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暮らしにフィットする新しい自動運転のかたち

掲載日:2019年5月10日

いま世界で、人や物の「移動」が大きく変わりつつある。最近よく耳にするようになったMaaS(Mobility as a Service=マース)。直訳すれば「サービスとしての移動」だが、ようするに、出発地から目的地までの移動を切れ目なく提供する未来のサービスのことだ。スマートフォンのアプリに「自宅から遠い親戚の家にできるだけ早く行きたい」と問いかければ、最適なルートがすぐに返ってくる。自宅近くから幹線道路を走るバスで駅に向かい、列車が目的地の最寄り駅に到着すれば、迎えに来ていた自動運転の車が、そこから親戚の家に至る最後の部分を運んでくれる。バス、列車などと個別に料金を払わなくても、すべて込みの料金をすでにアプリで支払い済み――。名古屋大学COI(センター・オブ・イノベーション)の活動の中で森川高行教授が率いる研究グループは、「ラストマイル」とよばれるこの最後の部分の研究を進めている。最寄り駅から目的地までの細い道を時速20キロメートル以下の低速で自動運転車が走る「ゆっくり自動運転」だ。

人に優しい「ゆっくり」自動運転

人が親しみを持てる自動運転。それが森川さんたちの理想とする自動車の自動運転のあり方だ。スピードを出す必要がない住宅街などで違和感のない自動運転。乗りながら近所の人にあいさつできるような、身近な社会に溶けこむ存在であってほしい……。「ゆっくり」は、そんな自動運転によく似合う。地方の高齢者のような交通弱者のラストマイルに優しく手を貸し、心と体の元気をサポートしようとしている。

このゆっくり自動運転は、技術的にも有望だ。いまの平均的な自動運転技術で機械が見ることができるのは、せいぜい100メートル先までだ。時速60キロメートルで走れば、わずか6秒の距離。障害物を見つけてからこのような短時間で状況を判断し、コントロールするには、かなり高度な技術が必要だ。そこで森川さんは、幹線道路を走る一般車並みの自動運転を目指す世の流れに乗るのではなく、「地域限定で低速」という条件のもとで自動運転の早期実現を目指すことにした。それを追うかのように政府は「官民ITS構想・ロードマップ2018」を発表し、自動運転の「レベル4」(高度運転自動化)を新たに定義した。ゆっくり自動運転にかなり近い考え方だと森川さんはいう。

表 自動運転レベルの定義(出典:官民ITS構想・ロードマップ2018)
表 自動運転レベルの定義(出典:官民ITS構想・ロードマップ2018)

ゆっくり自動運転には法的に有利な面もある。時速20キロメートル以上の車は、道路運送車両法で衝突安全性に関する厳しい基準が設定されている。逆にいえば、時速20キロメートル未満の車は規制が緩い。自動運転にとっては厳しい現在の法規制の下でも、地域限定で低速なら応用しやすい点に注目したわけだ。

「ゆっくり」を実現するハードの姿とは

研究グループは、これまでに2種類の自動運転車を開発した。1号機「ゆっくりコムス」は、トヨタ車体の超小型電気自動車のコムスがベースの1人乗り。2号機「ゆっくりカート」は、ヤマハ発動機の電動ゴルフカートがベースの4人乗りで、公道を走れるよう装備を整えた。

1号機「ゆっくりコムス」(名古屋大学未来社会創造機構のホームページより)
2号機「ゆっくりカート」(名古屋大学未来社会創造機構のホームページより)
写真1 1号機「ゆっくりコムス」(左)と2号機「ゆっくりカート」(名古屋大学未来社会創造機構のホームページより)

2号機は、公道での走行安全性を検証するレベルまできている。駐車車両や歩行者を避けるのはお手のものだ。ただし、信号を確実に見る、右折時に対向車を確認するといったところは磨きをかける必要があり、政府の自動運転レベルでいうと2.5程度だという。自動車の教習所で路上に出始めたころの生徒といった感じだろうか。

写真2 車いすから安全な距離を保ちながら走行する「ゆっくりカート」(出典:春日井市ホームページ)
写真2 車いすから安全な距離を保ちながら走行する「ゆっくりカート」(出典:春日井市ホームページ

社会での利用を進めるためには、人がサービスをうまく利用できるかも重要なポイントだ。住民が専用のスマホアプリから行きたい場所と時間を送信すると、そのリクエストをもとに経路を自動作成し、家に迎えに来たゆっくり自動運転車が、その住民を目的地まで乗せて行く。実証実験では、この一連の流れが機能することを確認した。

写真3 目的地に到着し、実験参加者が「ゆっくりカートから降車」(出典:春日井市ホームページ)
写真3 目的地に到着し、実験参加者が「ゆっくりカートから降車」(出典:春日井市ホームページ

いま、7年間のプロジェクトのうち4年が経過し、森川さんいわく「達成度は60%」と順調だ。

GPSには頼らない運転知能

自動運転は、カーナビで経路をたどればよいという単純なものではない。自動車の自動運転には、たんなる道順だけではなく、どの車線を走りどこで停止するかというような、もっと詳しい運転手目線の情報まで必要だ。場所によっては誤差が10メートルくらいにもなるうえに、建物やトンネルで信号が途絶えてしまうGPSでは、まだまだ足りない。もっと精度のよい地図が必要だ。

自動運転で使うために森川さんたちが開発している地図は、人がよく慣れた道を運転するときに使う「頭の中の地図」と似ている。人は、記憶している沿道の建物などの様子から、自分の位置を割り出す。自動運転車は、この「頭の中の地図」の代わりに「高精度3次元地図」を使う。これは、道路わきの建物などを無数の小さな点の集まりとして表したコンピューター上の立体的な地図で、事前に作成し自動運転車のコンピューターに入れておく。

地図の作成には「ライダー」を使う。自動運転を行う道路上で360度あらゆる方向に無数のレーザーを放ち、何かに当たって跳ね返ってくるまでの時間や角度を測り、レーザーが当たったすべての点の緯度、経度、高さを割り出す。こうして、地形や建物が無数の点の集まりとして表された高精度3次元地図ができあがる。この地図をもとに自分の位置を正確に割り出し、走行する。

自動運転の最中にも、積み込んであるライダーで、つねに地図を更新していく。自動運転車が道に出るたびに新しいデータをとるので、街の変化に即座に対応できる。街路樹が切られたとか看板がなくなったというちょっとした変化には、これで柔軟に対応できるそうだ。

ブレンドという考え方

この「ゆっくり自動運転」をどこで使うか。人となじみやすいという長所がある一方で、低速なので遠くに行けない。しかし、その潜在力は既存の交通手段とブレンドすることで、ぐんと引き出される。

現在の交通網からこぼれ落ちてしまっているのが、駅やバス停から最終目的地までの「ラストマイル」の移動である。だから、車を運転しない高齢者などの交通弱者が取り残される。鉄道や大型の幹線バスでは覆えない部分、この大動脈から毛細血管へのつなぎを、ゆっくり自動運転でまかなってはどうか。つまり、場面ごとに利用者が一番使いやすい移動手段をブレンドする、その大切な構成要素のひとつとして使えばよいのだ。

課題はビジネスとして社会に定着させること

いくらアイデアが素晴らしくても、それがビジネスにならなければ社会に定着しない。それが今後の大きな課題だ。今、森川さんはプロジェクトの一環として、運転できる住民が運転できない住民の移動を助ける「ボランティア輸送」を道路交通法の無償運転の範囲内で行っているが、これをゆっくり自動運転に置き換えるのであれば、法の性格上ガソリン代しかとれない。やがて法律が緩和されても、ゆっくり自動運転が受け持つ短い距離では、1回の乗車でせいぜい100円くらいがいいところ。とても採算はとれない。

したがって、単独でやるなら公的補助が必要だ。あるいは、バス会社やタクシー会社などと共同で、付加価値の高い新サービスとして組み入れるのも手だろう。スーパーマーケットなどの商業施設や病院がサービスを提供する、というモデルもあるかもしれない。

どのような形態のサービスを取り入れるかは、その地域の特色を踏まえて入念に計画する必要がある。実証実験を行っている愛知県春日井市では、高齢化が進んだ住宅団地内の1キロメートル四方ほどの地区で、利用者としておもに高齢者を想定している。ゆっくり自動運転でのラストマイル輸送を実現すべく、プロジェクトは着々と進展中だ。

移動のサービス化で生まれる生活の豊かさ

研究グループはこれまでに、ゆっくり自動運転を含めた高齢者への移動サービスの実証実験で、「外出頻度が増える」「幸せ感が増す」など、生活の豊かさへの確実な効果も実感している。

日々の生活で「あとちょっと」の移動がゆっくり自動運転に置き換わったら……。マイカーが必要なくなり、駅前の駐車場はもっと人の暮らしを潤わす場所として利用できるかもしれないし、ラストマイルの相乗りで住民たちの交流が生まれるかもしれない。経済や環境の無駄が減り、私たちのライフスタイルもアップグレードしてくれそうではないか。

(サイエンスライター 丸山恵)

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