コラム - インタビュー -

第1回「 急がれるアジアをはじめとした開発途上国との協力」

科学技術振興機構 上席フェロー(地球規模課題対応国際科学技術協力事業担当) 井上孝太郎 氏

掲載日:2008年11月21日

「動き始めた科学技術外交」

日本の科学技術力を人類が直面する課題の解決に活かし、同時に日本の国際的地位の向上も図ることの重要さが叫ばれている。総合科学技術会議が重要目標のひとつとして新たに打ち出した「科学技術外交」の有力な具体策といえる、新しいプログラムが今年度から始まった。科学技術振興機構が国際協力機構(JICA)の開発途上国に対する政府開発援助(ODA)と連携して進める地球規模課題対応国際科学技術協力事業である。この事業は、単なる技術支援ではなく、国際共同研究によって課題を一緒に解決しながら開発途上国の科学技術の向上と自立も支援するという考えによる。このプログラムを先導する井上孝太郎 氏・科学技術振興機構上席フェローに事業の狙いと概要を聞いた。

- 政府開発援助(ODA)に対しては、いろいろな議論があり、この10年で予算が4割も減っている現実があります。新しい国際科学技術協力事業が生まれた経緯を伺います。

井上孝太郎 氏

井上孝太郎 氏

 

私は、長い間日立製作所という私企業に勤めた後、5年前に科学技術振興機構の研究開発戦略センターに来ました。そこで「アジアの発展シナリオと基盤技術」という戦略イニシアティブをまとめました。戦略イニシアティブというのは、社会ビジョンの実現に貢献し、科学技術の促進に寄与するものとして国が大々的に推進すべき研究開発を提言するものです。

21世紀の大きな課題が、環境問題やエネルギー・資源問題を解決し、持続可能な社会を構築することであるのは明らかです。少し古くなりますが、2001年度に始まり2005年度に終了した第2期科学技術基本計画でも環境分野の推進戦略としてシナリオ主導型のイニシアティブを創設することが掲げられていました。省を超えた総合研究体制をつくらなければならないということです。具体的に「地球温暖化研究」「ゴミゼロ型・資源循環型技術研究」「自然共生型流域圏・都市再生技術研究」「化学物質リスク総合管理技術研究」「地球規模水循環変動研究」の5つが重点課題に選ばれました。

しかし、これら5つの重点課題の取り組み状況を調べてみると、それぞれ推進する研究イニシアティブ相互の連携が十分でないため、多くは個別の研究にとどまり、環境問題を解決していく上で重要な観測、理解、予測、評価・分析、対策にかかわる研究成果の統合ができていないことが分かりました。

一方、目を日本周辺に転じてみますと、アジア諸国においては、経済発展と環境保全の両立が喫緊の問題になっているのに、エネルギーを大量に消費し、環境に高い負荷を与えるかって先進国がたどったと同じような発展形態をとっているわけです。実際にさまざまな環境・エネルギー問題が既に発生しており、近年にはこれらの問題が日本の、さらには世界の環境、経済にも大きく影響を及ぼすまでになっています。

こうした現状を踏まえて、日本を含めたアジア、さらには世界の持続的な発展のための環境・エネルギー技術の開発にかかわる研究開発を戦略的に推進する必要を感じ、まず調査、分析を始めました。「持続可能な発展シナリオと環境・資源利用技術の研究」と「環境アセスメント・保全技術の研究」の2つが重要と考え、調査グループをアジアの主要国に派遣しました。どの国がどのような課題を持っているか、どういう機関と何を協力すべきかを調べるのが目的です。

この調査の結果、開発途上国の側には人材・資金、技術が十分でなく、ODAなどで設備建設や技術移転がなされても、プロジェクトが終了すると、継続せず、せっかくできた研究インフラが散失してしまうといった問題点があることが分かりました。そのほか、国家政策と研究がリンクしていないため、研究者と政策を立案、決定、施行する人たちとの認識が異なり、研究成果が社会に反映されない面も見られます。

日本の国際共同研究の多くは相手国と資金を出し合って行う、いわゆるマッチング・ファンドがほとんどで、研究資金の少ない開発途上国とでは本格的な共同研究がしがたいという状況もあります。また、研究助成の多くが2-5年といった短期間で、すぐに成果が得られる課題以外は研究費の申請が困難という問題があることが分かりました。成果が出るまで時間のかかる長期的、総合的な研究にチャレンジしにくくなっているわけです。

アジア各国でデータの取り方が標準化、統一化されていないため、研究によって得られる情報が総合的に利用できる状態にないというような問題もあります。総合的に利用できる情報が少ないため、たとえば、精度のよい社会モデルや物理モデルをつくることができない、そのため、環境影響評価が精度よくできないのです。

こうした調査を踏まえて2006年2月に戦略イニシアティブ「アジアの発展シナリオと基盤技術を提言しました。

アジア諸国と日本の持続可能な発展のためには、資源大量消費・環境高負荷型とは異なる発展シナリオとそれを実現するための基盤技術が必要であることを指摘し、そのための研究投資の意義と具体的な研究開発の課題と推進法などを提案した内容となっています。

(続く)
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井上孝太郎 氏
井上孝太郎 氏
(いのうえ こうたろう)

井上孝太郎(いのうえ こうたろう)氏のプロフィール
1964年東京大学工学部機械工学科卒業、(株)日立製作所 入社。同社エネルギー研究所副所長、機械研究所所長、研究開発本部兼電力・電機グループ技師長などを歴任。2003年8月科学技術振興機構研究開発戦略センター上席フェローとして環境・エネルギー、安全・安心、産業技術、先端計測などの研究開発戦略策定を担当。08年4月から現職。05年4月東京農工大学大学院(技術経営)教授、07年4月から同客員教授も。日本学術会議連携会員、日本工学アカデミー政策委員、日本機械学会フェロー。工学博士。最近の論文としては、「持続可能な社会に向けて」(オーム誌2008年5、6月号)など。

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