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コラム - インタビュー -

第2回「『神の手』はいらなくなる」

東京女子医科大学 教授、同病院 副院長 田邉一成 氏

掲載日:2013年3月26日

「大きく変わる医療の姿」

国民皆保険や国民一人当たりの医療費の安さなど日本の医療の実態には優れた面が少なくない。一方、基礎研究成果を医薬品や医療機器といった実用につなげることに関しては欧米の主要国に明らかに見劣りする。IT(情報技術)やロボット技術の急速な進歩で医療の形が急速に変化すると予測する東京女子医科大学 教授、同病院 副院長 田邉一成 氏に、医療の近未来像と対応を迫られている課題について聞いた。

- 大震災時には医療スタッフの確保とともに、医療機器がきちんと機能するかどうかが重要、というご指摘を意外に感じる人が多いかもしれません。では、平時における医療の姿というのもまた変わりつつあるということでしょうか。

田邉一成 氏(東京女子医科大学 教授、同病院 副院長)

田邉一成 氏(東京女子医科大学 教授、同病院 副院長)

前回もお話ししましたように医療現場での医療機器の発達、高度化には想像を超えるものがあります。実際、医療機器がなくてはほとんどの医療行為が安全に行えなくなりつつあります。私が医者になった約30年前も医療機器はありましたが、まだまだ原始的で手による操作を単純に代行するようなものでした。しかし、近年の医療機器の発展は恐るべきものがあり、医療行為そのものが医療機器なくしてはできないことになりつつあります。

いちいち例を挙げればきりがありませんが、私たち泌尿器科で多用されるようになりつつあるロボット手術を例に挙げると、10年から15年後には、開腹手術の経験医師はほとんど引退し、ほとんどの泌尿器科医はロボットなしでは手術そのものが行えなくなることでしょう。こんな時代が来るとは誰が想像したでしょうか?

私は、個人的には10年後には外科手術というものが今に比べて激減していると思っています。例えば、国民病と言われた肝炎は5年後には抗ウイルス剤による治療法が進歩し内科的に治療できるようになり、結果として肝臓がんの発生が減少してくる日が来ると考えられています。はできないことになりつつあります。

このように悪性腫瘍は今後、早期発見、予防、治療薬剤・治療法の進歩から、外科手術の果たす役割がかなり低くなると想像されます。最近の衛生状況の改善もあり、ピロリ菌を持っている人が減少しつつあります。現在多くの子供はピロリ菌を持っていませんし、ピロリ菌が減少すれば子供たちは成人しても胃がんになる確率は非常に低くなるものと考えられます。

こうなると外科手術は確実に減少することでしょう。大腸がんも、3年から5年に1回内視鏡検査をして見つかったポリープを切り取っておけば、進行がんになることは極めて少なくなります。心臓外科の分野でも、狭心症も心筋梗塞も既にステント治療(網目状の金属の筒を患部に挿入する)が非常に多くなっており、外科手術は減っています。私が担当する泌尿器科も例外ではありません。今後、前立腺がんなども遺伝子解析が急速に進んでいることから将来は外科手術の必要がなくなる可能性もあるのです。

外科手術が大きく減少する日が、意外と早く来るのかもしれません。

- 泌尿器科主任教授として先生の仕事も既に変化しているのでしょうか。

すごい勢いで変化が起きているのはIT(情報技術)などによる医療機器の進歩によるものです。私でさえ10年後自分がどのような医療をしているのか、正直いって容易には想像がつかないくらいです。10年後は前立腺がんの手術はかなり減っていると思います。前立腺がんはもともとゆっくり進む病気で、放射線治療成績は向上しつつあり、また有効な治療薬が開発されつつありますから、外科手術が必要なくなる可能性も否定できません。完治しなくても、症状が進まなくなる薬ができればそれでいいわけですから、意外に早く外科治療以外の治療法が進んでくる可能性はあります。「昔は手術をやってたのが信じられない!」ということになるかもしれません。

- 「神の手」と称賛される外科医の方々が、よくマスメディアに登場しますので、こうしたお話に驚く一般の人は多いのではないでしょうか。

外科医にとって手術はその仕事の中枢をなすものであり、多くの研修時間を手術技術の習得にかけるわけです。特に器用に手術ができる外科医は「神の手」と言われ、特殊技術者として非常に高く評価されるわけです。もちろん「神の手」の外科医は称賛に値するものであることに異論はありませんが、私は、本来、特定の外科医(ないしは少数の外科医)にしかできない手術というものは、良い手術とはいえないと考えています。「多くの外科医が普通に研修すれば、きちんとできる手術」が本来の姿であると思います。この意味で、泌尿器科領域におけるロボット手術や、脳外科領域における術中MRI(磁気共鳴画像装置)の導入は、画期的ともいえると思います。ロボットを使った手術では、外科医個人の手先の器用さがあまり問題とならなくなりました。なぜなら、人の手では到底できないような操作を、ロボットによって非常に器用に行えるようになったからです。ロボットには手振れ吸収装置さえも装備されているのです。また、特殊な技術を用いれば臓器の中にある血管さえも手術しながら見ることができるのです。こうなると経験と勘で血管を探しながらやってきた手術が、そのような勘を全く必要としなくなります。また、脳外科領域で応用されつつある術中MRIによる腫瘍切除術は、術中に確実に腫瘍の範囲をMRIで確認しながら切除できるため非常に高い腫瘍切除率を誇っています。このように医療機器の急速な発展は、それまで想像さえもできなかったような高レベルの手術をだれにでもできるようにしつつあります。これこそが、私が考える本当に良い外科手術であると考えます。みんなが「神の手」となる日が近いと考えます。機器の進歩は私たちの想像、想定をはるかに超えています。おそらくそう遠くない日に、人の手を借りずに手術できる日が来ることと思います。将来、極端な話ですが外科医失業時代もありうるのかも知れません。

(続く)

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田邉一成 氏(東京女子医科大学 教授、同病院 副院長)
田邉一成 氏
(たなべ かずなり)

田邉一成(たなべ かずなり) 氏のプロフィール
福岡県うきは市生まれ。福岡県立浮羽高校卒。1982年九州大学医学部卒、九州大学医学部泌尿器科入局、84年東京女子医科大学腎臓病総合医療センター入局、戸田中央総合病院泌尿器科部長、米国クリーブランド・クリニック泌尿器科 泌尿器腫瘍学研究室リサーチフェローを経て、2004年東京女子医科大学 泌尿器科大学院医学研究科、腎尿路機能置換治療学分野教授。06 年から東京女子医科大学 泌尿器科主任教授、診療部長。08年から東京女子医科大学病院副院長も。腎臓移植、泌尿器科ロボット手術、移植免疫、腎血血管性高血圧、腎血管外科、泌尿器腹腔鏡手術、腎がん、慢性腎不全、一般泌尿器科など基礎から応用まで専門分野は広い。医学博士。

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