インタビュー

原発安全確保に欠けているもの 第1回「対応策万全か常に検討する仕組み必要」(宮野 廣 氏 / 原子力発電所過酷事故防止検討会主査、法政大学大学院客員教授)

2015.06.03

宮野 廣 氏 / 原子力発電所過酷事故防止検討会主査、法政大学大学院客員教授

 原発再稼動を阻止しようとする仮処分申請に対し、別々の裁判所が正反対の決定を出すなど、原発の安全論議が再び高まる兆しが見られる。福島第一原子力発電所事故から丸4年目の3月11日、リスクをどう捉え、どう対応するかを正しく理解しないと、原発の安全は維持できないとする提言がなされた。「リスク概念を導入した原子力発電の安全性向上を目指して」と題する文書だ。総合科学技術会議(現 総合科学技術・イノベーション会議)の有識者筆頭議員を務めた経験も持つ阿部博之(あべ ひろゆき)元東北大学総長の呼びかけで発足した「原子力発電所過酷事故防止検討会」がまとめた。

宮野 廣 氏
宮野 廣 氏

 この会は、2013年1月と4月にも検討結果を公表し、この時に出された提言の考え方は、福島第一原発事故後に発足した原子力規制委員会が新しくつくった規制基準に一部取り入れられている。今回はその後の議論を簡潔にまとめたものだが、根底に新規制基準と現在の安全規制体制によっても安全確保は十分と言えない、という懸念がある。新聞、放送が取り上げなかった今回の新たな提言のポイントを、検討委員会の主査を務める宮野廣(みやの ひろし)法政大学大学院客員教授に聞いた。

―今回の提言では、一昨年7月に施行された原子力規制委員会による「実用発電用原子炉及び核燃料施設等に係る新規制基準」が、異なる視点の考えを採用し、設備での対応だけではなく、人の活動、危機対応力に期待し、可搬設備を運んでくるなどの対応策を取り入れていることを評価しています。しかし、従来の「多重防護」という考え方が不十分だ、ということも強調していますね。検討委員会が多重防御に替わるものとして考える「深層防護」には、新しい安全規制によってもまだ足りないところがある、と今回の提言は新たに5項目の実行を求めていますが。

 原発の脅威については、これまでずっと内部の機器が壊れることのみを想定していました。実際、日本だけでなく米国なども、機器が損傷するか、突然壊れる現象が原発内部で起き、事故に至ったものがほとんどです。多くは、予測していなかった現象が内部で起きたわけです。津波に対しても、これだけ対応していれば十分と思ってきました。地震についても、これだけ揺れたとしても冷却システムは耐えられる、と評価し、大丈夫だとしてきました。ほとんどの場合、安全と評価した後のことは考えなかったのです。

 現在、新しく立ち上がった原子力規制委員会によって厳しい基準がつくられ、その基準に照らして問題ないという評価が出されたなら大丈夫、ということになっています。しかし、今、想定した以外のことがまた出てくるかもしれない、と常に考えていないといけないのです。例えば地震の揺れを評価する際に用いている加速度も、当初は0.2g(g=重力加速度。1gは980ガル)程度で十分と考えられていました。原子力発電所の設備には、一般構造物について約0.3gの加速度に対する耐震性が、重要構造物について約0.45gの耐震性が設計で適用されていました。それが、断層のことや地盤の動きなどが分かってくるにつれて、だんだん大きくされてきたのです。

 さらに、加速度のみを考慮するだけで十分かという議論もあります。加速度は力と時間によって決まり、時間は非常に短くても力が大きければ加速度も大きくなります。加速度の数字だけで、原発の機器類に与える影響を十分に評価できるか、という考え方もあり得るわけです。

 津波に対しても、考慮されていたのは基本的に津波の高さだけ。押し寄せる時間、速度、力の掛かり方など、津波によってさまざまでしょう。プラントごとに考える必要があります。規制基準に合致したから大丈夫、ということではなく、原発は常に監視し続けるのが大切だということを申し上げたかったのが、提言の(1)と(2)です。

原子力発電所過酷事故防止検討会 提言項目
  1. 原子力発電所、原子力施設の脅威を常に抽出し対応策を検討すること
  2. 定められた対応策が十分であるか、常に検討する仕組みを整備すること
  3. 実施された安全策の実効性を確認するため、起こり得ない事故リスクを評価し、原子力事故に対する安全がどの程度確保されるのか定量的に示す仕組みを作ること
  4. 広く、学術界、事業者、製造者との意見交換を行う仕組みを構築すること
  5. 実施した安全策やその考え方を広く、世界に普及する活動に取り組むこと

―原子力規制委員会の役割について伺います。独立性、権限ともそれまでの原子力安全委員会より強まった、と評価する人が多いように見えますが。

 基本的な問題は、法律的にも政府内の議論でも、原発の安全確保は一義的に事業者(電力会社)の責任とされていることです。一方で、原子力規制委員会が規制基準に合っていると判断すると、安全が保障されたかのように国は言っているわけです。電力会社が安全確保に努めるのは当然として、事業者に許認可を与えていながら政府は電力会社をサポートしているだけで責任はないというのはおかしい。国民に対して責任を持つのは国であり、原子力規制委員会だと思いますが、そうなっていません。基準に合格したから安全だとは言えない、というのが原子力規制委員会の立場ですから。

 電力会社がどれくらいのことをしなければいけないか、議論する場をつくっていく責任が国にはあるのではないでしょうか。原子力規制委員会の役割は、何が問題かを決めることではありません。これから出てくる問題は何かを考えることです。単に規制基準に合っているか否かを判断するだけではなく、絶えず議論する場をつくることが必要です。電力会社を責めているばかりではなく。

 米国の原子力規制委員会(NRC)との大きな違いは、先方の抱えるスタッフが3,000人もいることだけではありません。NRCの委員とNRCは、負っている責任が違うのです。NRCは、電力会社を直接、規制するのではなく、こうしたいという案をNRCの委員に提出します。それぞれの委員は自分のスタッフを使って検討し、最終的に委員全員で結論を出します。私が聞いたところでは、それぞれの委員には20〜30人ものスタッフがついているということです。

 これに対し、日本の原子力規制委員会は原子力規制庁から上がってきた資料だけを見て自分たちだけで考えるという仕組みです。委員は電力会社の人間と付き合ってはいけないとされていますから、例えば委員が原発の再稼動を考える場合、ヒヤリングの質疑応答で得られる情報以上のものを、電力会社の人から個別に得ることは困難です。これできちんとした判断ができるでしょうか。

 NRCの委員は、20〜30人の専属スタッフを使って、自ら調査することができるのです。日本は独立性の高い原子力規制委員会をつくったと言いながら、中途半端な組織になったと言わざるを得ません。それまでの原子力安全委員会は、専門部会をはじめとする自分たちのスタッフと言える人たちを持っていました。日本原子力研究開発機構も大きなスタッフだったと言えるでしょう。原子力安全・保安院がつくった資料を、全く別の組織で評価するということができていたわけです。ダブルスタンダード(二重基準)などと批判されて新しい体制に変えてしまったのが、大きな誤りだと思います。

 原子力規制委員会がきちんとした判断ができていないのではないか、心配です。

(小岩井忠道)

(続く)

宮野 廣 氏
宮野 廣 氏

宮野 廣(みやの ひろし) 氏のプロフィール
金沢市生まれ、金沢大学附属高校卒。1971年慶應義塾大学工学部卒、東芝に入社。原子力事業部 原子炉システム設計部長、原子力技師長、東芝エンジニアリング取締役、同首席技監などを経て、2010年法政大学大学院客員教授。日本原子力学会標準委員会 前委員長、日本原子力学会廃炉検討委員会委員長。

関連記事

ページトップへ