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植物を透明化し、内部を観る新技術"ClearSee"

掲載日:2015年12月4日

植物のめしべや花粉管のひとつひとつが細胞レベルで透視できる新技術が発見された。栗原大輔(くりはら だいすけ)名古屋大学大学院理学研究科特任助教と東山哲也(ひがしやま てつや)同大学 WPIトランスフォーマティブ生命分子研究所教授らは、特殊な顕微鏡を使っても見られなかった植物の深部の構造を、解剖しないで観察する新技術を開発し、その試薬を「ClearSee」と名付けた。ClearSeeとはどのようなものか。開発までにどんな道のりを歩んできたのだろうか。

シロイヌナズナのめしべ。
青、緑、黄、赤色に標色した花粉から花粉管が伸びる様子が美しい顕微鏡写真。Development誌 Vol143/Issue23の表紙を飾った。
写真.シロイヌナズナのめしべ。
青、緑、黄、赤色に標色した花粉から花粉管が伸びる様子が美しい顕微鏡写真。Development誌 Vol143/Issue23の表紙を飾った。

ClearSeeは、尿素と界面活性剤とアルコールからなる水溶性試薬だ。植物に特有のクロロフィル(緑色の色素)を取り除き、細胞をClearSee試薬で置き換えて均一化することで、植物を”透明化”する。組織の中身が均一になれば、光がまっすぐに通るので透明に見えるのだ。さらに、上の写真のように、見たい部分を光らせて観察する「蛍光観察」で力を発揮する。なぜならクロロフィルは、蛍光観察を邪魔するほど強い光を出すからだ。

この成果が植物科学研究の根底にある「観察」という手法の新しいトレンドとなれば、多岐にわたる植物研究を加速させる画期的な研究成果となる。ClearSeeについて、さらに詳しく取材した。

ClearSeeのココがすごい!

ClearSeeの使い方や主な効果を見てみよう。

1. 透明化処理がシンプル

使い方は、植物組織を腐敗から守るためにホルマリンに浸した後、ClearSeeに数日間浸す、それだけだ。 ClearSeeに浸す時間は、見たい組織に水溶性の試薬がどれだけ入りやすいかによる。例えば、シロイヌナズナの葉で4日間、トマトやキュウリの葉は6日間だ。表面がワックスで覆われている葉は拭き取ってから行う。

2. いろいろな種類の植物に適用できる

トレニアやペチュニアなどの園芸植物、タバコ、トマト、キュウリなどの作物、原始的なコケ植物でも透明化できることが確認されている。ClearSeeはクロロフィルを取り除く試薬なので、基本的に緑色の植物には適用できると栗原氏は考えている。

3. 一般的な顕微鏡で観察できる

これまで、植物の組織の内部を観察するには、特殊なレーザーを使う非常に高価な顕微鏡「2光子励起顕微鏡」が必要だった。だが、ClearSeeで透明化した組織は、一般の研究施設にも普及してきている「共焦点顕微鏡」でも観察できる。

4. 蛍光タンパク質は消さない

冒頭でお見せした写真のような蛍光観察のためには、あらかじめ観察する植物に蛍光タンパク質の遺伝子を組み込んでおくのだが、ClearSeeは組み込んだ遺伝子を取り除いたり変成させたりしないので、見たい部分をしっかり標色できる。

5. 蛍光色素もOK

遺伝子組み換え体を作れない植物では、蛍光タンパク質を光らせる蛍光観察を行うことができない。ところが、ClearSeeで処理した植物は、外から与えるタイプの蛍光色素で染色すれば蛍光観察が可能だ。

開発の道のり

「きっかけは、マウスの脳の透明化※1でした」と栗原氏は振り返る。

日ごろから植物の顕微鏡観察のしづらさにフラストレーションを感じていたが、2011年にマウスの脳を透明化する技術が発表されたのを見たときに、植物も透明にできないだろうかと思い研究を始めたと言う。同じ技術をどうにか植物に使えないかと試行錯誤する中で、14年発表のマウスを丸ごと透明化する技術「CUBIC」※2 から、成功へのヒントを得ることになる。

CUBICの開発には、透明化したい組織に適した化合物を探す方法が採られていた。そこで、栗原氏は、研究の視点を「マウスの透明化試薬を植物に適用する」ことから「植物を透明化するオリジナルな試薬を作る」ことに移したのだ。そして、マウスではなく植物を透明化するためだけの最適な化合物の組み合わせとその配合を割り出した。

めしべは、植物組織でも特に観察が難しい。そんなめしべの奥深くまで観えたときは、特別に嬉しかったという。というのも、栗原氏は植物の生殖の研究が専門であり、これまでめしべの中で起こる生殖過程の観察に苦労していたのだ。

研究の最後の難所は、論文として発表することだった。昨年末、アメリカの研究チームから別の植物透明化試薬が発表されていたため、これと比較してClearSeeの優れた点を証明しなくてはならなかった。処理にかかる時間が短いこと、処理の前後で組織の変成がないこと、蛍光タンパク質の標色がより見やすいことなど、数々の実験を経てようやく発表に至った。

大きく広がる可能性

「ClearSeeが新しいのは、蛍光タンパク質を観察できるようにしたことです」と栗原氏はコメントする。今や蛍光タンパク質は、植物研究に限らず生命科学分野全般で必須のツールだ。栗原氏によれば、植物の透明化技術は1800年代後期からあるが、これまでの技術では、蛍光タンパク質を残すことができなかったという。

さらに、標本の長期保存ができるのも大きな強みだ。冒頭でご紹介した写真のめしべは、なんと5カ月間もClearSeeに浸したものだという。蛍光タンパク質による標色の鮮明さは申し分ない。農学研究など、研究施設ですぐに実験できない野外調査の多い分野でも活躍しそうだ。

具体的にこんな応用も考えられる。かけ離れた種目で花粉を受け付けない植物同士を、透明化しためしべで詳しく観察し、受粉しない原因をつきとめることで、これまでなかった掛け合わせが可能になるかもしれない。

「生きたまま透明にしたい」。それは、栗原氏が最終的に目指すところだ。今はスナップショット的な観察だが、将来、時間の経過を追った観察ができるようになれば、植物研究の可能性は計り知れない。

ClearSeeで観た植物の立体構造の数々

最後に、栗原氏に特別にご提供いただいた、ClearSeeを用いて植物の内部を捉えた映像の数々を紹介しよう(映像は、観察で得た静止画像をつなげて作成したもの)。肉眼では決して観ることのできない植物内部の知られざる世界は、研究者の目を持っていなくとも、ただただ美しく、神秘的だ。

映像1.シロイヌナズナのめしべをてっぺんから観察。ここには、めしべの先端で花粉が受粉→花粉管が伸びる場所→やがて根元の方に進むに従いめしべの中に胚珠が現れる様子が映し出されている。

映像2.芽生え直後のシロイヌナズナの茎頂(茎のてっぺん)で維管束を観察。維管束は、植物の茎の内部を縦に走る柱のような組織の集まり。緑色は、維管束で光っている蛍光タンパク質。両側に広がる葉っぱから根っこにかけて維管束がつながっている様子が分かる。

映像3.こちらは成熟したシロイヌナズナの茎で、同様に維管束を観察。緑色は維管束で光る蛍光タンパク質。茎から葉っぱへ維管束がつながっている様子が分かる。

*写真および映像提供:名古屋大学大学院 栗原大輔氏

サイエンスライター 丸山 恵

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