インタビュー

第2回「安全確保には国民の後押し必要」(福和伸夫 氏 / 名古屋大学大学院 環境学研究科 教授)

2011.06.21

福和伸夫 氏 / 名古屋大学大学院 環境学研究科 教授

「長周期地震動で揺れ心配な超高層ビル」

福和伸夫 氏
福和伸夫 氏

東日本大震災は、地震、津波に直撃された三陸地方や福島、茨城県にとどまらず、首都圏も大きな揺れに見舞われた。中でも超高層ビルの揺れを体験し、恐怖心を抱いた人も多かったと思われる。長い周期の地震波に高層ビルなどが共振し、大きな揺れに増幅する「長周期地震動」に対する備えは十分だろうか。福和伸夫・名古屋大学大学院 環境学研究科 教授に長周期地震動の恐ろしさと、必要な対策について聞いた。

―長周期地震動への対策としてあらためて力を入れなければならないことは何でしょう。

一番簡単な対策は「超高層ビルは揺れる」ということを周知徹底し、建物の中にあるものをできる限り固定することです。揺れ初めて共振現象が起きるまでは時間がありますから、緊急地震速報が来たら速やかにエレベーターを止めれば、エレベーター内に人が閉じこめられるのを防ぐことができます。ビル、マンションの居住者一人一人の意識を高めるだけで、安全を高め、負傷者の数を減らすことができます。

その上で、できれば揺れそのものを減らす対策をとることです。一つは、建物をより“ネバネバ”の状態にするため、制震装置を取り付けることです、初期に建てられた高層ビルにダンパーを取り付けることで揺れを減らすことができます。

もう一つが建物の下に免震装置を入れることによって、地面が揺れても建物は揺れにくくすることです。

―実際には、対策は十分なされているのでしょうか。

長周期地震動がクローズアップされたのは、2003年の十勝沖地震(マグニチュード8.0)でした。震源から遠く離れた苫小牧の石油タンクが火災を起こしたのです。地震の長周期の波と石油タンクの固有周期が一致したため共振現象を起こし、タンク内の油が揺り動かされ発火しました。これが映像で流され、長周期地震動の重要性をまざまざと見せつけました。この現象が実はタンクだけの問題ではなく、超高層ビルの問題でもあることを多くの人が理解してくれたのです。

実はその2年前から、東海地震に関する中央防災会議の専門調査会でも、既に大きなテーマになっていたのですが、残念ながら世の中の関心を集めるには至っていませんでした。東海地震、東南海地震、南海地震は今世紀前半にやってくると言われていますが、今回の東日本大震災よりも東京や名古屋など人口密集地に近い場所で起きることと、地震動が到達するまでに長周期の揺れをたくさん生み出すような軟らかい堆積層を途中通ってくることもあって、今回の東京の揺れの何倍にもなると予想されています。しかし、まだまだ揺れの性質については十分に分かっているわけではありません。地盤の中がどうなっているか、地震の破壊の仕方で揺れがどう違うかなどについての理解をもっと深めないと信頼する形で長周期地震動の予測はできません。これから研究をさらに進める必要があります。

―国土交通省が「超高層建築物等における長周期地震動への対策試案」を昨年末に公表、一般から意見を募集していますが。

長周期地震動に対する社会の理解が徐々に深まる中で、国土交通省も長周期地震動を建物の設計入力地震動に入れるため、見直し作業に入り、試案をまとめました。東日本大震災が起きたのは、この試案に対する一般からの意見を受け付けている最中だったわけです。

この種の見直し作業というのは、非常に難しいのです。既に建設されたものがあるから影響が大きいためです。建物の安全性をどの程度のレベルまで高めるかは、専門家だけでは決められません。すべての揺れに対して安全ということはありえず、結局、国民全体の合意の問題だからです。国土交通省の試案はそんなに強い長周期地震動を考えていなかったと思います。ただし、今回の東日本大震災の地震動を実感し、地震は確実にまた来るのだから、設計において考慮する揺れはもっと大きくした方がよい、と社会の考え方は変わったのではないでしょうか。国土交通省もそうした社会の考え方を感じ取りながら、今後、見直し作業が進むと思われます。

結局、これまでは原子力発電所も含め、設計地震動の大きさというのはさまざまなことに配慮しつつ決められてきていました。地震動の強さを見直した結果、既存の建築物で不適格になってしまうのをつくりたくありませんから…。社会の意識が高まり、多少コストはかかっても安全にしようという社会の合意ができ、皆が後押ししない限り、厳しい基準をつくることはなかなか難しい、というのが実情です。とりわけ何かあった時のダメージが非常に大きいもの、今回明らかになった電力などについての安全性確保については、多少電力料金が上がることも覚悟しつつ、国民の方が後押ししないといけないのです。

―国民の責任というより政治・行政の怠慢という形で、これまで論じられることが多かったですね。

実は、科学技術はこれまで安全を高めるためだけに使われてきたわけではないのです。むしろコスト削減のために科学技術は使われた側面があります。安全性は同じレベルで、より高い建物、より大きな建物を造ろうとしてきたというのが現実です。超高層ビルやドームなどかつては造れなかったようなものが科学技術の進歩によって実現していますが、安全性は高まったわけではありません。安全性については基本的には同じです。より安全な施設を、というよりは、経済合理主義に基づいて、ギリギリ法律に合致させるために科学技術が使われてきたという側面も否定できません。お金は同じだけしかかけず、より快適で見栄えもよく大きな建物を求めてきたわけです。

何か事が起こらないと、大事なこと大切なことを感じられないのが人間というものではないでしょうか。長周期地震動に対する関心も、十勝沖地震の際に苫小牧で炎上するタンクの映像を見せつけられるまで世の中の関心は非常に低かったことからも明らかです。東日本大震災を機に、科学技術を正しく使う、安全レベルを上げるためにお金も技術もきちんと使う社会に変えていかないといけないのではないでしょうか。

(完)

福和伸夫 氏
(ふくわ のぶお)
福和伸夫 氏
(ふくわ のぶお)

福和伸夫(ふくわ のぶお) 氏のプロフィール
愛知県立明和高校卒。1979年名古屋大学工学部建築学科卒、81年名古屋大学大学院工学研究科建築学専攻博士課程前期課程修了。清水建設を経て91年名古屋大学工学部建築学科助教授。先端技術共同研究センター教授を経て2001年から現職。10年から名古屋大学減災連携研究センター教授を兼務。専門は建築耐震工学、地震工学、地域防災。5月に設立された中央防災会議・東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会の委員のほか、総合科学技術会議・学術会議・内閣府・国土交通省・気象庁・消防庁・原子力安全委員会の専門委員なども務める。

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