インタビュー

第3回「地球環境生かした化学反応を」(金井 求 氏 / ERATO「金井触媒分子生命プロジェクト」研究総括、東京大学大学院 薬学研究科 教授)

2011.10.25

金井 求 氏 / ERATO「金井触媒分子生命プロジェクト」研究総括、東京大学大学院 薬学研究科 教授

「目指すは第4の治療パラダイム」

金井 求 氏
金井 求 氏

欧米の基礎研究成果を専ら利用して工業国になったと言われていた日本が、自ら新たな科学技術を生み出す創造的な研究、特に基礎的研究に国費を投入し始めたのは古いことではない。科学技術の創造的な研究を充実させ、併せて国際的な貢献も果たしていくことを目標に創造科学技術推進事業(発足当時、現「戦略的創造研究推進事業・総括実施型研究(ERATO)」)が新設されてちょうど今年で30年になる。今年もそれぞれ挑戦的な課題解決を掲げた5つの研究プロジェクトが採択された。研究総括の強力なリーダーシップが不可欠とされるERATOの新しい研究総括に選ばれた5人のうちの1人、金井 求・東京大学大学院薬学研究科教授に「金井触媒分子生命プロジェクト」の目指すところ、挑戦的な研究課題にのぞむ思いを聞いた。

―先生の狙う人工触媒には、酸素が多い地球環境と同様な状態で有機合成が行える機能を持つ、ということに加え、人工生命まで視野に入れているということですが、それはどういうことか説明願います。

有機化学の研究室に入り、ポスドクになった時に、外を見る最後のチャンスだと思い、米国のウィスコンシン大学に留学しました。生物学と化学の接点、橋渡し領域のそれも生物学寄りのところを研究しているローラ・キスリング教授の研究室です。有機化学をやる前はずっと生物学をやりたいと思っていたからです。その先生とは今でもいろいろ交流があり、教えてもらうことも多いのですが、留学中に言われ、今でも耳に残っている言葉があります。「ケミストリー(化学)の重要なことは、クリエイティビティ(創造)だ」ということです。ですから、化学者は生命をつくることだってできるのではないか、と考えました。分子をつくることからシステムをつくることまで全部化学でできるはずだ、と。

今エピジェネティックという言葉がよく聞かれます。遺伝子の情報だけではなく、化学的に修飾されたものが実際の遺伝情報の発現へ影響する、つまりDNAの塩基の並び方だけでなく、そこに化学的な反応が付け加わって個性が出てくるということです。遺伝子が全く同じ一卵性双生児でも、個性に差があることが分かっていますね。逆に間違った化学情報が入ってしまったために病気になるという例も知られ始めています。それなら、私たちが狙っている人工触媒でDNAを修飾してみたらどうか。それで間違った化学的情報を正しく変えることができるならば、病気が治せるのではないか、と考えたわけです。

さらに言えば、触媒という可能性を突き詰めれば、人工生命体もつくる可能性もあるということです。生命といっても人間と同じような生命を考えているわけではもちろんありません。例えばメラトニンを正常なリズムで放出したり、分解したりしてくれるような人工触媒を埋め込むことができれば、時差ぼけの調節、さらにはうつ病など精神疾患の治療も可能になるのではないか。あるいは、細胞増殖を促進するような分子の放出、吸収を調節できるような人工触媒を見つけられたら、がん細胞の異常な増殖の周期を正常に戻してがんの増殖を抑える、といったことも可能になるかもしれません。

分子でも細胞でもなく「化学的秩序」という今までと異なる視点から治療を目指すという意味で、「第4のパラダイム」と言っております。これまでERATOに選ばれた中では、おそらく最も実績のないレベルから始めるプロジェクトですから、5年間というERATOの期間内で人工生命体をつくるまでは難しいとは思いますが…。とにかく、この日本という国でお金のない時期に教授になってまだ1年という私に、このようなチャンスを与えていただいたことに大変感謝し、頑張るつもりです。

―生命体の中では行われているような反応が何より優れている、ということでしょうか。そもそも酵素がどのような形で触媒の役割を果たしているかというのは分かっているのですか。

光合成は、二酸化炭素(CO2)を吸収して酸素(02)を出しますが、逆に酸素をもらって水を出すという反応も生体内では行われています。電子移動の反応で不活性な分子を活性化するということをしているので、そういう意味では私たちの研究の狙いも生体内の反応に近いものをつくることと言ってもよいかと思います。ただし、生体内の模倣化学だとは思っていません。生体での触媒の機構を学びながら、それを人類が持っている最も強力な有機合成法であるポリマー合成の考え方を組み合わせて複雑な分子を力強く作れるようにできないか。地球上の酸化的環境の中で、酸素を吸いながら水を出して炭素-炭素(C-C)結合をつくる、あるいは炭素-酸素(C-O)結合をつくるような反応の実現を目指しています。

―ほとんど一から始める研究プロジェクトというと研究チームをいかにつくるかがまず大変ではないか、と思いますが。

もちろん人ですね。既存の枠とか概念にとらわれない人を集めないと、と思っています。実は先ほどお話ししたウィスコンシン大学のキスリング先生に、今朝、しかられたばかりです。私と6年間一緒に研究をしていた人物が先生のところに今、留学しています。この人を、「触媒医療」のチームリーダーに考えていました。「大きな研究助成金が取れたので、戻したい」とお願いしたら「2年くらいはこちらにいないと駄目だ」とキスリング先生に怒られたのです。結局は1年半で落ち着きましたけど。米国と日本は人の使い方が非常に異なっており、向こうではポスドクに日本の助教のようの研究を引っ張る役割を期待しています。それだけ人を大事にする研究システムといえます。私の要請は、他人のふところに手を突っ込むようなものだった、と反省し、すぐ謝りました。逆に使えない人はすぐ切られるわけで、それだけ彼はボスに気に入られているということでしょう。

自然界というのは生物だ、物質だという分け目をつくっているわけではありません。学問でそれを区切ってしまうというのは、手を縛っているようなものです。乱暴なくらいの、自由な発想をしたいな、と思っています。チームに必要なのは、いろいろな分野の人たち、あるいは1人で複合分野にわたる要素を持った人で、さらに高いレベルにある人たちです。理学、工学分野の方たちにも参加をお願いしますが、このプロジェクトは特徴ある分野である薬学も本来の筋を通した研究をしてくれという意味でいただいた、と私は思っています。

薬学部というのは、実習は有機系も生物系も一通り全部やるし、授業も生物、有機、物理化学の3本柱をやり、人の倍働ける複合的な人材を育てているというプライドがあります。一方で薬学部というと薬剤師のイメージが一般には強く、薬剤師養成コースが6年制になったことで、研究基盤が弱くなる心配も指摘されています。私としてはこのプロジェクトが薬学を発展させるチャンスである、とも考えています。

この研究の難しいところは、安定な分子を選択性を兼ね備えて活性化するということです。安定な、というのは結局、反応性がないということで、反応性がないものを活性化するために、触媒の力が決定的な役割を果たすのです。そこのために私たちはできればパラジウムとかロジウムといった、いわゆる元素戦略的にあまり適当ではない希少な原子ではなく、銅とか鉄とかニッケルなどありふれた触媒を使った切り口で反応を開発したいと思っています。専門用語になって申しわけありませんが、1電子移動を得意とする元素戦略的に有利な触媒ということです。

―東日本大震災では、学界にも大きな影響が出ていると思いますが。

中国から大変優秀なポスドクが来ることになっていて、ビザの申請までしていたのですが、大震災のおかげで、結局、来なくなってしまいました。少し乱暴な言い方になりますが、今までアジア諸国で一番優秀な人は米国に行き、2番目は欧州、日本に来るのは多分3番手というのが大方の傾向かと思いますが、その3番手も来なくなってしまったという状況でしょう。教育のレベルもちょっと下がっているかもしれません。しかし、ないものねだりしてもしようがないし、サイエンスと関係のない要因によって、サイエンスの行く末が変えられるというのは、今までも多分しばしば起きていたことではないかと私は思います。今までの人たちもそれを乗り越えてきたのだし、私は今が特別すごく不利な時期だとは思っていません。

切り替え時期というのは、大なり小なり今までもあって、今回のはすごく大きな切り替え点ですけれども、私はチャンスとしてとらえたいと思います。東京大学の総長だった小宮山宏先生が「課題先進国」ということを言われています。課題が突きつけられた時は苦しい。しかし、それを乗り越えた時にはまた新しい世界があると思うので、むしろチャレンジするにはすごくいい時期ではないでしょうか。

多分、私たちの世代は米国も中国も特別、成功に近い位置にあるわけではないというか、結局難しいことは世界中だれがやっても難しいということを知っています。高いレベルの研究ができる人は限られた人で、野球のイチロー選手のように日本でできた人だから、米国でもできたのだ、と。すごいことをやっている科学者が日本には多いはずで、それを高校生たちにきちっと教えてあげると、日本の科学のボトムアップになるのかなと思っています。

大学院改革だといって、システムを変えますよね。政治的にはシステムをいじることしかできないのでしょうが、魂がきちっと育たないと、教育の成長もありません。そういう意味で福島第一原発事故でも現場はすごくきちっと任務をこなしているのは、すばらしいことです。それは魂ある人たちがそこにいるからうまく動いているのであって、いくらあそこでシステムをいじっても、結局うまくいくものはいくし、いかないものはいかないでしょう。

今回のプロジェクトに関しても、私は現場のすぐそばで、学生なり研究員と一緒に魂を成長させていくというのが役目かな、と考えております。

(完)

金井 求 氏
(かない もとむ)
金井 求 氏
(かない もとむ)

金井 求(かない もとむ) 氏のプロフィール
駒場東邦高校卒。1989年東京大学薬学部卒、92年東京大学大学院薬学系研究科博士課程を中退し、大阪大学産業科学研究所助手。1995年に理学博士号取得。米ウィスコンシン大学博士研究員を経て97年東京大学大学院薬学系研究科助手。講師、助教授、准教授を経て2010年教授。専門分野は有機合成化学、触媒、医薬科学など。新規不斉触媒の開発、触媒を活用した効果的な合成法の開発で多くの業績があり、抗アルツハイマー病作用を有する天然物ガルスベリンAを初めて全合成したほか、抗うつ作用を有する天然物ハイパーフォリンの触媒的不斉合成も初めて成し遂げている。

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