コラム - ハイライト -

異分野情報を融合する『オントロジー工学』

北陸先端科学技術大学院大学 サービスサイエンス研究センター 教授 溝口理一郎 氏

掲載日:2013年4月19日

バイオミメティクス・市民セミナー「生物と工学の知識をつなぐオントロジー工学」(2013年3月2日、主催:北海道大学総合博物館 共催:高分子学会北海道支部)から

北陸先端科学技術大学院大学 サービスサイエンス研究センター 教授 溝口理一郎 氏

溝口理一郎 氏

 

沢山のデータが、日々インターネットに蓄積されている。もしグーグルのような検索チエンジンがなかったら、どこにどんな情報があるかを見つけるのが難しい。連想型検索や横断検索など、さまざまな情報検索システムが開発されているが、科学技術領域においては、学際的な融合が重要になっており、専門知識の橋渡し的なシステムが求められる。私は、情報科学に「オントロジー(ontology)*」を取り入れ「オントロジー工学」として、異分野間の新しい情報活用の方策を研究している。
*オントロジー:“この世に存在するモノの意味や、モノの存在自体を深く考察する”という哲学の用語。「存在論」と訳されている。

情報科学においてオントロジーは、モノとモノとの間にどういう関係があるか、注意を払いながら基本概念を体系化することに用いられる。そして、その概念体系をコンピューターに記載して、さまざまな事物の成り立ちやつながりを表す土台(モデル)を作るのが「オントロジー工学」だ。

例えば「乗り物」を対象にオントロジーを考えてみる。乗り物を「陸上車」「自動車」「4輪車」「トラック」などと分類階層だけ作っても、乗り物のことが分かったことになるだろうか。「乗り物」という概念を説明するには、乗り物の種類だけでなく「機能(人や荷物を運ぶ)」や「属性(馬力、大きさ)」「構成物(エンジン、車体)」、さらに乗り物が使われる環境としての「交通システム」などの概念を体系化することが必要だ。それでようやく乗り物のことが分かり、検索に役立つ情報ベースになる。

つまり、情報処理の対象とする世界に「何が存在しているか」、その世界を「どのような観点から眺めたか」の両方の概念を、コンピューター上で明らかに示す必要がある。

ただ、概念の階層を作るとき、概念間の関係を正しく扱うのは難しい。例えば全体・部分関係だと、森は木が1本無くなっても「森」であるが、自動車からエンジンを外したら「自動車」として成り立たないことから分かるように、関係性のパターンは一様ではない。また、オミナエシは秋の七草の一種なのか、七草を構成する部分なのか定かではない。このように、概念の階層を作るときには、きちんと整理して考える必要がある。

 

◇バイオミメティクス(生物規範工学)データベースへの応用

生き物は40億年かけて進化をして、それぞれ特徴的な機能を持っている。材料系の工学研究者が、類似の機能を工学的に作り出したいと思ったとき、専門分野の違う生物学の画像や文献データベースを「いかに検索しやすくするか」が大事だ。先の乗り物のように基本的なオントロジー(概念体系)を作るが、生物種(しゅ)についてはインベントリ(Inventory 総目録)に沿って、ある生き物の機能がどういう状況で備わっているかなど、生き物の構造のほかに行動や生態環境も把握する必要がある。

まだ作成途上の「オントロジーの探索ツール」では、異なる生物種の間に共通した機能があれば、つながりが見えるようになっている。魚類と昆虫のデータを基に「防汚性」という機能に注目すると、泥底に棲(す)む魚、泥を寄せ付けない殻を持つカタツムリが、同心円型のマップにリンク配置され、「汚れやすい環境にいる」という共通性も分かる。いまのところ、外部のオープンデータなどの情報源との融合や活用、各種データベースの個別事例との関連づけなど、課題が少なくない。しかし、概念間のつながりの探索をさらに容易にする“発想支援・連想型の検索機構”の実現を目指し、包括的に全体を探索できるよう「機能分解木」と名づけたツールを開発した。

 

◇製造業で実用化した「機能分解木」ツール

「機能分解木」のポイントは、「何を、どういう状態にしたいか(What to achieve)」と「どうやって達成するのか(How to achieve)」という、WhatとHowの分離にある。仮に「溶接」という概念に置き換えると、まず何か2片の金属を接合したいという「どんなこと(what)」と、それを達成するアーク溶接とかの「方法(How)」に分解して考える。次にWhatとHowの内容を、1本の木の枝のように示していくことで、工程の全容が分かるという仕組みだ。

ある製造業の会社と共同研究して、任意の装置の機能構造を記述するソフトウェアを作った。「機能分解木」を用いて、約90個の根幹的な機能語彙を基に、数百の装置の機能構造を言語化・可視化することに成功した。「オントロギア(Ontolo Gear)」の名前で商品化され、製造業3社の生産現場で使われている。これまでベテラン技術者が培(つちか)ってきた知識や技術の経験則が、客観的な共通認識として示され、継承しやすくなった。

オントロジーの効用として、概念の統一や観点の一貫性があるので、知識の記述の質が向上する。専門性の高い知識を、所定の観点から分解して、コンピューターに再構築すると、他の人が理解する際に役立つ。知識の共有と汎用性が増すのではないか。ビジネスプロセスや設計意図の明示化、特許記述のスピードアップ、故障の診断などに効果が期待できる。

情報科学者は、特定の専門領域にとどまらず、高い領域共通性を持つ。サイエンスのジェネラリスト的に、どんな専門分野にも関わる可能性がある。それも一種のサイエンスコミュニケーションだと思う。

(SciencePortal特派員 成田優美)
北陸先端科学技術大学院大学 サービスサイエンス研究センター 教授 溝口理一郎 氏
溝口理一郎 氏
(みぞぐち りいちろう)

溝口理一郎(みぞぐち りいちろう)氏のプロフィール
兵庫県立神戸高校卒、1972年大阪大学基礎工学部卒、77年大阪大学大学院基礎工学研究科博士課程修了。同年大阪電気通信大学工学部経営工学科講師、78年大阪大学助手、90年大阪大学産業科学研究所教授、2012年10月から現職。工学博士。(独)日本科学技術振興会「大学の世界展開力強化事業プログラム委員会」審査部会専門委員。人工知能学会会長、国際応用オントロジー学会理事、セマンティックWeb科学学会副会長、国際教育における人工知能学会の会長などを歴任。人工知能学会業績賞(2006年)、ライフサイエンス賞、Linked Open DataチャレンジJapan 2012受賞。著書は『オントロジー工学の理論と実践 (知の科学)』(オーム社)、『環境のオントロジー』(春秋社、共著)など。

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