた池田小児童大量殺傷事件でした。小学校に侵入した男が出刃包丁で8人の児童を殺害、児童・教諭15人に重軽傷を負わせたという衝撃的な事件です。男に精神科の入退院歴があったことが大きな関心を集めました。殺人、放火、強盗、強姦(ごうかん)、強制わいせつ、傷害といった重大事件を起こしながら、心神喪失あるいは心神耗弱と判定され、不起訴あるいは無罪ないし執行猶予の判決を受けた人に、裁判所の決定のもとで指定医療機関で専門的な治療を行い、保護観察所が関わりながら再び同様の行為が発生することを防ぎつつ、社会復帰を促すという法律です。

この医療観察法の運用に当たっても精神科医による鑑定や治療上の判断が大きな影響を持ちます。ある病院では長期の入院治療を受けさせる一方、別の病院では逆にすぐ治療をやめてしまうといったことが起こってはいけません。やはり専門家の育成が必要です。

犯罪者への精神鑑定や治療処遇に最も関係の深い機関といえば法務省や裁判所となるのでしょうが、いずれも犯罪精神医学の人材を育成するところではありません。治療という観点から言えば所管の役所は厚生労働省ですが、病気の予防を考えるのであって犯罪の予防を考える省ではありません。文部科学省も精神医学者のような専門家を育成する省ではあっても、犯罪の防止や解決という要請に応えるところまでは動きません。結局、犯罪精神医学というのは狭間の領域になっているのです。狭間であるからこそむしろ社会との接点は多く、ニーズも大きいのですが、その狭間に落ちてしまう結果、人材育成など研究・教育環境の改善に積極的に乗り出してくれる府省はないということです。

-増えている課題について、もう少しお話し願います。

医療現場だけではなくて刑務所や少年院や保護観察でも、精神医学的な治療や支援の導入が進められています。今年2016年春から施行される「刑の一部執行猶予」制度では、違法薬物使用者などに社会の中での治療も求めたりするようになりますが、その評価や治療もバラバラであってはいけません。また基礎的な領域でもやるべき研究、課題はたくさんあります。例えば、脳のどのような機能のどのような特徴が、犯罪に走ってしまうこと、あるいは押しとどまることと関係するのかを解明するような研究も重要です。しかし、とにかく人が足りません。今回、大学で人を育てる立場にもなったので、まずこの分野の人間を増やすことに力を入れたいと考えています。

私は筑波大学の出身ですが、たまたま犯罪精神医学で有名な故小田晋(おだ すすむ)先生が教授としておられ、教養科目で司法精神医学の授業を受ける機会がありました。しかし、他の大学でそうした経験は難しいと思います。犯罪精神医学や司法精神医学の授業が1コマでもあって、そういう分野があると知ってもらえるだけでも意味があります。4月から3年生に対し社会精神医学という広い領域の授業1コマを担当することが決まりました。5、6年生に対しても司法精神医学を1コマか2コマ持つことになっています。

とにかく勉強したい、あるいは興味があるという人がいてもそれを経験する場がなければどうしようもありません。医学部生はもちろん、精神科医になってからも犯罪精神医学と接する機会はほとんどありません。ですからまずは実際を見てもらえたらと考えています。法廷の鑑定証言や刑務所の医療など、案外、テレビドラマの中だけの世界と思っているような仕事もしています。例えば、警察庁科学警察研究所の人たちのプロファイリング(犯人の心理分析による事件解明)を支援するといったことも実際にあるのです。

また、司法精神医学をやりたいという精神科医2人が社会人大学院生として4月から来ます。医師をしながら研究もしてもらうわけですが、医療観察法の下で、責任能力がないと判断されて治療を受けている人たちがどのようにすれば社会復帰できるかを調査、研究し、論文にしてもらおうと考えています。私が精神鑑定するときに、鑑定助手をやってもらうなど、実体験の場を提供することも考えています。

(小岩井忠道)

(続く)

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岡田幸之 氏

岡田幸之(おかだ たかゆき)氏プロフィール
筑波大学大学院で犯罪精神医学を学ぶ。1995年東京医科歯科大学難治疾患研究所助手、助教授、寄付講座部門教授を経て、2003年国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所司法精神医学研究部精神鑑定研究室長。11年司法精神医学研究部長。15年8月から現職。国立精神・神経医療研究センター客員研究員も。精神保健指定医、精神科専門医。医学博士。

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