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ポスドク活躍の道を組織的に

産業技術総合研究所 理事長、元国際科学会議 会長 吉川弘之 氏

掲載日:2009年3月23日

講演会「ブダペスト宣言から10年」(2009年3月13日、科学技術政策研究所、社会技術研究開発センター 主催)講演後の質疑応答から

産業技術総合研究所 理事長、元国際科学会議 会長 吉川弘之 氏

吉川弘之 氏

 

ポスドク1万人計画は、実は私が何年か前に提示して、意外に早くできたので喜んでいた。最近になって「お前がよくない制度を作ったから」などという声も出ているので「とんでもない」と思っている。ポスドクは15,000人くらいになったが、これがなかったら、科学技術基本計画は実現できなかったと思う。科学技術基本計画に基づいて研究費が出た先で、ポスドクはよく働いている。しかしながら、3年、5年間のポスドクが終わったときに行くパーマネントのポストがない。人口が減っているので大学のポストが増えないことと、定年延長で大学のポストがなかなか空かないという2重の理由で若者を吸収する力が非常に落ちている。独立行政法人の研究所も定数削減で、毎年定員が削減されており、非常にまずい状況になっている。

私は、これは若者に対する政策側の一種の詐欺だ、と言っている。「あなたたちがいないと研究ができない」と言って研究者にしておきながら、研究がある程度、成立して35歳くらいになった時に、行くところがない。これは大変けしからん話だ。

しかし、よく考えてみるとポスドクという研究経験がある人は別に大学だけではなくて、社会一般の中にもっと出て行かなければならないのではないか。特に役所に行かなければならない。しかし、役所の人は頭が古いから、ドクターは採りたがらない。役人にドクターはほとんどいない。

一方、「ドクターは『あれやれ』と言っても、自分の分野以外やらないではないか」という反論がある。それも事実だ。採用する側に問題があるのと同時に、ドクター出身の人も独特の考え方になってしまっている。特にポスドクの人たちは狭い領域にこだわる、という問題もあるということだ。それには、現在の基礎科学、論文で勝負する科学者の競争が非常に激しくなっているという構造的な理由がある。教授たちは幅広い研究をやっていられなくなり、問題を絞って狭い領域で非常に深い研究をし、高い業績を挙げなければならなくなっている。

伝統的に大学という所は、ある学科に10人の教授がいるとすると、隣の教授はやっている研究は絶対やってはいけないことになっている。一つの学科が持つ学問分野を10人で分かち持っているわけだから、それぞれが自分たちの領域を非常に固く守っている。一人の教授の下に10人のドクターがいると、1人のドクターは教授の持っている領域のさらに10分の1の領域をやらされるわけだ。そうしないとドクター論文が書けない。そういう形で自分を狭い領域の人間だと思い込んでしまう。現在の、学問に人間が入っていく状況が構造的欠陥を持っている。ポスドクもまた、多分狭い領域の能力を生かしてポスドクになる。

これではまずい。関心を深める教育とは別に、関心を広げる教育をやるべきではないかと考え、昨年、産業技術総合研究所の皆さんと相談して新しい学校を作った。産総研イノベーションスクール(注1)で、今年度は10人の若手研究者をとった。来年度は70人くらいとる。このスクールは、半分は座学で自分と違う領域をやってもらう。産総研が進める本格研究(注2)と同じで、基礎研究の成果が実際に社会に役立つものになるには、自分の領域だけでは何もできないのだ、ということを身をもって知ってもらう。残り半分の6カ月は企業に行って実習をしてもらう。今年の10人は大成功だった。企業に行く前と帰ってきたときの顔つきは人が変わったようだった。幅広くなり、あらゆるものに関心を持つようになった。

今の若者はいろいろなものに関心を持つポテンシャルがある。ただ、構造的な理由で狭いところに押し込められてしまっている。産総研イノベーションスクールは、企業の人か、研究所で幅広いリアリティのある研究をやっている人、あるいは第2種基礎研究(注3)をやっている人たちを講師陣に迎えている。大学の先生が来るとまた狭くされてしまうためだ。自分の専門外の人とどのようにして対話するのか、ということを教え、知識は深く、関心は広い人物像の育成を狙っている。ポスドクは全部、産総研イノベーションスクールに来てほしい(笑い)。

こうしたポスドク活用のパスを産総研イノベーションスクールだけではなく、社会的に作る。そうしたことを怠って、ポスドクは駄目だなどというのはとんでもない若者に対する批判である。若者はもっといろいろなことをやりたいのだ。そうしたチャンスをしっかり一つの学校で与える、あるいは組織的に作っていくべきだと提案している。

 

  • 注1)産総研イノベーションスクール
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  • 注2)本格研究
    第2種基礎研究:「特定の経済的社会的な必要性(ニーズ)のために、既に確立された複数の理論(法則、原理、定理など)を組み合わせ、観察、実験、理論計算を繰り返し、その手法と結果に規則性や普遍性のある知見および目的を実現する具体的道筋を導き出す研究」。本格研究に不可欠として産総研が掲げる。
  • 注3)第2種基礎研究
    本格研究:産総研が組織運営の中核に据えている理念で、基礎研究から製品化研究に至る「連続的な研究の推進」を指す。

 

産業技術総合研究所 理事長、元国際科学会議 会長 吉川弘之 氏
吉川弘之 氏
(よしかわ ひろゆき)

吉川弘之(よしかわ ひろゆき) 氏プロフィール
1952年東京都立日比谷高校卒、56年東京大学工学部精密工学科卒、株式会社科学研究所(現・理化学研究所)入所、78年東京大学工学部教授、89年同工学部長、93年東京大学総長、97年日本学術会議会長、日本学術振興会会長、98年放送大学学長、2001年から現職。1999年から2002年まで国際科学会議会長も務める。1997年日本国際賞受賞。「社会のための科学」の重要性をうたった「科学と科学的知識の利用に関する世界宣言」を採択した99年世界科学会議(ユネスコと国際科学会議共催)で、基調報告を行う。科学者の社会的責任を一貫して主張し続けており、産業技術総合研究所の研究開発方針でもその考え方が貫かれている。

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