インタビュー

第1回「ゲノム、タンパク質研究に次ぐターゲット」(村田道雄 氏 / 大阪大学大学院 理学研究科 教授、ERATO「脂質活性構造」研究総括)

2010.11.17

村田道雄 氏 / 大阪大学大学院 理学研究科 教授、ERATO「脂質活性構造」研究総括

「人がやらないことをやる」

村田道雄 氏
村田道雄 氏

前身である「創造科学技術推進制度」から数えると30年の歴史を持つ代表的な競争的研究資金制度「ERATO」(科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業「ERATO型研究」)の新規研究領域に「脂質活性構造」(研究総括:村田道雄・大阪大学大学院理学研究科教授)が選ばれた。脂質という名からも想像できるようグニャグニャした生体物質の立体構造を解き明かすのは至難の業とされている。研究者たちにあきらめに近い気持ちを抱かせていた脂質の構造を突き止めようという研究に挑む村田道雄・研究総括に、このプロジェクトの意義や研究に取り組む姿勢などを聞いた。

―今なぜ、脂質活性構造を解明する意義があるのでしょう。

現在の生物学は、DNA、ゲノム情報が一つの柱だとすると実際に生体分子の構造を原子のレベルで調べる構造生物学が横糸になり、この両方が相まって発展してきました。

遺伝子がだんだん生体分子の方に変換されていく過程は、遺伝子、タンパク質という順序で来るため、生体分子の構造を構造生物学で調べるときの対象もタンパク質が中心になっています。タンパク質周辺の分野というのもかなり分かって来ました。この研究をさらに進めることと同時に、重要視されてきているのが、遺伝子から発展していった研究の最先端ではカバーできない部分の研究です。ここもやらないと本当のライフサイエンス、生命の理解が進まないという状況になりつつあるのです。

「脂質活性構造プロジェクト」が目指すのは、タンパク質と脂質分子の関係を明らかにすることです。脂質分子というのは、遺伝子情報を直接翻訳して出来てくる分子ではなく、いくつかの段階を経てつくられる上に、集合体になって機能することから、遺伝子を調べて直接機能を推定するのは非常に難しいのです。

ここ15年20年の間にその脂質分子がいろいろな働きをしているのが分かってきました。この分野の研究が遅れていたのは、長い間、細胞膜の中の脂質は溶媒のようなものだから、と構造を研究しようとする人がいなかったためです。ところが溶媒だと思っていた脂質分子が実はいろいろなことをやっている。均一に混ざっていると思われていたのがそうではなく、局所によって全然違う構造・機能をとっていることが明らかになるなど、脂質をきちんと研究しないと細胞膜は分からないということにみんな気づき始めたのです。脂質の構造をはっきりさせないと機能も分からず、タンパク質と脂質の相互作用というのも分からない、と。

なぜ、脂質の構造が分かっていないか。タンパク質は結晶をつくりやすいので単結晶X線回折法が力を発揮します。脂質は、グニャグニャ動いているような分子が会合していて、時とともに会合状態が変わっていっているのが特徴です。無理に結晶にしてしまうと、本来の姿とは違ってしまうことから単結晶X線回折法で結晶を調べても本質的なことは分からないことが多いのです。

特に難しい会合の仕方をしている状態の脂質の構造と機能を調べる端緒と道筋を5年間で付けるのがこのプロジェクトの目的です。

―脂質の構造が分かると、例えばどんな研究分野が開けるのでしょう。

生命科学の最前線を前進させるには膜タンパクの構造情報が必須です。膜タンパクは、薬のターゲットになっているからです。薬はこれにくっつくことによって薬の作用を発揮します。膜タンパクの中にあって具体的な研究のターゲットになっているものにGPCR(Gタンパク質共役型受容体)があります。30%を超える医薬品の作用標的であることから、その構造を解析することは創薬に直結するわけです。GPCRが細胞膜の中にはまり込んで膜を貫通している形になっているのですが、このGPCRというのはタンパク質の周りにぐるりと脂質がくっついた構造をしているのです。

GPCRの一つの例では、タンパク質に2分子のコレステロールがしっかりくっついているものがあります。GPCRは外から来た小さな分子を受け取って、情報を中に伝えるという機能を持っていますが、その機能は膜の中でこういう形をとらないと発揮できません。今まではタンパク質だけを見ていたわけですが、脂質の分子が関係していることが分かってきたわけです。

タンパク質プラス、周りにくっついている脂質分子を一緒に考えて、まとめて1つの機能を持った受容体と考えなければならない。今まであまり重要視されなかった膜の脂質にも目を向けなければならない、ということです。

GPCRは今売られている薬の約3分の1がここに作用して薬としての効き目を表す大変重要なタンパク質です。薬の中にはタンパク質にピッタリくっついて、そのタンパク質の形を変えて、その機能が働かなくしてしまうというのもあります。逆にそのタンパク質の機能をさらに高める薬もあります。いずれにしろ、タンパク質にピッタリくっつかないと薬は効かないということですので、バインディングポケットという薬のくっつく穴(受け口)の形を調べると、そこにピッタリ合う薬というのを設計できます。そうすると、今1、000億円もかけている薬の開発コストがグッと抑えられます。このタンパク質、GPCRは薬のターゲットの3分の1を占めていますから、各社こぞってGPCRの研究をしているわけです。

(続く)

村田道雄 氏
(むらた みちお)
村田道雄 氏
(むらた みちお)

村田道雄(むらた みちお) 氏のプロフィール
大阪府立豊中高校卒。1981年東北大学農学部卒、83年東北大学大学院農学研究科修士課程修了、財団法人サントリー生物有機化学研究所研究員、85-93年東北大学農学部食糧化学科助手、86年東北大学農学博士学位取得、89-91年米国立衛生研究所(NIH)博士客員研究員、93年東京大学理学部化学科助教授、99年大阪大学大学院理学研究科化学専攻教授。2010年10月科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業ERATO新規研究領域「脂質活性構造」研究総括に。専門分野は生物有機化学、天然物有機化学、NMR分光学。

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