インタビュー

第2回「光合成と、その反応中心の解明」(沈 建仁 氏 / 岡山大学 教授)

2012.02.07

沈 建仁 氏 / 岡山大学 教授

「光合成、残された最大のナゾを解明」

約200年にわたって世界の科学者が追い続けてきた植物の光合成研究で、最後に残された最大のナゾを、沈(しん)建仁・岡山大学教授と神谷信夫・大阪市立大学教授のグループが突き止めた。太陽光と水から酸素を作り出すための要となるタンパク質「光化学系Ⅱ複合体」の結晶構造を解明したもので、米科学誌「サイエンス」は昨年の画期的な10大成果として、日本の小惑星探査機「はやぶさ」の帰還などとともにこの成果を取り上げ、高く評価した。今後の人工光合成の実現にも大きな弾みがつくとみられる。この成果の意味や、研究の苦労、裏話などを2人に聞いた。

―光合成については小学校で教わりましたが、それ以来あまり勉強したことがありません。分かっているものと思いこんでいますが、正直なところ知らないことがたくさんあります。

沈 建仁 氏
沈 建仁 氏

沈 建仁 教授
そういう人が多いようですね。前回、神谷先生が話されたとおり、植物は光合成で有機物を作り、それを養分にして成長します。人間や動物もそれを食べ、必要なエネルギーをいただいています。また酸素を年間約2,600億トンも作り出しています。化石燃料は大昔の動物や植物の遺骸が形を変えたわけで、地上の生命体で光合成の恩恵を受けていないものはないともいえますが、その割に光合成の関心が薄いのは残念に思います。

―光合成とはどんな反応ですか。分かりやすく説明してください。


小学校では、植物の葉の気孔から空気中の二酸化炭素を取り込み、根から地中の水を吸い上げ、太陽光を利用してデンプンなどの炭水化物を合成し、酸素を作り出す―と教えられたはずです。これは光合成の全過程を、エイヤッとひとつにまとめた説明です。実際には非常に複雑で絶妙なたくさんの化学反応が絡み合っています。このことをきちんと説明しようとすると、とても難しくなり、かえって一般の人は混乱してしまいます。ですから最初に大切なあらすじだけを説明し、その後で私たちの研究と関連付けてお話ししましょう。まず、光合成は「明反応」と「暗反応」の2段階で成り立っています。明反応は、その名の通り光のエネルギーを用いた光化学反応で、水を分解し酸素を吐き出しながら、生命活動のエネルギーになるATP(アデノシン3リン酸)と、還元剤として働くNADPH(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)を合成します。次の暗反応は、このATPとNADPHを使って二酸化炭素から糖を合成するのです。

光合成は、葉の葉緑体の中にある二重膜で覆われた扁平な「チラコイド膜」の中で行われ、ここはいわば光合成の化学工場になっています。そこには太陽光のエネルギーを取り込む色素のクロロフィル(葉緑素)と、弱い光を効率的に吸収するための2段階のタンパク質複合体「光化学系Ⅰ(PSI)」と「光化学系Ⅱ(PSⅡ)」があります。

最初に太陽光を受けて、水を分解し、酸素を作るのは「光化学系Ⅱ」です。同時に生成する水素イオンと電子は、ATPとNADPHの合成に使われます。つまり無機物から有機物を作り出す巧みな化学工場で、これをまとめると次のようになります。

二酸化炭素 + 水 + 太陽光 → 炭水化物 + 酸素

―水は安定ですから、光を当てても簡単には分解しないですね。


そうです。そこで水の分解を手助けする触媒の働きが必要になります。それが「光化学系Ⅱ」というタンパク質複合体なのです。これは19個のタンパク質からできた巨大な分子で、同じようなものが2つつながり、左右対称になっています。次の図が「光化学系Ⅱ」の全体構造です。図の赤丸が触媒の働きを中心的に行う場所です。

「光化学系Ⅱの全体構造 左右の赤丸部分が触媒の中心」
(提供:沈 建仁 教授)
「光化学系Ⅱの全体構造 左右の赤丸部分が触媒の中心」
(提供:沈 建仁 教授)

この赤丸の中をクローズアップすると、4個のマンガン原子と1個のカルシウム原子、複数の酸素原子が結びついた分子が現れます。そこが水を分解し酸素を発生させる生物界の触媒の中心部分と考えられてきました。

光合成の複雑な反応過程は、200年以上もかかって大半は調べられてきました。しかし、最後に残されたこの集合体の化学組成や原子の配置はなかなか解明できませんでした。世界中の科学者がさまざまな挑戦をしてきたのですが、自然はいっこうに正体を見せませんでした。

―それはなぜですか。


「光化学系Ⅱ」複合体は、水を寄せ付けない(疎水性)チラコイド膜に深く覆われているので純粋な形で取り出すのが難しいのです。20年ほど前までは、疎水性の膜タンパクの構造解析は技術的にも困難でした。水に溶けないから石けんのような界面活性剤で無理矢理溶かし、不純物を取り除き結晶を作ります。ここでは界面活性剤の使い方に微妙なテクニックが必要ですし、取り出したものは不安定なためになかなか良質の結晶が得にくかったのです。20年間私たちと張り合っていた外国の研究グループは、あまりの難しさに音を上げ、良質な結晶作りを放棄してしまったところもあるくらいです。

私たちが解明した結晶構造を紹介します。これは昨年4月の英国科学誌「ネイチャー」に載ったもので、12月に「サイエンス」が高く評価してくれました。まるで「ゆがんだイス」のような格好をしています。この奇妙な不安定さが実は深い意味を持っていることが分かったのです。それはまた後でお話ししましょう。

「水を分解する生物界の触媒の結晶構造」
(提供:沈 建仁 教授)
「水を分解する生物界の触媒の結晶構造」
(提供:沈 建仁 教授)

―最後まであきらめない根気強い研究がものをいったわけですね。


単なる根気強さだけではありません。結晶作りでは何度も何度も失敗を繰り返しました。しかし同じ失敗は絶対に繰り返さないように、結晶を作る人が変わっても蓄積してきたノウハウは引き継がれました。そしてそれが当時大学院生だった川上恵典君に受け渡され、その上でさらに残っていた可能性をしらみつぶしに試していったのです。このような作業には、研究者としての生産性に直接結びつかない膨大な時間が必要ですが、それを続けるための強い信念のようなものを持っていたと思います。私たちが根気強く、かつ着実に結晶作りを進めている間にも、大阪市立大の神谷信夫先生が中心になって、大変ご苦労されながら大型放射光施設Spring-8の中に最新鋭の高度な測定装置を作ってこられました。決して孤独に戦っていたわけではなく、このように将来の展望が見えていたことが、根気強く頑張るための大きな励みとなりました。

―では次回は、その神谷先生にバトンタッチして、結晶構造を決めるための工夫や苦労をうかがうことにしましょう。

(科学ジャーナリスト 浅羽 雅晴)

(続く)

沈 建仁 氏
(しん けんじん)
沈 建仁 氏
(しん けんじん)

沈 建仁(しん けんじん) 氏のプロフィール
1961年、中国生まれ。杭州市第九中等学校(日本の高校に相当)卒。82年中国浙江農業大学農学部卒。90年東京大学大学院博士過程修了、理学博士。理化学研究所研究員を経て2003年から現職。専門は光合成、植物生理学など。02年にJST戦略的創造研究推進事業「さきがけ」の「生体分子の形と機能」(郷 信広・研究総括)に採択された。

神谷信夫 氏
(かみや のぶお)
神谷信夫 氏
(かみや のぶお)

神谷信夫(かみや のぶお) 氏のプロフィール
1953年、愛知県生まれ。愛知県立半田高校卒。75年名古屋大学理学部卒、80年同大大学院博士課程修了、理学博士。専門は結晶構造解析など。高エネルギー物理学研究所放射光実験施設客員研究員、理化学研究所副主任研究員として理研播磨研究所の大型放射光施設「SPring-8」の建設に関わり、のちに同「SPring-8」研究技術開発室長を経て、2005年から現職。

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