コラム - インタビュー -

「大学はもっと元気を 政府に言うべきことはきちんと」
第2回「博士の育成・就職は教授の責任」

元総合科学技術会議議員、元東北大学総長 阿部博之 氏

掲載日:2016年1月7日

新規採用者千数百人のうち8割を外国人にするという総合電機メーカーの採用計画が話題になったのは5年前のことだ。「国内の理工系大学卒業生から優秀な人材が採れなくなっている」。既に1990年代から製造業大手各社の多くからそんな声が聞かれ始めたといわれる。1999年に「分数ができない大学生」を著して(共編)以来、高校の指導要領改訂と大学入試制度の変更などが大学生の基礎学力低下をもたらしている、と警鐘を鳴らし続けている西村和雄(にしむら かずお)神戸大学特命教授が、新たな調査結果を発表した。東証1部上場の製造業9社の20代若手技術者に「多くは高校で習う初歩的なレベル」という数学、理科基礎、物理の問題を出して答えてもらったところ、全問題の平均正解率が6割に達しなかった、という。日本の工学者・技術者教育は、大丈夫なのだろうか。総合科学技術会議(当時、現総合科学技術・イノベーション会議)の元議員で、現在も科学技術・学術政策への助言活動などを続ける阿部博之元東北大学総長に聞いた。

阿部博之 氏
阿部博之 氏

-工学者、技術者育成のために大学や企業はどうすべきかについて伺います。

東北大学の教授だった時、私の研究室にいた博士課程の大学院生がある大企業に勤めることになりました。その院生に私が助言したことは、「会社の方針は分かりませんが、君は工場勤務に手を挙げなさい。後で研究所に戻ってもよいが、まず工場に行って1、2年実務を経験すると何が課題か、どういう問題があるかが肌で分かる。そういう経験をした後で研究所に行けば問題意識が変わってくる」ということです。その会社は結局、採用した博士課程修了者を研究所に入れてしまいましたが(笑い)。

なぜそう言ったかです。大学院生の時に実習で1~2週間くらい企業に行ったとしても、しょせん、お客さんだからたいした経験はできません。企業に入ってほかの社員と同じように工場で頑張って研究所に戻った方がはるかに会社のためになるということです。生産現場でどうしたら貢献できるかを勉強することもできます。同時に博士課程まで出ていれば必ず問題点も分かってくるはずだ、と考えたからです。大体、博士課程で自分の得意テーマになったようなことは数年たったら役にたたないか、問題が解決してしまっているのが大半。自分の得意テーマとは全く異なる新しい課題にも挑戦できる博士が、企業でも最も役に立つ人材です。企業に入って自分の得意な手法しかやろうとしない人間は、結局は窓際族になってしまう可能性が高いのです。

博士に必要なことは未解決の課題に挑戦して、失敗を重ねるうちにこうすれば良いという解決方法を見つけることです。それを論文にして発表させる、というのが私の教育法でした。博士は失敗の連続に耐えられる強さを持っていないといけません。研究は失敗するのが当たり前だからです。うまくいかないと先輩の助教のせいにする人がいますが、こういう人は博士課程を終了してから企業に入っても研究開発に向きません。大学は教育機関ですから、教授が就職の面倒を見ることができない博士課程の大学院生やポスドクは受け入れるべきではないのです。

教授は指導した博士課程修了者の就職の面倒を見るべきです。博士課程に進んでも修了後に就職が難しそうだと思われる人は、修士修了の時点で就職させないといけません。修士であれば企業に入ってから鍛えてくれる人が、企業の側にいるはずだからです。研究費がついたからといってたくさんのポスドクを雇うようなことは大学側も自主規制すべきです。特にライフサイエンス分野は、多くのポスドクをとるけれど、教授が後々の面倒を見ないケースが見られます。ライフサイエンス系は就職先が少ないのですから、自分で探せと言われても難しい。こうした事情は、政府も理解を示す必要があります。

-博士課程修了者は、全てが研究者を目指す必要はないということですね。

私は、かねがね企業はもっと博士をとるべきだと主張しています。私が東北大学の機械工学科を卒業したとき50人以上の同級生全員が大企業に就職しました。私だけ3年後に大学に戻りました。修士に進学する学生が増え出したのは2年後輩あたりからです。そのころ、教授が企業に「修士も採用してほしい」と頼むと、企業側からは「学者はいらない」と言われたそうです。その当時、修士は学者だったわけです。昭和40年代から、学部卒より修士が求められるようになりましたが、今でも博士はまだそうなっていません。

大学がまず考えなければいけませんが、企業側も考えてほしいのです。博士に専門的な手法を求めるよりは、むしろ新しい課題に挑み、悩みながら解決する努力を続ける中で身に付けた能力を重視してほしいのです。得意な手法を身に付けた結果、企業に入ってから新たな課題に挑戦できないような博士をとると企業にとってもよいはずはありません。面接してみれば企業に向いている人間かどうかは分かるはずです。大学名など“型式認証”ではなく、失敗を克服して新しいことができる力があるかどうかで判断してほしいのです。

-教授には、大学で優れた研究成果を出せる研究者を育成する責任もありますね。

私が3年間の企業経験の後、修士課程に入った時、教授に言われました。「私の研究テーマに近づくことはまかりならん」と。教授とは全く別のテーマを見つけ、自分の責任で研究をしなさい、という意味です。もちろん、論文の書き方など研究の作法は厳しく教えてくれましたが…。その先生も前の教授とは全く別の研究をしていました。

大学というのは、教育機関だということをよく考える必要があります。若手研究者を育成する教授の責任は大変重いのです。私も教授として助手(助教)を採用するときは、高い率でいずれかの大学の教授になると想定して指導法を考えました。まず、新しいテーマを自分で考えさせます。ただし、条件をつけてです。似たような研究がこれまでされていない。さらに、難しいかそうでないかは問わないけれど、成果が出たとき産業界ないし学界に大きなインパクトが期待できるようなテーマを選ぶように、という条件です。

インパクトが十分ありそうか、外国のあの研究室では既に同じようなことやっている可能性があるからそのテーマはやめたほうがよい、などと助言はします。ですから助手は研究テーマを決めるまで何カ月もかかり、苦労します。人が既にやっていることは、基本的なことは既にやってしまっているわけですから、やたら難しいことをやらない限り、新しい結果は期待できません。人がやっていないことをやるのは大変ですが、ものすごく単純な新しい結果が出てくる可能性も高いのです。難しいけれどそこを乗り越えて得られた単純な結果というのはサイエンスにおいては非常に重要なことが多いのです。

さらに、このように助手を教育すると、それを見ている大学院生にとっても勉強になるわけです。ところがほかの研究室を見ると、助教授になっても教授の片腕のような人がいました。片腕としては優れた仕事をしますが、教授が定年になり、教授に昇格すると、学問は広がりません。

最近、心配なことは、工学系でも就職の面倒を見ない教授がいることです。加えて、大学が大学院生たちの相談を受けて、助言をするような部署を作ってしまったことが、教授の責任回避を助長している現実もあります。

-大学の研究力向上や産学連携強化を望む声は年々、高まっています。大学側を取り巻く状況が厳しくなる中で、大学が政府などから押しまくられている観もありますがいかがでしょう。

あるシンポジウムで著名大学の先生が、「今、若手研究者の育成などはできない。大きな研究助成を得た研究をこなすだけで手いっぱい」と言っていました。しかし、若手研究者が教授の研究の分担者でよいはずがありません。研究は失敗の積み重ねの中から成果が得られるものです。自由で独創性を重視する研究室をつくる責任が教授にはあります。研究は予定通りいかないということを知っているのに、中間評価などで早急な成果を求めるようなことをしているのは感心しません。むしろ「早急な成果を重視するのはおかしい」と評価委員である研究者が言わなくなっている現実が心配です。

半年ほど前、文部科学省の局長をやったことがある人が来て「学者が政府にものを言わなくなった」とこぼしていました。文部科学相は財務相に押しまくられ、官僚は政治家に押しまくられている現状があるのではないでしょうか。私が東北大学の総長をしていた2000年前後のころ、上京した時の定宿にしていた丸の内のホテルに夜、文部省(当時)の官僚たちがよく遊びに来たものです。彼らも大学をどうすべきか悩んでいたからヒントを得たかったからでしょう。当時も大方の学長は政府にあまり強いことは言いませんでしたが、ごく少数の学長クラスの人間は文部省に頼りにされていたようです。今、政府にものを言う学長が減ってしまったということでしょうか。

政治主導自体は悪くはないのですが、文部科学相もその他の大臣も高等教育や科学技術分野の見識で当選しているわけではありません。ただ政治主導という掛け声だけで官僚が振り回されているように見えたなら、学者が専門的知識を根拠に正確な助言をしなければいけません。大学、特に国立大学の元気がないのが気になります。日本的権威主義・功利主義はしばしば健全な学術研究から離反します。欧米の優れた大学の伝統文化やオートノミーのあり方を再度、そしゃくして、健全な助言機能を果たしてほしいものです。大学の本来の役割は何か、をよく考えて。

(小岩井忠道)

(完)

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阿部博之 氏

阿部博之(あべ ひろゆき) 氏プロフィール
1936年生まれ。宮城県仙台第二高校、59年東北大学工学部卒業。日本電気株式会社入社(62年まで)、67年東北大学大学院機械工学専攻博士課程修了、工学博士。77年東北大学教授、93年東北大学工学部長・工学研究科長。96年東北大学総長、2002年東北大学名誉教授。03年1月∼07年1月、総合科学技術会議議員。02年には知的財産戦略会議の座長を務め、「知的財産戦略大綱」をまとめる。現在、科学技術振興機構顧問。専門は機械工学、材料力学、固体力学。全米工学アカデミー外国人会員。

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