コラム - インタビュー -

第2回「クォークの質量も計算科学で」

筑波大学学長 岩崎洋一 氏

掲載日:2007年12月03日

「ブレークスルーは高い目標設定から」

科学技術の発展は、実験・観測、理論をクルマの両輪に発展してきた。しかし、素粒子物理や宇宙の進化さらには人類の未来がかかっている地球規模の気候変動など、実験・観測ができない研究テーマで、シミュレーションの果たす役割が年々高まっている。さらに今後、計り知れない発展が期待されているナノ、バイオなどの分野でもシミュレーションがブレークスルーをもたらすカギになると見られている。国家基幹技術として世界最高性能を目指す次世代スーパーコンピュータの研究開発もスタートした。日本のスーパーコンピュータ開発で大きな役割を果たしてきた筑波大学の岩崎洋一学長に、このプロジェクトとその基盤となる計算科学の重要性と、目指す新しい筑波大学像について聞いた。

- 筑波大学の研究成果の具体例を聞かせてください。

岩崎洋一 氏

岩崎洋一 氏

 

素粒子、宇宙といった基礎物理学分野でいくつかのブレークスルーを実現しました。クォークというのは陽子、中性子を構成しており、6種類あることは分かっています。ですからその質量は自然界の基本定数で、電子の質量にも匹敵することが重要なのですが、電子と違いクォークは実験によって単独で取り出せません。計算科学でしか決定できないのです。まだ、プレナリーな結果とはいえ、全く近似値を入れずに自然法則から出発して、陽子の質量などの実験値をうまく再現できたというところが画期的なことなのです。

また、湯川秀樹博士の理論で、物質が安定的に存在するのがπ中間子によることは分かっています。この核力を近距離の斥力まで含めて、クォーク理論から計算でうまく示すこともできています。

- 宇宙物理の分野では、いかがですか。

宇宙は137億年前にビッグバンが起こり、現在まで来ていると考えられています。ビッグバンの数10万年後、第1世代の星ができた時期があると言われていますが、この時期は観測できる天体がないため、宇宙の暗黒時代とも言われています。しかし、星はできていたわけで、シミュレーションでやろうという研究が行われました。それまでは星にあたる物質とそれを結びつける重力の計算が主だったのですが、実際には光も重要なわけです。光は方向性と強さを持っていますが、この計算が難しかったのです。これを自前のコンピュータを作り、シミュレーションの結果、だんだんと星ができてくる様子が分かりました。

- その後の日本の計算科学の発展と次世代スーパーコンピュータ計画がスタートするまでの経緯はどのようなものでしたか。

2002年に、ベクトル並列方式による「地球シミュレータ」が、海洋研究開発機構など3研究組織とNECとの協力によって、開発されました。これによって計算科学による地球規模の気候変動研究が初めて可能になり、高解像度大気海洋大循環モデル、温暖化予測大気大循環モデルといった地球環境対策を考える上で大きな役割を果たしているシミュレーションモデルの開発が可能になりました。

地球全体をシミュレーションするといったことは、数年前までは考えられなかったことです。「地球シミュレータ」の科学的な意義は、本格的な計算科学としての地球規模の気候変動研究を可能にしたことにあると言えます。最も重要な成果は、地球温暖化のシミュレーションも精度よくできることで、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書にも結果が反映されています。観測、実験をやっても数年後の気象がどうなるかは分かるわけはなく、気象に関しては、計算科学が第1の柱になりつつあります。

「地球シミュレータ」は、性能でも3年間世界1位を維持していました。ところが、その後、日本では、スーパーコンピュータの本格的な開発がない間に、米国ではIBMがBlueGene/Lを開発、性能世界トップの座を占めています。日本のスーパーコンピュータ3大メーカーは、どんどん開発意欲が低下し、資金的な問題もあって、力は弱まって来ています。実際、1997年をピークに世界のトップ100機に入るスーパーコンピュータの数は激減しています。

次世代スーパーコンピュータを作る必要があるという声が高まり、10ペタフロップスという完成時点で世界1の性能を目指すスーパーコンピュータ開発計画がスタートしたわけです。大きな前進といえます。しかし、使いこなすアプリケーションがないと意味がない。計算機システムとアプリケーションの2つが相まって計算科学の大きな進歩が生まれてくると言うことを忘れてはなりません。

地球シミュレータ
地球シミュレータ
(提供:海洋研究開発機構)


(続く)
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岩崎洋一 氏
岩崎洋一 氏
(いわさき よういち)

岩崎洋一(いわさき よういち)氏のプロフィール
1941年東京都生まれ、64年東京大学理学部物理学科卒業、69年同大学院理学系研究科物理学専攻課程修了、理学博士。京都大学基礎物理学研究所助手、72年ニューヨーク市立大学物理教室研究員、75年筑波大学物理学系講師、76年同助教授、77年プリンストン高等研究所所員、84年筑波大学物理学系教授、92年筑波大学計算物理学研究センター長、98年筑波大学副学長(研究担当)、2004年4月から現職。専門は素粒子物理学、特に格子量子色力学の数値的研究。専用並列計算機QCDPAX、CP-PACSの開発で指導的役割を果たす。1994年仁科記念賞受賞。

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